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December:PART3

陸斗が必死に探しているその頃、りおはというと学園内を一人散策中だった。

学園の外に出られるようになるまで、まだ時間がある。

その間にりおは自分の知らない学園を探したくなったのだった。

『…よし、とりあえず、あそこ!』

りおが向かったのは天体観測塔兼プラネタリウムだ。

主に大学の研究者達が使用している建物で中に入ったことはない。

『陸斗ならこの施設のことも知ってそうだ。……ちゃんと好きな子と過ごせてるかな。いつも私に気をつかって傍にいてくれるけど、クリスマスはやっぱり好きな人と過ごすべきだよ』

星空を見上げてりおは切なく笑った。

澄んだ空気が目にしみる。

『……あれ?』

ふと視界が揺らいだ。

目を擦り、りおはゆっくり深呼吸した。

「私らしくないなぁ。…てっいうか、変だよ。陸斗が幸せならと思って、陸斗に嘘までついて……。なのに何で涙が…。……ん?」

りおは天体観測塔のさらに奥から、かすかな光がもれていることに気が付いた。

「…何だろ。まさか、おば……違う、絶対ちがう」

恐る恐る、自分にそういい聞かせながら、その光を探しにいく。

と、林を抜けて視界が開けたと思うと、目の前にあるのは旧校舎だった。

「もしかして…さっきの光も本物?!キャーー!!」

「…今の声…りお!」

陸斗は悲鳴にすぐに反応して、旧校舎の方へ急いだ。

暗闇の中、陸斗はあたりを見渡す。

「りお!どこだ?!いるんだろ?!」

うずくまってしまったりおの耳にはしっかりその声が届いていた。

『陸斗…。もし今陸斗の名前を呼んだら、陸斗は私の傍にいてくれる…。でも、そうしたら陸斗が好きな人と過ごせなくなる…』

りおはキュッと口を結んだ。

そして少しでも恐怖心を拭おうと目を閉じた。

心の中で、陸斗があきらめて、好きな人のもとへ戻るよう祈りながら、けれど拭いきれない不安で足は震えてしまう。

それでもりおはゆっくり立ち上がった。

『…大丈夫、お化けさんはいるけどいない。いるけど…やっぱりいるよ!』

りおの瞳に涙が溜まる。

その時、背後の茂みからガサッと音がしてりおは後ずさる。

「きゃーっ!!」

その悲鳴と同時に一本の腕がりおを後ろから抱きしめ、茂みからは一匹の猫が飛び出した。

「キャー!やだ!離してー!」

「バ、バカ!暴れんな!俺だよ!」

その声を聞いて、ジタバタと抵抗していたりおはおとなしくなった。

「陸…斗…?」

「ったく、お前何やってんだよ」

呆れたような、心からホッとしたような、そんな表情で陸斗はりおを見た。

「…!り、陸斗こそ何してるの?!私は大丈夫だから早く戻ってあげて!」

精一杯の強がり。

心のどこかで、本当は陸斗が迎えに来てくれることを望んでいた。

けれどその精一杯の強がりのせいで、素直になれない。

「…お前がいないのに戻ってどうすんだよ。俺に一人で踊れってのか?」

「だって、陸斗には好きな子がいるでしょ?!」

「あぁ、好きなヤツはいるよ。だがな、お前が俺を出し抜いて姿を消してから、今お前を見つけるまで、俺は好きなヤツとずっと離ればなれだったんだぞ。傍にいられるだけでよかったのに…。だから探しに来たんだ…」

