表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/52

第二拾捌話 OPERATOR'S SIDE【オペレーターズサイド】⑥

ジョージアを飲んでいたら時の事

「あー、男のやすらぎぃ~。」

ふと見ると作業員のオッサンがそう呟いていました。調べるとかなり前のCMの台詞でしたね。作者は忘れていました。



そのくらい皆がこの話を忘れてるんじゃないかってことです。遅れて申し訳ない。

第二拾捌話 OPERATOR'S SIDE【オペレーターズサイド】⑥


 先ほどの放送は何だったのだろうか。俺は社長の椅子にどっかりと腰を下ろしてそればかり考えていた。随分と飯を食っていないため、空腹で苛々している頭ではうまく考えもまとまらない。関本由香は紅茶を飲んで空腹を紛らわせていたが、もはや私に持ってくる事をしなくなっていた。もう動くのも億劫になっているのかもしれない。早々に事態は沈静化し、すでに我々は自宅で悠々としているはずだったのだが、もうそんな甘い事も言っていられないのだけは確かだった。街はもう生きている人間はいないだろう。通りを歩いているのはノロノロと歩く人間もどきだけだ。自衛隊や警察が戦闘を繰り広げている様子も無い。TVはずっと砂嵐とテロップ放送だけだし、政府らは何の発表もなかった。どれだけ楽天的に考えても、暴徒側が勝利を収めつつある事は間違いない。そうなると我々は早くここを脱出しないと飢えて死ぬ事になる。悠長に構えていられる時間は終わったのだ。


「くそ、下の馬鹿どもは何をしているんだっ!?さっさと俺達を助けないか。」


空腹で波立つ感情に思わず独り言にも力が入る。ハッとして周囲を見回したが関本は現れなかった。聞かれなかったのかもしれないし、もしかしたら俺の事などどうでもよくなっているのかもしれない。愛想を尽かされた可能性もある。俺は昨日、残ったお茶請けのクッキーを関本の分まで平らげたのだ。当然彼女は怒ったが、立場をちらつかせてたら無言で帰っていった。我ながら大人気ない行動だったが、一番大事なのは自分だ。


「しかし静かになったもんだ。何してるんだあの女は・・・?」


俺はもう数時間顔を合わせていない相手が気になって、社長室を出て応接室に向かう。そして異変に気が付いた。関本の姿がいつの間にか無くなっていたのだ。思いもしない事だったが、俺は仰天して関本の名を呼びながら秘書控え室や更衣室など確認した。しかし関本由香の姿は見えない。


「どこに逃げたんだあの雌がっ!!!」


俺は怒りに任せて叫んだが、ふと異変に気付く。先ほどまで待機モードになっていたパソコンが完全に真っ暗な画面になっていたのだ。さらに調べると電源コードが途中でブッツリと鋏か何かで切られている。明らかに関本由香の仕業だった。


「何のつもりだ?ん?」


俺が困惑した表情を浮かべていた時、後ろで何か物音がした。俺は慌てて振り返る。音はエレベーターが下に戻っていく音だった。





 話は1時間ほど前に遡る。秋吉は疲れと安堵感からウトウトしだした3人を食堂に残したまま、気になっている折原美雪の様子を知るために一人でモニタールームに戻っていた。折原美雪は25Fの廊下で自販機と格闘した末に、ついにガラス窓を破壊する事に成功したようだ。大きなダンボール箱いっぱいにチョコレート菓子やスナックなど軽食を放り込んでいる。耳にスカイプを付けているのを画像で確認してから、俺はパソコンのスカイプ回線を確認してコンタクトを取ろうとした。そして、新着のメールが着ているのを見つけ首を傾げた。


