第肆拾弐話 王と黄昏
でんでらりゅうば
でてくるばってん
でんでられんけん
でてこんけん
こんこられんけん
こられられんけん
こーんこん
久しぶりに故郷に帰りました。これ最近、車のCMで使われてたらしいですね。
検索せずに作者の故郷を当てられる人いるかな?(´◉◞⊖◟◉`)
第肆拾弐話 王と黄昏
何もない広大な屋上で、妹は俺の無事を確認した途端にヘナヘナと座り込んだ。無理もない。あれだけの数の死体に追われて逃げ延びたのは初めてだったのだ。我ながら無計画に事を進めた事を今さらながら後悔していた。自分の命のみならず、妹まで殺す所だった。俺も脱力し、空になった拳銃を腰から抜き屋上で大の字になった。その時に気が付いたが、拳銃はいつの間にか二丁しか所持していなかった。修羅場で一丁紛失したらしい。だが、助かった事に比べれば些事だ。
「生きてるな、俺達。ハハハハ・・・。」
無意識に漏れた乾いた笑いが脱力を示していた。妹も俺に倣う様に大の字に倒れる。
「痛いっ!ピストルがあったの忘れてた・・・。」
そう言うと妹は起き上がり、腰にあった異物を俺と同じく屋上の床に置くと再度大の字になる。俺はそれを頭だけ向けて見ていたが、クククと小さく笑いながら空を仰いだ。今日もいい天気だった。抜けるような青空に薄い雲がプカリプカリと浮かんで、風に流されていく。
損失は大きかった。拳銃とマシンガンを一丁ずつ失い、弾も大部分を使ってしまった。残ったのは拳銃の弾が数十発、マシンガンの弾がマガジンで四個程だろうか。だが肝心の本体がすでに無い。俺は拳銃を手探りで握ると、空になったマガジンを抜き新しいマガジンを挿入した。追われている最中にリロードなど出来なかったのだ。まだ弾の詰まったままのマガジンが予備に二つあった。妹も同じくリロードし損ねたマガジンを自分の拳銃に詰める。
「さて、下の連中に挨拶しなくちゃな。」
俺はそう言うと、荷物から水を取り出し喉を鳴らして飲む。そして、頭から残った水を被った。体は興奮で火照っていた。何より、自分達に全く救いの手を差し伸べようとしなかった生き残り連中に激しい憤りを感じ、安堵で軽くなった心にメラメラと憤怒が湧き上がっていた。取りあえず、下の連中と交渉する気はすでになかった。誰かの足でもぶち抜いてやれば誰も自分達に物申す事は出来なくなるだろう。いや、そうでもしなければ溜飲は下がらない。
「お兄ちゃん?」
俺の表情で何かを察したのか、妹が不安げな眼差しを向ける。俺はそれに小さく「大丈夫だ。」と呟き、拳銃を握る手に力を込めた。
★
広い屋上に唯一ある建造物には、下の階に伸びる階段があった。ドアノブをガチャガチャやると、扉はあっさり開く。屋上から死体の侵入は無いと判断しているのだろう。施錠はされていなかった。もしかしたら緊急時の脱出にでも使うつもりかもしれないが、随分と無用心だ。俺はドアを開けると素早く拳銃を構えながら左右を確認した。人の気配は無かった。そして後ろに控える妹にサインを送る。これは山中で声を発せずに意思疎通をするため、予め決めていた動作だ。意外なところで役に立つ。
一階のレストランに居た連中は、俺達を死んだ者と判断したのかもしれない。あの状況だと無理もない。梯子はあの位置から死角にある上、死体に挟み撃ちされた事は容易に想像できただろう。だが、俺達は生きている。俺は妹に合図を送ると、音を立てぬようにしながら階段を下へ降りる。小さく、カツンカツンという音が反響したが、誰も気付いた様子も無く無人だった。恐らく二階と思われるフロアーに着くと、俺は妹にさらに下を確認させつつ、階段の踊り場からフロアーへ歩を進めた。思ったより薄暗い店内には、誰も姿を見せない。
「下も人いないよ、お兄ちゃん。」
階下の様子を見てきた妹が、そう俺に報告する。どうやら、連中は一箇所に固まっているようだ。俺は身を低くしながら、吹き抜けになった構造の階下を目で探った。当然、移動中も周囲に気配りを忘れない。無人の二階を妹と二人、こそこそと中腰で移動する。階下へ移動するには、連中が固まっている場所を把握してからがいいだろうと、人影を探しながら広いフロアを出来るだけ迅速に動き回る。そして、吹き抜けの中央にあるエスカレーターに妙な物が置かれているのに気が付いた。
