入学式
入学式の日、マリスとカティは朝早くに屋敷を出て、学校へ向かっていた。荷物はすでに送っているので、小さな手荷物だけを持っている。
学校に到着して入学式の前に寮の部屋割を確認すると、マリスとカティは同じ部屋に割り振られていた。
「良かった。カティと一緒」
「そうですね、よろしゅうございました。四人部屋ですので、あとお二方いらっしゃるのですね。お嬢様、ぼろが出ないようお気を付けくださいね」
「大丈夫。たぶん」
いったん部屋に向かい、荷物が運び込まれているか確認する。マリスの世話をする道具類も入っているため、カティの荷物が一番多い。部屋が違った場合にどうするつもりだったのかは、マリスは少し怖くて聞けなかった。
「三人分しかない」
マリスがぽつりとつぶやき、カティも部屋を見渡す。
上下二段式の寝台と学習用の机がそれぞれ四つ、荷物を入れる棚も四つあるが、届いている荷物が三人分だけだった。
「このお部屋は三人なのでしょうか。もしくは手荷物で済ますおつもりなのかもしれません」
他の人が来ておらず机や棚の割り当てを決められないので、開梱はしない。
今日の予定として、午前中に入学式と説明があり午後は自由となっている。昼過ぎから取りかかれるので十分に間に合うだろう。
誰も来ないまま入学式の時間になったため、二人は講堂に向かった。
講堂に入ると、すでに半数以上が集まっていた。がやがやとしている中、空いている席に座り、二人で雑談をしていた。
「隣、いいかな?」
空席が少なくなってきて、マリスは金髪の少年に声をかけられた。
「空いてますわよ。どうぞ」
「ありがとう。二人は友人?」
「いえ、私はお嬢様付きの侍女でございます」
にこやかな表情のまま座った少年は、カティの返事に怪訝そうな顔をする。
「侍女? ならば、ここに座るんじゃなくて部屋で待つべきじゃないか?」
常識が無い、とばかりに首を振る。マリスは笑いながら返事をする。
「説明が足らず失礼しました。この子も私と一緒に合格しましたの。ですから、ここにいて問題ないですわ」
「へえ……そう。すぐに脱落しないよう、頑張るんだね」
マリスの笑顔が固まったのを見て、カティは慌てて話題を変えようとする。
「そういえば、名乗っておりませんで失礼いたしました。お嬢様がマリス=ゴドウィン、ディルグノー=ゴドウィン公爵のご息女でございます。私は侍女のカティと申します」
深々と頭を下げたカティに合わせて、マリスも軽く会釈する。金髪の少年は目を見開き、返礼をしてきた。
「これはご丁寧に。私はハノン=ボーハン。今後とも、よろしく」
ボーハン子爵家、とマリスは口には出さず警戒した。ディルから渡された要注意人物の一人だ。
ちょうど挨拶を終わらせた頃、時間になったようで壇上に複数名の教師が上がる。少しざわざわとしている中、アマンダが声を張り上げた。
「静かに! これから入学式を始める!」
会場が静かになると、教師の中から中年の男性が一歩前に出た。
「ようこそフロベール幼年学校へ。今年の入学者数は百五十三名。一人でも多く、卒業できるよう祈っています」
マリスは学校長の小難しい話を聞き流し、学校長の次にアマンダが語った要点だけ聞き逃さないように耳を傾けた。
「学校長もおっしゃっておられたが、一人でも多く卒業できるよう全員努力なさい。この学校は、準備をしっかりとしていれば入るのは難しくない。ただし一年ごとにおよそ一割から二割の生徒が、授業についていけず辞めていくわ。あまりに見込みがない場合は、学校側から退校を求める時もある。例年、百から二百は入学するが、卒業できるのは多い年でも五十名前後なのよ」
マリスは不安そうにしているカティに対して、大丈夫とばかりに軽く肩を叩く。
