第肆拾参話 I respect a certain movie : Dawn of the dead ①
お待たせしましたφ(-ω-。`)
作者は今日も元気です。
今回は話の内容から上手い題名を思いつかず、パクリではなくオマージュの一種なんだという言い訳を含んでみました。英語は毎回赤点だったので、間違ってるとか野暮なツッコミはご遠慮ください(´;ω;`)
第肆拾参話 I respect a certain movie : Dawn of the dead ①
惨劇の理由はよく分かった。妹は兄を慕うあまり、兄を裏切った全ての人間を敵として排除したのだ。そして、それはのうのうと生き残った自分をも対象とした。妹はそれ以後、何度となく自殺未遂や自傷行為を繰り返し、兄は首輪を付けて常に自分の傍に置いたのだ。妹に持たせている拳銃には弾が入っていないんだと苦笑しながら青年が語った。何か命令を与えるとそれを遂行するまで妹は自傷行為を行わない。だから今は自由に動かしているが、就寝すると魘されて発作的に自分を傷つける事があるらしい。困ったもんだよと真澄に愚痴る姿は、先程までの青年とは明らかに違う打ち解けた態度になっていった。
惨劇の引き金になった理由が判明したのは、妹が避難した若者から聞いた事を兄に報告したためだった。だから確かな事かどうかは分からなかったが、普段から徘徊傾向のあった年寄りを野放しにしていた自分のせいだと青年はひどく悲しそうな声で語ったのが印象的だった。どうやらこの青年は、まだ完全に人の心を失っていないらしい。このモールの王になってなお、彼は他人を思いやる事ができた人間だ。身を守るために外部の人間を排除していたに過ぎない。心の何処かで、孤独に耐えかね仲間を求めていたに違いないのが真澄には分かった。
「で、俺の拘束はいつ解いてくれるんですか?話は大体分かったし、俺はあなたに危害を加えないと誓えますけど?」
真澄は青年にそう質問した。話が始まってすでに一時間は経過している。いい加減、手錠を外して欲しかった。光を攻撃したのは妹で、それは兄を盲目的に慕うあまりの過剰反応だ。今は病んでいるが、妹も元から攻撃的な人間だったと今の話から想像することは出来ない。
「あ、悪いな。それはまだしててくれ。あんたらが敵意の無い人間だと理解は出来たが、まだ鈴子がどう反応するか分からないんだ。今は拘束する事で妹は平常心を保っているが、手錠を外すと興奮してまた襲い掛からないとも言い切れん。あんたも連れが刺されるのは見たくないだろ?」
青年はそう言ってすまなそうに頭を掻く。
「そうっすか。まぁ、精神に異常をきたしてるんならどう反応するか素人には推測できないですからね。それで誤解が解けるまではこのままにしておいて欲しいんですね?」
「誤解かどうか知らんが、妹は外からきた人間を異常に警戒するんだ。前にも一回外から避難してきた若いカップルがいたんだが、梯子のとこで蜂の巣だよ・・・。俺が持ってたマシンガンを奪い取ってあっという間だった。俺もそのカップルに注意が逸れてしまったんで、簡単に銃を奪われちまってな。悪い事したと思うんだけど、どうにも出来なかった。」
「そう言えば、さっきもフルオートで撃ってたけど弾もうやばいんじゃ?」
「だな。俺もさっきので気付いたんだが、どうも単発、セミ、フルオートの摘みが壊れてるらしい。弾が貴重だから普段は全く撃たないから、気付かなかった。これはもうフルオートでしか撃てなくなっちまってる。」