陸斗のその言葉の意味をりおは知らない。

陸斗自信もそのことは承知の上だ。

「探しに来たなら、私なんかほっといて、早く見つけてあげなよね」

『…やっぱり気付いてねーか』

陸斗は少しだけムッとして、りおに背を向けた。

「りおにとって俺が必要ないならしょうがねーか。…じゃーな」

陸斗の背が少しずつ遠ざかる。

りおは不安が押し寄せる心を隠して、その背をつかまないよう必死に虚勢をはっていた。

『陸斗を行かせてあげなきゃ。呼び止めちゃダメ。……でも…』

りおは走り出した。

「待って!」

りおのその声に陸斗は振り返らず立ち止まった。

手を伸ばせば陸斗に届く。

その距離でりおは動けずにいた。

そして陸斗は自分のすぐ後ろにいるりおを背中に感じていた。

「陸…斗、待って…」

「………はぁ」

陸斗はため息をつくと、やっとりおの方を向いた。

「…俺が本気でりおを残して行くと思ったのか?んなことするわけねーだろ。だいたい、俺がどんだけ心配したと思ってんだ」

表情は少しだけ怒っているような感じだったが、陸斗のその手はしっかりとりおの手を握っていた。

「今俺が探してたのは、他の誰でもない……りお、お前だよ。………っていうか、いっただろこの前。ペア、りおがいいって。なのに逃げるし」

「だ、だって、それは…!!」

「だってもクソもあるか。とにかく戻るぞ。最後の一曲くらいなら間に合うだろ。歩けるか?」

「え?あ、うん…大丈夫…」

りおは小さく頷く。

「そんじゃ、さっさと戻ろうぜ」

「うん…って、オイ!ちょっと陸斗!降ろせ!」

ヒョイと陸斗はりおを抱え上げる。

「人がいたら降ろすから安心しろ」

「………って、そうじゃない!」

「俺のこと出し抜いた罰だ。おとなしくしてろ」

「んなっ?!」

陸斗が珍しく悪戯な笑みを見せる。

それは高校に上がって出会った直後、正確には再会した直後の陸斗のようだった。

りおがおとなしくなったのを見て、クスクス笑い出す陸斗は本来の優しい笑顔。

「りお、ダンスが終わったらちょっと付き合え。見せたいものがあるから」

「見せたいもの?」

りおが小首をかしげながら聞き返すと陸斗は小さく笑っていた。

結局、最後から二曲目に間に合い、二人は手を取り合ってステップを踏んだ。

りおをリードする陸斗の姿に何人の女子が目をとめたかはわからない。

その一曲を踊りきって、陸斗は静かに『ついてこい』とだけいって歩き出した。

りおも少し距離をとって陸斗の後を追った。

人の気配がなくなって、やっと陸斗と並んで歩く。

「ねぇ、どこいくの?方向的に旧校舎の方なのは気のせい?」

「まぁ、方向はな。けど目的地は旧校舎じゃない。そのさらに奥だ」

「奥?」

「目瞑れよ。驚かしてやるから」

「…うん…」

そっと瞳を閉じ陸斗に導かれるまま、りおは歩いていく。

そしてしばらく歩いて、とあるところで立ち止まった。

「りお、もういいよ」

「………うっわぁー!!」

ゆっくり目を開けたりおはそこに広がる光景に驚きを隠せない。

目の前には大きなもみの木が一本だけ、他の木々の飾り付けとは異なり、そこだけまるで別世界のようだった。

イルミネーションの優しい光が二人を包む。

『そっか、私があの時見たのはこの光だったんだ』

「『クリスマス祭の夜、秘密のツリーの前でプレゼントを渡された者は幸せをつかむ』このツリーに関する伝説だ」

陸斗がツリーを見上げていう。

「そうだ。りお、これ返す。ったく、まんまとはめられたぜ、れおに」

陸斗が取り出したのは、れおから渡されたあの小さな箱。

りおからのプレゼントだ。

「…気に入らなかったかな。…ゴメンね」

「あほぅ、そんなわけねーだろ。そうじゃなくて、俺はただ、りおから直接もらいたかったんだよ」

「え?」

りおが聞き返すと陸斗は頬を赤くしていった。

「だから、もし、りおが本当に俺の幸せを願ってくれているなら、お前の手からもらいたい。れおを通してじゃなく…」

その言葉にりおも頬を赤くしてしまった。

そして優しく笑ってプレゼントを差し出す。

「メリークリスマス、陸斗」

「俺からも、りおに。メリークリスマス」

陸斗もまたりおにプレゼントを渡す。

りおの幸せを心から祈り贈るプレゼント。

「開けていい?」

「あぁ」

陸斗からりおへのプレゼント。

ためらいながらもれおのアドバイスを聞いて買ったもの。

「…ウサギさんだー!」

りおは包み紙から出てきたそのぬいぐるみをギューッと抱き締める。

「ありがとう、陸斗!」

「いいえ。けどな、りお。そいつはオマケ。一番のプレゼントはそいつの手にある」

「この子の手?」

りおがウサギのぬいぐるみを調べると、その手にブレスレットがかかっていた。

ウサギを買った後、アクセサリーショップで追加したものだった。

「手貸せよ」

陸斗はウサギの手からブレスレットを取り、恥ずかしそうに出したりおの手にそれをつける。

「まさか同じデザインになるとは思ってなかったけどな」

いってりおからのプレゼントであるペンダントを首につけた。

同じモチーフのブレスレットとペンダント。

それはまるで二人の気持ちのよう。

「…ありがとう、陸斗。大切にするよ」

「俺こそ、ありがとな。……あ…」

「…え?」

陸斗が空を見上げる。

「降ってきた…」

「…雪……。ホワイトクリスマス…だね」

りおも陸斗にならって空を見上げた。

「…何だか、意味もなくドキドキするね…」

「だな……。……りお、……いや、何でもない」

「どうしたの、陸斗」

見上げた陸斗はただ笑っていた。

『…まさか“雪降る聖夜”の伝説まで一緒になるとはな。イブの日、この秘密のツリーの前で降る雪を一緒に見た二人の絆は永遠に切れることはない。…俺は信じるよ、りお。お前との絆ってやつをさ』

陸斗の言動に首をかしげながらりおはウサギを抱きしめる。

「そろそろ戻るか」

「うん」

陸斗の差し出した手をりおはそっとつかむ。


かくして、りおの精一杯の計画は陸斗の恋路をある意味邪魔してしまった。

けれど、陸斗にとっては、自分のためにりおが動いてくれたことが何より嬉しかったわけで、結局そばで一緒に笑っていられたのだから、これ以上の喜びはなかった。


クリスマス祭が終わると、あっという間に大晦日だ。

「陸斗ー!運ぶの手伝ってー!」

「はいよ。年越しそばなんて、何年ぶりかな」

「陸斗…。大丈夫!味はバッチリだからね!」

おぼんに蕎麦が二つ、それを陸斗とりおは一つずつ持った。

「陸斗」

「ん?」

そっと呼び止めてりおは微笑んだ。

「一年間お疲れ様でした。それから、色々ありがとう!」

「りお…。俺こそ、ありがとう。来年もよろしくな」

「うん!」

二人の笑顔をれおと梨月が優しく見守る。

「お待たせ!」

「やったー!りおの蕎麦だー!」

「れー君落ち着いて!」

「ったく、少しは成長しろよな、アホゥ」

この年末年始、陸斗は真中家で過ごす。

誰かと一緒に新年を迎えることは、年越し蕎麦と同じで久しぶりだった。

「きっと来年は今年よりも良い年になるよね」

「そうだな、きっと…」

「初日の出、一緒に見ようね、陸斗!」

りおの笑顔に陸斗も笑って頷いた。


純白の寒さに包まれた十二月は汚れのない純真な気持ちに溢れていた。


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