第参拾伍話 今宵、月は赤く染まり②
たまには活動報告も読んでね(・ω<)b
今回は少し作者の考えが詳しく書いているかもしれません。
一般論ではなく、個人的意見ですので真に受けないでくださいね。
第参拾伍話 今宵、月は赤く染まり②
殺されるという言葉は、普段の生活でもよく耳にする。いや、まだ世界が正常だった頃はよく聞いたと言うべきか。勿論それは、映画やTVなどの話だ。あとは友人間でたまにふざけて使う程度だろう。その言葉を今、リアルに使われたことに真澄は違和感を感じていた。人間が殺される。いくらこの狂った世界でも、まともな人間同士で使う言葉ではない。ゾンビに殺されるというのなら分かるが、晶が言った言葉は人間「に」殺されるというニュアンスを含んでいるのはいくら鈍い真澄でも分かった。
「殺されるの?誰が?神様のあんたが?」
同じ疑問を持ったのだろう。光も半信半疑で晶に疑問を投げかけた。
「はい、私がです。殺されます。」
「考えすぎよ。根拠がない、それこそ荒唐無け・・・、いや意味不明だわ。」
「こうとうむけいだと言う事は重々承知しています。でも事実です。」
晶は光に凛とした態度でそう宣言した。光はまだ何か続けようとしたが黙りこむ。この問答は無用だと思ったのだろう。
「あの、よければ理由を知りたいのですが。僕達はそんな話を信じられません。」
このままでは納得できない真澄が光の代わりにそう質問を続ける。
「疑われるのも仕方ないでしょうね。私は、土蜘蛛の再来としてここで保護されていました。いや、監禁されていると言う方が正しい気がします。この状況で、自分達に救いがないのは住民の皆さんは承知していますから。それでも神の奇跡に縋りたい。そう思って私のような無能な神を囲っているんです。でもそれも限界でしょう。ここの食料もあと三月を待たずして底をつく。そうなればもう後は飢えて死ぬか狂って死ぬか。その時は確実にやってきます。その時の怒りは、どこに向けられるでしょうか?」
光はその言葉を聞いて、全てを理解した。人間とは何と醜い生き物なのだろうかと。
「それはゾンビとか助けに来ない自衛隊や政府の機関に向く・・・、わけないですよね。」
真澄も答えを悟り晶から視線を外す。
「はい、例えそちらに怒りが向いても一時的なものでしょう。最終的に私に全ての矛先は向かいます。何故なら一番身近にいる対象が私なのですから。救ってくれない神なら殺してしまえ。そう考えても不思議じゃないでしょう?」
晶はそう言って顔を伏した。
「そうね、確かにこのままじゃあなたの身は保障できないわ。いえ、確実に殺されるでしょうね。」
光も今の話を理解してそう続ける。つまりはそう言うことなのだ。人間は何かに縋り、それは時として盲信になる。今が正にそうなのだ。晶は全ての希望であって、そして願いが適わない場合、盲信は凄まじい怒りに変わる。我侭で利己的が人間の本性だ。自分を救わない神を人は許さないだろう。その対象を手にかける事が出来るなら、そうするかもしれない。
「現に、私を神、ここでは土蜘蛛様に捧げる供物にしてはどうかという意見が出た事も知らされています。付き人の二人が猛反発して黙らせたそうですが、皆さんそこまで切羽詰っているようです。私は神ではなく、神への供物として生まれてきたのではないかという意見の派閥まであるとかないとか。元々私を神と思っていない人が大多数でしょうし、私が死ねば奇跡を起こすと考えられているかもしれません。つまり、私の命はもう長くはないのです。本来なら、私は喜んで死ぬべきなのでしょうが私は、私は・・・、死ぬのが恐ろしい・・、ううぅ・・・。」
最後は啜り泣きにかき消される。光は黙ってそれを聞いていたが、やがて泣き崩れている晶の側にツカツカと歩み寄った。晶はその気配に顔を上げずにビクッと体を震わせる。
「ぐす・・、こんな、ずず、私を蔑みますか?」
晶は顔を手で覆ったままそう光に訊ねた。
「うん、あんたは情けない神様だわ。そこは肯定してあげる。でもね・・・。」
「そうですよね。例え無駄とは知っていても、私はやはり皆の期待に応え死ぬべきなんです。でも、でも、私は私の、私個人の人生をもっと謳歌したかったんです。もっと自由な人生を・・・。」
そう言って晶は大声でまた泣き出した。光はそんな晶の頭にポンと手を置くと、髪を梳かすように優しく撫でる。
「ほんと頭の中は小学生ね。でもねって言ったでしょ?人の話は最後まで聞きなさい。」
「グス・・・?」
