第肆拾玖話 An act of going hunting in a field②
お待たせしました。
もう間が開きすぎて生存報告みたいですね。
今回は少し書き方が変わっていると思います。
第肆拾玖話 An act of going hunting in a field②
死者が闊歩するモール外の世界に生身で乗り出し狩りをするという光の計画は、案の定受け入れられなかった。当然といえば当然の結果だ。
光は皆の、特に鈴子達の若いグループの拒絶は予測していた。なので、これで諦める気は一切無かった。まず最初に、現状を全員に理解させる事から始めようと光は食品の在庫チェックを真澄と斎藤にお願いした。
食品は元々このモールに居た大勢の人間で分け合っていた事もあり、実のところかなり数量自体は減っていた。普段は見慣れない箱に詰められた状態しか確認していなかったので、実際よりかなり多めに錯覚していただけだったのだ。
「んー、缶詰はまだ200箱はありますね。ただ、今までのペースで食べ続けると人気のないやつでも一年はもたないかな?」
「乾物も賞味期限が切れ始めたのがけっこうあるな。こう見ると、確かに一年くらいでこの食料も底を突く。」
斎藤と真澄はその様にお互い確認しながら、正確なリストを作成していく。これは元々仕分けされていた食料だったので、そう時間の掛かる作業でもなかった。
詳細なリストを作成し、尚且つ一日に消費する大凡の量を概算で出して計算すると、節約しても今の食料で生活できるのは意外に短く、来年の秋にはほとんどが無くなると結論付ける。
「やっぱりそんなもんよね。私に言わせれば計算より随分保つと感心しちゃうくらいだわ。」
そう言って光は、賞味期限の少ない物から先に消費するために在庫を一度運び出し並べ替える作業を二人に頼むと、その足で銭形の元に向かった。
理由は、外に出る為の物資の調達や安全の確保面に対する保全を計画するためだ。これは車輌や機械に詳しい彼にしか分からない事だった。
銭形は先程から姿が見えなかったが、仕分けを始めた二人に聞くとすぐに居場所がわれた。銭形は例の秘密基地で一人寝転がっていた。
「邪魔するわよ。」
そう言うと、寝ていると思われた銭形はムクリと起き上がった。そして光を見るとニヤリと小さな笑みを見せた。
「来ると思ってたぜ姐さん。」
「でしょうね。」
光も銭形の反応が予想の範疇だった様で、特に驚きもせずそれに応える。
「例の狩りなんだけど。」
光がそう口を開くと、銭形はそれに食い気味に答える。
「獲物は具体的に何を狩る気だ?」
「牛、豚、馬、羊、とにかく食用にできそうな物で比較的大きい獲物を狙いたいわね。」
「ふむ、それで運ぶ手段はどうするんだ?」
「え?それはトラックがあれば何とかならないの?」
光は銭形の言葉に怪訝な表情を見せたが、銭形はそれを笑い飛ばした。
「姐さん、何でもいいってわけじゃないよ。今あんたが挙げた獲物は少なく見ても200キロは越えるやつがほとんどだ。ただのトラックだとその場で解体しないといけなくなる。」
「さすがに危険かしら・・・?」
光は銭形の言葉に苦笑を浮かべたが、銭形は急に真剣な顔をした。
「当然危険は増す。獲物がいそうな農村地帯までここからどれだけかかるかがまず問題だ。確かに山荘から少し走った所に牛なんかはいた記憶はあるが、ここからあそこまでは集落もけっこうあるし、何より住宅地も多い。」
「そうね、この辺りの死体も随分減った感覚があるけど、結局のところ斎藤君が毎日地道に頭を潰してるから減ってるだけかもしれない。」
「それによ、実は表に出てないだけで家屋の中なんかで人間が通るまで大人しくしているだけかもしれない。」
「そんな知恵があるかしら?」
「いや、そうは思えないがそれでも可能性はゼロじゃない。特に気になるのはあの目ん玉が黒いやつらだ。正直俺は、あれが一番恐ろしいと思う。」
そう言うと、銭形は頭を掻いた。彼が恐怖を口に出すのは非常に珍しい事だし、今までの経験上銭形の勘は恐ろしく当たっている。
光も自分は今の安全に近い状況に感覚が麻痺し、危険察知能力が低下しているかもしれないと思ってしまう。
「まぁ、下に一度降りてみないと何とも言えないってのが本音だ。今まで下に降りたのは斎藤と真澄だけだし、それも頑丈なシャッターで守られてる薬局だけだからな。」
「そうね、私も随分奴らと対峙してないから油断しすぎかもね。」
そう言って銭型と光は暗い部屋で揃って腕を組む。そしてしばらく思案していたが、光が口を開いた。
「とりあえず、必要になりそうな物って何がある?」
その光の言葉に、銭形は待ってましたとばかりに口を開いた。
「それなんだが、とりあえずクレーンのついたトラックだな。」
「あのチョンマゲみたいなの?」
「そうそう、チョンマゲだ。業界じゃユニックとか言われてるけどな。理由はユニックって名前の製品が多かったからだ。最近じゃ他にも色々あるんだが。」
「そんな雑学どうでもいいってば。」
光は饒舌に雑学を披露し始めた銭形に渋い顔を向けて言葉を切らせる。
「だな。とにかくユニックとその燃料は大事だ。できればディーゼルがいいな。あれなら灯油でも重油でも走る。ガソリン車はそろそろガソリンがタール化を始めてそうだし走るか微妙だ。」
「私に言われても分かんないわよ・・・。」
また理解不能な単語が出始め、光は困惑した顔をした。タールなんか昔見たゾンビ映画で出てきた『タールマン』くらいしか思い浮かばない。
それかタバコの有害物質が同じ名前だったと追加で思い出したが、それが燃料とどう関係するのか想像もつかないのが女性である光の限界だった。
「それもそうだ。普通のOLさんならまず一生縁の無いもんばっかりだからな。まぁ姐さんは普通じゃねぇと思うが。」
「悪かったわね。」
「いい意味でだよ。とにかく、ユニックは譲れねぇ。気絶したやつを吊り下げて頚動脈を切って失血させるわけだし、出来れば獲物が暴れてもビクともしねぇのがいいなぁ。」
「は?」
銭形の続けた言葉に光は間抜けな声を上げた。そして少し焦った様に言葉を続けた。
「あのさ、気絶させなくても銃で頭を一発パーンで殺せないの?」
その疑問に銭形は顔を顰めて光を見た。そして、光が死体の危険ばかりを考え、狩り自体を甘く見ている事に不安を覚えた。
これは現実を少し見せておいた方がいい、何だかんだ言っても光だってまだ二十代の若い女でしかないなと銭形は不安とは裏腹に少し微笑ましい感情も覚える。しかし、彼の口が紡いだ言葉は想像以上に残酷な現実だった。
★★★ここからそこそこグロイ話です。耐性がない方は次の★三つまで逃げてください。食事中の方も注意!