「こんな時に誰だ?知らないアドレスだが社内かららしい・・・。まさか・・・。」


訝しく思いながらも俺はメールを開く。こんな時に仕事の話もないだろう。大体の見当はついていた。


「やっぱりそうか・・・。女のほうだなこれは。」


俺は、差出人の名前を確認し関本由香を頭に思い浮かべる。妖艶とした雰囲気を漂わせる美人だったが、きついルージュを引いた口元を上げて人を見下したような目をしている顔しか思い浮かばない。上の2人は俺にとって助ける対象ではなかった。むしろ死ねばいいとさえ思っている。どうでもいいし放置したほうが良さそうだと思ったが、とりあえずメールを確認することにした。


【メール】


営業4課 秋吉様へ


こちらの現状を報告いたします。現在、最上階に社長秘書1名と共に取り残されている状況です。食料はすでに尽きており、もう随分食べていません。そちらの状況は存じ上げませんが、救助できないか検討してください。可能ならば携帯電話、内線、若しくは社内用回線での連絡をお待ちしております。


秘書課第三秘書 関本由香


【メール了】


「勝手な文面だな。何が救助できないか検討しろだよ?お前らなんか助けるかバーカッ!」


俺は関本由香からのメールを読んで思わず悪態をついた。しかし、これはこれで面白い状況かもしれない。あの高慢な秘書2人が俺に助けを求めているのだ。恩を売っておけば後々便利に使える可能性はある。


「よし、とりあえず現状だけ報告させようかな。ええっと・・・。あったあった、関本由香の社内スカイプIDめっけ。とりあえず20秒で出なけりゃ放置決定だ。1チャンスだぞ。出ないと死ぬぞ~。グフフフ。」


俺は傍から見れば下衆そのものの笑いを浮かべていたに違いない。ニンマリと笑いながら関本のIDを打ち込み呼び出しをかける。ツーツーという音がなり、呼び出しがかかった刹那、少し低めのハスキーな声が俺の鼓膜を刺激した。


「関本ですっ!まだ生きてるのね?連絡が無かったからどうしようかと思ったわよっ!」


いつもの落ち着き払った関本と同一人物とは思えないテンションだった。余程連絡を期待していたに違いない。よく見るとメールは5時間も前に届いていた。その間ずっとパソコン、電話、携帯と睨めっこしていたのかもしれない。


(ちっ・・・、取りやがったか。まずは第一関門クリアってことね。)


俺はテンションの高い関本の声に心の中で舌打ちをしつつ、冷静になるように1つ深呼吸をしてから対応する。


「えっと、秘書課の関本さんで間違いないですよね?俺が誰か分かりますか?」


「あの若い子よね?うちの熊谷によく嫌味を言われている。確か第4営業だっけ?」


さすが秘書というべきだろう。取るに足らない平の社員をよく覚えているものだ。俺は素直に感心してしまった。やはり能力があるから秘書という重役もこなせているのだ。


「えっと、言い方が引っかかりますが多分合ってます。そっちの状況を掻い摘んで教えてもらえますか?」


「あら、気に障ったわね・・・。ごめんね、こっちは今のところ無事なのよ。ただもう食べ物が底を突いちゃって。そっちは何階にいるのかな?」


「こっちは15階に居ます。食べ物も飲み物もあるし3名保護してます。でもそちらを助けに行く気は無いです。理由は分かりますよね?」


俺はわざと含みのある言い方をしてみた。向こうも馬鹿じゃない。こっちが自分達を快く思っていないことは十分に察しているだろう。


「そんなにひどい状況なのっ!?私は下の状況をまるで把握出来てないのよ。もしかして社内にもあの変なのが入ってきてたりする?」


(そっちかぁっ!案外鈍いなこのねーさん・・・。それにずっとタメ口だし、図太いな・・・。)


思いがけず救助に行かないという意味ではなく「行けない」という意味で理解され、俺はまた軽く舌打ちをしながら話を続けた。


「えー、あー、それもあるんですが、俺はあんた達が嫌いです。特に禿げ散らかしてるのを必死で隠してるあんたの上司とか死ぬほど嫌いです。なのでわざわざ危険を犯してまで救助しようなんて考えは全くありません。一応メール読んだのでその報告とこちらに救助する意思が無い事だけお伝えしたかったんですが、意味わかりました?」


