第参拾陸話 今宵、月は赤く染まり③
光さんは面倒くさい。
今回はシリアスに見えてそうじゃないかも(ΦωΦ)
第参拾陸話 今宵、月は赤く染まり③
新しい朝が来た。希望の朝だ。私の新しい人生が今日産声を上げる。
「ん~、もう禊もやらなくていいんだ~。あれ寒いから嫌いだったもんね。」
昨夜、土蜘蛛様は死んだ。これからは倉橋晶として生きていける。信徒の皆さんや付き人をしてくれていた少女には悪いが、私はもう重荷から開放された。それは喜ばしい事だ。布団から頭を出して周囲を観察すると、もう二人は居なかった。傍らに置かれた時計を覗くと、すでに時間は正午近く。しまったと後悔したが今さら遅い。私はモゾモゾと布団から這い出すと、昨夜光さんが用意してくれた衣類に袖を通す。柔らかな布からはまだ洗剤の香りが仄かに香る。何日も旅を続けているはずなのにあの二人は随分と綺麗好きのようだ。
「気持ちいいなぁ~。こんな可愛い服を着るのも久しぶりね。もう巫女服なんて着なくていいんだ。」
用意されていたのは、長袖のTシャツにチェックの上着、それに靴下とプリーツのスカートだった。下着に関しても光さんが予備を随分と持っているらしく、昨日まで着ていた地味な白のショーツより何倍も可愛い凝った刺繍のショーツを数枚頂いていた。ブラに関してはサイズが合わないから我慢しろと何故か不機嫌そうに言われたが、元々下着に関しては頓着が無い。全てを身に纏うと、私は部屋を出て洗面所に直行した。トイレに行きたかったのだ。昨夜は明かりもほとんどなく、部屋の構造はよく理解していなかったが、ここは二階らしい事は理解していた。注意事項も忘れていない。
「あんたは死んだんだから、明るい内から出歩いたらダメよ。向こうにも双眼鏡くらいあるだろうし、死んだはずのあんたがウロウロ出歩いてたら大騒ぎになる。だから日中は大人しく部屋に篭ってなさい。トイレは下にあるけど、我慢の限界までは行かない事。どうしても行きたくなったら、私か桜井を呼んでちょうだい。
そんな事を光さんが言っていたな。でも今は一刻を争う。一々トイレくらいで手を煩わせる事も無いと私は勝手に判断した。ドアノブを掴むと勢いよく回して開けた。外には剥き出しの階段があり、私はスニーカーをつっかけると階段を駆け下りる。カンカンカンと小気味いい音が鳴り、私の足取りも軽かった。階段を降りきった所にドアがあり、中に入るとすぐにトイレのマーク(青の紳士と赤の貴婦人が並んでいる)を発見し、鍵がかかっていない事を確認すると急いで中に入った。
★
外でガチャリとドアノブが回る音がした。私はビクッと体を竦ませる。条件反射のようなものだ。昔から清楚で上品な立ち振る舞いを要求されてきた私は、トイレやお風呂に入っている時は妙に緊張した。こんな素の部分を見せることは出来なかったのだ。常に周囲を警戒し気を使う毎日で、いつしか安らげる時間は何処にもなくなっていた。
(馬鹿馬鹿しい、もう何も気を付ける必要は無いんだ。もっともっと素の自分を見てもらわなくちゃ。)
物音一つにビクついている自分に嫌気がして、私は自嘲気味に笑う。その時、外で話し声がした。あの二人だ。
「困りましたね。知られたらあの人、絶対に自分を責めますよ。」
「まぁ予想の範疇よ。昨日の今日でちょっと早すぎたのが予想外ってだけね。とにかく、あの子を外に出したらダメね。あの光景は見せられない。壊れちゃうわ。」
「それに残ってる連中も気になりますね。何か外で作ってましたよ。あれって筏でしょ?こっちに来る気なんじゃないですか?」
「早めに出発した方がよさそうね。今日の夜、暗くなったら発ちましょう。」
「そうですね。あとは晶さんを上手く誤魔化さないと・・・。」
私はそれを聞いて激しく動揺した。
