二年目 前期 その5
前期も半ばを過ぎた頃、パピィの餌担当を終えてマリスが部屋に戻ると、シンシアとカティはおらず、アンナが机に向かっていた。音を立てずに扉を開けたせいで、アンナはまったく気付いていない。
マリスが手元を覗くと、読み書きの勉強をしている。
「がんばってるね」
「ひゃ!」
急に声をかけたせいか、アンナはすっとんきょうな声を上げた。
「わ、マリス様、変な声を出してすみません」
「構わない。急に話しかけてごめん」
真っ赤になりながら、しどろもどろと謝るアンナに、ぱたぱたと横に手を振りながらマリスも謝った。
「カティとシンシアは?」
「お買い物に出かけました。マリス様がこんなに早く戻るとは思わなかったです」
「そう、ありがと。餌をあげるだけだから、そんなに時間はかからない。ちょっと走ってくる」
マリスはアンナに言い残して、鍛錬場に足を向けた。
鍛錬場には何人かが運動や模擬戦をしていたが、マリスと仲が良い生徒はいなかった。何周か走っていると、ちらちらとマリスを見ている五名ほどの生徒たちがいた。初めて見る顔で、幼さが残っている。
「何か御用?」
立ち止まって声をかけると、お互いに押し合いをしている。少し待つと、一人がおずおずと声を出した。
「鍛錬中に失礼しました。あの、マリス様ですよね? ゴドウィン公爵家の跡取りで、学校の成績も凄くて、竜を見つけたのもマリス様って聞いていて……」
「ええ、そのマリスで間違ってないわよ。パピィは居合わせただけで、あまり関係ないけど」
何が言いたいのか?と小さく首を傾げると、赤くなりながらお願いを口にした。
「あ、握手してください!」
「ええ、それくらいは構いませんわ」
やった、と嬉しそうにしているのを見ながら、マリスは一人ずつ握手をしていく。
四人目の生徒と握手をする時、わずかに敵意を感じたような気がして、警戒心がわいてくる。
「あなたたちの、お名前をお伺いしても?」
名前を聞くと、我先にと名乗る生徒たち。四人目の生徒も周りと同じようにエレイナと名乗った。全員、下級貴族や裕福な商家の子どもたちらしい。
「そう。では私はこれで。まだまだ慣れていないことも多いと思うけれど、励みなさいな」
お礼を背中に受けながら、マリスは鍛錬場を後にした。
「走り足りない」
どこに教師の目があるか解らないため、廊下を走るわけにはいかない。もやもやしながら部屋に戻ると、カティとシンシアが先に戻ってきていた。
「マリス様、おかえりなさい。早かったわね」
「本日2回目」
「え?」
「何でもない。そちらもおかえり」
マリスとシンシアが何を買ってきたかなどで話をしていると、カティから心配そうな声が上がった。
「お嬢様、何かありました?」
「何か?」
「少し、機嫌が悪そうに見えます」
カティの言葉に、マリスは凄く驚いた顔になった。
「なんで解るの? そんなに解りやすい顔をしていた?」
「どうでしょうか、雰囲気というか、ちょっと早口でしたし」
「本当に機嫌が悪いの? 全然気付かなかったわ」
シンシアやアンナはまった気付いていなかったようで、何があったのかと心配そうな顔になる。
事情を説明して、特にカティに気をつけるよう伝える。
「私に害をなそうとするなら、カティの方が狙いやすい。警戒しすぎかもしれないけど、念のため。あと、運動を途中で切り上げたから、それも不満」
マリスの愚痴に、シンシアが反応する。
「でしたら、少し手合わせしない?」
「やる。すぐ行こう」
マリスはシンシアと連れ立って、鍛錬場に向かう。まだ一年生が残っているかもしれないとマリスは思ったが、行ってみると姿は無かった。シンシアの準備を待って、手合わせを行う。はじめはお互い加減をしながら打ち合っていたが、徐々に熱が入り始める。
「ちょっと休憩にしましょう」
数十分は打ち合って、シンシアから待ったが入る。狙ったかのように、カティが飲み物や汗を拭き取る布を持って現れる。
「お疲れ様です」
「ありがと。カティもやらない?」
「遠慮します。もう、全然付いていけないですよ」
二年生になってから、本格的な戦闘技術を学び始める。マリスにとっては知っている内容の方が多いが、それでも時々新しい戦術や戦い方を教わっている。
体を動かすと発散されるとばかりに機嫌も良さそうに、マリスはシンシアに続きを促していた。