「あのな、牛とか大型の動物になると拳銃みたいな豆鉄砲で頭蓋骨を割って脳に損傷を与えるのなんかまず無理だぞ。あれは狩猟用のライフルでもあれば可能だが、俺達の装備や腕じゃ難しいと思ったほうがいい。」
「え、えぇ?牛とかに近付いて頭にピストルをつきつけてバーンで即死じゃないのっ!?」
驚きの声をあげた光に銭形はやっぱりなと内心で溜息を吐いた。この調子ではこのお嬢は獲物を殺した後の処置なんかもかなりボンヤリしているに違いない。
人間がどうやって食用の肉を調達していたのかを何も分かっていないのだろう。機械にかけたらパック詰めされて出てくるとでも思っているのだろうか?
「あのな、牛の屠殺ってのは簡単じゃないんだよ。色々やり方はあるが、今の主流は専用の銃で気絶させた後に頚動脈をバッサリやって血抜きして殺すんだよ。でも途中で意識が戻って暴れたりもするし大変なんだぞ。」
銭形の具体的な屠殺方法を聞いた光は頭を抱えた。思っていたより随分と残酷だ。普段自分達がどうやって肉を食卓に運んでいたのか考えた事などなかったが、これは少し予想の上をいった。
考えただけで吐きそうだ。これが人間の裏側ってやつかと本気で思う。いつか見た漫画で人間が食用のために吊り下げられて運ばれる映像を見て凄まじい嫌悪感を覚えたが、自分達が間接的にも同じような事をしていた事実に血の気が引く。
そして心から感謝して食事をしなければダメだという気持ちが芽生えた。というか、しばらく肉を食べたい気分にはならないだろう。
「ま、他の動物を殺して食ってんだから当然なんだよ。出来るだけ苦しませずに殺したい気持ちは分かるが、そんな柔な連中じゃねえんだ。それにその後バラすんだぞ?血がドパドパでるし腹の中には糞尿もあるし皮を剥いで解体して・・」
光の頭の中で首からボタボタと血を流して苦しみの悲鳴を上げる牛の姿が妙に生々しく思い浮かべられた。
尚も続く銭形の言葉に、次はその牛が頭を落とされ臓物を抜かれ、開きにされて吊るされている光景が次々に頭を過ぎった。
「ストップ、それ以上言わないでいいわ・・・。」
光はそう言って口を押さえた。真っ青に変色した顔を見て、銭形は慌ててゴミ用のビニールを一枚取ると光に渡す。
「オロロロロロロロロロ・・・。」
光は銭形に渡された袋に向かって激しく嘔吐した。それはしばらく続き、やがて光はティッシュで口を拭うと銭形に向き直った。
「大丈夫かよ?」
「大丈夫じゃないわよ・・・。」
そう言って光はまだ真っ青な顔を両手で覆うと、俯いた。
「結構えぐいだろ。だからまだ皆には言わなかったんだ。姐さんでそれなら、未来や飛鳥なんか卒倒するぜ。」
「でしょうね。でもやらなきゃ・・・。」
そう言った光は血の気のない顔のまま袋を持って梯子を降りていった。
★★★
光と銭形が話し合っている最中、女子高生三人は固まってひそひそやっていた。原因は急に食料のリストを作り出した真澄と斎藤についてだ。
「あいつら何やってるのかな?」
「決まってんでしょ、ああやって後どのくらい今の食料でやれるか調べてんのよ。どうせ光の差し金だって。」
優と鈴子がそう言うと、未来もそれに同意する。
「でも、確かに食料は無尽蔵じゃないし、いつか無くなるよね?」
未来がしばらく議論した末にそう結論を出す。
「問題はいつ無くなるかよ。」
そう言って鈴子は顎を撫でた。
「具体的にはどのくらいいけると思う?」
鈴子の言葉に未来が不安そうな顔をしてそう続けた。
「あれだけあれば五年くらいはいけるっしょ?」
と優が自信たっぷりにそう言うと、鈴子も口を揃える。
「五年あればきっと救助も来るわね。」
さらに鈴子がそう結論付けると、三人はどうすれば大人達が妙な気を起こさないかを議論し始めた。当然、彼女達の考えは相当甘かったが、それに対する疑問を口にする者はいなかった。
★
「まいったね。今まで出来るだけ見ないでいいように目を背けてたってのもあるが、実際に数値で出すと恐ろしいな・・・。」
そう言ったのは斎藤だった。彼と真澄は、食料のリスト作りで棚卸しをやったわけだが、意外に早い段階でそれらが尽きるという事実に顔を背けたくなったのも無理はない。
「先輩が言い出したから何か理由はあると思いましたが、久しぶりに焼肉が食べたいとかそういう理由なら良かったのに。」
真澄もそう呟くとまだ山であるダンボールを見つめる。人間の食料の消費を甘く見ていたのは否めない。そりゃ昔は飢餓があったはずだと妙に納得してしまう。
現代の様にプランテーションなどの大量生産が不可能な時代だったら食料不足なんてのもかなり身近な問題だったと頷ける。
「本格的に下に降りる覚悟をしなければいかんな。出来れば奴らが勝手に自滅してくれるのが望ましかったが、兵糧攻めだとこっちに分が悪い。」
斎藤がそう言った後、ふと首を捻った。