(何かあったんだ。確かめないと。)
そう考えると、居ても立ってもいられずにトイレのドアを開く。不意に開いたドアに外の二人は驚いた。咄嗟に武器を抜いて身構える。
「何が・・・、あったんですか?」
「何がってあんた・・・。」
光は私の姿に一瞬安堵したような表情をしたが、すぐに険しい顔になる。そして、怒鳴るように言った。
「話すからとりあえず下を履きなさい。あんた一応巫女でしょうがっ!!!」
その一言でハッとした。私の片足にはまだ上げていないショーツが引っかかっている。慌てていたので上げ忘れたのだ。幸いプリーツスカートが局部の露出を防いでいるが、履いていない事に変わりは無かった。
「し、失礼しましたっ!!!」
私はそう言うと急いでドアを閉めた。桜井さんが親指を立てて「グッジョブ。」などと言っていたが、意味は分からなかった。
★
顔に紅葉を貼り付けた桜井さんを見て、私は気の毒で顔を背けてしまう。ドアが閉まった直後に激しい破裂音が聞こえたが、多分その音の正体がそれだ。横でそっぽを向いた光さんが腕組みをして待っている。
「あの・・・、はしたない所をお見せしました。それで何があったんでしょうか?」
「まぁ、大した事じゃないのよ。でも心して聞いてね?」
光さんは大した事ではないと言いながら、顔は真剣だった。私は嫌な汗を掌に感じながら続きに耳を傾ける。
「あんたの付き人さんね、殺されたわ。板に貼り付けにされて流れてきた。」
「はい?」
「ほら、私にひどい事言われた方よ。さっきそこに浮かんでるのを桜井が見つけたの。胸を刃物で一突きにされてた。自殺じゃなく他殺の線が濃厚ね。」
「先輩っ!はっきり言いすぎっすよ。ほら、もうちょっとオブラートで包んで・・・、あ?」
遠くで桜井さんの声が聞こえていた。私の目の前は真っ暗になっている。世界が傾き、私はそのまま気を失った。
★
倒れた晶を両腕で抱き上げて、真澄は上の寝所に運ぶ。後ろからばつの悪そうな顔の光が従った。
「もうちょい言い方があるでしょう?殺されたとか一突きとか、何か他の表現なかったんすか?」
「仕方ないでしょう、事実なんだから。」
先ほどの光景は光や真澄にもショッキングだったのだ。無理もない。板に貼り付けにされて胸に包丁を突き刺したまま流れてきた死体。厳密に言えば動いていたが、例の動く死体となった巫女の姿は今も脳裏に焼きついている。弔う事も出来ないので、そのままスワンボートで追従し、外海に消えるまで二人で見守ったのだ。潮に流され小さくなっていく板は、やがて裸眼では確認出来ないほど小さくなった。それを確認して、二人で重い空気を纏ったまま帰ってきたばかりなのだ。工場の状況も何かおかしかった。何人かの男達が板とドラム缶で筏を作っていた。どう考えても海を渡る準備をしている。そしてその脇には縛られた巫女の姿もあった。確認は出来なかったが、何か暴行でも受けたようにぐったりとうな垂れて地面にぐにゃりと倒れている。もしかしたらすでに息が無かったかもしれない。
「とにかく、あの筏でこっちに来られると厄介ね。暴動でも起きてるなら尚更だわ。全く拠り所を失ったくらいで何て脆いのかしら。」
光はそう言いながら頭を抱えている。真澄は光の愚痴にも似た嘆きを聞きながら、それは違うような気がしていた。
「先輩、あれは暴動とかの類では無いんじゃないでしょうか?それならもっとたくさんの死人がいるでしょうし、殺された巫女さんにしても、手足を板に打ち付けて流されるなんて尋常ではないですよ。何かあった事だけは確実ですけど、慌てて逃げるにしても筏でなんて考えますかね?行く当てもなさそうだし・・・。どう思います?」
「うるさいわね、確認のしようがないじゃないっ!兎に角、私達もここを離れるに越した事はないわよ。面倒事に巻き込まれるのは絶対にご免だわ。」