「あれは何だ?鈴子、双眼鏡で見えるか?」
俺が停止したエスカレーターの中央に置かれる箱状の物質を指差し、妹は双眼鏡を眼に当てるとそれを確認した。
「箱だね。ただの箱じゃなさそう。それにコードみたいなものが伸びてるよ。危ない物かもしれない。爆弾とか?」
「爆弾なんか見たことないだろ?木箱なのか?」
「うん、木箱だね。調べる?」
「そうしよう、どうも気になる。」
俺はそう言うと、周囲を気にしつつエスカレーターの丁度中間辺りに置かれた箱を調べに行った。奇妙な箱は一つだったが、俺はそれらから伸びたコードに見覚えがある。そして、コードの先に、紙で包まれた粘土のような物体がいくつも繋がっていた。コードにはパソコンのCPUのような回路板が付けられており、さらにそれらから別のコードが伸びて粘土に突き刺さっていた。
「C4だ・・・。」
俺は全てを理解してそう呟く。妹は何の事か分からず、コードを引っ張ったりしていたが、どうやら危ない物である事を俺の態度から汲み取ったようだ。小さく「ヒッ」と悲鳴を上げてコードを離し、俺の背後に隠れるように回った。
「C4って何?」
「爆弾だよ。映画なんかでも頻繁に出てくるやつさ。名前くらい知ってるだろ?」
「・・・知らない。」
妹はそう言うと、俺の上着の裾をギュッと掴み、ピタッと寄り添った。妹の無知に内心でやれやれと溜息を吐きながら、俺はこれがある事実に考えを集中する。これは民間人が手に入れられるような物じゃない。見たところ、リモートコントロール出来るように雷管や起爆装置まで用意している。それに、何の目的があるか分からないが、このエスカレーターを落とすために設置されている。威力を分散させ、効果的に破壊できるように一箇所ではなく満遍なく設置されているし、よく見ると中央だけでなく、一階の根元部分にも同じようにC4がセットされていた。
「軍関係者がいるな。」
俺の呟きに妹が裾を握る手に力が篭ったのが分かった。緊張が俺にも伝染する。俺はエスカレーターを降りる事をせず、また二階フロアーに戻ってきた。相手にまだ生存を気付かれていない以上、先に先制攻撃を仕掛ける事もまだ可能だ。とにかく、先に連中の戦力や装備を確認する必要が出てきた。妹はやはり戦力にならないだろう。先程は果敢に死体に向けて発砲していたが、8割は当たっていない事は確認している。人間相手に当てる事など到底無理な話だ。
「まずは人を探そう。」
俺はそう言うと、吹き抜けのフロアーを抜け、大型量販店タイプの店内に歩を進めた。
★
大勢の口論が聞こえてきた。俺と妹は現在、ショッピングフロアの一階に居た。ここは個別経営の吹き抜けフロアとデパートタイプの広いショッピングフロアに分かれたモールだ。ショッピングフロアの二階にも人が居ない事を確認し、ついに一階に下りた時にざわめきに気付いたのは幸運だったと言える。連中は約十七名居た。約とつけたのは、ここに集まっていない奴が居る事も考慮した上だ。つまり、視認できる数が数えて十七名だ。顔ぶれは爺さん婆さんにオッサンオバサン、子供を連れた若い夫婦に今風の若者など、老若男女全てが勢ぞろいしている。
「軍関係者はどこだ?」
俺はそういう疑問にぶち当たった。顔ぶれは様々だが、連中の中にC4の扱いなど出来そうな人物は見当たらなかった。きっと自衛隊の小隊でも丸々いるものと考えていただけに、拍子抜けだ。俺と妹は、連中の集まっているコーヒーショップの見えるサンドイッチ店に身を隠しながら、連中の会話を聞く。
「鉄砲を持った奴らが襲ってきたってマジか?」
「いや、バケモンに追っかけられてただけだろ。」
「うちの子が鉄砲で撃たれそうになったって・・・。」
「そいつら生きてるのか?」
「ああ、わしが見た。二人ともやつらに食い殺された。」
「じゃあ、鉄砲はどうなったんだ?」
「後で誰か外に出て回収できんかな?」
「ふざけんな、お前がいけよ。」
「わしゃ嫌だ。」
