脱線壱話 土倉光という女
脱線しましたが何か問題でも?(`・ω・´)
脱線壱話 土倉光という女
この惨劇が始まったことを私は密かに喜んでいた。人間社会の崩壊とともに秩序の崩壊が訪れ、誰も彼もが疑心暗鬼と絶望を味わう。私は随分とこういう状況を待ち望んだ。やっと社会の枠組みから外れ、自由に誰にも気兼ねする事無く生きられる。
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小学校の頃、私はクラスで初めて下着を着けた。所謂ブラジャーと言うものだ。小学五年生だったと記憶している。あれからもう15年以上が経つというのに、今もまだ私にとって苦痛の記憶だ。発育の良かった私は、小学校中学年の頃からクラスでのあだ名が『デカパイ』『ボイン』『ふじこちゃん』だった。特にクラスの中心にいる男子グループに半分いじめのような扱いを受けた。自分の発育をこれほど疎ましく思った事は無い。当時から少し気が強く、クラスでも浮気味だった私に味方はおらず、今ならセクハラで訴える事も可能ないじめを毎日のように受けた。そしてもう発育が隠せなくなり、学校の帰り道などでもオッサンや男子学生の視線を集めるようになってから母が見かねて下着を着けさせたのだ。
「光ももう大人の体付きになったんだから、帰宅する時は気をつけなきゃダメよ。特に知らない男の人は警戒しなさい。」
母は毎日、そう言って私を学校へ送り出した。知っている男の子の方がよっぽど危険なのだが、私がクラスでそういうセクハラまがいのいじめにあっていると母が知れば、大事になるだろう。事故を装って胸を触られることなど些事に過ぎない。ひどい時は、数人で押さえつけて服の中に手を入れられる事もあった。今考えるとゾッとする。この時の記憶は、今でも時折夢になって回想される。下卑た笑いの汚らしい少年達が自分の手足を押さえつけて、生意気な私への躾の名の下に好き勝手に体を弄る夢。
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中学生になると同級生達も成長し、私もそこまで目立つ存在ではなくなった。私を執拗にいじめていた少年達も、さすがに体に触れる事はしなくなった。それがどれだけ恥知らずな行為であるか悟ったかどうかは不明だが、大っぴらにやると自分達が変質者の烙印を押される可能性を理解したのかもしれない。下手をすれば全てを失う危険を犯す勇気は持ち合わせていなかったのだろう。ただ、時折男子が見せる好奇の視線はいつまでも消える事がなかった。水泳の授業など、体にピタリと張り付いた水着は自分が他の生徒と違う体付きである事を雄弁に語り、意中の男子の視線を奪われた女子による嫉妬も激しかった。
「土倉ってホルスタインみたいなくせして生意気よね。もう無視しちゃおっかっ!?」
そんな会話を聞いた翌日、クラスの女子全員から無視される日が始まった。私の何がいけなかったのだろうか。多少気が強い事は認める。だけど、嫌味を買うほど度が過ぎたものではないはずだ。自分の好きな男子の視線を集めるからいけないのだろうか。そんなに欲しいならあげてもいいくらいなんだけど。自分に魅力が無い事を棚に上げて、数の暴力に出る女子グループ。言いだしっぺはリーダー格の女。周りはそれに付き合わされる。その指令を無視すると今度は自分に火の粉がかかる。友人だった女の子が涙混じりの声で私に電話をかけてきて、事の真相と謝罪を述べた。
「光ちゃんが生意気だって話だけど本当は嘘なの。きっと柴田さんの好きなサッカー部の小関君が光ちゃんのこと好きだから、それで気に入らないのよ。逆らうと私までいじめられちゃう。本当にごめんね。この事は黙っててね。お願い。」
こんな内容だった。その翌日、私は柴田操というちょっと太めの茶髪女の顔面にメリケンサックを装着した拳をめり込ませて生徒指導室に3時間も監禁される羽目になった。
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高校のことはあまり記憶にない。例の事件から孤立した私は遠方の高校を受験し、眼鏡の地味な生徒として3年間を貫いた。それでも在学中に複数の男子生徒から付き合うようにお願いされた。どうやら私の位置付けは『狙い目の隠れ巨乳』だったらしい。どいつもこいつも乳目当てで簡単にやれると思い込んでいたようだ。当然、すべて断った。私の体が目的でなければ付き合ったかもしれないが、大半は好色な目で私を見ていた奴らだった。この頃から私は、純粋な恋愛を諦め男性との距離を適度に保つようになったと思う。そのおかげで、私は浮世の喧騒から離れ、暗黒の高校時代を送る羽目になった。