手にしたマシンガンをコツコツと拳で軽く叩きながら、青年が悔しそうに呻く。これは青年が真澄に心を許した証拠のようなものだった。現状の武装の弱点とも言える情報の提供。少なくとも、すでに敵という認識はないのだろう。過去の話から、他人を信用しない性格だった男が、こんなに簡単に他人に事情を話すあたり、病んだ妹との生活は、彼に精神的苦痛を相当与えていたに違いない。悩みを話せる人間を求めて止まなかったのだろう。
「んじゃぁ、妹さんが打ち解けるまで手錠はそのままでいいすよ。ただ、鍵だけはコッソリ渡してもらえません?ほら、トイレとか鍵ないと不便っていうか・・・、分かるでしょ?」
真澄が赤くなりながらそう呟くのを見て、青年は微笑を浮かべた。
「だよなぁ、でも鍵ないんだよ。鈴子が全部管理してやがるんだ。こればっかりは俺は口出し出来ない。手錠なんかいつから持ってるかも知らなかったしな・・・。警官の持ち物から抜いたんだろうけど、そっち系の趣味でもあったのかなあいつ・・・?」
「知りませんよそんな事・・・。」
「だよな。健全に育って欲しかったんだけど、性癖ばっかりは他人が言っても仕方ないんだよなぁ。」
「生々しいっすね。」
「最近の高校生はチャレンジャーだからな。俺らの世代だと考えられんような行為も平気でやるとかなんとか。」
「拘束プレイなんて高尚な真似も平気で?」
「それどころか別の穴とか・・・。」
「何でそんな事知ってんだあんたっ!?」
「いや、教育実習でそれ系の相談がけっこうあってだね、決して俺がそっち好きとかじゃないんだよ。」
「羨ましすぎる・・・。最近のガキは・・・。」
複雑な表情で眉に皺を寄せる真澄を見ながら、青年はニヤリと笑いを浮かべて話題を変える。
「何言ってんだよ。あんたもあんな女連れて相当羨ましいぞ。」
「先輩の事っすか?」
「年上なのかよっ!」
「ああ、元々会社の同僚なんすよ。」
「OLであの体かよ。堪らんな・・・。」
「あの乳に触れたらタダじゃおかないですよ。」
「そんな事したら鈴子に蜂の巣にされるよ。でもいいよなぁ・・・。顔も埋まりそうだし、何時間触っても飽きないだろ?挟んだりしたの?」
「フフフ・・・、気になります?」
「そりゃ男だったらまずそこだろう?あんないい女と付き合う機会なんて滅多な事じゃないからな。」
「最近は平均カップが上がってDとかEになってるなんて雑誌に載ってたけど嘘ですからねぇ。偽乳特戦隊のなんと多い事か・・・。」
「あれ詐欺だよな。寄せて上げてどころか体中の肉を集めて偽装してんだろ?」
「らしいっすよ。」
「上月さんも自称CだったけどこっそりブラみたらタグにBって・・・。」
「ああ、薬剤師の人?」
「うむ、そんなとこサバ読んでどうすんだろな?女ってわかんねぇよな。」
「先輩は逆にペタンコにして偽装してたんですよ。男の視線に耐えられなかったとか。どっちも悩み多いんでしょうね女性って。」
「まぁ男にしてみれば脱がせてガッカリが多くて残念だよなっ!」
「ですなっ!やっぱりあった方が感動も一入だし。」
「お前けっこう分かってんじゃんっ!最近は貧乳派なんて訳の分からん連中も増えたらしいが、やっぱり本音と建前は別だよ。」
『ハハハハハハハッ!』
こうして二人の笑いが重なり、緊迫感の全く無くなった部屋で猥談はさらに加速し、友情は育まれていった。
★
もうどのくらいこうしているか分からない。少女に渡された手錠を大人しく両手首に嵌めた光は、息苦しさに押しつぶされそうになっていた。無理もない。傍らには先程から、自分をコンクリートの塊で殴打し気絶に追い込んだ少女が明らかにオモチャと違った物々しい拳銃を構え、銃口を自分の方へ向けているのだ。気が休まるはずがなかった。もし少女に撃つ気が無くとも、何かの拍子に引き金を引けば弾が出る。そして出た弾は光に重症を負わせるだろう。当たり所が悪ければあの世へ直行だ。