その後も何人かの教師が挨拶をして、最後に生徒代表として銀髪の少女が一人、壇上に上がる。事前に挨拶をすると決まっていたのだろう。少女は元気よく生徒全員の入学を喜び、これからの五年間あらゆる活動に努力すると誓い、全員そろって卒業できるよう祈った。
マリスは若干白けた目で少女を見ながら、この後の予定を確認する。組分け、寮生活の決まり、諸注意くらいで終わりである。
組分けでは、マリスとカティは別の組になってしまった。一部共通の授業もあるが、基本的に朝別れて放課後までは別行動となる。寮について、食事や入浴の時間、当番制の掃除などを説明され、ようやく自由になった。
「疲れた」
「お疲れ様でございました。皆様、お部屋に戻られておりますので、きっと同室の方ともご挨拶できますよ」
二人は話しながら部屋に向かうと、怒鳴り声が聞こえてきた。どうやらマリスたちが割り振られた部屋から聞こえてくるようだ。
マリスたちが部屋に入ると、文句を言っているほっそりとした金髪の少女が、おびえた顔で床に正座している栗色の髪の少女に怒鳴っていた。
「どうなさいましたの?」
マリスが声をかけると二人とも向き直った。金髪の少女があら、と驚いたそぶりを見せる。
「あなたは確か、実技試験で素晴らしい動きをしていた方ですわね。そちらの方は覚えはありませんけれど」
つい、と目線をカティに向ける金髪少女。紫のつり目と細身なところは、マリスと少し似ている。ただし、金色でふわりと柔らかそうな髪質なところが、黒色で直毛の髪質をしているマリスとは大きく異なっている。
マリスは挨拶をする前に、正座をしている少女を立たせる。少女は逆らいがたいものを感じたのか素直に立ち上がった。
「覚えてくださり恐縮ですわ。私はマリス、こちらはカティ。カティは私の侍女をしていますの」
「ご紹介に預かりましたカティと申します。試験には合格いたしましたので、僭越ながら同室にてマリス様のお世話をさせていただきます」
マリスは優雅に挨拶をしてから、カティにも挨拶をさせる。二人とも終わったところで、金髪の少女が挨拶を返した。立ち振る舞いはマリスよりも洗練されており、よほど小さな頃から学んでいたのだと解る。
「わたくしはシンシア=ローリーと申します、マリス様。辺境の出ですが、父はローリー伯として国にお仕えしております。失礼ですが、家名をお伺いできますか?」
「……ディルグノー=ゴドウィンが父の名前です。ですが、私は実の娘ではありませんので、かしこまらないでくださいませ、シンシア様」
国でも上位の貴族名が重ねて出てきて、栗髪の少女は完全に固まってしまっている。ローリー伯爵といえば、隣国との境に領地を持ち、防衛のかなめと言われている。かわいそうに、という思いを持ちつつ、カティはマリスに小声でお願いをする。
「お嬢様、できましたら先ほどの仲裁をしていただけませんか?」
「うん、解った。シンシア様、先ほどは何をしておられましたの?」
マリスは、直球でシンシアに質問を投げつける。シンシアは思い出したように怒り出し、説明をし始めた。
「この娘が同室だそうで、わたくしが入ってきたらすでに部屋におられましたの。それは良いのですが、何やら荷物を触っていましたので、盗もうとでもしていたのかと思ったのですわ」
何かを言いかけたが、ぐっと思いとどまる様子の少女。カティは落ち着かせる意味も込めて、名前を聞いた。
「あなたのお名前は?」
「あの、私、アンナっていいます。荷物を盗ろうなんて、してません……」
「ああ、大丈夫。泣かなくていいから。でも、触っていたらシンシア様でなくても何をしているのかと不安になるわ。よければ事情を教えてくださる?」
砂漠で水をもらった旅人のように、希望を見つけたアンナはマリスを見上げる。
「はい、荷物が多かったので、動かそうと思っていました。私の魔法が、荷物を動かすのに便利なので」
「魔法?」
アンナの説明に、三人の声が重なった。




