第参拾弐話 道中記②
今さらですがSO4(PS3)をしてました。
イセリア嬢にひどいイジメを受けたんだ。知ってる人はこれで分かるはず。
いじめいくない(´・ω・`)
第参拾弐話 道中記②
心地よいうねりを体に感じながら、光は水平線を見ていた。昨夜の襲撃によって簡易テントと寝袋を失い、今日はどうやって夜を凌ごうなどとボンヤリ頭を働かせる。夜の間に潮に流された光達は、再度昨日の浜を訪れたがそこはすでにゾンビが徘徊し上陸は諦めるしかなかったのだ。舌打ちしつつもペダルを漕ぎ先に進んで、2人はゾンビの集団がどこから現れたか理解した。岬の影に赤い灯台がポツリと建っているのを発見したのだ。大方ここに避難していた群衆に『発症』したのだろう。この世界でコミュニティーを作ることで必ず起こる悲劇の一つだろう。赤い灯台を囲むように張り巡らされたフェンスの一角は無残に倒され、粗末な掘建て小屋の残骸が主を失った事を無言で語っている。
「諸行無常ってやつかな・・・。」
ポツリと呟いた光の一言が全てを物語った。この世は常に変化していて一定の物はないと言うことだ。ここに人の歴史は終わりを告げているようで、物悲しくさせられる。しかし、光には希望も生まれていた。あれは二次災害のようなものだ。ここのコミュがいつまで保たれていたかは知る術も無いが、間違いなく『当日より後』に集団は歩く死体と化したのだ。つまりゾンビ歴は浅い。
「まだ私の仮説が根底から覆された訳じゃないわ。桜井、これで付き合う口実にはなったよね?」
少し嬉しそうに光がそう言った事に対して真澄は苦笑いで応えるしかなかった。
★
チャプチャプと足で波と戯れながら、光は陸を双眼鏡で眺める。調査の名を借りた暇つぶしだ。今ペダルを漕いでいるのは真澄一人だけだった。足を負傷した光は湿布の節約と称して素足を海に浸している。時折双眼鏡を眺め、変化の無い事を確認するとスワンボートに取り付けたタイヤチューブに取り付いている小エビや小魚を小さなタモ網で掬い、餌にして釣り糸を垂れる。すでに浸した足首に結び付けている網の中にはヒラアジの小さいやつやベラなど小物ながらも10数匹が泳いでいた。
「晩御飯はホイル焼きでも作ろうか?野菜があればチャンチャン焼きもどきも作れるんだけど、何かリクエストある?」
釣果に満足しているのか、弾んだ声で光は真澄に訊ねた。真澄はずっとペダルを漕ぎ続けているため、疲労困憊は隠せない様子だったが顔には出さずに光の問いに答える。
「ホイル焼きもいいですがまず火が使える場所を探さないとやばいっすね。もう日は高いってのに集落はおろか人っ子一人見当たらないのは妙ですよ。もうゾンビが減ってるなら海沿いなんて人の痕跡が多少は無いとおかしいでしょう?」
その真澄の現実的な答えに光はムスッと顔を歪める。アヒルのように唇を突き出して何か考えていた。皆と一緒だった時はリーダーとして気を張っていたのだろうが、ここ数日の光は妙に少女臭いというか子供のように振舞う事が多い。会社では貧乳のクールビューティーだったし、逃走中はどこか少し病んでいる様子だったが、今は2人しかいないので羽を伸ばしているのかも知れない。真澄もどこかほのぼのした空気に助かっていると思う。他人の事なんてどうでもいい、自分さえ助かればそれでいいと言っていた光は正直な話好きにはなれなかった。無邪気に楽しむ様子は見ていて微笑ましいし、柔らかい笑顔は何よりの癒しだった。それに真澄に甘えるような仕草も時折見せるようになった光は、もうすっかり心を許して頼りにされている感じもする。4歳も年上の女性だが素直に可愛いと思ってしまった真澄は、赤面を隠すように光から顔を背けると沖を眺めた。水平線には何も無い。山荘にいる間から、船は1隻も通らない。船舶で避難した連中はどこへ行ってしまったのだろうかと不安に思う。遥か沖合いに出て燃料が尽き遭難している船も多そうだが、そういった船もまた灯台の悲劇を辿っているのだろうか。