光はそう強い口調で応えた。真澄はそんな光にも違和感を感じる。何か焦っているように感じたのだ。
「そうですね、確認のしようがありませんね。では俺が確認してきますよ。晶さんは任せました。」
真澄は埒が明かないと判断しそう言ったが、その言葉に光は動揺したように止めに入る。
「ま、待ちなさいよ。あんた何かあったら冗談じゃ済まないのよ?私を残して死なれても困るんだけどっ!」
「じゃぁ、一緒に行くんですか?俺は昨日見た人達が狂気に走って人殺しなんてするはずないと思うんですけど。」
「ちょっと考えさせて。晶は絶対に連れて行けないし、私達二人とも捕まれば彼女も危ないし、どうしたら・・」
光はそうやって考え込む。ブツブツと呟く独り言で真澄は光の動揺の訳を大体理解した。彼女は晶が心配で堪らないのだ。昨日から素っ気無い態度ばかり取っていたが、何か晶に対して親しみを持ったのだろう。優しい光などあまり見た事が無かったし、面倒事を背負い込む気になったのにも違和感があった。光にとって晶は特別な存在になったのだ。それが何かは分からないが、喜ばしい事ではある。ここは光を残して晶の世話を頼むのが最善だと真澄は思った。
「やっぱり俺一人で行ってきます。晶さんの世話をよろしくお願いしますね。変な事考えそうですし。」
そう言うと、真澄はナイフを装備して模造刀を掴み外へ出て行った。
★
光に散々引き止められたが、真澄は強行した。最後には光も折れ、必ず安全を確認するまでは上陸しない事を約束させられ送り出される。スワンボートが動き出しても、光は名残惜しそうにずっとその影を目で追っていた。真澄はそんな光に感謝しつつ、全力でペダルを漕いで先を目指す。行きは辛いのがカレントだ。スワンボートは少しも陸に近付いてはくれない。二人漕ぎより明らかに船の馬力は減っていたので、真澄が例の生簀のようになった船着場に着いたのは出発してすでに一時間近く時が過ぎていた。逆流を進むのは容易ではない。
「旦那さんの方かっ!嫁さんはどうした?何かあったんか?」
そう叫んで船着場に現れたのは八島だった。真澄はそれに手を挙げて応える。
「いえ、実はまだ沖の防波堤にいたんですが、こっちで何かあったようなので俺だけ引き返したんです。妻は残してきました。」
それに対して、八島はビクッとしたが、やがてバツの悪そうな顔をしながらその質問に答える。
「知られちまったかぁ。身内の不祥事だからあんまり知られたくなかったんだが、アレを見たのかい?」
「巫女さんの遺体ですね?」
「ああ、遺体というより鬼になってたろ?」
「そうですね。もう沖に流れましたけど動いてましたね。」
それを聞いて八島は少しホッとした顔をした。
「おお、あんたらに被害はなかったんだな?」
「被害?」
その言い回しに、真澄は疑問を感じる。
「被害っつうか、アレのせいでこっちは10人以上死んだ。」
「はっ!?10人もですかっ!?」
その返答に真澄は思わず大声で聞き返す。
「ああ、実はもう工場の中には入れんのだ。中で鬼になっちまったオバンや子供が暴れてるんだよ。資材倉庫は何とか守ったけど、ここを離れにゃ俺らも殺されちまう・・・。」
「どうしてそうなったんですかっ!?」
真澄の問いに、八島は昨夜あった出来事を話し出した。
★
土蜘蛛様が海に消えてから、まず巫女の一人が異常に取り乱した。顔が不自由な巫女キヨだった。八島ら男達が、気が狂ったように暴れるキヨを取り押さえ、何とか工場へ連れ帰る。もう一人の巫女も、呆然とした顔をしていたが八島の部下に手を引かれ、大人しく従った。工場では、すでに騒ぎを聞きつけたゾンビ数体がフェンスに殺到し、残った見張りの男達が何とかそれを防いでいた。八島がそれを見て慌てて重機を動かし海に沈めたが、何人かは怪我をしていた。