「そう言えばさ、下の死体はどうやって動いてんだ?生物じゃないにしても、エネルギーは動き続ける限り必ず消費していく。つまりいつか尽きるのが自然の道理だろ?」
「そこ言っちゃいますか。」
真澄は斎藤の今更な疑問に溜息を吐いた。これは光と何度と無く議論した事だ。その結果、死体が動き回る事自体が自然では在り得ない事であって、人間には解明できない宇宙の謎と同格だとさじを投げたのだ。
つまり、全てに答えを出せる人間はいない。重要なのは、死体が敵である事と待つだけでは消えないだろうという事なのだ。
「あー、とっつぁんが意外に良い答えとかしそうだな?」
黙ってしまった真澄の様子をしばらく伺った斎藤だったが、沈黙に耐えられずに適当な事を口走る。しかし、それは意外といい線なんじゃないかと思えてしまうのも不思議だ。
大体、銭形の存在だって結構な謎なのだ。本人は電気屋だと言い張っているし、そもそも最初の出会いの時は高所作業車のバケットの中で難を逃れたと言っていた。
だから、それは嘘ではないのだろう。だが、彼の非凡な技術や知識は侮れないものがある。大体、電気屋というのは一体全体どんな職業なのだろうか。
多分、家電を扱う電気屋でないのは確実だが、真澄も斎藤も普段の電気屋が何をしているのか明確には知らないのだ。道路の縁で旗を持ったオッサンが高所作業を眺めている光景くらいしか思いつかない。
「謎だ・・・。」
斎藤が自分で話を振っても反応が無い真澄に気まずさを覚えた頃、急に真澄がそう呟いた。
「あいつらの動力源がか?どうせケツに電池でも刺さってんだろ。」
斎藤はまだ真澄がやつらの動く仕組みについて考えていると勘違いしてそう軽口を叩いた。しかし、真澄は真剣な顔を斎藤に向けた。
「いえ、とっつぁんの存在がですよ。いくら何でも普通の男じゃないのは薄々感じてましたが、何をしてあんな万能な人間になったんでしょうか?」
「おお、そこに食いついたのかっ!?」
意外に真澄が思い悩んでいた事が自分の何気ない間を持たすための会話だったのに驚いた斎藤だったが、ううんと唸ると顔を顰めた。
★
銭形は光が出て行った狭い部屋で寝転がりながら、これまでの事を反芻するように思い出していた。思えばまだ生きているのが不思議で仕方ない。
真澄達と出会う前、彼は仲間と一緒にモモンガ浜と呼ばれるアミューズメントパークの配線修理のため、パークの閉まった二十時から工事を行っていた。
急にパークの電飾に異常が出たという報告だったが、配線図を見ると屋内からの修理は無理そうだった。なので、銭形は普段電線工事でしか使用しない高所作業車で出張っていたのだが、結果的に、これが自身の命を助けた。
もう二十一時を過ぎているはずだったが、パークの周囲を巡る幹線道路はいつもの疎らな交通とは違い、それはすでに違和感どころか異常を覚える光景と化していた。
高さ5メートルほどの高所で作業していた銭形は、パークを囲う塀の向こうがまだ実は帰宅ラッシュの時間帯なのではないかと疑ったくらいだ。そのくらい、その日の道路は混みあっていた。
頻繁にクラクションが鳴り、隣の町へ向かう所謂下り車線に車が集中している。本来は大都市に向かう上り車線の方が圧倒的に交通量が多いのだが、ベッドタウンへ向かう車の増える帰宅時だけ流れが逆転するのは知っていた。
「おーい、今何時だ?」
下に待機して配線や機材を準備していたまだ若い社員に銭形は訊ねた。すると、二十二時でーすと軽い返事が返ってくる。
「どうしてですか?」
去年専門学校を出たばかり若者は、怪訝な表情で銭形を見上げた。
「いや、車多過ぎねぇ?」
そう言って銭形は下から見えるはずも無い塀の向こう側を指差した。それに若者は視線を向けたが、下からは高い塀に描かれたゴシック調の模様が暗がりにうっすらと見える程度だ。
若者は首を傾げて、少し遠くにあった入場門へ足を運ぶ。入場門は鉄製の頑丈な物だったが、十五センチくらいの間隔で鉄棒が縦に張り巡らせてある造りなので向こう側はよく見える。
そして、道路の状況を確認した彼はまた首を傾げて高所作業車の下へ戻り配線をドラムから引っ張り出し始めた。そんな彼の様子を見ながらニッパーで配線を切断していた銭形だったが、急に催してバケットを下に降ろした。
「どうしたんですか?」
「小便だ。いい時間だからお前も一服しな。」
そう言って銭形は近くにあったトイレに向かう。人気のないパークのトイレというのは夜の学校などを連想させてあまり気味の良いものではなかったが、この仕事で多くの現場にある小汚い簡易トイレよりは百倍ましだった。
銭形は薄暗い個室に入ると、用を足して作業車へ戻る。若者はベンチに座り、タバコに火を点けていた。銭形も腰につけた安全帯を外すと、石造りの地面に置いた。
