入学まで その6
二試合目、マリスは受験番号十二番、あの少年と当たった。
「お嬢様、棄権してください」
泣き出しそうというより、カティの目にはうっすらと涙が溜まっている。
「まさか。ある意味、試験官と当たるより嬉しいくらいなのに。それに、私が負けると思ってる?」
ディルより遅いし、と付け加える。だがカティは、おろおろとうろたえているままだ。
「でも旦那様は手加減してくださいますが、彼はそんなのしないでしょうし、怪我ではすまないかもしれないですよ」
「いや、あのくらいの速さなら、避けられないわけじゃない。そもそも……えっと、カティ、出番」
話しているうちにカティの番が回ってきた。渋々、カティは会話を打ち切り、試合に向かう。
相手の少年は先ほどの少女よりは強かったが、それ以上にカティの動きは精彩を欠いていた。結果、良いところを出せずに時間切れとなる。
「無様。次の試合もああなら、許さないよ」
マリスはきつい目でカティを睨む。しょんぼり俯いているカティからは、反論も何も出ない。
「さて、私ももうすぐ。カティ、しっかり応援してよ。心配するんじゃなく、勝つように応援して」
はじかれたように顔をあげて、一生懸命首を縦に振る。
「はい、お嬢様、頑張ってくださいませ !」
そして、マリスの出番になり、開始位置につくと、相手の少年がやりたくなさそうな態度をしている。
「嫌そうですわね」
「だって、あんた大したことないじゃん。まあ、全体を見るとましな方だけどさ。貴族のようだし、大怪我させてもまずいし」
「あら、試合を見ていただけたようで、何よりですわ。でも見極める目は持ってませんのね。あと、貴族とか関係なくってよ。馬鹿なことをおっしゃってますと……殺すわよ」
殺気を存分に出して少年を睨むと、少年は目に驚きを浮かべ、すぐに真面目な顔つきになる。
「解った、じゃあやろうか」
マリスは無手で少し足を開き、少年は剣を構えて、試験官の合図を待つ。
そして、試合開始の合図とともに、前の試合同様に少年が突っ込む。マリスは相手の突きが肩のあたりを狙っていると見て、半歩ほど身体をずらす。少しかすめて血が舞うが、同時にマリスの拳がみぞおちにめり込んだ。
ぐえっとえずきながら距離を取ろうとする少年に対して、マリスは追いかけて殴りかかった。当たるかに見えた拳は、マリス自ら引っ込めて距離を空けた。マリスが身体を引いた場所に、数瞬遅れで剣が横に薙ぎ払われる。
たった三秒間で、他の試合はまだ一合も当てていない。
「うぅ。いてぇ。凄いなお前。何で避けれんの?」
「動きが粗い。細かな点は、終わった後で説明して差し上げますわ」
よし、と気合いを入れ直し、少年は馬鹿の一つ覚えのように突進してきた。
先ほど突きを放って最小限で避けられたため、避けにくい攻撃をしてくるだろうと読み、マリスは右側からの横薙ぎの攻撃をしゃがみ込んで避け、同時に相手の足を刈る。だが、横薙ぎでとおりすぎた剣を、無理矢理途中で方向転換させて、通り越した逆側から振り直される。
左腕に攻撃を食らったマリスは、相手が転けているのを見て、倒れながら襲いかかる。相手が起き上がるより早く、足を使い剣を持つ相手の手を押さえつけ、逆の手も使えないように肘の関節をひねり上げる。
「痛い、痛い!」
「降参する?」
一瞬、強く抵抗するが、痛みで力が入りにくいのだろう、マリスの拘束が解けるほどではない。
「くぅっ、降参、降参する!」
宣言を聞いて関節から手を離す。相手が逃げつつため息をついているのを横目に、まともに剣を食らった左腕の様子を確認する。
「大丈夫かね?」
勝負がついたのを見て、担当の試験官が近寄ってくる。少し離れたところからは、カティが駆けてきている。
「はい、大丈夫ですわ。次の試合には影響ありません」
「嘘おっしゃい!」
「カ、カティさん?」
激しい口調に、何故かさん付けで答えるマリス。
「遠くからですけど、しっかり見てました。左腕の怪我、どう見ても大丈夫じゃないでしょう!そんな腕で次の試合なんて、できるはずが無いです!」
「だ、大丈夫。ちょっとひびが入った程度だから。折れてない」
カティに詰め寄られて、じりじりと下がりながら言い訳のつもりか、マリスはぼろを出してしまう。
「ひびが入っているのなら、次の試合は駄目だよ。というか、我慢強いね。全然解らなかったよ」
にこやかに、でも有無を言わさない様子で、試験官もカティの味方をする。
「解りました。でも、カティの試合は観戦させてもらいます。しっかり勝つところを見てるわよ」
マリスが決意に満ちた目で宣言すると、試験官は言っても無駄と判断した。その場に氷水が入った容器を持ってきて、応急処置として左腕を冷やす。
マリスが棄権に了承したためか、カティは安心した顔つきで、次は頑張りますと宣言した。
その隣では、試験官から少年も次の試合には出なくていいと告げられる。理由を問い質す少年に、やってきたアマンダがこれまでの二試合で二人とも百点と決まったから、と説明してきた。
納得したのか、試験官と少年は話を切りあげ、少年がその場に残った。
「その、悪かったな」
「何がですの?」
「怪我、させちまった。それに、そっちの子も不安にさせちまったようだし」
少年は、ばつが悪そうに頭をかいている。マリスはころころと笑いながら応じる。
「勝負ですから、何があっても恨みはしませんわ。死んでしまったとしてもね。まあ、死んだら恨めませんけれど」
良い勝負をしたからか、マリスは心の底から機嫌が良さそうに笑う。
「さて、時間もあるし、自己紹介しましょうか。私はマリス。こっちの子はカティ」
カティは無言で頭を下げる。
「俺はカイト。で、何で俺の攻撃を避けられるの?大人でもみんな食らうのに」
「あなた、まともに剣術も何も学んでいないでしょう?攻撃がまっすぐというか、裏がないのよ。凄まじい速度だから勝っていたようだけど、普通は虚実を混ぜないと攻撃は当たらないわ」
「あなたがそれを言いますか。全体的な速度はともかく、局地的にはお嬢様の方が速くありませんでしたか?」
「速いというか、目かしら。見て相手の動きを予測して、こちらの理想になるよう動いておく。まさかあそこから切り返しが来るとは思ってなかったから、食らったけど。あれ、初段も全力でしたよね?」
「ああ、深く考えてねえからな。学んだこともない。だって、勝ててたもん」
あっけらかんとしているカイトに、マリスは目を細める。
「じゃあ、入学できたら、しっかりと学びなさい。資質はともかく、あなたより強い人はごまんといますわ」
「いやいや、お嬢様、そんな人は滅多にいません」
そういえば、とマリスはカティに向き直った。
「カティ、私たちの勝負、細かいところまで見えていたのよね。もっと訓練したら、凄く強くなるんじゃないかしら」
期待に満ちた目をしているマリスに、カティは空恐ろしくなる。
「お嬢様、私の本職は侍女ですので、過度の武力は必要ありませんわ。いや、そもそもお嬢様付きでなければ、武力なんていらないような……」
ぶつぶつとつぶやくカティだったが、次の試合に呼ばれて向かっていった。文句は言っても手は抜かない姿勢に、マリスの顔に自然と笑みが浮かんだ。