「散々ですね・・・。もう今日は疲れました。見張りは一人で後は中に戻れ。」
部下の一人がそう言い、見張りに若い男を一人残して工場に入って行った。そしてその夜、事件は起こった。精神に異常をきたしていたキヨが、土蜘蛛の寝所で首を吊ったのだ。翌朝、変わり果てた姿で見つかったキヨを、皆で弔おうとして悲劇が起きたらしい。
「もしかして、死んだだけでああなるって誰も知らなかったんですか?」
「ああ、鬼に殺された人間だけがああなっちまうと俺達は信じてたんだ。ここに避難して以来、誰も死人は出なかったからな。」
「死体を弔うなんて、今の世界じゃ自殺行為ですよ・・・。」
大勢でキヨの遺体を安置して経を唱えている内に、不意にキヨの遺体が起き上がった。皆は唖然としてそれを見ていたらしい。土蜘蛛が乗り移って蘇ったと勘違いし、涙を流して手を合わせた老人もいたそうだ。動揺が広がる中、キヨは歩き出し、近くで手を合わせていた老人の前に立つと、両手を広げて襲い掛かり首に噛み付いた。皆がは一瞬、何が起きたか理解していなかったが、麻子の大声で我に返り蜂の巣を突付いたような大騒ぎになった。動揺して四方八方に逃げ出し、それに反応したキヨが手当たり次第に女子供を食い殺したのだと言う。後は武器を持って戻ってきた男達がキヨを抑え付け、近くに倒れていたリフト用の板に手足を打ち付けて何とかその暴挙を止めたのだそうだ。それでも尚暴れるキヨに我が子を殺され正気を失った母親が包丁を突き立てたのだと言う。
「それであんな惨い死に様で流されてきたんですね。納得しました。」
真澄はそう八島に言うと、俯いた。
「ああ、可哀想だったがあれしか方法が無かった。海に流すくらいしか弔えない俺らを笑ってくれ。」
ハハッと自嘲気味に八島が笑う。
「そしたら、中でまた騒ぎが起こってな。殺された連中が今度は起き上がって、まぁ後は分かるだろ?」
「分かります。それで何とか工場を封鎖して中に閉じ込めたんですね?」
「そう言うことだ。行く当ても無いが、筏でも作ってどこか新天地を求めないと俺達も全滅しちまうからな。」
真澄はそれを聞いて、全てが繋がった。彼らは生きる希望を失ってはいない。だが、一つ腑に落ちない事があった。
「それは良いとして、何故生き残った巫女さんまで縛られてるんです?」
「それはだな・・・。」
八島は痛いところを突かれたとばかりに口篭る。そこに、いつの間にか現れた八島の部下が口を挟んだ。
「彼女には母親になってもらうんですよ。」
「母親?」
真澄は妙な展開になってきたなと思いながら聞き返す。
「そう、彼女は違うが俺が土蜘蛛一族の血筋なんです。だから、顕現するなら一族の血を絶やすわけにはいかない。だから彼女に俺の子を身ごもってもらうんです。抵抗したんで拘束していますが、殺す気はない。寧ろ、これからは大切な母体になるんでとびきり優しくしますがね。」
不適な笑いを浮かべながら、その青年は得意げにそう言った。真澄はその応えにゾッとする。そう、最初からここに住む者達は正気では無かったのだ。希望を失い土蜘蛛を祀り上げるうちに、本当に神が顕現して自分達を救うと信じ込んでしまっている。
「どうかしてる・・・。」
真澄はそう呟く。
「どうかしてる?何を言っているんだ?この世を救う子だぞ?神の子を宿すのに抵抗する方がどうかしてるじゃないか。寧ろ喜んで欲しいくらいなんだが。」
「いい加減にしろ・・・、お前らのそんな考えが晶さんを追い詰めたんだぞ?」
真澄は我慢できずにそう叫んだ。今なら晶がどれだけ追い詰められていたか理解できた。
「晶さん?お前、土蜘蛛様の本名を何故知っているっ!?」
(しまったっ!俺って奴は馬鹿かっ!?)