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。聞いた話ではどうも弾切れみたいだし、銃だけあっても意味ないですから。」
「あの自衛隊どもも帰ってこんし、どうしたもんかな?誰か救助を頼みに行けないのか?」
「若い人達じゃないと無理じゃございません?」
「そうだね、そこの三人どうだい?」
「他人事だと思ってんのか?仕切ってるだけじゃなくあんたも行動したらどうだ。」
「せめて武器を置いて行ってくれてたら、皆こんな場所に缶詰にされる事もなかったかもしれないんだがねぇ。」
「何が一般の方に銃器を扱わせる事は出来ませんだ。」
「あいつらは私達を守る義務を放棄して自分達だけ助かったんだよ。全く持ってけしからん。」
「誰か死んだ子達の武器取ってきてよ。」
「非常識じゃないです?死んだ方々の冥福をお祈りしないと・・・。」
「もう奇麗事なんかどうでもいいよ。どうせ奴らの仲間になるだけだし。」
「てかもう棺桶に片足突っ込んでる連中は死んでくれねぇか?ここの食料だっていつまでもあるわけじゃないんだよ。」
「けっけっけしからんっ!!!」
「やんのかジジイ?」
話を聞いていて、俺は安堵した。奴らの会話の断片で推測しただけだが、こいつらは統率が取れていない。それに元々自衛隊が居たようだが、救助要請にここを出て行って久しいようだ。あのC4も居なくなった彼らの忘れ形見なのかもしれない。いざ死体に侵入された時に、上へのルートを潰すため設置した爆弾なのだろう。他の階段を全て塞いでしまわないと役に立たないだろうが、ここの連中はそれすらせずに他力本願で生き残ろうとしていたようだ。しかも救助要請に行った隊員達を逃げたと罵る奴まで居る。
「鈴子、一旦屋上に戻るぞ。作戦を立てよう。」
俺は小声でそう妹に告げると、静かにサンドイッチ店を後にした。
★
登ってきた梯子の所まで戻ると、俺は下を確認した。死体の群れはとっくにばらけて、元いた正面玄関の方に移動したらしい。目的は落としたマシンガンだった。死体に引っかかりでもしない限り、その場に落ちているかもしれないという期待は当たり、梯子の下から少し離れた場所に目的の物は落ちていた。俺は物音を立てないように下まで降りると、マシンガンを素早く回収し上に戻る。確認すると、落ちた衝撃で傷はいくらかついていたが、機能そのものは差し支えなさそうだ。俺は残ったマガジンを新たに装填し、いつでも撃てるように準備を整えると妹に向き直った。
「さて、鈴子はどうしたい?」
俺の問いに最初は戸惑ったような表情を浮かべた妹だったが、やがて口を開いた。
「あいつら、私達を見捨てた事なんかほとんど触れてなかった。むしろ私達の武器だけ欲しかったみたいな言い方にムカッときた。」
「だな。俺も同情の余地なしだと思う。無駄に人数だけ居たが、肝心の戦力は老人と子供ばかりでいくらでも叩けそうだった。」
その俺の言い方に、妹はビクッと体を震わせながら怯えたような目を向ける。
「こ、殺しちゃうの?」
「どうしたい?」
「殺すのはちょっと・・・。ほら、私達の冥福がどうこう言ってたオバサンもいたし・・・。」
俺は妹の反応をジッと伺う。いきなり人を殺すなど、この幼い妹には無理な話だろう。かといって、俺も他人を簡単に殺せるほどこの状況に毒されているわけでもない。だが、見せしめは必要だと思った。このまま俺達が普通に姿を見せても、好意的には受け入れてもらえない気がする。むしろ、食い扶持が増えると困るなどの理由をつけて拒絶される可能性すらある。いや、数日の逗留で追い出されるくらいならマシかもしれない。下手をしたら武器を奪われ、あの中にいた若者のグループや欲深そうな顔をした(偏見だ)中年なんかが実権を握って好き放題やりだすかもしれない。どっちにしても、辛うじて保たれている秩序に亀裂を入れるのには十分だろう。この世界で、銃器は何においても手に入れておきたい物の一つだ。
俺は困ったような顔を浮かべながら気まずそうにペットボトルをチビチビと飲んでいる妹を見て、ある種の決心をした。この妹を守るためなら、最悪の場合は人を殺すと。一種の暗示だ。自分の中に絶対の象徴を作る事で、それを傷つける者は如何なる理由でも排除するという強い決意を作るのだ。自分の行為を正当化するための決意。