「あなたはつまり、これから素敵な人と出会い結婚し子供を生み、せめて人並みの幸せをって幻想をずっと持ってたんでしょう?」
光の優しい声に晶は子供のようにコックリと頷く。
「なら、手助けくらいはしてあげるわ。その代わり、外にあなたの望む未来はないわよ。あったとしても限りなく小さい可能性。それに賭ける?」
その言葉に晶はまたコクリと頷く。
「それなら、あなたは覚悟を決めなさい。あなたを失えば、ここは地獄になるかもしれないという事を肝に銘じておきなさい。あなたの我侭のせいでたくさんの人が死ぬわ。それでもやるのね?」
その言葉に、晶は潤ませた目を光に向けるしかできなかった。
「私はあなたを批難なんかしないわよ。これは私個人の意見、気休めにしかならないけど、ちょっと聞いて?」
光の優しい目を吸い込まれるように見つめながら、晶は黙って頷いた。
「私はね、宗教は人を救うけど、人を殺すとも考えているの。でも、それ自体に善悪はない。結局悪いのは解釈を間違った人間や、利用した人間なのよ。今までの歴史がそれを証明しているわ。宗教戦争、聖地の奪い合い、どれも宗教がきっかけで起こされた事よ。裏では権力者のコントロールがあったのだろうけど、どの神も戦争の火種だけ起こして誰も救ってないじゃない。そんな世界規模の宗教の神様だってそんなもんよ。個人的に、精神的に救われた人もいるけどそのせいで死んだ人もいる。だから悪いのは神じゃない。人間なのよ。だから、あんたが逃げて誰か死んだって、あんたが悪いわけじゃない。それだけは覚えておきなさい。あんたも『人間』なんだから、我侭に生きてもいいのよ。」
光の話を晶は黙って聞いた。光の言った事は先の覚悟の話と矛盾する。それは、光が晶を罪の意識で潰れないようにするための逃げ道を作ったために出来た矛盾だ。晶が果たしてそれを理解したかどうかは不明だが、光なりに彼女に同情したのだろう。逃げ道を作った上で、晶に決断を迫る。
「私・・・、行きます。いえ、生きます。」
迷いのある表情で考えていたが、少しの間を置いて晶はそう決断した。
★
吹っ切れたような表情の晶を見て、光は微笑み晶の頭をまたポンポンと撫でた。
「あ、いきますって二回言いましたけど、一回目がゴーの行くで二回目がリーブの生きるですよ。」
吹っ切れた晶がちょっと得意げにそう光に解説する。そのドヤ顔に光は神経を逆撫でされ、思いっきり晶の頭をしばいた。
「わかっとるわっ!!!てかあんた今リーブって言ったわよねっ!?Liveは生活するとか住むって意味よ。一般的にはAliveを使うのっ!ドヤ顔で間違った知識を披露して得意になってんじゃないわよっ!」
「ひぃっ!」
晶が(´;ω;`)な顔で叩かれた頭を抱え込む。本気で怯えている顔だ。
「先輩、お嬢様にそのツッコミはきついっすよ。マジでびびってますよ晶さん・・・。」
「煩いわね。これから連れ歩くんだから、これに慣れてもらわないと仕方ないでしょう。分かったわね晶?」
「え?は、はいっ!」
不意に名前で呼ばれた晶は、心底嬉しそうな顔を光に向ける。その表情に光は照れたような目を返した。
★
真澄と光は、惜しむ八島に見送られながらスワンボートに乗って工場を後にした。お土産といって缶詰の入った箱を2箱頂き、後ろめたさを感じながら港を後にする。
「私達は人を探しています。ですから、これからも旅を続けなければなりません。僕ら夫婦をとてもよくしてくださった人なんです。皆さんの厚意に甘えたいのが本音なのですが、どうしてもその人に恩を返したいんです。ですのでこれで失礼します。縁があればいつか何処かでお会いしましょう。長居すると別れが辛くなりますのでこれで。」
これが真澄と光の話だ。当然、恩を返したい人など居ない。そう言ってでも一度ここを離れる必要があった。必要な物はもう晶に渡している。何故か光が舌打ちしながら戻ってきたのが真澄には気になったが、今は二人でスワンボートを漕いで沖の防波堤に急いでいた。来る時は30分ほど掛かった道のりが、帰りはわずか20分足らずで着く。
「やっぱり思った通りだわ。この湾はカレントね。」
光が確信を持った顔でそう呟いた。
「カレント?」
真澄は意味を理解せずにそう聞き返す。
「リップカレント(Lip current)よ。つまり離岸流。意味分かる?」
「さぁ・・・。」
「言葉で言っても難しいわね。解説は省くわ。つまり海流が岸から沖に向かって流れてるの。この防波堤に突き当たるように海に川が流れてると考えて。」