「むむ、やっと緑が切れるわよ。海沿いの道路が見えてきたわ。このまま数キロも行けば隣のS市に入るわね。S市には大きな港があったよね?ねぇ桜井?聞いてるの?」
「へっ!?ああ、ちょっと考え事をしてました。何ですか?」
光の声に慌てて真澄は少し裏返った声で応える。その様子に怪訝な表情を浮かべた光だったが、すぐにニコリと口角を上げた。
「そ?ならもう一回言うわね。もうすぐ隣のS市よ。魚市も開かれる大きな港があるわ。これで真実はハッキリするわね。ああ、ドキドキしてきたっ!」
自信があると言っていたが、まだ不安はあるのだろう。胸に手を当てて見え隠れしてきた道路の奥をジッと見つめる光の目には一抹の不安を物語る影が見える。その憂いの混じった表情には大人の女性の色気がふんだんに含まれていたため、真澄はまた少し頬が熱くなるのを感じて視線を変えた。しかしそれは失敗だった。落とした視線の先には手で押しつぶされるように強調された胸の谷間があったのだ。顔どころかもっと変な部分が元気になってしまう。真澄は気を紛らわすためにペダルを漕ぐ足に力を入れる。
「お?急に元気になったわね。やっぱり早く確認したい?その調子で頑張ってねっ!」
急にスピードを上げたスワンボートに嬉しそうな声を上げながら、光はハンドルを持つ真澄の腕にスッと手を重ねた。
★
道路には混乱の痕跡が至るところで確認できた。いつか見た橋と同じ状態だ。何台もの車が潰れるようにぶつかり合い、大きなトレーラーやバスが道を塞ぐように立ち往生している。その間には乾いた血を体中にこびり付かせた死体がゆったりと歩き回っていた。これは事件当日にゾンビと化した死体群だろう。やつらが弱ったという光の予想は根底から覆される。ガッカリしたような顔を浮かべた光とは対照的に真澄は「やっぱりなぁ~。」と他人事のように呟いていた。
「やっぱりですってっ!?」
「えっ!?いやいや、言葉のアヤですよっ!」
憎悪の炎を宿した半眼で睨まれ、真澄はタジタジになりながら光を宥める。
「ゾンビが弱体してなかったことは俺も残念ですよ。でもどこかで最悪の事態は想定してたわけで、別にそこまでショックは無かったってわけであって、つまりですね・・・。」
「ま、そうよね。私が甘かったわ。これで心置きなく山荘に戻れるわね。」
意外にあっさりと負け(?)を認める光に、真澄は拍子抜けする。
(あれ?あっさり引き下がりすぎじゃねぇか?何か後が恐いな・・・。)
「で、今夜はどうしたい?もうテントも無いし、寝袋もないんですけどね。」
そう、ゾンビの状態はハッキリしたが、現実の問題は何も解決していないのだ。二人は今日の夜露を凌ぐ術も無いのである。贅沢を言えば屋根つきの場所で布団で寝たい。最悪でも、安全に野宿できる場所を確保したい。
「まぁいいわ。私に少しだけ心当たりがあるのよ。行く?もうここから5kmくらいで着くはずなんだけど・・・。陸から完全に隔離された場所で記憶が正しければ建物もあったわ。あんたさえ良ければだけど・・・、行くよね?」
「そんな場所があるんですか?」
「うん、大きな港の波除堤防なんだけど、たしか立派な管理施設が併設されてたのよね。立派って言っても二階建てのプレハブみたいなやつなんだけどね。」
「そこだと人が避難してるかもしれないですね。まさに逃げるには打ってつけじゃないですか。余計なトラブルの心配は?」
「無い、と思う。そもそも堤防だし大きな船着場なんか無いのよ。ボートや漁船レベルが乗り降りできるちっちゃい浮桟橋があっただけで大部分がテトラポットに覆われてるし。」