「さて、じゃあ行くか。」
俺はそう言うと、まだ不安そうな顔の妹に手を貸して立たせ、もう一度「大丈夫だ。」と呟いた。
★
まだ全員で集まってあーだこーだ言い合いをしていた連中は、俺と妹を見て固まった。それもそうだろう。何しろ、死んだと思っていた二人が現れたのだから。何より、決して友好的ではないその態度に全員が警戒し動けないでいると言った方が正解だ。二人の銃口は自分達に向けられていたのだから。
「い、生きていたんだね。良かったよ。」
苦笑いを浮かべながら、連中を仕切っていた中年が俺に歩み寄ってきた。俺はその中年にピタリと銃口を向ける。中年は慌てた様子でそのまま後退りし、口早に捲くし立てた。
「ま、待ってくれっ!何故我々に銃を向けるんだ?」
「話は全て聞かせてもらった。」
俺はそれだけ言うと、全員をグルリと見回す。その視線に、気の弱そうな者に限らず我先に自分の近くの人間の後ろに隠れようとした。
「ご、誤解だよっ!我々は君達を助けようと・・」
「全部聞いてたって言ったよな?」
有無を言わさず、俺は銃を構えたまま一歩前に出た。その剣幕に、慌てて逃げようとした年寄りに向けて一発発砲する。無論、当てるつもりは無かったので、弾は大きく外れてコーヒーショップの壁に穴が一つ開いただけだったが、老人はその場にヘナヘナと座り込みそのままの体勢で動けなくなった。
「何をするんだっ!乱暴はやめたまえっ!!」
他の人間が一斉に俺を非難する。しかし、それは俺に大した動揺も与える事は出来なかった。腹は最初から括っている。殺す事も辞さない構えだ。
「要求は何だ?君達は一体何をしたいんだ?」
「要求はその内する。今はゆっくり休める鍵付きの部屋と食糧、それとジュースか何か甘いものが欲しいな。」
「分かった、だが危ないから銃はこっちで預からせてもら・・」
全てをいい終わらない内に、俺は中年の足元を拳銃で撃ち抜く。弾は軽く脛を掠ってどこかへ跳ねた。見る見るうちに中年の脛に赤い滝が出来、それとは違う黄色い液体が膝上から流れ出て滝に合流し、濁った水溜りを中年の足元に作る。
「言い忘れてたが、俺達の半径十メートルに入ったら撃ち殺す。今のは警告だ。」
多少やり方は強引だったが、これで不用意に自分達に干渉してくる人間は減るだろう。俺と妹は、一人案内に若い女性をつけて貰うと、その日は交互に眠り体力の回復に努めた。
★
非情と他人は言うかもしれない。人間じゃないと罵るかもしれない。だが、俺は近付いた中年を撃った。足を狙ったのがせめてもの慈悲だ。そう、この世界でもう道徳やモラルに従って生きる事は美徳にはならなかった。欲しいものは力で奪う。だが、それで全て解決される事は無い。力を持たない側の人間は持つ人間を恐れ、妬み、排除しようとする。俺と妹に対する不満は日増しに積もっていった。無論、俺はここで王のように振舞ったわけではない。あまりにも薄い危機感、そして他力本願な鼻につく態度に呆れ、少し『助言』をしただけだ。食糧も水も配給で皆と平等でいいと公言している。だが、自分達の安全を確保するために、近付く人間には例外なく銃口を向けた。風呂やトイレでさえ、常に銃を携帯し、それを狙う者に容赦なく敵意を放った。
俺と妹は二階にある元事務所の施錠できる部屋を貰っていた。他の人間達も思い思いの場所にそれぞれが居住していたため、この事については不平を漏らす者は少なかった。ただ、施錠された部屋では寝込みを襲う事が出来ず、それに対して不満を持つ者達は存在した。当然口に出して言わなかったのだが、若者(少しとっぽい感じの奴が三人群れていた)とリーダー(仮)の中年は最初この申し出に渋面を見せた。だが、銃口を向けられて正面から挑みかかる者はいなかった。
