二年目 前期 その4
マリスとシンシアがパピィに会いに行くと、他の二年生が三人で餌をやっているところだった。
「おい、マリス様が来たぞ」
「え? あ、マリス様」
しゃがみ込み、餌をやりつつパピィを観察していたが、マリスたちに気付いて慌てて立ち上がる。
直立不動になると、敬礼をしてしまいそうなほど緊張した様子で見れば解る状況を口にする。
「アマンダ先生から指示を受けて、この竜に餌をやっておりました!」
「ありがとう。そんなに、かしこまらないでくださいね。さっきアマンダ先生と話をして、この子は学校で飼育すると決まったの。名前はパピィ。餌はそのままお任せしていいかしら?」
急に大きな声が聞こえたせいか、餌を食べていたパピィが驚いたように顔を上げていた。
「なんでもないわよー。よく噛んで食べるのよ」
マリスは、パピィの頭を撫でながら声をかけた。すぐに立ち上がり、元々餌をあげていた生徒に場所をゆずる。生徒たちは餌はやっているが、竜に触れてはいない。シンシアも近寄っているが、触るのは躊躇している。
「マリス様、怖くないの?」
「パピィ可愛いよ。懐いてるし、意外と鱗も柔らかくて気持ちいいよ」
普段から笑顔は浮かべるものの、崩した顔は滅多にしないマリスが、相好を崩している。
シンシアも元々いた生徒たち三人も驚いているが、意を決したようにシンシアがそうっと手を伸ばした。
「あ、本当に柔らかい」
撫でられると嬉しそうにピィピィと鳴く。シンシアに続いて生徒たちも撫でる。パピィは気持ち良さそうに目を細める。
「あ、笑ってる」
生徒の一人が、楽しそうに呟く。
「ね? 可愛いでしょう?」
「えっと……はい、可愛いかも」
一人が認めると、残りの二人も頷いた。
「それは良かったわ。じゃあ、後はよろしくお願いします。シンシア、行きましょう」
「あっ、ええ。では、失礼しますわ」
再び三人が立ち上がろうとするのを手振りで抑えて、そのまま餌と掃除をお願いして天幕を後にした。
「パピィ可愛いでしょ?」
「声は可愛いけど、見た目はやっぱり、ちょっと怖いかな」
「そっか。これまで動物を飼ってなかったから、余計に可愛く見える」
「馬くらいはいたんじゃないの?」
「屋敷にはいたけど、あまり近づかなかった。乗馬もまだ習ってないし」
「田舎暮らしだから、羊や牛、馬や犬もたくさん飼ってたわ。今度の休み、乗馬を教えてあげようか?」
「うん」
マリスは、シンシアの提案を素直に頷いた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま。戦闘はなかったけど、面白かったよ」
「先生が全校生徒を集めて、説明をしていただきました。子竜を見つけたので、引き返してきたとか」
「うん。可愛いよ」
「そうですか、お嬢様もご覧になったのですね」
部屋に帰ってくるなり、子竜の話で盛り上がる。しかし認識にずれがあり、マリスとシンシアは顔を見合わせた。
「えっと、これは黙っている方が良いのかな」
「先生に口止めされているの?」
「されていたらシンシアにも口止めしてる。たくさん見られていたから、黙っているわけにはいかないよね?」
こそこそと内緒の話を終わらせ、マリスは嬉しそうに宣言した。
「子竜の名前はパピィ、見つけて名付けたのは私。可愛い。凄く可愛い」
「可愛いかどうかは、主観だから何も言わないであげる」
マリスの説明とシンシアの補足を聞いても、カティは驚いた風を見せない。後ろでは、アンナが素直に驚いている。
「そうですか。では、竜はお嬢様のものですか? 旦那様に報告も必要になりますね」
「竜は、学校で育てるらしい。ディルには報告必要だけど、国の上層部への連絡は先生がしてくれるから、何か聞かれるまでは簡単な報告だけ手紙でやっておく」
ここまで黙って聞いていたシンシアが、堪えきれずに口を挟む。