「ねぇ、暴れたりしないからせめて銃口を下に向けるとか出来ない?」
「ダメ、お兄ちゃんに言われたんだから一瞬もあんたから目は離さない。面倒だけど。」
「私は怪我人だし何も出来ないわよ。あんたに撃つ気が無くったって何かの拍子に・・」
「バンッ!!!」
「ヒッ!」
「クックックック、あんたって結構ビビリよね?」
「・・・いい加減にして欲しいわ。」
先程からずっとこんな調子で、話しかけても梨の礫だ。まともな反応はないし、こっちをからかって遊ばれるだけ。光は何度かの会話で、この少女はもうマトモではないと薄々感じていた。最初は男に脅されてマインドコントロールされているのではと疑ったが、どうやら精神が壊れているらしい。昔、大学の単位のためにやった障害者の世話で似たようなやり取りをした記憶が先程から何度かデジャヴとなって脳裏に蘇っていた。ご飯をあげても無言で口を開けず、無理やり口に押し込んだら何度か咀嚼して口の端からボロボロとこぼし、焦点の合っていないような黒目でボンヤリと光を見る男の子。そして急に火が点いたように泣き出す女性。少女はまだ返事もするが、明らかに異常性が見え隠れしている。何を考えているか読めない相手ほど怖いものはない。
いつ戯れに発砲されるか気が気ではない状況で、光は頭の激痛も忘れるほど憔悴していった。早くこの娘から開放されたい。それだけが頭を占有し始めた頃、ようやく兄と呼ばれていた青年が光の前に姿を現した。少女は兄を確認すると、すぐに光に向けていた拳銃を腰のホルダーに入れ、兄の元へ走っていった。まるでブンブンと振られている尻尾が見えるような勢いだ。
青年は疲れきった様子の光を一瞥すると、妹の頭を数回ほど撫でた。そして、徐に光に歩み寄った。光は顔を強張らせ緊張で硬くなる。その変化に青年は一瞬だけ苦笑を浮かべたが、何事か口の中で呟いた後に光へ向き直った。
「よう、調子はどうだい?」
思いがけずフレンドリーな態度に、光は訳が分からずさらに表情が強張った。明らかに自分に対する怯えを目にするとさすがの青年も困ったような顔で光の様子を伺う。
「怪我はどうだ?痛むか?」
「・・・まだ痛いわ。」
「頭が重くないか?吐き気はどうだ?」
「・・・少し重いけど吐き気はしない。」
「顔に傷が残ると思うが素人の縫合だ。諦めてくれよ。」
「・・・。」
「なぁ?」
「・・・何よ?」
「あんたの相方な。」
「殺したんじゃないでしょうねっ!?」
青年の話題に桜井が出た瞬間、光は声を荒げた。得体の知れない兄妹に拘束され、何もできない状況で下手に刺激しても何の利も無い。むしろ相手の機嫌一つで殺されてもおかしくない状況だ。ここで騒ぐのは冷静ではないと頭で理解しつつも、光は咄嗟に大声が出た。
「おっと、元気じゃないか。」
青年は光の反応に嬉しそうな声を上げた。
「バカにしてんじゃないでしょうねっ!?桜井は無事なのっ!?」
「・・・生きてるよ。あんたと同様に拘束させてもらってるが。」
桜井の安否が分かった瞬間、光は安堵した。桜井が居なくなってしまったら、もう自分は何も出来なくなると光は理解しているのだ。たった一人この地獄に残されたところで、幸せなどあるわけが無い。桜井は今や光にとって希望であり、かけがえの無い人間になった。その光の表情から、青年は二人の関係に確信を持つ。そして、桜井同様に光も事情を話せば分かってくれる類の人間であると確信した。
「相方が無事でホッとしたか?その事で話があるんだが、聞いてもらえるかい?」
「・・・まず桜井に会わせて。それからなら聞くわ。」
光はそう青年に言って正面から鋭い視線を向けた。その態度に、青年は「気が強い女は恐いな。」と光に聞こえないように呟いた。