若者は、胸ポケットからタバコを取り出した銭形にライターと缶コーヒーを渡すと、またベンチに戻る。銭形は彼から注意を逸らすと、ぐるりと周囲を見た。ここは銭形にとって少し思い出のある場所だったからだ。
「昔とあんまり変わってねぇなぁ・・・。」
「あれ?銭形さんってここ来た事あるんすか?」
若者が驚いた様な顔で銭形を見る。
「あったら悪いんか?」
煙を吐きながら若者をジロリと見た銭形に、若者は頭を掻きながら続けた。
「だってもう十年以上は彼女いないんでしょ?まさか一人で来たんじゃ・・・?」
失礼にも程があるが、確かに若者の頭の中など色恋しかないのだろう。彼女連れ以外でこんなファンシーな場所に来てはいけない法律でもあるのかと怒鳴りたくなる。
「アホか、女なんかいなくても来る事だってあるさ。バイトだよ、学生やってた時分だがな。」
「なーんだ、安心しました。一人でこんな場所くるなんて終わって・・」
そういってまだ少しあどけなさの残る笑顔を銭形に向けた若者に拳骨が振られた。メットを外していた若者は頭の天辺を押さえて蹲ってしまう。
銭形はそんな若者を一瞥すると、昔自分がバイトしていた通りの様子を見たくなった。夏場のわずかな時間だったが、色々と世話になった記憶が蘇ってきたのだ。こんな機会でもなければ、二度と近くに来る事もないだろう。
小休憩なのでタバコ一本で終わるつもりだったが、配線も深夜までには片が付きそうだったし、何より二人しかいないので時間は自由だった。
「多分、これ夜中には終わっちまうよ。だからちょっと長めに休むけど構わないか?」
銭形が携帯を弄りだした若者にそう言うと、彼は嬉しそうに目を細めてまたタバコに火を点けた。それを快諾と受け取った銭形は、少し歩いてくると告げると記憶を頼りに歩き出した。
★
夏祭りに的屋の並ぶ通りを、銭形は懐かしい気持ちで歩いていた。彼のバイトとは地元の青年団が毎年行われる夏祭りに出店していた的屋だった。細かく言えば、烏賊と唐きびを焼いていたのだ。
あの時は溢れんばかりに人がいて、的屋の様々な看板や電飾と大勢の笑い声や威勢のいい声が残響の様に銭形の脳裏に蘇ってくる。
今の人っ子一人いない状況がまるで悪い夢の様に思えた。この落差はまるでゴーストタウンにでも迷い込んでしまったかのような錯覚を銭形に与えてくる。
「祭りの後ってか。」
銭形はポツリと呟くと、来た道を引き返した。次第に今の状況に酔ってしまった自分に対する笑いがこみ上げ、銭形の口角は自然と上がっていた。
しかし、その表情も次第に険しいものに変わっていった。何故なら、さっきまで居た現場に近付くにつれ、だんだんと人のざわめきが聞こえ始めていたからだ。
おかしいと思いつつ、銭形は走った。今の時間に大量の人間の声などあるはずがなかった。その声は近付く程にハッキリと聞き取れるようになり、威勢の良い声がだんだんと大きくなる。
まるで祭りの夜に戻ってきたような感覚が銭形の思考を奪っていった。タイムリープかノスタルジアか、現実にはあり得ない事が起こっている様な不思議な感覚に銭形も戸惑い、そして高揚した。
「何の騒ぎだっ!?」
銭形はその光景に驚き、相棒の若者に怒鳴った。若者はオロオロしながら銭形を見ると口を開いた。
「俺にも分かんないですっ!急にクラクションや車の衝突音が聞こえて、人が・・・。」
そう言うと若者は入り口を指差す。銭形が威勢の良い声だと錯覚したのは、怒号や助けを求める叫び声だった。鉄格子の向こうに何十人も人間が押しかけ、開けてくれと大声を出していた。
「ここの人も居ないし開けていいもんかどうか迷ってるんです・・・。もし泥棒とかだったら後で責任問題とかなると・・」
的外れな心配を口にした若者を尻目に、銭形は入り口へ走った。ここは日本だ。こんな大勢で物盗りなどあるはずがない。何かが起こっているのだ。
先ほどから感じている異様な空気、あり得ない交通量が今日この夜、何かがいつもと違うと語っていた。
その時、ざわめきが狂気に変わった。叫び声が上がり、入り口にいた人間が血相を変えて全員で鉄格子をガチャガチャとやり出したのだ。
銭形が入り口に走ってくるのを見て、一斉に助けを求める声が大きくなった。
「開けてくれっ!!!」
「助けてっ!!!」
「早くしろっ!!!」
「殺されるっ!!!助けてっ!!!」
「子供がいるのよっ!!!」
「うぎゃああああああああっ!!!」
「早く開けんかっ!!!この馬鹿がっ!!!」
「開けろおおおおおおおおっ!!!」
我先に叫ぶ人の群れに、銭形は立ち止まった。ここを開けていいのか一寸の迷いが浮かぶ。経営者に何かを言われるとか責任問題になるとかそんな俗っぽい理由ではない、得も知れない不気味な恐怖が頭を過ぎったのだ。
『こいつらを中に入れて俺は安全なのか?』
それは社会的な安全ではない。命のリスクだった。咄嗟に、このまま開けてしまえば自分は死ぬだろうと銭形は直感した。人の波でその向こうの状況は分からない。