「う・・・、秋吉君ってけっこう意地が悪いわね・・・。でもそれってさ、熊谷だけでしょ?あいつ今ここに居ないから、私だけでも助けてもらえないかな?もし助けてくれるならそれなりにサービスしてもいいんだけどなぁ・・・。だめ?」


(どんなサービスなんだろう・・・?ってかアレしかないよな?どうする俺っ!?試されてるぞ俺っ!?性格は嫌いだが相手はムチムチプリンの高慢女だ。これは交渉の余地があるよな?ってかある。)


「・・・どこまでOK?」


俺は煩悩が勝ち交渉を進める事にした。


「どこまででも?ぺろぺろちゅっちゅしてあげるわよ?ただし助けてくれたらの話だけどね。」


「・・・挟める?」


「挟める。」


「・・・テヘペロ?」


「意味分かんないけどテヘペロOK。」


「マジっすか・・・?」


「命が助かるならそれくらい安いもんよ。」


「・・・その話乗った。」


「じゃ、熊谷はどうでもいいから私だけでも助かるルート考えてね。1時間後にまたスカで連絡とりましょ。」


「分かりました。」


通話を終えると、俺はタバコを1本取り出し火をつけ、大きく煙を吸い込むと拳を強く握り締めガッツポーズをした。





 しばらく自動販売機の前で格闘していたが、私はようやく全ての食べ物を箱に詰め終わった。両手で抱え上げるサイズの箱に2つ、重量は思ったほどは無い。まぁスナックやチョコがメインだ。一息ついてチョコバーを齧りながら私は秋吉からの連絡を待っていた。秋吉はもう3人を救助して一息ついていると思っていた矢先に耳に付けたレシーバーが受信を告げた。私は慌てて通話ボタンを押す。


「な、何かありました?」


「3人とも無事だよ。それと君の救助の件についてなんだが。」


秋吉の声は心なしか弾んでいるように聞こえる。何か嬉しい事でもあったのかもしれない。


「私の方はお菓子も集め終わったしいつでもいけますよ。具体案があれば言ってください。」


「ああ、そうだな。とりあえず現状だけ説明するよ。今27Fと18F、それに12Fだけ音楽を流してるんだ。聞こえるか?」


その声に私はレシーバーを少しずらして耳を欹てる。確かに先ほどのロックが遠くで流れているようだ。このビルは防音もそれなりに効いているのでハッキリとは聞こえないが何年か前に流行ったアメリカのロックバンドの曲が軽快なリズムを奏でている。


「聞こえます。でもどうして限定的なフロアにだけ流すんです?館内全体に放送した方が効果あるんじゃないですか?」


「そこのフロアにやつらを集めるんだよ。君達には階段で移動してもらうからね。」


「君達?私の他にも生存者がいるんですかっ!?」


「いるよ。」


その言葉に私は驚きを隠せなかった。他に生存者がいるなんて寝耳に水だ。


「誰なんですかっ!?」


「おいおい、興奮して声が大きくなってるぞ。そのフロアにも奴らを集めたいのかい?」


秋吉の声が私を宥める。私はハッとして周囲を伺った。幸いにもゾンビの衣擦れや唸り声は先ほどと変わった様子も無くエレベーターフロアから聞こえている。階段の方に彼らが移動したら万事休すというところだ。