★
少女は拳銃を握り締めたまま、部屋の隅で丸くなっていた。そこは少女のスペースらしく、ソファーベッドが広げられ可愛らしい柄の入った毛布が数枚置いてある。ここは最初に真澄が連れてこられた部屋とは異なっていた。最初の部屋には窓が無かったが、この部屋には大きな窓があり、月が照らす駐車場を見下ろす事ができた。時間はもう深夜に差し掛かっているにも関わらず、死体は止まる事無く駐車場内を延々と徘徊している。死体の行動に一貫性はなく、ただ本能の赴くままにある者はモール内を彷徨い、ある者は駐車場に点在する所有者を失った鉄の箱を叩き続ける。生前を知っている人は痛ましさから目を背けたくなるような行動だ。
真澄と光は、並んで青年の正面に腰掛けていた。二人の手にはまだ鈍く光る銀色の輪が嵌められたままだ。青年は珍しげに窓の外を眺める二人に向けていた銃口を、妹が完全に寝息を立てている事を確認してから外した。まだ正直、この二人を仲間として招く事に不安がある。妹がどういった反応をするか見当がつかないからだ。光は、桜井と会った後に二人にされ、大まかな説明はすでに受けていた。
青年が二人に提案した事は、一緒にこのモールで篭城しないかと言う事だった。どうしても二人だとこの広いモールで目の届く範囲に限界がある。もし死体がどこかから侵入した場合、青年一人では妹を守りきる自信がなかったのだ。それもそのはずで、青年の持つ武装はすでにマガジンが二本だけあるマシンガンと拳銃、それにお手製の槍とあとはモール内で調達したナイフやバットくらいだ。拳銃に至っては、妹の乱射でほぼ全ての弾を使い果たし、青年が携帯する物に十発ほど装填されているだけだ。
青年はマシンガンの安全装置らしき摘みを弄ると、自分の背後の壁に立てかけた。もう二人に対して銃は必要ないと言う事なのだろう。その様子に真澄と光は同時にホッと息を吐いた。その様子に、青年はクククと含み笑いをする。そして、傍らに置いてあった白い箱から瓶と脱脂綿を取り出した。そして光に近付き頭の包帯を外すと消毒を始めた。真澄は改めて光の傷口を見たが、傷は思ったより綺麗に縫い合わされている。あの状況でよくもまぁ器用に縫ったもんだと感心するほど、ピタリと傷は閉じ合わせていた。
「痛いっ!もっと優しく出来ないの?」
青年が湿った脱脂綿で光の傷をポンポンと叩くように消毒したため、光は少し怒ったような声を上げる。
「まぁ治療だし俺は素人だし。縫合しただけ感謝して欲しいよ。」
「原因はあんたの妹でしょ?」
「それを言われると肩身が狭いな。」
青年はそう言いつつ、光の傷口の消毒を終え、今度はチューブ状の薬品を取り出し、歯ブラシに歯磨き粉を付けるように光の傷口にグニュッと中身を捻り出した。そして、人差し指の腹で丁寧に傷口に擦り込んでいく。光はその間、顔を顰めながらも無言で堪えた。まだ気を許していない男に触れられる事自体に嫌悪感を示している。
「ほい、終わったぞ。」
一頻り光の傷の治療に集中していた青年が、少し高い声でそう言った。光の頭には、真新しい包帯が巻かれる。ストックはいくらでもあるからと呟く青年に、光はまだ懐疑的な視線を向けていた。そんな光に青年は、「皮ジャンを使って練習したからまぁ大丈夫だよ。」と意味不明の呟きを漏らす。少しでも光の警戒心を解こうとしているらしいが、逆効果だなと真澄は思っていた。
「先輩、まだ疑ってるんですか?」
真澄はそう光に問うと、光は当然と言わんばかりに頷く。そして、チラリと視線を下に落とした。視線の先は手に掛かる輪。手錠で拘束されて、何を信用しろと言うのだと視線は語っている。
「そう目くじら立てないでくれ。せっかくの美人が台無しだぞ。」