「カティ、マリス様が見つけたっていうのに、どうしてそんなに冷静なのかしら? 前代未聞の事件だし、突っ込みどころも色々とあると思うのだけれど」
「なんとなく、お嬢様が絡んでいる気がしました。先生たちが今回の件で、妙に貴族への配慮で苦労しているという噂がありましたし」
ゴドウィン公爵家は、学校に通っている生徒の実家で一、二を争うほどの権力を持っている。その娘であるマリスが所有権を主張すると、色々と厄介な話になってしまうのだろう。
「権力っていうのはよく解らないし、いらない。生きていくのに問題なければそれでいいと思う」
「あら、マリス様。生きていくだけの資産しか無ければ、カティは余所で働くことになりません?」
「……シンシア、意地が悪い」
「少なくとも、学校に通っている間はお嬢様にお仕えしますのでご安心を」
「その後は?」
「その後ですか? さあ、どうなるでしょうか。雇っていただけるならそのままでしょうが、旦那様次第ですね」
カティの言葉に、マリスは衝撃を受けたような顔になる。
「確かに決定権はディルにある。私は言われるだけだし。お金と権力……」
「たぶん大丈夫ですよ。旦那様は、マリス様に悪いようにはしないでしょうから」
「それは楽観的に過ぎる。人任せだと、いざという時に困る」
マリスはシンシアに目を向けて、思いついた質問を投げかける。
「確か、マイヨールって実家とは別に何かの功績で男爵になってなかった?」
「ええ、そうね。確か、準騎士として隣国との小競り合いに参加して、上官の伯爵を守ったとかだったかしら。勇気ある行動と将来性を見越して男爵位を授かっていたわね。まあ、一代だけの名誉称号扱いらしいけれど」
「功績があると、称号をもらえる?」
「まあ、理屈の上ではね。とは言っても、元々平民から貴族位を得るのは普通では無理ね。マイヨールさんにしても、元々貴族で、将来は子爵家を継ぐのもあって、早めの出世をしたのに近いらしいし」
「そう、ありがと。養子の場合はどうなのかな……」
「それは解らないけれど、どうして?」
シンシアは不審そうな顔をしていて、カティも何が言いたいのか解らず、首を傾げている。マリスはシンシアの質問に対して、答えを返す。
「もしディルが失脚したり私が養子から外されても、ある程度お金があって、個人で爵位をもらっていれば、やりたいことくらい出来るかな、と思った」
やりたいこと? と聞き返すシンシア。
「うん。自分の希望ならともかく、周りの都合でやりたいことをやれなくなるのは嫌。いざとなればシンシアに雇ってもらえたらいいかな、と思っていたけど、シンシアとは友人でいたいし、カティとも離れたくない。そういったあれこれが、ディルの気分次第っていうのは面白くない」
「いやあの、お嬢様。旦那様はそんな非道な真似はされないと思いますが……」
「うん。でも、それくらいの心構えでいた方がいいかなって思った」
カティが若干顔を引きつらせながら進言すると、マリスは素直に頷く。シンシアは気の抜けたような声を出す。
「私がマリス様を雇うなんて、たちの悪い冗談ね。なんだか思考が暴走したのかと思ったけれど、自立心を持つのは良いことね」
「シンシアが言い出したのに……」
「マリス様が変なことを言うからよ。そもそもゴドウィン卿でしたら、たくさんの爵位を兼ねているでしょうから、ひとつ譲り受ける形でも良いのではなくって?」
「それだと結局、ディルが取り上げようと思ったら取り上げられるかもしれない。意味が無い」
「譲った時点でマリス様のものになるから、ゴドウィン卿であっても取り上げたりはできないけれど、そういう問題じゃないものね」
話は付いたとばかりに、マリスが両手を叩き合わせる。
「さて、それじゃカティとアンナに、パピィを紹介しに行こう。お世話を当番制でやるらしいから、慣れておく方がいい」
マリスが先頭に立ち、ぞろぞろと部屋から出て行く。歩きながら、どこかで戦功を上げるのが一番だろうと、マリスは爵位を得る手段を考えていた。