だが、確実に良くない事が起こっており、それは単純なパニックでは無いはずだ。この人々の反応からある種の危機感を感じる。これは何かに追われていると考えるべきだ。その何かが問題だった。
「何が起こってんだっ!?」
「いいから開けろっ!!!」
銭形の声に明確な返事は無い。皆がパニックになり、自己中心的に喚いていた。
「外の様子を確認すっから、それまで絶対にここを通すなよっ!!」
銭形は後をついて走ってきた若者にそう叫ぶと、高所作業車へ戻った。あのバケットを目いっぱい上げれば、あの人波の向こうを確認できる。連中を追っているモノの正体を確かめるのが先だ。
車にいくと運転席のドアを勢いよく開け、ギアをニュートラルにしてクラッチを踏みエンジンをかける。そうしなければバケットが動かないからだ。
そして銭形はすぐ運転席から飛び降りると車の後部に走ってバケットに乗り込み、操作盤を使って最大高度まで上げた。そして、地獄を見た。
百人を超える人間が、外で喰い合いをしていた。人波の後ろから集団が襲い掛かり、次々に逃げ惑う人を引き倒し、押し倒し噛み殺していた。発狂した様な叫び声が鳴り止まぬ理由は一目瞭然だった。
『開けたら全員殺される・・・。』
銭形がそう直感したのと、若者が入り口横の従業員用通路の鍵を開けたのはほぼ同時だった。罵声や非難の声に若者は追い詰められたのかもしれない。
鉄製の重いドアが弾ける様に外から開き、若者はそのドアに強打されて転がったまでは見えたがその後はただただ混乱だった。我先に狭い入り口に人が殺到したため、中に入った人間も転がるように倒れた。
その上を後から来た連中が踏みつけていく。本当のパニックとは自分の事以外の安全など頭から消してしまうのだろう。半分ほど人波がパーク内に飲み込まれた直後、恐ろしい事が起きた。
先行した一団がまだ入ろうとする連中を見捨て、無理やりドアを内から閉めてしまい鍵を掛けてしまったのだ。外側ではまだ半狂乱の人間が喚いていたが、誰一人としてドアを再び開けようとはしなかった。
★
従業員用の入り口付近には、数人がズタボロになり倒れていた。何十人もの人間に踏みつけられ、パーク内の電灯に照らされ黒い水溜りがじわじわ広がっていくのが分かるほど血を流している者までいる。
『あれは死んだな・・・。』
銭形はバケットから頭だけを覗かせ下を確認して、背筋を冷たい汗が流れるのを感じた。これは一体何なのだと当たり前の疑問が頭を過ぎるが、惨劇を前にして、未だ冷静に状況を分析している自分にも驚きが隠せなかった。
銭形が真っ先にした事は、内ポケットに忍ばせていた高所作業車のキーを操作して、遠隔でエンジンを停止させることだった。これで、下の連中はバケットまで手が出せない。
まだ侵入した人間の半分以上がパークの石畳に転がるように身を投げ出し、大きく息を吐いていた。そして数人が自動販売機前でギャーギャー騒いでいる。
喉を潤すために自販機に群がったまでは良かったが、ここですでに本性を晒し始めた人間が並んでいる人間などお構い無しに何本も飲み物を購入しだしたのだ。
「早くしてくれっ!」
「あんた買い過ぎじゃないのかっ!?」
「何やってんのよっ!!!」
「黙れっ!!!」
罵声が飛び交い、遂には買占めを行っていた人間の仲間が他の者を威嚇したり殴ったりしだした。頭の悪そうな服装の男女数人だったが、周りの連中はすごすごと別の自販機を探しにパーク内に散っていった。
銭形は舌打ちをしながらそれを眺めていたが、やがて連中の一人がようやく銭形に気付いた。
「おらっ!お前降りてこいやっ!!!」
あまりにも分かりやすい馬鹿な怒声が下から響いた。銭形は思わず顔を歪めてしまった。どうしてこういう連中はこうも間抜けなワンパターンしか使えないのだろうかと失笑が含み笑いとなり、喉を鳴らして漏れた。
「無視してんじゃねえぞこらっ!!!」
おらとかこらとかもっと他の事は言えないのかと、また銭形は噴出しそうになってしまったが、無視を貫いてビビッていると勘違いされるのも癪な気がして頭だけ出すと連中を見下ろした。
やっと頭を出した銭形に対して罵声はどんどん大きくなっていったが、銭形はいたって冷静だった。
「おーい、一体外で何があったか教えてくんねえかっ!?」
銭形の場に沿わないその声に、下の連中は怒りを顕にした。しかし、律儀にも中の一人が勝手にベラベラと喋ってくれた。
「ゾンビが大発生してんだよっ!!!」
その言葉に、銭形はやっぱりかと妙に納得した。あの光景は、映画などで飽きるほど見た光景に酷似していたからだ。人間が人間を食う表現など、他に言い様がない気がする。
「で、警察とか自衛隊とかどうしてんだ?」