「ですか。じゃぁ行く当ても無いですし、そこに行って見ましょう。何もいなければ数日泊まればいいし。水はまだ3日は保つんで安心でしょ?足も治さないとね。」
「行くのねっ!?嬉しいなぁ~。」
子供のようにはしゃいだ声を上げた光に真澄は微笑を返した。
★
そこは大きな堤防だった。全長が500mくらいある。湾内の港を守るように弧を描いて作られた防壁は沖の側にびっしりと三角と立体のヒトデのような形の微妙に違うテトラポットが敷き詰められていた。近くで見ると堤防はとても高く、浮桟橋以外に上陸は不可能だと思えた。水面までの高さが5m以上もあるのだ。こんな巨大な防波堤があったことに失念していた真澄は恥ずかしくなったくらいだった。
「桟橋に船影なしと。多分人は居ないわ。水の供給は無さそうだし、多分生きたのは居ない。もしかしたら取り残された職員あたりがちょっち徘徊してるかもだけど、どうする?」
「まぁ行きましょう。ここなら水深もあるし、何か危険があれば海に飛び込めばいい。先輩はすぐに桟橋から離れた場所にボートを移動させてくださいね。安全確保は俺だけで十分ですから。」
「私も行くわよ。」
「歩けるんですか?」
「もうすっかりいいわってっ!!?」
そう返した光はギョッとする。真澄がいきなり足首を両手で掴んだのだ。そして。
「ぎゃあああああああっ!!!無理無理無理無理っ!!!泣くっ!泣くからやめ、いたああああああああいっ!!!」
揉み解すように足首をコキコキされた光はマジ泣きに近い絶叫を上げた。
「全然ダメっすね。足手まといなんでここに居てください。いいですね?」
「ぁぃ・・・。」
思いっきり涙を拭いながら、光は素直に頷くしかなかった。
★
防波堤にあったスーパーハウスは無人だった。鍵はかかっておらず、二階建てのそこそこ大きな建物は仮眠室のようなベットルームまであり真澄を喜ばせた。防波堤は他に何も無く、二段構造になった沖の方はテトラポットの山があるだけだ。港の方は切り立っており、無人なのは火を見るより明らかだ。海からゾンビが上がってこないかぎり、安全だと確信する。スーパーハウスにはトイレもついており、大きなチューブが防波堤のコンクリートの壁に開いた穴に吸い込まれていた。天井には巨大なタンクもついており、雨水を貯めて流す仕組みになっているようだった。驚きの水洗トイレに真澄は狂喜する。光もご満悦になるだろう。台風が来ても吹き飛ばされないような強固な作りになっており、雨風はもちろんこのまま住居としても即利用可能な物件だった。真澄は周囲をぐるりと歩き回ると、そこで初めて人の居た痕跡を発見した。長靴と作業用の安全靴が揃えて3つ、風で多少は乱れていたが並んで置いてあった。遥か下にテトラポットが敷き詰められていたが、微かに血が付着している。かなり最近、ここで誰かが身を投げたのだろう。2月も救助が来なければ致し方ないのかもしれないが、自分達がもっと早く着ていればとっつぁんのように気のいい海の男と協力することが出来たかもしれない。
「ここでもまた人が死に・・・か。まぁこの地球上で人が死んでない場所なんて無いんだろうけどさ・・・。」
★
安全を確保すると、真澄は光を呼びに戻る。桟橋の20mほど沖合いに停泊していたスワンボートは、ぎこちない片足漕ぎでゆっくりと近付いてきた。ロープを桟橋の太い鉄杭に結びつけると、まずは一番大きな荷物をスワンボートから運び出した。重さで言えば50kg前後か。真っ赤な頬を膨らませた荷物は真澄に両手で抱えられ桟橋にゆっくりと降ろされる。
「まだ足が痛い・・・。」
「自業自得ですよ。」
「意地が悪い男は嫌いだな。」
「じゃぁ一人でどうぞ。歩ければですけど?」
「・・・意地悪。」