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大学は高校時代の勤勉さ(半分強制で勉強しかする事が無かった)も幸いし、地方ではあるが国立大学に決まった。そしてその入学式、私はあるものと運命的な出会いを果たす。入学式に張り切って着物を選んだ母に着付けをしてもらった際、和装ブラと言う物の存在を初めて知った。胸の大きい女性は和服の着付けが上手くいかない事が多く、少し胸のボリュームを調整するのに普通の下着とは違うものを着ける事がある。これにより私のコンプレックスは見事に解決し、大学時代は友人と楽しく過ごせた。しかし、男性不振に陥っていた私は異性との交友は極力控え、胸の秘密は親しい友人らしか知らせず、リア充には程遠かった。それでも私は、この4年間は満ち足りたものだったと感じている。わけ隔てなく接してくれる友人も出来たし、趣味も読書とDVD鑑賞にルアーフィッシングなど幅も増えた。この先の人生はきっと長いものになるが、今が一番楽しいのだろうと感じていた。
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私はきっと一生、結婚は出来ないだろうと感じていた。どうしても男性に対して壁一枚を作ってしまう。長くできて、努力と実績で男にも負けない職種をと考えた末に営業職に就いた。これは独立した女性としてスキルを磨き、仕事と一生付き合っていくための枷である。親には悪いが私に女の幸せは無理だった。今さら女らしく振舞う事は出来ないし、舐められるのはもっと嫌だった。同期で入った男達より頭一つ常に上を行く私は、徐々に社の信頼も勝ち得ていった。そして入社4年目、一人前と認められた私は新人の教育を任されるまでになった。ちなみにこれは桜井真澄ではない。彼と同期で入ったが2ヶ月も続かなかったヘタレだ。
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新人を一匹逃がした事で、私は責任を感じ今まで以上に仕事に打ち込んだ。趣味の釣りに行くために買った4WDはもう2ヶ月ほど駐車場のオブジェと化し、夏が終わろうとしていた。思えば続いた新人は桜井真澄だけだった。姑息で厳しい課長にしごかれながらも音を上げなかったのだから、根性だけはあるのかもしれない。職場の先輩としても何かご褒美をあげてもいいだろうと思い、私は彼にコンタクトを取った。そしてひょんな事で弱みを握り、今日は食事を奢ってもらう約束を取り付けている。そしてついでにもう一羽カモを捕らえることに成功した。桜井と付き合ってるとか腐れ縁だとかよく話題に上る開発課の女の子だ。晩御飯は豪華な物になったが、新人二人は悪酔いして私に絡む。そこで私の自慢のAカップ(偽装)を辱められ、酒の勢いで秘密をばらしてしまった。今まで社内にこの秘密を知る者はいなかったのに酒の力は恐ろしいと思う。桜井の視線の変化に辟易しながら、私はビールを煽りつつプロ野球の速報を待ってTVを注視していた。そこで妙な速報が入り画面が切り替わる。そしてその日、この世界から秩序が消えた。
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現在、私は逃走中。お供は頼りない後輩だけ。この後輩に、私は様々な事を教わったように思う。営業という職にも関わらず、過去の記憶から人間不信、特に男性不信に陥っていた私はこの後輩を最初は疎ましく思っていた。しかし、何度も修羅場をくぐりいつしか無くてはならない存在になっている。ふとした事で知った彼の腕力。自分の事しか考えられなかった私とは違う他人を気遣い思いやる包容力。一人では決して手に入らなかった優しい空間。昔の意固地で冷静な私はいつの間にかなりを潜め、初めて一人の女として男を慕っている。ちょっと気恥ずかしいし、いつまで経っても慣れないだろう。体を担保に自分を連れ回す私を、桜井はどう思っているのだろうか。ちょっとはドキドキしてくれているんだろうか。まるで小学生に戻ったような気持ち。足を痛めて得もしたし、生きて帰れたら抱かれてやるかと思う。私が経験が無いなんて知ったら、どんな反応をするかちょっと楽しみだ。それを知るためにも、今死ぬわけにはいかない。
今回は光さんの人生というか悲惨な過去を少し回想。
リクエストがあれば他の人の過去も回想しませう。
前回からデレ気味だった光さんですが、実はこんな女性でした。SSとして楽しんでもらえば嬉しいかも(♥ó㉨ò)