「とっくに壊滅したに決まってんだろっ!!じゃなきゃ俺らだって逃げ出したりするわけねーだろうがっ!!!」
馬鹿はさらに大声で解説してくれる。銭形はそれを細かく持っていたメモ帳に書き綴った。そしてだんだんと状況が見えてきた。
警察や自衛隊は展開が遅れ、被害が一気に拡大するのを許してしまい、さらに死体の大群に追われて散り散りに敗走を始めている。そして、状況を良くないと判断した連中が蜘蛛の子を散らすように都市部を追われているらしい。
それが起こったのは時刻が夕暮れから夜に変わるあたりだったらしい。だからまだ数時間しか経っていないのに爆発的に被害は広がっているのだ。
死んだ人間が起き上がり、身近な人間がソレの犠牲になり、そしてまた蘇って他の人間を襲う。その連鎖が人口密集地では顕著であり、封鎖が間に合わなかったと推測するのが自然だろう。
どうせ警察や自衛隊が敷いた封鎖など、一般人が我が身可愛さに突破して壊してしまったのが半数以上はあるに違いない。つまり、バケモノと人間の両方がこの騒ぎを収集不可能にした事が何となく理解できた。
死んだ人間が生き返っているので、攻撃対象も明確に示せず状況は後手後手に回るのは当然だった。しかもそれが世界中で同時発生しているのだから救助も保護も期待できない。
異常パンデミックでも起こっているのかはたまた世紀末か。どっちにしろ今は何をやっても罪には問われまい。銭形の脳裏にそんな暗い感情が仄かに灯った。
★
しばしメモを読み推測や憶測を繰り返していた銭形は、状況が少し変わってきたのを感じた。先ほどまでは馬鹿の声だけだったものが、いつの間にかサラリーマン風の中年男性や女性の声も混じり始めていた。
かなりの人間が高所作業車を取り巻き、車を揺らしたり罵声を浴びせたりし始めていた。彼らの心理状況はこうだろう。
この中の大部分は、かなりの人間を見殺しにして助かっている。ドアを閉めたのは中の人間の数割だろうが、再びドアを開けなかった自分達はある意味共犯だ。
その事実に気付いてもそれを素直に認められる人間など何人いようか。自分が助かり、徐々に安全を確信して心に余裕を持ち出した人間が責任転嫁する先を探すのは当然だと言える。
そこに分かりやすい悪役を見つければ、これ幸いと自分らの犯した罪を全て銭形に転嫁すればいい。最初に自分達を見捨ててドアを開けなかったのはアイツだ。だから悪いのはアイツだ。
そこに気付いた人間が、馬鹿の煽りに便乗し出したのだ。私達は悪くない、悪いのは全てあの男だ。ドアを開けた若者に感謝を示しているのは数人いるかも怪しいものだ。
いや、ほとんどの人間が誰かが開けたドアに群がっただけで、ある意味英雄である若者が今どうなっているか気にしている者など皆無かもしれない。
銭形からはよく見えたが、閉まったドアの横に作業着の若者がうつ伏せに倒れピクリとも動いていないのが分かる。そして、彼や他の倒れている人間を介抱しようとする人間が一人もいない事もよく分かった。
死体はいずれ起き上がり、再度自分達を襲うかもしれない。だから誰も安否を確認できずに放置しているのだろう。介抱した瞬間に食い殺されるかもしれないのなら銭形でも近付きたくはない。
そして、それらの負の感情は今銭形一点に注がれている。
「降りてこいやっ!!!」
相変わらずボキャブラリーの貧相さを隠そうともしない怒号が下から聞こえる中、銭形は落ち着いてバケットに身を潜ませていた。地上から五メートルは離れているここは安全だ。
馬鹿がいくら群がろうと、しっかりと足を四方に伸ばして固定してあるこの車をひっくり返す事はできないし、操作するにもエンジンを掛けられる者などいない。つまり、誰も銭形に手は出せないのだ。
いや、一つだけ方法はあるが、実行する人間は頭がイカレているか自殺願望でもあるやつだ。垂直に近い角度で上に伸びているバケットまで人力で登ろうとするなどいくらなんでも。
「ひっぱり降ろしてやるっ!!!」
いた。正真正銘のバカがいた。普通は引き摺り降ろすと言う所をひっぱり降ろすと発言している部分も含めてかなりのバカだ。銭形は苦笑して、バケット内にある様々な工具の中から一つを手に持つ。そして下を覗いた。
滑々した金属のアームを裸足になった金髪の男が必死の形相で登ってきていた。下では仲間が大声で応援している。金髪の彼はそれに応えながら汗だくになり滑る手足を踏ん張って頑張っていた。
彼は今、貧相な想像力をフルに働かせて英雄となった自分を想像しているのだろう。今、悪は銭形だ。だから、銭形を下に降ろして袋叩きにすれば皆が自分を褒め称えるに違いない。
そんな陳腐な妄想が頭を占め、彼はそんな暴挙に出たのだろう。もしかしたら下で声援を送る女性達に「格好いい自分」でも見せたいだけかもしれない。
そして、やっとの思いで男がバケットの端を掴めそうな距離まで来たとき、銭形はニヤリと笑みを浮かべて男に話しかけた。