「あ、離岸する流れで離岸流なんですね?」
「そういう事、少しはお利口さんになってきたじゃない。さすが私の旦那様だわ。」
光が皮肉たっぷりの口調で軽口を叩く。
「先輩、そういうのやめましょうよ・・・。俺なんだか相当頭が弱い部類の気がしてきてへこみますよ。」
「大丈夫よ、これからもっと残念な子が仲間になるんだから。」
光はそう本気とも冗談とも取れない事を言いながらカラカラと笑った。
(晶さん、あなたは頼る人間を間違えたよ。)
真澄はまだ横で高笑いを続ける先輩に、久しぶりの狂気を垣間見た気がした。
★
時間は深夜に差し掛かる。工場ではちょっとした騒ぎが起こっていた。いつもは居室で床に就いているはずの土蜘蛛様が、急に外に出たいと言い出して付き人を従えたまま鉄柵のドアを潜ったのだ。八島を始め、若い男性陣も表情を変えて後を追ってくる。付き人の二人もまた困惑した表情をしたまま、土蜘蛛様のご乱心に従っていた。やがて、港から突き出る防波堤の先まで歩いてきた土蜘蛛様は、そのへりに立つと皆を振り返った。住民は土蜘蛛様に触れる事が出来ないため、仕方なく後に従うしか無かった訳だ。
「皆の者、私は今宵、責務を果たします。」
土蜘蛛様はそういうと、皆を振り返った。その言葉に付き人はギョッとした顔をする。また八島ら男衆も意味が分からず、動揺はざわめきになって真っ暗な防波堤に響き渡った。
「そなたらが、私に付き従ってくれた事に感謝したい。そこで一つ謝罪する。私は今のままでは土蜘蛛として顕現できない。よって我が命を持って奇跡を起こす所存だ。それで勘弁しておくれ。」
土蜘蛛様はそう言うと着ていた純白の巫女服を脱ぎ捨てる。男達はその行為に思わず目を背けた。土蜘蛛の肌を見るわけにはいかない。
「土蜘蛛様っ!?おやめください。何をそんなに思いつめていらっしゃるのですっ!?」
付き人のキヨがそう言って必死に土蜘蛛様を説得する。そして禊用の薄い白装束一枚になった土蜘蛛様に一歩詰め寄った。
「下がれキヨッ!邪魔をしてはならん。私は責務を果たすだけだ。大丈夫、死ぬわけではない。亡骸はやがて海に帰り、きっと土蜘蛛様がそなたらを救ってくれる。私はその贄としてこの身を捧げるだけだ。言わば羽化のようなものなのだよ。」
「そんな、あなたを失ったら私達は何に縋ればよろしいのですか?」
涙を流しながら何とか土蜘蛛様の自害をやめさせようとキヨが声を発したが、その声は大きくなるざわめきにかき消された。
「さらば皆の衆、我は必ず顕現するっ!」
そう甲高い声が暗い海に響き渡る。そして大きな水音と共に、暗い海に土蜘蛛は消えた。暫し言葉を失っていた八島らだったが、不意に我に返り慌てて海をライトで照らした。しかし、時すでに遅く暗い水面には白装束だけが浮かび、土蜘蛛の身を見つける事は適わなかった。
★
スワンボートは闇夜に揺れていた。岸からざっと500mほど沖に停泊し、それを待っている。双眼鏡を覗き込んでいた真澄は、暗い海に光る物を発見し光に知らせた。二人は大急ぎでペダルを漕ぐと光源へと急いだ。それは波間に漂う晶の姿だった。手には折れた棒のようなものを持ち、真っ暗な波間で今にも沈みそうになりながら漂っている。光っているのはその棒だった。折るとしばらく光り続けるケミカルライトだ。真澄達がナカハランドで譲り受けた品物の一つである。真澄はスワンボートを晶に寄せると、手を伸ばして中に引っ張りあげた。ガタガタ震える晶を光がすぐにタオルと毛布で包み込む。そして抱きしめながら震えが収まるのを待った。
「猿芝居は楽しめた?」
クスリと笑いながら光がそう晶に質問する。
「そ、そんな言い方しないでくださいよ。本当に、し、死ぬとこ、でしたから。」
まだ歯を鳴らしながら晶はやっとそう声を発す。これはそういう作戦だった。いらぬ神なら殺される前に殺してしまえばいい。そこで晶に自殺を演出させる必要があったのだ。地形と海流を考慮して、闇夜に海に身を投げる。あとは服を脱いで身軽になれば沖まで海流が運んでくれる計算だった。神が自らを犠牲にする事で信者はその存在を大きくさせる。これであそこは暴動など起きない。例え暴動や殺戮が起きたとしても、それは晶の責任ではなくなる。光はそう考えていた。しかし、それはあまりにも考えが甘かったのを後で思い知る事になる。
★
暗い防波堤を、憔悴しきった晶を両腕で抱えて真澄は用心しながら進んだ。
(このタオルと毛布のしたは全裸っ!見たい、ハーフ美女の裸見たいっ!!)