「すみません。興奮してしまいました。で、誰なんです?」


「秘書課の関本だよ。知ってるか?」


「あ、あの美人秘書ですね。何かと噂になっている人だし知らない社員はいないんじゃないですか?」


「大体合ってるな。彼女から連絡が入ってね。ついでだから君と一緒に俺が居る15Fに誘導しようと思ったのさ。作戦はいたってシンプルだよ。まず関本がエレベーターで22Fまで降りる。君はそこで彼女と合流。その後は2人で荷物を抱えて15Fまで降りてきて欲しいんだ。僕らは15Fの階段でシャッターを開けて君達を待つ。現場確保だね。15Fがやられたらアウトだし、仕方ない。指示は僕が君に出す。22Fなのは唯一奴らが居ないフロアだからだ。関本はそこをエレベーターホールから廊下を突っ走って階段へ向かわせる。君はその彼女と合流。あとは慎重に、もしくは走って階段を駆け下りる羽目になるかもしれないけど、とにかく死に物狂いで15Fまで辿り着いてくれ。チャンスは1度だけだ。もし失敗したら階段にも奴らが蔓延して下へは降りられなくなる。僕ら4人で全てを殺して迎えに行く案もあるんだけどリスクが大きすぎるからやめた。君達に頑張ってもらうよ。シャッターを開けるのは十分注意しなよ。時間は3時間後に予定している。質問があったらどうぞ。」


私は冷静に説明を聞いていたが、途中からは何がなんだか分からなくなっていた。私がシャッターを開けて外に出る。22Fまでは1人きりで、そのあと一気に15Fまで行く。つまり自殺に近い行動を取れと言う意味だ。考えただけで足が震えてくる。


「あ・・・、あの秋吉さん・・・?つまり私は外に・・・。」


「出るね。迎えには行けない。後は自分で何とかしてもらうしかない。大丈夫、館内に入り込んでるのはせいぜい70人くらいだ。放送で


ばらけているし、そう障害になるとも思えない。落ち着いてやればきっとうまくいくさ。俺を信じろ。」


「70人って・・・。殺されますよ私っ!嫌です。死にたくないですっ!」


「それなら1人で25Fに残るって選択肢もあるよ。いつシャッターが破られるか分からない状況でたった一人でいる孤独に耐えられるんならの話だけどね。もう関本には連絡しているし、泣いても笑っても3時間後には作戦決行だ。覚悟を決めろ。」


「イヤダァ~。」


「女の子でしょっ!成せばなるさ。GoodLuck!」


「人でなしぃ~。」


無責任な秋吉に通話は一方的に切られ、私は廊下で一人途方に暮れた。





 そろそろ約束の時間だ。秋吉の話だと22Fで会計の女と合流して15Fまで階段を使って降りて来いというものだった。何でも他のエレベーター前はゾンビのような人間がうようよ居て外に出られないらしい。きっと最上階まで迎えに来てくれると思っていたが現実は甘くない。今まで男は皆自分に優しくしてくれた。ちょっと気のある素振りをするだけで皆が私に夢中になった。こんな扱いは初めて受ける。熊谷と不倫しながらも、不特定多数の男性と交友関係を持ち自分を維持してきた私には我慢できない話だった。


「さんざん偉そうな事を言っておきながら結局自分は動かないのね。男っていざとなるとてんで頼りにならないわ。」


切れたレシーバーに向かって私は悪態を吐く。作戦決行はきっかり17時。あと3時間ちょっとある。熊谷はもう随分と社長室から出てきていなかった。私は個室でパソコンを前にしながら紅茶を喉に流し込み溜息を1つ吐いた。秋吉から私にはある条件が科せられていた。1つは必ず熊谷に気付かれずに1人で来る事、もう1つはパソコンのケーブルを切除してくること。これは熊谷を孤立させたいがためだろうと思う。意地の悪い男だ。だが現在、私が頼れるのは沢山のボーイフレンドでもなく熊谷でもない。秋吉ただ一人だけだった。彼は安全なフロアで食料を持って待っている。他に大学生カップルと外部の人間、それに私と行動を共にする折原とかいう会計の女、全部で5人もの仲間が増える。これは現状では素直に嬉しい。人間は孤独が最も堪えるのだ。熊谷ともギクシャクしたままだし、ここは息が詰まる。どうせ彼とはビジネスとして付き合っていただけで心からの愛なんて最初からないし、極限状態で一緒にいたい相手ではなかった。


