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二年目 前期 その3

 とかげを連れて戻ると、教師たちは色めき立った。引率の教師のうち何人かは過去に見ていて、竜で間違いないとのことだった。


「こいつは連れて帰るわけにはいかない。親竜がどうしているのか解らないが、連れて帰って親竜に王都が襲われるなど、あってはならない。同様に、殺してしまうのもまずい。子竜を殺されて怒った親竜が、近隣の町や村、王都を襲うかもしれないからな。ただ、子竜なんて滅多に見るものじゃないし、そもそも竜の子育てがどうなっているのか、専門の学者でもない限り解らない。早急に調べる必要がある」


 予定していた討伐合宿は延期となり、子竜の対策が練られていく。夕方になっていたが、すぐさま教師が二人、王都に向かった。学者に生態の確認、掃討を行った騎士団が何か情報を持っていないか、ともに急ぎ必要な案件と判断された。


「できれば、連れて帰って育てたい」

「そんなわけにもいかないでしょうね。竜というのは、安全とはほど遠い生き物だから」


 近くにいると子竜がすり寄ってくるため、マリスは離れた位置に待機している。子竜は先ほど起きたときにマリスを探している風だったが、草を与えられると嬉しそうに食べて、また寝てしまったとのことだ。近くにいると嬉しいが、べったりとそばにいる必要はないらしい。

 食事を済ませた後、マリスとシンシアが子竜の話で盛り上がっていると、ハノンとマイヨールの兄弟がやってきた。


「慌ただしいところ申し訳ありません」


 ある程度近付いたところで立ち止まり、二人して直立不動で挨拶をしてくる。ボーバン子爵家はゴドウィン公爵家と仲が良いとは言えない立場だ。マリスの見立てではハノンに裏は無さそうだったが、兄とは初対面のため、内心でわずかに警戒を強める。


「気になさらず。はじめまして、マイヨール様。お会いできて光栄ですわ」

「こちらこそ。全校生徒が注目のご令嬢とご挨拶できる機会を持てたこと、光栄に存じます」

「あら、そんなに有名ですか? 変な噂でも流れているのかしら」


 マイヨールのお世辞を、マリスは笑いながら受け流す。


「それだけお美しくて、剣の腕は学年で一番。今回の竜騒動でも、子竜を怖がらずに懐かせてみせる。誰から見ても器が違うと思いますよ」

「それほど大したことはしていませんけれどね。特に今回は、たまたま近くに現れて、餌を一番最初に与えただけですから。あと、正直なところ、まともにやり合うと勝てない相手も同学年にいますのよ」

「ああ、カイトという子ですね。彼の素質は凄い。まだまだ力に頼っているところがあるから隙も見えるが、上級生になる頃には腕っ節だけなら国でも有数の力を得ているでしょう」

「ええ。まあ、彼は良くも悪くも単純なので、指揮官向きではないですが……」

「駒としては申し分ない、といったところですか」


 マリスはマイヨールの評価を聞きながら、内心で首を傾げる。駒という表現が、少し引っかかった。


「この合宿中は無理でしょうが、今後機会がありましたら、ぜひ一度、戦闘の御指南をいただけると嬉しいですわ」

「仰せのままに。もっと華のあるお誘いの方が嬉しいですが、それは別の機会にでも」


 マリスの手を取り、軽く口づけする。態度は紳士的だが、なぜかぞわりと悪寒が走る。今日は挨拶が目的のようなので、シンシアにも挨拶をして、マイヨールは去っていった。


「ハノンくん、引き合わせてくれてありがとう」


 シンシアがお礼を言ったのに合わせて、マリスもお礼を口にする。


「こちらこそ、顔合わせができて良かったです。それでは、私も失礼しますね」


 ハノンも去った後、シンシアから小声でつぶやいた。


「マリス様、あれだけ嫌そうで、よく我慢したわね」

「解った? 手袋の上からなのに、どうしてか悪寒が走った」

「向こうには解らなかったと思うわ。さてさて、単純にマイヨールさんが気に入らなかったのか、男が嫌いなのか、他に気になる男の子がいるのか……」


 シンシアが、からかう口調でつっこんでくる。マリスは悩みながらも考えを口に出した。


「たぶん、気に入らなかったのは確かだと思う。貴族だし器量もあるみたいだから当然なのかもしれないけど、カイトを駒扱いしたのはどうかと思った。口に出す時点で底が知れるとも言えるけど。男が嫌いっていうのはない。ディルにはいつか勝ってみせるけど。気になる男の子といえば、やっぱりカイトかな。もっと強くなって、本気の真剣勝負をしてみたい」

「やっぱり、マリス様はマリス様ね。でも、カティへの土産話になるかな」

「何か解らないけど、カティの機嫌は損ねないでね。怒らせると怖い」


 マリスが心底怖がっているのが伝わったのか、シンシアが吹き出した。


「カティってマリス様の侍女でしょう? 侍女を怖がるご主人様ってのも面白いわね」


 くすくすと笑いが止まらない様子のシンシア。マリスは肩をすくめて、割り当てられた天幕に入っていった。


 翌日、マリスは教師たちの天幕に呼ばれ、アマンダから説明を受けていた。明け方に早馬で戻ってきた教師によれば、竜は卵生で、生まれたときから親は放置するという。基本的に雑食だが、持っている属性により好みは違っているそうだ。火や風の属性は肉を好み、水や土の属性は植物を好む。好みを見るに、この子竜は水か土の属性を持っているのだろう。


「つまり、飼っても大丈夫?」

「たぶん、刷り込みもあって、マリスが親代わりにはなると思うわ。ただし、竜を育てるなんて前例がほとんどないから、学校に竜専用の小屋を建てて、教育の一環として育てるようになる。さらに言えば、マリスがいてもいなくても問題ないように、人間そのものに懐くような育成方法になるという点は理解してちょうだい」


 この子竜がマリスとだけ仲良くなった場合、例えばマリスが大怪我をするなどの問題が起きたときに子竜の暴走が止められない恐れが出るという。マリス以外とも接触を持って、人間は敵じゃないと思わせれば、問題が起きたときに暴走自体が発生しにくくなると考えているようだ。


「あと、あまり大きな声では言えないけど、竜を飼っているという情報が他国に流れれば、よい牽制になるという判断を下したそうよ」

「上層部の思惑と対処はお任せします。竜の飼育となれば、私一人の手には余るので、学校で飼育していくことに問題はありません。ただ、名前は私が付けてもいいですか?」

「そうね、名前はどうせ必要だし。何か思いついたのがあるの?」

「初めて見たとき、ピィピィと鳴いていたので、ピピィというのは?」

「……」


 マリスの案に、アマンダが黙り込む。意味が解らず、マリスは首を傾げた。


「マリス、いくらなんでも単純すぎるんじゃないか。もうちょっとひねりというか、なんというか」


 別の教師から指摘が入る。どうやら教師陣のお気に召さなかったようだ。マリスは少し考えて、代案を出す。


「じゃあ、パピィ」

「ああ、もう、それでいいわ。ただし、幼名ということで、大きくなったときに変えるかもしれないわよ」

「体長十メートルを超えるだろう竜に、パピィなんて可愛らしい名前は合わんわなあ」


 アマンダの宣言に、周りも頷く。なんだか馬鹿にされたような気もするが、一応は名付け親になれたようだ。

 会いに行っても良いと許可が出たので、マリスはシンシアを誘ってパピィと名付けた子竜のところに向かっていった。

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