男とは何と悲しい生き物だろう。真澄はその一心で頭を埋め尽くされていた。光はその後ろでまた何か良からぬ事を考えているなと思いながら足元から視線を空に向ける。丁度雲が晴れて月が姿を現し、辺りが少し明るくなったからだ。
「月食・・・かぁ。気持ち悪いわね。」
ふと呟いたその言葉に、真澄と晶も釣られたように光を見てその視線を追った。
「きゃっ・・・。」
「気色悪いですねぇ・・・。」
二人同時に声を発する。空には赤く染まった月があった。
「別に自然現象よ。でも出来すぎだわ。あんたが死んだ夜に赤い月が昇るか。」
そう呟く光。赤い月は主に月食などの時に見られる。理由は太陽からの光は大気中では青い色を拡散させるためだ。波長の長い赤い光だけが大気を通過して月に届き、それを反射して赤く映るというのが通説だった。また地球照という現象でも確認される。これは太陽の光を地球が反射し、反射した赤い光を多く含む光が月を照らすのだ。夕焼けや朝焼けも同じ理由で赤い。この場合は日没からの時間を鑑みると前者が有力だろう。たまたま今日が月食だっただけかもしれない。光はそこまで説明してもおっきいお友達並みの頭の二人では理解できないだろうと考え、口に出すのをやめた。
「赤い月は地震の前兆とも言われあまりいい意味では取られない。これは凶兆では?」
真澄が雰囲気に飲まれまたトンチンカンなネガティブ発言をする。それを聞いた光が後ろから真澄の尻に蹴りを入れた。
「アッー!」
真澄は予期せぬ攻撃に足を縺れさせバランスを失う。それでも晶を傷つけまいと自分の身を地面とのクッションにして何とか晶を受け止めた。しかし、晶も思わぬ転倒に慌ててタオルと毛布を固定した手を離す。肌蹴るタオルと毛布に真澄はしっかりと反応し、薄暗い中で必死に目を凝らす。そして真澄は叫んだ。
「水着着てるなんて反則じゃねええええええかあああああっ!!!」
★
光が晶に渡したのはケミカルライトと水着だったのだ。しかし、晶は水着というものを着たことが無く仕方なく光がその場で巫女服の下に着させた。当然真澄は先に部屋から追い出されたため、このやり取りを知らない。
「あんた水着も着たことが無いなんて終わってるわよ。こんな体してて勿体無い。」
光はそう言いながらすっぽんぽんにした晶に水着を着せていく。水着もしっかり体にフィットさせるにはサイズなどかなり重要で、背格好のほぼ同じ自分の水着ならちょっと直せば着られると判断した光は裁縫セットを片手に水着を着付けていく。
「きついとこない?あんた下着なんかも自分で買ってないでしょ?ほら、毛の処理も全然ダメね。全くどこまで常識ないんだか・・・。」
「あの、ちょっと・・・。」
「ん?どっかきつい?私のサイズなんだけど・・・。」
「えっと、少し胸が苦しい・・・かな?」
ビキッ。確かにそう音が聞こえた気がした。
「私のサイズできついってあんた一体どんだけあるのよっ!!!」
音の正体は光の血管が・・・まぁこれは余談である。
随分利己的な神様ですね。でも人間なんてこんなもんじゃないでしょうか?
Gを超える怪物を生み出した自分が恐ろしい(´◉◞⊖◟◉`)
ただちょっと頭の方が・・・。難しい言葉使いは出来るんですけど知識が追いついてないんですよねぇ^-^;