「とにかく私は生き残りたい。今は多少不安でも彼を信じて行動しよう・・・。」


私は声に出して意思表明を行い、最後に小さく溜息を吐いた。





 約束の17時も間近に迫った。外はまだ明るいが、遠く海の方で太陽が水平線に近い位置にあることが闇の訪れを告げていた。


「死ぬかもしれない、でも行かないときっと死んでしまう。もう諦めて全てに身を委ねよう。」


私はレシーバーの電源を入れ、秋吉からの指示をいつでも受信できるようにすると食料を詰めた箱を持って階段前のシャッターの前に運んだ。あとは連絡がありしだいシャッターを開けて下の階へ移動すればいい。そう自分に言い聞かせながら私はシャッターの施錠を解除してレバーを握り締めた。音が鳴らないか確認のためにゆっくりと回してみる。シャッターは軋むような音を僅かに響かせはしたが、ゆっくりと上に上がった。ふと手元を見ると腕がわなわなと震えていた。足腰も自分の物ではないような感覚で、まるで宙に浮いたようなフワフワとした感じが私を支配している。うまく身体を操れない。人生でもそう感じた事の無い感覚だった。


「だめだ・・・。私テンパってる・・・。こんなんじゃぁ・・・。」


雑念を振り払うように頭を振った時、レシーバーに受信が入った。ついに作戦決行だ。


「はい、折原です。」


私は震える指先でボタンを押し秋吉に応答した。その時、エレベーターホールの方からエレベーターの動く音が鳴り響く。1Fで待機していたエレベーターが最上階へ上がって行く音だった。関本由香も作戦を決行したらしい。


「今関本がエレベーターを呼んでる。こっちはシャッター前で4人待機中だ。君達が合流したらシャッターを上げるよ。武装したのが3人いるから君達はここに辿り着く事だけ考えろ。いいな?」


「はいっ!」


「よし、シャッターを上げるんだ。ゆっくりでいい。音に気をつけて。」


「はい。」


私はその言葉に促されるようにゆっくりとレバーを回す。シャッターはどんどんと上へ上がり、1mほどで私は手を止めた。そして箱を向こう側へ押し出すと自分もシャッターをくぐる。そして箱を持って立ち上がった時、ふと耳に不快な音が入った。遠くで鳴り続けるロックに混じって、ペタ・・・、ペタ・・・という非常にゆっくりとした足音がすぐ近くで聞こえたのだ。私はハッとして周囲を見回して凍りついた。階段の上の踊り場に、上半身が裸になった女性が口元から血を滴らせながらこっちを見ていた。


「ひ・・・、ひぇ・・・。」


私の腰が一気に砕ける。恐怖で足が竦み、その場にお尻からペタリと座り込んでしまった。


(だめ・・・、立てない・・・。)


「折原、どうした?大丈夫か?」


不意に耳元で秋吉の声がして私は我に返った。


「あ、秋吉さん、アレが目の前にいます・・・。」


「あれ?・・・馬鹿、早く逃げろっ!!!」


「足が動かないんですぅ・・・。」


「殺されるぞっ!逃げろってばっ!!!」


「だめ・・・、もう気付かれる・・・。」


「じゃあ動くなっ!!!」


私の態度に秋吉の怒声が耳元で弾け、そこで通信がプツリと切れた。


(見捨てられた・・・。)


何もかもがゆっくり見える。音の無い静寂の世界にいるようだった。足は麻痺したように動かない。私は逃げる事も出来ず、その場に縫いつけられたかのように動けなかった。女のゾンビに気付かれたら終わりだ。そう思った瞬間、女のゾンビが何かに気付いた様に鼻を鳴らした音が聞こえた。


(気付かれたっ!!!)