青年は、光の顔を見ながらそうおどける様な口調で返した。この青年は、決して人付き合いが上手いタイプではないと思う。それでも、彼は光の険悪な態度を何とか溶かそうと精一杯の友好的な態度を演じているのだろう。おどける口調と言えど、少し芝居がかったその口調はどちらかといえば不快に受け取られても仕方の無いような感じだったが、真澄は敢えて黙っていた。ここで余計な口出しをして青年の傷を広げる事もない。
「・・・で、あんたまず名乗りなさいよ。それがせめてもの礼儀じゃないの?」
光はまだ少し険のある口調で青年に向く。
「ああ、そうだったな。俺は斉藤だ。妹は斉藤鈴子。以後お見知りおきを。」
青年はまたそうやって時代劇の三下のような言葉を口にした。光の眉間がピクリとした事に気付いた桜井が慌てて口を挟む。
「そう言えばまだ名前を聞いてなかったっすね。斉藤さんですか。覚えました。」
「斉藤なんて一杯いるからな。佐藤や鈴木と同じくらい全国にいるよ。」
「えっと、俺は・・」
「桜井くんと土倉さんでいいんだよな?」
「ええ、桜井真澄と土倉光です。」
ドカッと音がした。まだ空気の読めない斉藤にわざわざ丁寧に接する真澄に光が肘を入れたのだ。
「ぐ、ぐふ・・・。」
斉藤は脇腹を押さえて体を折った真澄を仰天したような顔で見て、そのままの視線を光に向ける。光は何食わぬ顔で斉藤を見ていた。
「話を戻していいかしら?」
「あ?ああ、桜井から色々聞いたと思うけど、何か聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。」
真澄の様子に動揺し、少し目を泳がせながらに斉藤は光にそう応える。
「じゃ、単刀直入に言うわ。私達は医薬品を手に入れたらここから去ります。」
『ぇ・・・?』
男二人の声が重なった。斉藤はともかく、真澄もここで篭城する事に反対していたわけではない。むしろ、まだ四人でも半年以上の食糧を確保できているこのモールで、安全に生活出来ると真澄は内心喜んでいたのだが、光の言葉はそれを完全に否定した。
「どうしてだ?ここなら安全なんだぞ・・・。」
斉藤も腑に落ちないという顔で真澄と顔を見合わせる。
「理由なんて色々よ。まずあんたの妹、頭が少し暖かくなってるじゃない?はっきり言うけどマトモじゃない人間と生活なんて出来ない。」
「それはそうだが、妹は病気だよ。よく言う事も聞くし、根はいい子なんだ。」
「二つ目、いいかしら?」
妹の弁護に出た斉藤を無視して、光が言葉を続ける。
「このモールが安全だという保障がどこにもない。今までは運良く上までゾンビが上がって来なかっただけとは考えられないの?」
「それは大丈夫だ。下へのルートは全部潰してる。階段もゴミや売り場の棚で完全に埋まってる。」
「それは見取り図や配管図で確認したの?あんた達が知らない穴はない?」
「そこまでは・・・。」
「三つ目。」
光の質問に自信なさそうに視線を泳がせた斉藤を無視して光はまた続ける。
「篭城して半年、その間にここにやってくる死体の数は増えるんじゃない?勿論、死体どもが全滅するなら篭城は最適かもしれないけど、もし死体が減らなかった場合、篭城はそのまま監獄になるわよ。私達は間違いなく兵糧攻めにあう。何故ならここで自給自足は絶対に無理だもの。私は多少危険でも、移動できる場所が最適だと思うわ。私と桜井が少し滞在した沖の防波堤くらいの絶対防御があればいいけど、ここなんてバリケードを破られたら終わりよ。」
冷たい目で光は斉藤を問い詰める。斉藤も、最初の余裕を完全に失っていた。光の言う事は言掛かりに近いが、100%起こらないとは限らない。
「四つ目。」
まだあるのかと斉藤が小さく口を開きかけて止めた。