真澄は自分の短慮を呪う。
「そうか、お前らが土蜘蛛様を誑かしたんだな・・・。八島さん、あいつを捕まえてっ!」
そうくると思っていた真澄はすでにバックを開始していた。スワンボートはもうスクリューを逆回転させながら後退りを開始している。慌てた八島が勢いよく海に飛び込み華麗なクロールでスワンボート目掛けて泳ぎだした。そして簡単に追いつき這い上がろうとした。
「すんませんねっ!!!」
真澄はそう言うと八島の肩に思いっきりナイフを突き立てる。肩は筋肉も多く致命傷には至らない。縫合すれば死にはしないと考えた結果真澄は本気でナイフを振るった。肉を切り裂く嫌な感触を掌に残し、スワンボートは急旋回しながら防波堤に逃げ帰った。
★
話を聞いていた光は仏頂面だった。頬を膨らませ腕組みをしている。
「で、今のうちに物資をボートに運んだ方が安全だと思いま・・・痛いっ!」
真澄は恐々と口を開いて光に膝を蹴られる。体重の乗った素晴らしいローだった。
「あんたの馬鹿さ加減には本当に頭が下がるわっ!俺に任せなさいって顔して厄介事持ち込んでたら世話ないわよ、まったく・・・。」
真澄は足をやられて膝を突きながら光に進言した。
「いや、あそこの連中かなりガチで病んでます。ここにもすぐにやってきそうですよ。やばくないっすか?」
「ふふん、あんた甘いわよ。筏なんて舵もないものコントロール出来るわけないでしょ?彼らに帆船なんて作れる訳もないし、ここまで正確に辿り着く腕なんてないわよ。櫂でもあれば別でしょうけど、そんな簡単に操船なんか出来ないわよ。見てなさいな。」
光はそう言うと窓の外を見る。小さな筏に数人乗り込んで海に出ていたが、筏は明後日の方向に流されていた。棒に板切れを打ちつけただけの櫂では、思うように流れを渡れないのだ。
「船ってのはちゃんと人間が真っ直ぐ進めるように作ってるのよ。筏なんてそう簡単に操れるもんじゃないの。本当に甘いわねあいつら。流されて外海に出たら遭難して死んでしまうわよ。」
光はそう他人事のように呟いている。
「結構余裕ありますね。でも放って置いていいんですか?」
「まぁ自業自得よ。それより巫女の麻子ちゃんだっけ?無理やり孕まされたら可哀想よねぇ・・・。」
男が死のうが関係ないが、同じ女の不幸は他人事ではないらしい。真澄は少し複雑な気持ちだったが下手な事を言うとまたローを食らう。
「麻子は無事なんですか?」
不意に後ろで声がした。今まで気絶していた晶だ。やっと気が付いて布団から起き出したらしい。
「ええ、命はあるようね。貞操がやばいっぽいけどどうしたもんかね?」
その言葉に晶は取り乱す。
「貞操が危ないってっ!?あの子何されてるんですっ!?」
「えっと、無理やりSEXかな・・・?」
光はポリポリと頬を掻きながらそう言った。
「SEXってそんなはしたない・・・、そうじゃなくってっ!何とかならないんですかっ!?」
晶の狼狽ぶりは普通ではない。箱入りだから今までそういう機会がなかったのだろう。もしかしたら好きでない人と交わうくらいなら死んだ方がマシだと考えている部類かもしれない。
「大袈裟ねぇ、別に死にはしないわよ。子供作る行為なんてそこら中で年がら年中行われてるんだから・・・。」
光がやれやれというゼスチャーを交えながら溜息を吐く。
「そ、それは光さんはそうかもしれないけどあの子は乙女ですっ!大問題ですよっ!」
「あの子って処女なの?遊んでそうな雰囲気だけど。」
「え?それは知りませんけど、まだ殿方を知るには幼いと思いますし・・・。」
「最近の子なんて結構早いわよ。」
「そうなんですか?」
「早い子なんて中学生よね?桜井。」
光が面倒臭そうに真澄に話を振る。それに真澄は真顔で答えた。
「そうですね。遅くても大学生くらいには9割以上が済ませちゃうんじゃないっすかね?晶さんは箱入りだから仕方ないですけど、実際に学校行ってたらとっくに誰かにやられてますよ。うんうん。」
真澄はそう言いながら何度も頷く。
「そ、そうなの・・・?」
光はその答えにちょっとショックだったようだ。顔を引き攣らせながら訊ねた。らしくないリアクションだ。
「は?何言ってんです。先輩だって遊びまくってた口じゃないですか。いつも飲んだらソレ系の武勇伝を語ってたくせに。」
「え、ああ、そうね。そうだったわね・・・。」