目が見えていないなどの情報を得ていた私は、何とかやり過ごせないかと期待していたが全てが終わったようだ。女のゾンビはゆっくりと自分の方に歩み寄ってくる。距離はもう3mもないところまで来ていた。私は何も出来ずに涙だけがポロポロと零れ落ちる。女のゾンビはそんな私にゆっくりと近付き、私の肩に手をかけて大きく口を開けた。そこで私の意識はブラックアウトした。





 ふと気付くと私は男の人に抱きかかえられていた。彼は必死の形相で私を腕に抱き、頭を抱え込んで走っていた。ひどく汗臭い、それでいてとても安心出来るような気もする男の人の匂い。私はぼうっとした頭で何故か安堵だけを覚えていた。随分騒がしい声がどこか遠くで聞こえていたが、私はそんなこと気にも留めなかった。


「・・・誰ですか?あなた。」


「喋るなっ!舌を噛むぞ。」


「私どうなったんですか?」


「喋んなってのっ!」


「・・・はい。」





 再度気が付いたとき、私はソファで横になっていた。見たこともない若い娘にたしか秘書課の関本さん。彼女らが傍らで私を見ていた。


「気が付いたようね?」


関本さんが見たことも無いような柔らかい笑顔で私に囁きかける。


「ここは?」


「食堂の憩いスペースにあるソファよ。」


「えっと・・・、私・・・、私助かったんですかっ!!?」


「ええ、それも無傷よ。あんた秋元君にお礼言いなさい。彼ったら凄かったんだから。」


「凄かったって?」


「いきなりモニタールームから走り出してきてさっ!あっという間にシャッター開けて階段を駆け上がっていったのよ。あなた秋吉さんに愛されてんのねぇ。」


見たことも無い娘がそう捲くし立てる。


「愛され?え?え?何の話ですかっ!?」


そんな私の反応に2人が可笑しそうに笑った。


「気が付いたんですか?」


「姉ちゃんのせいで作戦が台無しだぜっ!なんてな。」


また知らない人たちに声をかけられる。若い男の子に恰幅のいい男性。誰だろうかという疑問はすぐに氷解した。秋吉が言っていた保護した人間の特徴を随所に発見できたからだ。彼らがこのビルの生存者。


「もう1人いたんだけど死んじゃったわ。熊谷ってオッサン知ってるでしょ?秘書の。」


不意に私の考えを見透かすように関本さんが口を開いた。


「私の後を追うようにエレベーターで降りてきて、ゾンビの群れの真ん中に飛び込んじゃったのよ。まぁ好きじゃなかったしどうでもいいんだけどね。」


そう言う関本さんは少しだけ寂しそうな目をしていた。同じ部署の人間だから思う事もあるのかもしれない。


「あの・・・、秋吉さんは?」


私は談笑する4人の中に秋吉の姿はないと判断し関本さんにそう尋ねた。


「ん?ああ、彼ならモニター室よ。タバコ吸いながらこの後の計画を考えてるわ。」


モニター室とはどこだろう。私は首を傾げる。それに対して関本さんが親指で一点を指す。


「会ってきなさいよ。一応恩人なんだからね。」


「はい、何だかドキドキしちゃいますね。皆さんが変なこと言うから。」


「こんな状況だもの、しばらくはネタにさせてもらうわよ。」


そういって関本さんは笑った。彼女はお堅いイメージとは違いよく笑う人らしい。


「はい、お礼を言ってきます。」


そう言って私はソファから立ち上がる。秋吉はどんな人なのだろう。さっき垣間見た彼の顔はすでに霞が掛かったように記憶されている。


(まずは何から話そう?秋吉さんってよく知らないんだよなぁ・・・。)


私はモニター室の前で立ち止まる。そして深呼吸した。


(ちゃんとフルネームも聞いておかなくちゃね。彼の名前は・・・。)


そして私は私をここへ導いてくれた勇敢なオペレーターの名前を知るためにドアをノックした。

 

これで閑話休題です。次回からは真澄さんご一行に話が戻る予定です。

オペレーターの続きはいつか暇が出来た時にでもね。最後はグダグダしましたが一応まとまってますか?w


遅れた理由は近況報告に書いています。そちらを見れる方は読んでみてください。作者はもうすぐニートになっちゃいますので!まぁ1ヶ月知り合いの農場を手伝わないかという話もきてるんですけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