「おい、お前バカだろ?」
突然の銭形の言葉に、やっとバケットに手を掛けた男は一瞬理解できずに困惑の表情を浮かべた。
「両手封じて上から攻撃されたらどうなるか考えろってんだ。」
そう冷たく言った銭形は、手にした小型の金槌でバケットに掛かった男の指の爪を軽く叩いた。
「いてっ!!!」
そう叫んだ男は反射的に手を離す。そして、あっと小さく間の抜けた声を上げて落ちた。真っ逆さまに下の石畳へ。その直後グシャリと音がして、下から一気に悲鳴と怒号が沸いた。
上から見下ろして見ると、男が小さくビクビクと痙攣しているのが見えた。そして、彼女と思われるこれまた半端なプリン頭の女が盛大な泣き声とヒステリックな悲鳴を上げるのを銭形は黙って聞いた。
「殺すぞこらっ!!!」
「降りて来い卑怯者っ!!!」
仲間がそんな声を必死で銭形に浴びせるが、銭形は動じた様子も無く道具を置くために数枚バケット内に用意している板を頭上に敷いた。そしてメットを被って次に備える。一人落とされてまた登ってくるほどのバカなどもういないだろう。
なら考えられるのは一つだった。案の定小石がパラパラと降ってくる。そしてしばらく怒号と石の雨が続いていたが、やがて小さな悲鳴が聞こえ、そして大きな悲鳴が下で何回も上がった。
銭形は雨が止んだのを確認すると下を覗いた。そこには、先ほどの金髪の男がプリン頭の女を組み敷いて首を食い千切っている光景があった。そして、踏み殺され倒れ伏していた数人が起き上がっていた。
中にはまだ倒れ伏したままの者もいる事から、生き返るのには何か条件があるのかもしれないと銭形は冷静にメモに書き留めた。後は下で逃げ惑う人々が死体に襲われる様をじっくりと観察し、対策を練った。
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その夜のうちに、中にいた生き残りは自分以外が全て死体となった。だんだんと鬼が増える鬼ごっこで、このパーク内を逃げ切るのは不可能だったに違いない。
死体はどうやら、目標が見えなくてもその存在を感知する何かを持っているらしい事は分かった。その証拠に、先ほどから銭形の乗るバケットはずっと揺れている。
死体が何体も群がり車を揺らしているからだ。それに、隠れている人間を引っ張り出して噛み殺す様も何回も見た。
だが、結局銭形が軽い船酔い状態になる頃、軽快な音楽がスピーカーから流れ出して死体は全て消えてしまった。どうやら音にも敏感な死体達はどこかに集められ監禁されてしまったようだ。
それから銭形は遠隔操作を使ってバケットを降ろし、食料や飲み物を確保するとまたバケットの高度を上げて中に立て篭もった。
いつまた死体の群れに囲まれるか気が気では無かったが、パークの外の状況を見ると高所作業車で逃げ出しても生き残る確率は低いと考えたのだ。
幸い、パークは完全に無人となっており、少し窓の割れた食料品店などで食べる分を失敬するのに多少の罪悪感はあったものの、苦労は少なかった。
最近、仕事場で導入された最新式の高所作業車でカーナビにテレビも付いていたし、ラジオもあったが情報は少なかった。ただ、遠隔操作出来るキーだけは大いに助かった。
四本の足を大地に張った高所作業車は、死体の攻撃でひっくり返る事もなかったし、ずっとエンジンを掛けっぱなしにする必要も無く軽油を節約する事が出来たのは精神的にも大きかった。
そして、数日そうしていると怪しい学生の集団と引率の先生を思わせる二人の一団が海のほうから現れた。
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銭形は自分の愛車だったあの高所作業車を思い出していた。結局は頭のイカれたパークのオーナーらしい男のせいで、あれはパーク内に置きっ放しとなってしまった。
今欲しいのは高所作業車ではなく、もっと大型で大きいクレーンの付いた物が欲しかったのだが、あれはあれであったら便利だったかもしれないと思う。
しかし、わざわざパークまで取りに戻るリスクに見合った代物ではないので、ダメだなと銭形は軽く息を吐いた。
そして、さらに邂逅はそれ以前に戻った。銭形の勤務していた電設会社は、高所作業車を使った電線作業の他にも、ソーラーパネルの設置など地中を通す土方作業なども請け負っていたのを思い出した。
その作業では巨大な木製のドラムに太く重い電線を巻きつけた物を運ぶために、巨大なクレーンの付いた大型のトラックも何台か所有していたはずだ。
銭形はその作業に借り出された記憶は数えるほどしか無かったが、確かその時に資材を買い付けに行く場所がこの地方にあった記憶がある。
もしかしたらそこに何台か希望の車種が残っているかもしれない。それを思い出した銭形は記憶を頼りに地図と睨めっこを始めた。
