二年目 後期 その6
「みんな、同行ありがと。助かった」
「でも、何も出来ませんでした」
「そんなことないよ。味方がいるってだけで全然違う。まあ、グルケは口を挟んだせいで、敵認定されちゃったみたいだけど」
会合が終わった後、全員で食堂に集まっていた。時間がずれているため、他に人の気配はない。
「お前がぼうっとしていたせいだ。何を考え込んでたんだ?」
グルケの言葉に、マリスは悲しそうな顔になる。
「うん。パピィなんだけど、彼女の言い分が本当で私に懐いてるなら凄く危険な立場だよね」
「そうか? お前が王女なら、問題ないだろう? それでなくとも公爵令嬢なら、何とでもなるだろう」
「うーん。えっと」
マリスは少し言いにくそうにしながらも、カイトとアンナに断りを入れる。
「ここからは誰にでも言える話じゃないから、申し訳ないけど、グルケとシンシア以外は席を外してもらえるかな? それとカイト、さっきの今で絡んでこないとは思うけど、二人と一緒に居てもらえる?」
「おう。どうせ聞いても解らんねえしな。じゃあ、行くか」
カイトとアンナが席を立つと、カティも続けて席を立つ。
「あの、私も外した方がよいのでは?」
「シンシアは聞いていて。今後についても相談したいし」
マリスは残った二人に、ディルとのやり取り内容を余さず伝える。
「つまり、マリス様は囮で、グルケくん……が隠し子?」
「そう。私は二年前から雇われたようなもの。ディルと会ったのも二年前が初めて。たぶんディルは、最初から囮ってところまで考えていたと思う」
シンシアが考え込む中、グルケがしかめ面でマリスに質問を投げつける。
「で、お前はそれを真面目に信じてんの?」
「信じるというか、そうとしか考えられない」
グルケは大きくため息をついて、馬鹿を見るような目をマリスに向ける。
「マリスは頭は良いのに抜けているよな。俺が王子なわけがあるか。まあ、それが本当だとして、お前の話だと二年くらい前には発覚していたってことになる」
「うん、そうだね」
「学校に行く準備をし始めたのは、試験の一週間前ってところだぜ。それに、二年前から入学までに、二回は死にかけてる。一回は餓死、一回は仕事で失敗してな。死んだらまずいなら、せめて餓死はしないように手を回すんじゃねえか?」
「言われると確かにそうかもしれない。でも、私は違う」
否定するマリスに、シンシアが優しく声をかける。
「マリス様、何故嫌がるのか私には解らないけれど、グルケくんに押し付けるのはおかしくない?」
「でも、ディルは男って言った。私は女だし、身元がはっきりしていない黒髪の男の子って、グルケしかいない」
「黒髪の男の子という時点で、ゴドウィン公の思考誘導っていう可能性があるわ」
「何のために?」
「例えば、マリス様が真実を知るための、時間稼ぎというか準備というか」
がたん、と大きな音を立てて、マリスが立ち上がる。
「私も王女なんかじゃなくて、ただのマリス。そもそも公爵令嬢っていうのが間違い。立場はグルケと変わらない、ううん、グルケよりよほど性質が悪い」
シンシアとグルケは、マリスが興奮しているのが見て取れた。二人は目配せして、シンシアが声を上げる。
「落ち着いて。マリス様はマリス様でしょう。ゴドウィン公とは血が繋がっていなくても、立場に変わりはないわ」
「本当に、そう思う?」
「ええ」
頷くシンシアを睨み、マリスは話を続ける。
「パピィの話にも繋がるけど、私は公爵家とは何の関係もない」
「それは聞いた」
「初めて会ったのはディルの寝室。私はディルを殺すために訪れた。そして殺せなくて捕まって、そのまま飼われたようなもの」
「えっと……ちょっと待って……」
シンシアは二の句が継げず、言いよどんでいる。
「軽蔑してもいいし、一緒にいたくなければ部屋を変えてもいい。でも害は与えないから、できればカティには黙っていて欲しい」
「なぜ?」
「シンシアに嫌われたくなかったから、元暗殺者なんて言うつもりはなかった。カティにまで嫌われたら、立ち直れない」
淡々と語るマリスに、聞いた直後は驚きのみ表情に出ていたシンシアは、怒りを込めた表情に変わっていく。
「それで? 私に伝えちゃったせいで、私からはもう嫌われたとでも思っているの?」
「え、だって、凄く怒ってるじゃない」
不思議そうに首を傾げるマリス。横から、グルケが茶々を入れる。
「マリスは人の機微に疎いよな。俺でもシンシアが怒っている理由くらい解るぜ」
「えっと、つまり?」
「私が怒っているのは、その程度で私がマリス様を嫌うと思われていたこと。そんなに信用ないかしら?」
「いや、でも、二年前ならともかく、今なら私がおかしいって自覚くらいあるし」
しどろもどろに言い訳をしているマリスに、グルケが問いかける。
「なあ、ゴドウィン公を殺しに入ったってことは、元々どこかの貴族にでも飼われていたのか?」
「うん。そうみたい。深く考えてなかったから、あまり解ってないけど」
グルケは相づちを打って考え込む。
「シンシア、ごめんなさい」
「いいわ。教えてくれたことと差し引いて、許してあげます。別に部屋も変えないし、態度も変えないから、安心して。ただ、一点だけマリス様は早急に行うべき事柄があるわ」
「何?」
「カティにもお伝えなさい。あの子は決して逃げないと保証してあげるから」
「……そうだといいけど」
話がまとまった頃、黙り込んでいたグルケが口を開く。
「なあ、ちょっとシンシアと話させてもらえるか? マリスは、さっさとカティんところ行ってこい」
「ん。いいよ。じゃあまた後で」
マリスに内緒で相談したいという意図を理解して、すぐにマリスは食堂から出て行った。
「で、話って?」
「どの話が、どこまで本当だと思う?」
「グルケくんが王子で、マリス様も王女。マリス様が本命で、あなたが保険」
「うん、俺も似た感じ。冷静じゃない部分もあるから、俺については何とも言えないが、マリスが王女なのは間違いないと思う。いくら貴族が酔狂って言っても、自分の命を狙った相手を養子にするのは尋常じゃない。シンシアの方で裏を調べたりできない?」
シンシアは、困ったように頬に手を当てる。
「調べられるけど、きっとゴドウィン公の掌の上からは出られないと思う」
「そっか、そうだな。じゃあ、俺の情報網にも当たってみるか」
「情報網?」
「ああ、蛇の道は蛇ってね」
シンシアの疑問に、にやりと笑ってグルケは立ち上がった。