光の顔が青褪める。それを晶は不思議そうな顔で眺めていた。
「とにかく、先輩くらい経験豊富ならともかく少女の危機ですもんね。どうにかして助けられないっすかね?」
「光さんって経験豊富なんだ・・・。」
晶は意外とばかりにそう呟いた。
「へ?何言ってんの?先輩のバディ見れば分かるっしょ。散々揉まれないとああならないってば。」
真澄はそう言ってケラケラ笑う。その様子を黙って見ていた光がゆらりと真澄に詰め寄った。
「桜井、ちょっといいかしら・・・?」
「ひっ、な、何です?」
まだニヤけていた真澄も光の変貌にギョッとしたような顔をした。
「あんた・・・、いつも私をそんな目で見てたの?」
「え?いや、だっていつも豪語してたでしょっ!?」
光はその言葉にピクリと反応する。そう言われれば言っていたような気がした。
「あ、あれはほれ、あんたらに舐められないようにね。」
「何言ってるんですか、何人の男が私の上を通り過ぎて行ったか数えられないなんて普通言わないっすよ。」
「いや、それは言葉のあやでね。私だってそこまで汚れてるわけじゃ・・・。」
光は妙にしつこい。真澄にはどうでもいい事だったが、どうやら真剣なようだ。
「まぁ、何人と寝たかなんて関係ないですよ。晶さんみたいに新品ならまだしも。」
「し、新品とか言わないでくださいっ!」
晶が恥ずかしそうにそう言って俯く。
「し、新品だっていいじゃないっ!?ねぇ晶。」
「そ、そうですよっ!」
「新品とか言ってすみませんでしたっ!まぁ先輩は当てはまらない訳だし、もういいじゃないっすか・・・、ハハ。」
女性二人に詰め寄られ、真澄は苦笑いを浮かべつつ後退りする。その時、光の押し殺したような声が響く。
「わ、私だって・・・。」
「私だって・・・、何ですか?」
「私だって新品よっ!!!」
★
気まずい空気が流れていた。どうしてそう言う話になったか真澄には見当がつかない。光は壁際でいじけ、晶は心配そうに双眼鏡を覗き込んでいる。光がヴァージンなんて俄かには信じられない話だったが、あのいじけ様は真実らしい。
「筏、見えなくなっちゃいました・・・。」
唐突に晶がそう呟く。真澄は晶から双眼鏡を受け取ると、先ほどまで点になって見えていた筏のあった方向を探す。はるか彼方にあった点はとっくに外海の果てに消えたようだ。
「死ぬなよ~・・・。」
真澄は海に消えていった男達の安否を心配する。悪い人達ではなかった。ちょっと頭が病んでるだけの気のいい人達だった事は否めない。
「皆、海の藻屑になってしまうのですね。」
晶が神妙な顔でサラリとひどい事を言う。天然なのだろうと真澄は考察した。これまでの言動からも伺えたが、語彙の無さはともかく、おっとりとしている割りに意外と喋る。世間ずれしている感はあったが、間違いなく天然だ。
「先輩、いつまでもいじけてないで作戦でも練りません?」
真澄は末恐ろしさを感じながら晶の元を離れ、まだ立ち直らない光に話しかける。
「黙れ処女厨。」
やさぐれ継続中らしい。しかも脈絡が無い。
「意味分かって言ってないですよね?処女厨と言うのは処女大好きで女性は処女じゃないと価値が無いくらい思ってる連中ですよ。俺はその真逆にいると思いますが・・・?」
「黙れこの淫乱好き。」
「いや、そんなに好きって訳でも・・・。」
「ビッチじゃなくて悪かったわね。」
「そんな事言ってないでしょう・・・。」
「中古の方がいいんでしょ、男なんて死ねばいいのに。」
「いや、男って実際その逆だと思いますよ。」
「心にも無い事を、処女は面倒だって前言ってたの聞いたもん。」
(語尾が『もん』になってる。こりゃ重症だ。)
素が出ている時の光は面倒だ。真澄はそれを付き合いの深さから知っている。普段、キャラを作っている者ほど素は面倒臭い。
(今日はもう暗くなる。明日になったら立て直そう。)
真澄はそう考え、女性二人を残したまま階段を降りていった。
光姐さんが処女ってのは今までで一番ひどい間違いのような気もしています。
作者です。こんばんちは。
なんかキャラが薄くなってきたと思ってインパクトを狙ったけど狙いすぎたかな?エロゲのキャラみたいな人になってきた。それでも作中では一番好きな人なんですけどね。
最近、更新が早いですが、皆さん油断しないでください。きっと大雪でも降ると思いますので(´・ω・`)