俺は安全を確保し、銃も鍵付きの頑丈な金庫に保管して誰も手出し出来ないようにしていた。鍵は常に俺が携帯し、妹に銃を持たせるのはやめていた。これは万が一妹が襲われ銃を奪われる事態を憂慮した結果だ。勿論、妹を人質にでもしようものなら、モール中のガラスを銃で破壊してやると脅している。もしやられれば、モールは壊滅し誰も生き残れない。そして、俺はこのモールの防御を上げる事にした。老人も子供も借り出し、二階の店舗の陳列棚やテーブルなどを利用して、吹き抜け中央のエスカレーター以外の階段を全て塞がせた。これには不満が出たが、もしガラスが破られゾンビが侵入した事を考えれば絶対に必要な処置だ。むしろ今まで何もしてこなかった連中の神経を疑う。
こうして防御の底上げの他にも、棚の無くなった二階店舗スペースに保存のきく食糧や酒、飲み物、調味料など全てを集めた。これも一階を破棄する場合を考えると当然の処置だった。あと、医療品に関しては専門の知識を持っていた女性(薬局勤務)に管理を一任し、勝手に使用しないようにシャッターを下ろして南京錠を三つくらい付け、厳重に保管するようにした。これは主に老人の薬浪費を抑えるための処置だった。大して具合も悪くないくせに、ちょっとした理由で医薬品を失敬しては文句ばかり言っている老人に辟易していた女性は、この処置に関しては俺に礼を言ったくらいだ。医薬品がもう手に入らない以上、無駄な消費は気が気ではなかったらしい。ただ、一階の薬局にある薬品は保存も難しく、ラベルなどで整理されている状態でないと自分でも管理できなくなるという女性の言い分を聞き、医薬品に関してはそのまま薬局店舗を使用している。
薬局勤務の女性は名を上月と名乗った。三十一歳で独身、仕事に精を出しすぎて行き遅れたと笑いながら話してくれた気さくな女性だ。前々からこのモールの連中のずさんな対応と助けられて当然という間違った認識に疑問を持っていたらしく、強制力のある人間はむしろいい薬になると俺達の所業を唯一歓迎してくれた人だった。彼女自身、何度かモールのリーダーを名乗る中年に危機感をもっと持って管理するように助言していたが、女の言う事など一笑されてまともに請け合ってもらえなかったらしい。他の若者は年寄りを迫害するような真似を何度となくしていたし、夫婦は子供の事で一生懸命、オバサン連中はつるんで井戸端会議や住民の悪口など、世界が変わる前の習慣をそのまま引き継いでいる。
そんな衰退していくだけの生活に、俄かに沸いた兄妹は彼女にしてみれば救世主に近かった。銃で武装し、躊躇無く発砲はするものの言い分は至極まともで、彼らの命令で遂行された事によって万が一の事態にも安全を確保できるようモールは生まれ変わった。何より、何もしなかったリーダー格の中年や若者が彼に対して何も出来ずに手をこまねいている姿は滑稽で痛快だった。彼の居ない場所ではいつか殺してやると何度も息巻いているのを目撃したが、いざ目の前にくるとスゴスゴと言う事を聞く連中の卑屈な態度は声を出して笑いたくなるもので、上月は笑いを堪えるのに苦労するわよと何度も俺の背中を叩いたものだ。そんな上月と親密な仲になるのに、そう時間は掛からなかった。
★
上月は、元々薬学部ではなく医学部志望だったが、学力の関係で涙を飲んで薬学部に進学した。それでも未練は断ち切れず、医大での自由課題は医学部の講義を受講したりして、医学に関する知識を豊富に持っていた。俺はその技術を彼女に教わり、傷の処置や縫合、それに薬の知識など豊富に学ぶ事ができたのは大きい。いつも屈託無く笑う上月に妹はあっという間に懐き、まるで母親でも得たかのように些細な事まで全て相談していた。上月は上月で、鈴子を妹のように可愛がり、殺伐としたモール内でも薬局だけは常に笑いが耐えなかった。そんな薬局にオバサン連中や老人、幼子を連れた夫婦なども集まるようになるのは必然であり、俺は暴君から監視者として受け入れられるようになった。
