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一年目 前期 その5

「そうか、無事で何よりだ。実習は中止、森から出るぞ」


 途中、シンシアが小型の魔物は何度か相手をしながら、マリスを背負ったカティたちは森の入り口付近まで戻ってきた。すぐにアマンダに事情を説明する。

 まだ二日目の途中だが、アマンダは実習の中止を決定した。すぐに教師を呼び集めて状況を説明、生徒たちに通達するために各々分担を決めて散っていく。


「マリスは大丈夫なの? 無茶をしたってのは聞いたけど」

「はい、数日は起き上がれないくらいひどい筋肉痛になりますが、しばらく安静にしていると治ります」

「前にもあったのか?」

「お屋敷にいた頃は、しょっちゅうでした。周りが安全と解っていたからというのもあるでしょうね。あの場面ではクマを足止めするために他に手が無かったのと、シンシア様にお任せして大丈夫という信頼があったのだと思います」


 カティはアマンダに説明をしながら、先だっての仕返しを織り込む。シンシアは少し赤くなりながらも偉そうに胸を張った。


「当然ですわ。マリス様には遠く及ばないけど、この森に出てくる魔物くらい、普通なら問題になったりしませんわ」

「普通じゃない魔物が出たってのが、問題なんだけどね……」


 五人を連れて森の外に向かいながら、アマンダは眉間にしわを寄せてうなっている。しばらく経って、五人の方に顔を向けた。


「お前たちに言うのも間違ってると思うんだが、クマが出たってのは他の生徒には内緒にしておいてくれるか?」

「なぜですの?」

「どうにもきな臭い。誰かが仕組んだとしても、狙いと手段が解らない。マリスが目を潰したのなら、クマの処分もそう難しくないけどね。今回来ている教師全員でかかったところで、何人かは大怪我を負ってもおかしくない。もしかすると、この子はすでに学校内で一番戦闘力が高いかもしれないよ」


 眠っているマリスの頭をなでながら、アマンダは困ったような笑みを浮かべた。今後の授業が大変とつぶやきながらも、子どもを見るアマンダの目は優しさに満ちていた。



「カティ、暇。そろそろ動いていい頃」

「駄目です。あと二日は安静にしてください」

「二日とか、絶対無理。せめて明日から動きたい」

「駄目です。お嬢様、寝台から出ても生まれたての子鹿みたいに足をぷるぷると震わせているようでは、歩けませんよ」


 実習から帰ってきて二日間は痛みがひどいらしく、文句もなくマリスはほとんど寝て過ごしていた。

 しかし三日目になって暇を持て余してきたようで、わがままを言い始めた。カティは期限が良さそうに、にこにこと笑顔を浮かべたまま、マリスの言い分を却下する。


「それに、もし動けるようなら、お嬢様は私の言うことなんて聞かずに動くでしょう? 無理なのは解っているんですから、おとなしくしていてくださいな」

「カティがいじめる。アンナ助けて」

「え、あの。マリス様、いじめているわけではないと思います……」


 アンナは自信なさげに、それでも意見を述べる。シンシアはぼうっとやりとりを眺めているだけだ。


「そろそろ夕食の時間ですね。お嬢様、すぐにお持ちしますから無理して動き回らないようにお願いします」

「解ってる」


 カティは二人と一緒に部屋を出て、食堂に入る。マリスのために用意してもらっているお盆に二人分の食事を乗せて、部屋に戻った。


「お嬢様、ただいま戻りました」

「おかえり。早速だけど、相談がある」

「何でしょうか? 人参を食べたくないというのでしたら、却下です」

「違う。いや、違わないけど。本題はそれじゃない」


 食べたくなさそうに野菜の中に埋もれている人参を睨みながら、マリスは話を続ける。


「シンシアの様子が変だった。何か知ってる?」

「そうですか? 言われてみれば、確かに口数は少なかったかもしれませんが、気にするほどでしたか?」

「うん。だって、今日は一度も私と会話してない」


 そういえば、とカティは思い返してみて、会話がなかったことに思い至る。


「確かに。戻られたら、悩み事でもあるか聞いてみましょうか」

「任せる。私には言えないのかもしれないし」


 食事が終わり、シンシアたちが戻ってきた。少し雑談をしながら言い出す機会を探っていると、思い詰めた様子でシンシアがマリスに声をかけた。


「マリス様、クマを相手に使っていた技は、誰でも使えるのですか?」

「慣れれば使える、かな」


 言葉遣いが敬語に戻っているが、マリスは指摘しなかった。教えを請う場合、相手を敬うのは解らないでもない。


「では、是非伝授していただきたいのです!」

「うーん。困ったな」

「無理でしたら、諦めますが……」


 決して諦めなそうな目つきで、一歩引く。マリスは違うと首を振った。


「教えたくないんじゃなくて、私には権限がないというべきかな。カティ、次の休みにディルに聞いてきてくれる?」

「シンシア様にお教えしても良いかどうか、ですね」

「うん。同室で、私が気に入った子に、是非とも教えたいと言っておいて。それで駄目っていったら、一週間続けて夜中に忍び込んで、楽器を大音量で鳴らすとでも言っておいて」


 二人のやりとりに目を白黒させながら、シンシアが口を挟む。


「あの、もしかすると一子相伝というか、門外不出なのでは? だとすれば、私なんかが教えていただくのは筋違いと思います」

「そんなことない。確かにこの技術はディルが開発したけど、別に過去のしがらみとかないから気にしなくていい。単に、人に教えるならディルの許可が必要って言われているだけ」

「そうですよ。そもそも、実は私も使えますし」


 カティの宣言に、シンシアはまたも大きく驚く。アンナも聞きながら、驚きで声を上げた。


「そうなんですか、カティ様も凄いのですね」

「いえ、何も凄くはないです。お嬢様はあれだけの時間使えますし、筋肉痛で済みますが、私はほんの二、三秒が限界で、しかも一週間は寝込みますから。ほとんど役に立てません。お嬢様のおまけで教えてもらっただけです」

「身体ができあがってないから、しょうがない。大人になる頃には、もっと長い時間使えるようになる」

「私の実力では、使ったところでマリス様に一撃すら当てられませんけどね。というかそもそも私はただの侍女なんです。戦闘能力なんて、自衛のために少し持っている程度で十分です」

「いや、カティのは自衛の範囲を逸脱しているよ。騎士を目指している男の子にも引けを取らないし」


 シンシアからも突っ込まれて、カティは黙り込む。ぶつぶつと口の中から、お嬢様が規格外なのがいけない、と漏れ聞こえる。

 マリスは、カティの機嫌を損ねるとまずいと思い、シンシアに話を戻す。


「そんなわけだから、教えるにしてもしばらく待って。たぶん大丈夫だけど、無理だったら諦めて」

「解りました。ありがとう、マリス様」


 そして休みの日、カティは了承の返事を持って、寮へと戻ってきた。

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