「これは重要よ。今までで死体の数の増加は感じなかった?」
「あ・・・。」
思い当たる節があるのだろう。斉藤はすぐに口を噤んだが、遅かった。
「やっぱりね・・・。ここは死体が集まりやすいのよ。奴らは生きている人間に異常に敏感だわ。それに感知する範囲が広い。この辺を彷徨っている奴がここに気付いて寄って来るのよ。今まで移動しながらだったからそこまで感じなかったけど、一箇所に留まるのはやっぱりマズイと思うの。」
「確かに、いつの間にか知らない死体が随分増えている。言われて気付いたが、奴ら彷徨っているんじゃなくて常に人間を探していると考えるとここは格好の的だ。俺達の存在に気付いたのはここから絶対に離れない。どうしてそれに気付かなかったんだ俺は・・・?」
愕然とする斉藤に、光は冷ややかな視線のまま両掌を上に向けて首を竦めてみせた。
「まぁ今のは全部、仮説にすぎないわよ。でもそう思ったらここほど危険な場所は無いわ。奴らが栄養失調で死ぬならここに居てもいいけど、その可能性は少なそうよ。人間が餓死するのに最大でも二ヵ月くらいらしいから、奴らはもう滅んでてもおかしくない。だけど現実は残酷よね。桜井はそれでもここに居たい?」
真澄は光にそう言われて、改めて考え直す必要があるかもしれないと腕を組んで俯いた。斉藤はそんな真澄を見て、裏切るのかと目で訴えかける。
「暫し考えましょうよ。死体が動かなくなる可能性もまだ無い訳じゃない。幸い、先輩も怪我してるし治るくらいまで様子を見ませんか?」
「幸い・・・?」
真澄の言葉に光はピクリと眉を吊り上げる。
「こ、言葉の綾ですよ。やだなぁ・・・。」
真澄は光の言葉にビクリと肩を竦ませる。
「言葉の綾っていうのは巧みな言い回しなんかを言うんだけど、あんた日本語の勉強やり直しなさいよ。」
光は真澄に皮肉たっぷりと言った口調で訂正を入れる。真澄はそれをコクコクと何度も頭を縦に振って応えた。
「恐妻家になるのが目に見えるな・・・。」
真澄の態度に斉藤はやれやれと、また芝居がかったゼスチャーを交えて首を左右に振った。
★
光と真澄は、同じベッドで横になりながら真っ暗なベッドの天井を眺めていた。別に事後の雰囲気を満喫しているわけではない。そんな色っぽい関係はまだこの二人では起こりえない。単に空いているベッドがここしかなく、仕方なしに枕を並べているに過ぎない。どこからか獣の唸り声にような声がひっきりなしに響いているが、二人はそれが気になって眠れずにいたのだ。
「よくこんな環境で生活できるわね。檻の中に居てもライオンの傍じゃ寝られないってのまったく・・・。」
光が誰ともなしに呟く。真澄は尤もだと思いながらも、それに声で応える事はしなかった。ここで会話が始まると、さらに睡魔は彼方へ行ってしまうだろう。羊でも数えるかと割と真剣に考えていると、階下でガタンと何かが倒れる音が聞こえ、唸り声が一際大きくなる。
「限界だわ。いくら疲れててもこんなのじゃ眠れない。直談判でせめて鍵のある部屋に移れないか聞いてくるわよっ!」
唸り声に遂に切れた光が、ガバッと跳ね起きると靴を履き始めた。そしてツカツカと真っ暗な中を真っ直ぐに歩いていく。目的地は兄妹の寝室だろう。
「よく出歩くな・・・。心配だからついていくか。」
真澄は、真っ暗な中で何も持たずに外に飛び出した光を慌てて追いかける。死体がここに上がっていない保障はどこにもないのだ。それに、今日は月も雲に隠れてしまったので真の闇夜。いくら暗闇に目が慣れているとはいえ、誤って階下に落ちるような事があれば確実に命を落とす。
「先輩、俺も行くんでちょっと待ってください。」