直接に危害を加えられていない薬局に集う面々は、いつの間にか銃を携帯する俺を自分達の秩序の監視者として重宝するようになり、今まである程度このモールの舵取りをしていた中年や暴力的な態度で幅をきかせていた若者連中を蔑ろにするようになっていった。その態度の変化に今までモール内である程度の地位を確立していた彼らが黙っているわけがなかった。表立って反抗こそしないものの、俺が本当に撃ち殺す程肝が据わった人間ではない事に薄々感づき始めていたためか、言う事を聞かず勝手に振舞う事が多くなっていった。特に意外だったのは、中年の態度だ。足を撃たれ重症(七針の大怪我)を負わされているにも関わらず、俺の言う事にいちいち突っかかり指図は受けないと指示を拒む事が多くなった。そして、オバサン連中や老人達に適当な事を吹き込んだりして、俺もそれを無視できなくなっていった。
そんなある日、事件は起きた。クーデターだ。と言っても、それは小さな抵抗組織だった。中年が俺の横暴が民主主義の精神に反するという安いプロパガンダで老人層を取り込み、俺に対して武器の破棄、もしくは自分達にも自衛手段として銃と弾を与える事を迫った。当然、俺の答えは最初から決まっている。勿論答えは「No」だ。
「今まで君の態度に目を瞑ってきたがもう限界だ。今すぐ武装を解除して我々に分け与えろ。さもないと・・・、とんでもない事になるぞっ!」
前々から思っていたが、この中年はどうも自分は皆に慕われていると勘違いしている。ここで皆が彼にリーダーを任せていたのは、良くも悪くも日本人の特性ゆえだと思う。誰も責任を取りたくないのだ。ゆえに面倒な舵取りを志願した中年に丸投げしたにすぎない。しかし、それによって丸投げされた本人は調子に乗りこんなバカな発想をする。これはちょっとした厚顔無恥だなと俺は内心で嘲笑した。
「あの、もっと内容を具体的に的確にまとめてから発言して欲しいのですが。俺のどう言う態度がどうあなたに迷惑をかけたか詳しくお願いします。」
俺は中年の物言いにせせら笑いを浮かべながら答える。それが火に油だと知りながらだ。
「このガキ・・・、お前のそういう所が腹立つんだよっ!」
「そうだそうだっ!もっと年長者を丁重に扱わんかバカモンがっ!」
「薬をもっと自由に使わせろっ!」
中年の声に合わせて老人達も声を大にする。どうやら俺が薬局を占拠した事が相当気に入らないらしい。昨日まで上月や妹にお茶汲みなどやらせて世間話に花を咲かせていたくせに随分な言い方だなと俺は呆れた。
「で?」
俺の返答はこれだけだった。真面目に向き合うだけ無駄だ。こういう面々は甘くすればするほど付け上がる。第一、立ち上がるにしても主義がバラバラすぎて話にならない。自分に主導権を欲しい人間とそれに乗って物資の要求をする連中。原動力で一致しているのは利己主義だけだ。
「要求に乗らないんだな?」
中年はそう低い声で言った。俺はそれを安い挑発と受け取る。
「乗らなかったらどうする気なんだあんた?俺と戦争でもするのか?その足もまだ完治してないだろうに無茶するねぇ。」
「俺を倒しても他の連中が黙ってないぞ。いつまでもいい気になってると痛い目をみる事になる。」
どの口でそんな事を言っているのか意味不明だが、何か確証でも持っているか探る必要はある。俺は舌戦で時間を稼ぐよう試みた。
「どんな痛い目に会うんですかね?あんたを撃ち殺したらそこの老人方が敵討ちに俺に襲い掛かると?」
「正義はこっちにあるんだよ。」
「話にならない。俺は別に自分達が生き残るのに最善の選択をしただけです。上月さんによると、大した症状でもないくせに無駄に薬を浪費する人が多くて困ると聞きました。この非常時に薬品の重要性が分からない程頭が悪い訳ではないでしょう?」
「わしらは腰が痛かったり眠れなかったりするから薬を使うのが当たり前じゃろうっ!?」
「それで死ぬんですか?」
「なっ!生意気な事をいう奴だな。」
「あんたらはいつからここに立て篭もってるか知りませんが、外の状況を知ってりゃ物資の浪費なんか許されないって分かりますよ。」
俺は老人の主張に耳を貸さない。
「自衛隊の連中が戻ってきたら真っ先にお前を逮捕させるからなっ!」
「自衛隊に逮捕の権利なんかあるんですかね?基地内限定とかじゃなかったですっけ。」
「口の減らん小僧じゃ・・・。」
「小僧で結構ですよ。だけどあなたの要求に応えて下らない腰痛や不眠症で薬なんか使わせません。あんたみたいな人間が毎日病院に通って医療費を圧迫してるんでしょうね。少しは我慢を覚えたらどうです?」