その答えに真澄は思わずニヤリと頬を緩ませる。無論、光から顔を背けてだが。
(やべぇ、超可愛い。)
それから、まず真澄が他の荷物をスーパーハウスに運び込む。先に大荷物を運び込むと、万が一の場合逃げる術が無い。持参した食料や光が釣り上げた魚、武器など全てを運び込むには30分以上の時間を費やした。特に飲み物に関しては大変だった。真水を入れたポリタンクが3つ、50L入りだ。ペットボトルは30本以上。スワンボートの後部座席を埋め尽くしていた物だ。これのせいで2人は十分な仮眠も取れず狭い運転席で座ったまま夜を明かしていた。しかし、海上で最も大事な荷物だ。スーパーハウスは一階に3部屋、二階に2部屋あり全部合わせれば50畳以上の広さがあった。事務机などが並んだ部屋に会議でも行いそうな長机の部屋、ソファのある応接室、シャワー室も小さなものがあった。お湯を入れれば一定の量のシャワーが頭から降り注ぐタイプだ。調節用の蛇口もある。二階は仮眠室や雑談を行うルームで余った部屋という印象を受ける。仮眠室には真新しい布団セットが2組に使い古された物が3組あった。靴の数と一致する。食料などは何も残っていなかったが、何も困る事は無かった。光は真澄にお姫様抱っこを要求し、室内を隈なく観察していたが綺麗な水洗トイレに露骨に反応し、真澄の首に強くしがみ付いて喜びを現した。それから2人で流し場で食事を作ると、ガスの元栓を閉めて仮眠室で横になった。
「まだお預けだからね?」
まどろみの中で真澄はそんな小さな声を聞いた気がしたが、深い睡魔に誘われ闇の中に堕ちていった。
★
「ねぇ、ちょっと桜井起きてよ・・・。」
真澄はそう呼ばれて目を開ける。辺りはまだ真っ暗だったが、波の音が静かに聞こえるだけで異常があるとは思えない。暗い室内は目を凝らしても何も見えない。夜は真の闇だ。星明りくらいしかないはずだった。しかし、それは間違いだった。光の姿がうっすら見える。窓際で先ほど作った簡易の杖を突いて立っている光は白いワンピースにニットを羽織っているのがよく見えた。
(何だ?もう朝方か。やけに早いな・・・。)
真澄はそう思いながら何気に枕元の腕時計を見る。まだ1時半だった。昨夜は18時くらいに寝ている。疲れもあったにせよ、熟睡しても夜中には目が覚めてもおかしくないのだ。しかし、真夜中にしては明るい。
「起きた?外を見てごらんなさい。凄いわよ。私ちょっと感動したもの・・・。」
「何なんです?」
真澄はそう言うと外を眺めた。この方向は港だ。別におかしい風景はない。そこで真澄は違和感に気付く。
「ん?なんで灯りが・・・。」
「港の施設に人がいるのよ。しかもかなり大人数で。これで見てみて。」
光はそう言って双眼鏡を手渡す。明かりが点いているのは何か食品加工をする工場のようだった。シャッターの降りた入り口に数匹のゾンビが群がっている。それに対して大きなブルドーザーが突っ込み、近くの海へゾンビを弾き落とした。そして工場内には大人や子供が10数名で手を叩いている様子が見て取れた。
「まだ生き残りがこんなにいたんだっ!」
「そうね、まだ滅んでないのよ私達・・・。」
ライトに照らされたブルドーザーは雄雄しく、真澄は目を輝かせた。
ライト一つでもとんでもない明るさです。見ないと分からないと思うけどねっ!
いきなりですが突っ込まれる前に補足説明しました。特に闇夜だと500m程度の距離なら顔を照らすには十分な明かりだという事が分かり辛いと思ったからです。まぁスタジアムなんかのライトを想像してもらえれば分かり易いかと。真澄さんが一瞬気付かなかったのは、明かりがある夜が当たり前の現代っ子なので一瞬違和感を感じなかったということですね。
遅くなった言い訳は前書きに書いたとおりです。イセリア嬢は鬼畜すぎる。