真澄は靴をつっかけたまま光を呼び止めた。光はその声にピタリと足を止める。やはり一人でこの暗闇を行くのは内心恐かったのかもしれない。うっすらと見えるシルエットを頼りに、真澄は足を速めた。影は次第に大きくなり、やがて女性特有の丸みを帯びたシルエットをはっきりと捉える事ができた。
「とりあえず、不慣れな場所だし助かるわ。」
そんな言葉が影から聞こえた。素直じゃないなと真澄は苦笑を浮かべるが、暗闇でそれは相手に伝わる事は無い。
「まぁ、さっきの感じだと二人の寝室に寝させてもらえる事はなさそうですけどね。他の部屋でもいいから、別の安眠できる場所が無いか聞いてみましょうよ。妹さんもそれなら納得するんじゃないですか?」
真澄の言葉は、先ほどの一悶着から出ている。今後このモールで一緒に生活する旨を妹の鈴子に報告した際、彼女は手錠を外す事はすんなりと認めたが、光が絶対に兄に近付かないことという条件を出してきた。
「こんな胸だけ腫れあがった年増にお兄ちゃんが襲われたら可哀想だし。」
「と・・・、年増っ!?」
「あんた私より十以上は上でしょう?立派な年増よ。」
「十以上ってあんた高校生でしょっ!?私はまだ二十六よっ!」
「私は十六よ。しかも成りたて。十以上じゃない?」
「ぐ・・・。」
「四捨五入して三十なら立派なと・し・ま。反論できるならどうぞ?」
まるで歯軋りが聞こえるほど顔を顰めて、光は黙る。年増の明確な線引きなど出来ないが、似たような事が過去にあった気がする。ピチピチの高校生に若さで勝てるはずもない。
「せ、先輩?ここは大人の対応を。相手は子供ですから。」
真澄がそう光に耳打ちする。ここで揉めても何の得も無い。引いてやるのも情けだ。
「分かったわよっ!条件はそれだけ?」
「うん、後は好きにしていいよ。」
鈴子はそう言うと、嬉しそうにウフフと笑みを浮かべ兄の腕に纏わり付く。ここまで甘えるとブラコンを通り越して恋人だと真澄は寒気を覚えた。病んでいるとはいえ、ここまで仲の良い兄妹は見たことがない。そしてここまですんなりとやり込められる光は暫く見ていなかったので、内心で可愛いなどと思ってしまった事を口に出すと確実に殴られるだろう。真澄はそれを思い出し、笑いを浮かべる。
「何をニヤニヤしてるのよ?私は別に暗いのが怖いんじゃないんだからね・・・。」
不意に光がそう呟いた。この暗闇で表情を見透かされ、真澄はギョッとした。
(何で表情が分かるんだよッ!?エスパーか。)
光はそんな真澄の内心を知ってか知らずか、黙ったまま暗闇の一歩先を歩いていたが、急にピタリと立ち止まった。
「どうかしました?」
真澄は急に動かなくなった光を怪訝に思い、そう囁く。
「おかしい・・・。ここにあった通路がないのよ。私の気が確かなら、ここに通路があってその奥にあの近親カップルの部屋があったはずよね?」
「き、記憶じゃないですか?」
「は?私は記憶力いいのよ。もう仕事してた私の事忘れちゃったのかしら?」
シルエットはそう言いながら小首を傾げた。
「いや、気が確かだったらじゃなくて記憶が確かだったらって話で・・・。」
真澄の意図した事に気付いて、光は「うるさいわね。」と言いながら真澄に軽く拳を突き出した。真澄は反射的にそれを躱す。光は当たるはずの拳が空を切ったので、体勢を崩して壁にもたれた。
「おっとっと・・・。え?」
壁に突いた手が違和感を覚えた。小さく、ミシミシと音が聞こえたのだ。それにこの壁は硬くない。弾力のある薄いベニヤ板のような感触だ。
「これ、壁じゃないわ。ほら。」
光はそう言いながら、軽く壁を叩く。軽い音が暗闇に木霊した感じから、明らかに向こう側は空洞だ。
「そうか、万が一のために壁を偽装してるんだ。」