銭形がその考えに至った頃、光は女子高生三人に吊るし上げを食らっていた。三人は、自分達の意見が完全にまとまった所で光に男達を扇動しないように釘を刺しにきたのだ。
光を取り囲み、鈴子を筆頭に三人の少女はギャンギャンと吠えていた。特に兄の危険に聡い鈴子は光に掴みかからんような気迫を放っている。
「だから、食料はまだいっぱいあるんだし無くなるまで危ない真似はやめた方がいいと思うのっ!」
「具体的にはいつまで保つか分かってるの?」
鈴子の声に落ち着いた光の声が続いた。それに鈴子はにんまりと笑いを浮かべる。
「ざっと五年はいけるわっ!」
それに光はやれやれと頭を掻いた。そして、騒ぎを遠巻きにして見ていた斎藤と真澄に顔を向けた。
「斎藤君、今の意見だけどどう思う?」
突然声を掛けられ、気を抜いていた斎藤は「へっ!?」と頓狂な声を上げたが、先ほどまで作っていたリストと思われる紙を懐から取り出し光に渡した。
それをマジマジと見ていた光だったが、溜息を吐くと三人に紙を見せた。
「これで本当に五年もやれると思ってるの?参考までに私達が来た時に作った表と見比べられるようにしてるけど、この減り方を見て率直な意見を聞かせてくれない?」
そう言って光が見せた紙には、乾麺や缶詰、それに様々な食料品のデータが書き込まれてあり、どれも最初の数と現在の数とを見比べると明らかに半分以下になっていた。
「たった数ヶ月でこれよ。このままだと春までに食料は底を突くわ。それに今はまだ水が使えるけど、これだってどんなシステムで動いているか想像もつかないし、いつ止まってもおかしくない。」
そう言った光に三人はぐうの音も出ない。確かに資料を見ればその通りだし、節約と言っても限度はある。
「でも、先に死体が全滅するかもしれないし・・・。」
やっと小さな声が出たのは優だけだった。鈴子と未来はそれがどれだけ楽観的な意見か理解しているのだろう。二人はそれに賛同しようとはしなかった。
それでも歯噛みしながらそう言った優に、光は現実を見せようと屋上へ連れ出した。冬の曇った寒空の下、今にも雪でも落ちてきそうな気配の中で、屋上直下の駐車場の一部に死体が群がっている場所があった。
光は優とそれに付いてきた少女二人にその場所を指差して教えた。
「あそこね、さっき私がリバースした物が入った袋を放り投げた場所よ。」
「リバース?」
意味が分からなかったのか鈴子が聞き返した。それに光が少し頬を赤くしながら答える。
「吐いたのよ、とっつぁんが妙に生々しい話してくれたお陰でね。」
「・・・ああ、ゲロね?」
納得した顔の優がそう言ったので、光が軽く頭を叩くような仕草をする。
「つまり、まだ死体は投げ落として数時間しかない間に生きた人間の痕跡を見つけて何処からともなく群がってくるのよ。斎藤君が大分退治してるけど、正直効果は薄いと思う。」
そう言った光は指を鉤状にすると死体を撃つような素振りをした。
「それってつまり、下に降りたら危ないって事よね?」
鈴子が意味が分からないと言う顔で光に膨れっ面を見せる。
「そうね、でもまだ死体が元気に活動してるって根拠にもならない?」
「・・・まぁね。」
「だったら、あと数ヶ月であれが全滅するって思う?」
「思いません。」
未来がそう言って腕を組んだ。
「私にもあんた達みたいに思ってた時期があったし、全否定もしたくないんだけどさ。」
そう言って光は海に目を向ける。少し時化って白い波が見える冬の海の向こうは、遥か彼方に水平線だけが見えた。
「行動しないと生き延びられない・・・ってわけね?」
鈴子がそう言って未来同様に腕を組む。
「そう、だから出来るだけ協力して欲しいのよ。このまま生きてたっていつか惨い死に方が待ってるだけかもしれないけど足掻きたいじゃない?」
「だね、飢え死によりは何か足掻いて死ぬほうがいいかもっ!」
そう場の空気を明るくしようと弾んだ声で優が言って腕を組んだ。海を眺めながら腕組みをした女子高生が並ぶ何とも奇妙な光景がしばらく屋上で続いたが、やがて優が口を開いた。
「ところで姐さん、それだけ言うならもう作戦とか出来上がっちゃってるんでしょ?」
「いや、何にも無いわ。今はとっつぁん待ちよ、私ぶっちゃけ唯の素人女だもん。」
『何もないんかいっ!!!』
そう女子高生三人の声が重なった。そこに屋上のドアが開く音がし、銭形が怪訝な顔を向けながら現れ、光の方に歩いてきた。
何だかむくれた様な顔の三人を一瞥すると、銭形は光の腕を掴んで少し離れた場所に連れて行った。
まだ狩りにすら出てませんが、何だかこんな状況で狩りも無いもんだとか思ってしまいますね。
作者なら間違いなく引きこもって飢え死にでしょう。半端な所で切れてますが、続きはまだちょっとしか書けていません。次も遅くなりそうだな・・・。




