二年目 年度休み その2
学校に着いたマリスは、カティのいる自室に戻って、窓から部屋に入る。
「ただいま」
坦々とした調子でマリスが声をかけると、椅子に座って待っていたカティは、はじかれたように顔を上げた。
マリスは安心させるように笑みを見せると、少し休憩と言ってカティの横に座った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「飲み物を用意しますね」
「うん。お願い」
暖かいお茶を用意してもらい、マリスは飲みながらカティに情報を伝える。
「そうですか、犯人の特定は難しいですね」
「怪しいのはボーリウム。ことあるごとに、文句を言ってた。根拠は薄いけど、それ以外に情報がない」
「ボーリウム様ですか? 文句なんて言ってましたか?」
「小声でね。多分、フィスノも気付いてないくらい」
感心するカティに、マリスは愚痴を言う。
「目的は解らないけれど、放っておくとグルケ殺されそう。死なれると困る」
「お嬢様、案外冷静なのですね。もっとこう、突っ走るというか、後先を考えないかと思ってました」
「さらわれたのがカティなら、考えず突っ走ったかもね」
マリスの言葉に、カティは首をひねる。
「それは、私の方が信用ならないってことですか? でも、グルケくんの方が今後大事だと思いますけど」
「そういう話じゃない。もしグルケが死んでも、悲しいのは確かだけど多分それほど落ち込まない。でもカティが死んだらと思うと、いてもたってもいられない」
カティは赤くなりながら、あわあわと何やらつぶやく。少し考えてから、マリスに問いかけた。
「もし、さらわれたのが私でしたら、どういう手を取ってましたか?」
「まず、ボーリウムを呼び出して、脅してでもあいつが犯人か確認する。怪しい素振りを見せたら、部屋中を探し回って何か残っていないか調べる」
「それ、やっちゃいませんか」
険しい顔を見せるマリスに、晴れ晴れとした笑顔でうながす。
「このままだと進まない。でも、それで違っていた場合は彼らと対立する危険がある」
「僭越ながら、私がさらわれていた場合、対立する危険性よりも私の方が大事と思ってくださっているのですよね?」
「うん。彼らは別に私にとって重要じゃない」
「グルケくんと彼らと対立するかどうかなら、対立しない方が大事ですか?」
あらためて考え込むマリス。
「なるほど、グルケが王子だったら立場がどうのとかディルが困るかもとか、難しく考えすぎてた。私のやりたいようにする。カティ、ありがと」
「無理だと判断したら、無茶はせず諦めてください。お嬢様は、ご自身のことは無頓着ですから、そこは凄く心配です」
「大丈夫。いざとなったら逃げる。この時間は外出禁止だし、部屋で寝てる時間。寝てるとは限らないけど」
マリスは闇に溶け込みやすいよう黒い服装に着替えて、髪を引っ詰めて後ろで束ねた。短剣のみ腰に添えて、邪魔になる物は身に着けていない。準備を終えると、カティに手を振った。
「行ってくる」
「お気を付けて」
カティの言葉を背に、マリスは窓から外へ出る。
屋根伝いに男子寮まで行き、排水溝を取っ掛かりにしながら目当ての窓に近付いた。
中の様子を伺うと、寝息が一つ聞こえてくる。前にマリスが調べた情報では、ボーリウムの部屋には二人いるはずなので数が合わない。
こっそり窓を開けて、中に入るが、寝ている男は起きる気配がない。
マリスは、声色を変えるために何度か咳払いをした。
「起きなさい」
男の首元に短剣を突き付けながら、静かに普段より数段低い声をかける。
「うん? 何だ?」
上がった声はボーリウムとはまったく違っていた。
「静かに。騒ぐと殺す。ボーリウムはどこだ?」
「ひっ」
ひゅう、と息を漏らして男は沈黙する。起きてからの動きも武人とは違っている。せいぜい護身で習った程度で、武術は鍛えていないのだろう。
「質問に答えたら害は与えない。答えろ、ボーリウムは?」
「ボーリウム様は、今日は実家に戻っておられる」
「実家に?」
「ああ、急な用事だとかで、今日の昼過ぎから先生の許可を得ていた」
マリスはごくわずかに舌打ちをして、念を押す。
「間違いなく実家と言っていた? 他に何か聞いていない?」
「あ、ああ。何か知らないが、機嫌は良かった。新しい玩具を手に入れる算段がついたとかなんとか。それ以上は知らねえ……」
突き付けられた短剣から目を離せず震えている。用事が済んだマリスは男が被っていた毛布を使って手を縛ると、余った部分を口に突っ込んだ。
「苦しいだろうけど、我慢して。そんなにきつく縛ってないから、しばらく暴れたらほどけるはず」
言い残して、マリスは窓から脱出した。出てからしばらく、男が奮闘しつつ外せていないのを確認してから、屋根に戻る。そのまま誰にも見つからず、マリスは部屋に戻ってきた。
「収穫あり」
「早かったですね。どのような収穫ですか?」
「犯人はボーリウムで間違いないと思う。昼過ぎに許可を得て寮から出ていた。たぶん、外出したグルケを付け狙っていて、機会をうかがっていたと思う。玩具を手に入れたと言っていたらしい。実家に戻ると言っていたけど、本当に家にいるかどうかは解らない」
「旦那様に情報を渡せば、救出作戦は立ててくださると思いますが、どうされますか?」
「ここまで来て、後は明日ってわけにもいかない。このまま、ボーリウム家に行ってくる」
マリスが言うと同時に、カティが手を掴んだ。
「お嬢様、お屋敷に忍び込むとなれば、これまでとは違い、非常に危険です。旦那様に後はお任せになられては」
「大丈夫。貴族の屋敷に忍び込むのは慣れているから」
安心させるようにマリスはカティの頭を撫でる。
「じゃあ、行ってくるね。朝までには戻る」