「口が過ぎると言っているだろうっ!」
俺の態度に痺れを切らした中年が怒声を上げた。だが俺にそんなものは通用しない。武器も持たないオッサン一人にびびる要素は何もない。
「どう言った所でそっちの要求は飲めませんね。さっきも言いましたが、外の世界を見てから物を言った方が利口ですよ。救助はありません。今ある物資で出来るだけ長い時間をここで過ごす事が大事なんです。そのために生命維持に必要な分しか配給はありませんし、特に無駄だと分かってる浪費は許せませんから。はっきり言いますよ。戦力にもならない連中の我侭なんか聞く気がないんです。ここが不満ならどこか別に理想郷を求めたらいいだけの話だ。武器も無いから無理だなんて泣き言は要りません。ボクらも何もない状態から武器を手に入れて山を逃げ回ったんですから。最初から他人に頼りきってた人間が生き延びようとするなら、行動を起こさないと話しにならない。もし私欲でこんな事をやってるなら、容赦なく殺します。」
俺はそう一気に捲くし立てた。これは半分以上が本音だ。もっと言うなら、すでに七十年近く生きた年寄りのために若い連中を犠牲にする事自体がバカな話だとすら思っている。今ここで生きる権利を全員が持っているとしても、文明が崩壊した世界で足手まといにしかならない連中を残す意味は少ない。より若く将来に希望が持てる人間を優先するべきだ。
「俺も足手まといだと言うわけだな・・・?」
俺の言い分を聞いていた中年が腹立たしげにそう呟いた。俺はこのオッサンを足手まといだとは思っていない。だが、調和を乱す危険分子だと今は判断している。武器で脅して自分の好きなようにしている自分も相当な鬼畜だと思うが、その分皆が生き残れるように配慮はした。独裁は何も自分だけのためではない。世界の独裁者でも本当に私利私欲だけに走った連中は例外なく倒されている。このやり方に衝突は付き物だが、これでしか秩序を保てない場合もあると俺は思っている。もしここで好きなように物資を使わせる事を許可すれば、きっと湯水のように残りを消費した挙句全滅するだけだろう。
「俺のやり方に賛同出来ないなら、ここから出て行っても構いませんよ。そんな勇気ないでしょうけどね。」
これがトドメになった。中年はガックリと項垂れると、俺に背を向けて引き摺るような足取りでその場を後にした。それを見て息巻いていた老人達もスゴスゴと後に続く。これで事実上俺はこのモールの王になった。当然この事はモール内に知れ渡る事になり、何故か若者達は俺の言う事を素直に聞いてくれるようになった。俺の言い分は、彼らに受け入れられたようだ。だが、一方で確実に禍根は残っていた。
★
モールにはしばらく平和が続いた。例のクーデターの後、誰も俺のやり方に文句を言う者はおらず、食糧も無駄に欲しがる輩は減っていった。稀に病気の人間が出たが、その場合は適量の薬を渡し、滋養のある食事を与えるようにした。これは上月の力に寄る所が大きい。病気は早期治療が最も無駄がないとの助言があったからだ。当然だが、腰痛なども歩けないほどだと言われれば薬を渡していたし、それに甘えようとする人間も出た。だが、元々医者志望の医学マニア上月の目を誤魔化せる者は皆無で、平気だとレッテルを貼られて帰される老人もしばしば見受けられた。
モールの要塞化も着々と進みつつあった。日増しに駐車場に群れる死体の数は増加していたため、ガラスがいつ破られるとも分からなくなったからだ。ほとんどのモールの出入り口はバリケード紛いの物が築かれ、万が一破られても二階に避難する対策も万全にした。自衛隊が仕掛けたC4も、起爆装置を所定の位置に置き、いつでも爆破出来るように対策を練った。だが、どれほどの爆発力があるか見当もつかないため、これは最終手段として用いる事にした。