昔見た古いゾンビ映画に確かそんなシーンが出てくるのだ。光はそれを思い出し、そう呟く。斉藤も同じ映画を見ていた可能性が高い。
「まぁいいわ。これがあるなら、明日この向こうの空き部屋をもらうように交渉しましょう。」
光は、そう言うと真澄を促してスタスタとベッドへ戻っていった。
★
人口の壁は、薄いベニヤ板を何枚か張り合わせたものに壁紙を貼っただけの簡素な物だったが、壁に空けた穴に鉄パイプの閂を四本かけるだけで中々強固なバリケードになっていた。普段は開いているが、夜になると閉じて壁になる。危機管理能力が足りないと思っていた斉藤だったが、それにはこういった裏があったわけだ。これがあれば夜になっても安心して眠る事が出来る。話を聞くと、ここが壊滅してから自作したらしい。建材は二階に集めていたそうで、簡単な物ならいくらでも作れるほど量があるという。
翌日、交渉の末に部屋をゲットした光は斉藤を引き連れて物資の確認に追われていた。鈴子も兄の傍にピタリと寄り添い、光を牽制するのに大忙しだ。
「俺は下へのルートを探してみます。ここの業務員用の見取り図なんかがあれば助かるんですが。」
真澄はそう言って斉藤に地図を借りると、一人単独行動を始めた。配管図などがあったのは幸いだった。死体がここへ登るルートがあれば潰すのが目的だが、薬局の真上に出る事が出来るルートを天井裏から探すのも目的だった。それが見つかれば、シャッターの降りた薬局内に侵入して物資を補給できるだろうと斉藤が教えてくれたからだ。薬局は個別の店舗ゆえに、閉店後にシャッターを閉めると単独の要塞となる。襲撃があったのは夜中なので、当然シャッターは降りたまま南京錠で塞がれていた。今はそのまま放置されている。中に誰か居た可能性は無いと斉藤は断言していた。
これまで、斉藤は何度か物資の補給を試みたが、モール内には侵入した死体が群れていてどうにもならなかったらしい。天井裏を進む事も考えたが、もし踏み抜いて下に落ちた場合は迂回して梯子を登るしか帰る手段が無く、妹を一人にしてしまう公算が高いため断念したらしい。
「こりゃひどいな・・・。」
それが真澄の第一声だった。天井裏に入るための入り口はあるのだが、まだ新しいモールで修繕に業者が入る事はなかったようだ。二階のとある店舗の床に設置された地下(一階の天井裏)への通路は、蜘蛛の巣と埃に塗れていた。まともな通路ならそれでも進めるのだろうが、天井裏は鉄筋の張り巡らされた迷路のような物で、容易に薬局の真上に出られるとは思えなかった。懐中電灯の輪は暗い空間の奥まで届く事はなく、煙ったような埃の粒を反射して一筋の光線となり伸びているだけだ。掃除をしながら進むしかない。これだけ広大な迷路を全て掃除するなど、どれほどの手間が掛かるか見当も付かなかったが、光の怪我の完治には最低でも三週間はみたほうがいいだろう。真澄はうんざりしながら、配管図を手に煙る暗闇を手探りで探索し始めた。
妹は16歳です。JKです。ピチピチです。どこかに明確に年齢を表現した箇所があったか記憶が定かではありません。作者は記憶力が残念な子なので、もし17歳とか18歳とか描写があったら、記憶障害なんだなと思ってあげてください(´◉◞⊖◟◉`)
今回は間がかなり開いてしまい、申し訳ありませんでした。単に忙しかっただけです。もうじきバイオ6も発売なので、次はいつになるのか見当がつきません。予約済みなので、10月4日までに更新がなければ諦めてください。
実はこの話の前半部分は、結構前に活動報告に載せてあります。今後、皆さんの意見を取り入れたい場合は書き殴りをそのまま活動報告載せる可能性がありますので、完成品を見たい方は注意してくださいな。