だが、平和も長くは続かなかった。それは夜、突然起きた。いきなり死体の群れがモールの裏口から侵入し、一階で寝ていた大多数を襲ったのだ。原因は後日分かったのだが、痴呆の進んだ老人の仕業だった。常日頃から息子がどうこううわ言のように話していた婆様が、ドア前に張り付いていた若い男の死体を息子と勘違いし招き入れたらしい。俺は急いで装備を持つと、逃げ遅れた人間の救出に一階へ下りた。そんな者放っておいても良かったのかもしれないが、土壇場で本能が出たらしい。両手に銃を持つと逃げ遅れた者をエスカレーターに導いていく。だが、俺は寝込みを襲われる可能性を考慮して皆の寝床を一階に限定していた事が仇となった。ほとんどの者が逃げ遅れ、死体に貪り食われた。次々に引き倒され組み敷かれ血飛沫を上げるモールの住民。俺はそれらを諦め、僅かな生き残りとエスカレーターに走った。
しかし、現実は厳しかった。エスカレーターのある中央ホールはすでに死体の独壇場と化し、俺の目の前で強烈な爆音と光、そして僅かに遅れて強烈な爆風がホール内に吹き荒れ、近くのガラスというガラスが爆心地から円状に吹き飛んでさらに多くの犠牲を出した。果たして誰が起爆させたかは分からない。
俺は運良くガラスの破片を少し肩にめり込ませただけで絶命を免れたが、耳鳴りで何も聞こえず視界がほとんど効かない。そして体中が痛烈な痛みに襲われていた。そこからどうやったか分からない。気が付いた時俺は、最初にこのモールに侵入した梯子の上で力尽き倒れていた。
意識を取り戻したのは、朝だった。妹の鈴子が、倒れた俺を発見し揺さぶって起こしたのだ。どういうわけか、鈴子の服や顔は血塗れだった。まるで返り血でも浴びたようなその様子に、俺は何があったか妹を問い詰めた。
「何があった鈴子っ!?他の人はどうした?上月さんはっ!?」
俺は妹の姿から最悪の事態を想像していた。それは焦りを生み、妹の肩を強く揺さぶった。だが妹はほとんど反応せず、虚ろな目で一言言った。
「死んだ。」
「上に逃げた連中みんな死んだのかっ!?」
「死んだ。」
俺の問いにどうでもよさそうにそう繰り返す鈴子に、俺はひどく狼狽した。よくよく観察すれば、鈴子は気が触れてしまったかのようだ。放心状態で何を聞いても「死んだ。」と繰り返すだけ。俺は嫌な予感がして、鈴子をその場に残し二階へ下りた。体中がバラバラになりそうなほど激痛が走ったが、構わずに足を引き摺り歩く。そして、見た。
★
俺と鈴子の部屋の前に、死体が七体転がっていた。皆、蘇りもしていない。死因は銃による頭部破壊。腕や体に食らった痕もあったが、例外なく頭を撃ち抜かれ絶命している。その中に上月もいた。俺は訳が分からずにその場に座り込む。銃を使えたのはあの状況で鈴子だけだ。だが、何故皆を殺したのか理由が分からない。犯人は間違いなく鈴子だ。だが何故。
「皆、ひどかったんだ・・・。」
不意に妹のひどく無関心な声が廊下に響いた。音も無く幽鬼のように立つ妹に戦慄を覚える。
「皆、お兄ちゃんが必死で助けに行ったのに、階段壊せーってひどかったんだ。」
まるで陽炎のように妹の姿が霞んだような錯覚に襲われた。
「その女もあれだけ仲良くなったのに簡単にお兄ちゃんを裏切っちゃったんだ・・・。」
「鈴子?」
「だから私、頭に来ちゃって・・・。お兄ちゃんを見捨てた奴みんな殺すんだ・・・。」
それだけ言うと、鈴子は乾いた声で笑いながら何処かへ消えた。俺は襲ってくる寒気に自分の両肩を抱いてブルブルと震えた。鈴子は俺に依存してた。だから、俺を裏切った人間全てが許せなかった。だから、俺を見捨てて生き延びた人間全てを虐殺したのだ。そして、その裏切って生き残った人間に鈴子も含まれている。俺はその事に気付き、慌てて走った。気の触れた妹を探して。
カステラ美味かった。ちゃんぽんより皿うどん派です。当然バリバリ麺です。
ごきげんよう作者です。今回はちょっとイマイチですね。妹は元々頭がどうにかなった設定だったんですが、尺の都合で上月さんとの関係が省略されすぎました。
上月さんは兄嫁だと思ってください。ちなみにポチったのは上月さんではありませんが、まぁ押すのに反対はしなかったのでお兄ちゃん崇拝のヤンデレ妹には明確な裏切りに見えたんでしょうね。お兄ちゃんが死んだと勘違いした妹が暴走した結果の鏖です。
毎回思いますが、皆こんな話おもしろいの?φ(-ω-。`)




