第二拾陸話 OPERATOR'S SIDE【オペレーターズサイド】④
遅れたのには理由があるんだ。
だけどそれを書くと20000ワードは必要だ。本編より膨大になるので残念だが詳細は諦めてくれ(´⊙◞⊱◟⊙`)
第二拾陸話 OPERATOR'S SIDE【オペレーターズサイド】④
随分と久しぶりに聞いた気がした折原美雪の声に、俺は少しの安らぎを得ていた。ここ2日ほど、非日常が続きすぎている。何となくホッとした心境で、少しくらいの悪態もむしろ心地よい。変態と言われようがそんなに腹は立たなかった。折原美雪もまだ俺を必要としていることは明白だし、頼られるのは男冥利に尽きると言うやつだ。取り留めの無い会話にも思わず頬が緩む。まだ社内にやつら歩く死体が徘徊している現実もあったが、とにかく秋吉は喜びを感じていた。今までの人生、他人がどうなろうと知った事ではなかったが、人を助けるという行為も悪くないのかもしれない。気まぐれで安全地帯に誘導したのだが、今は本当に良かったと思う。
(むくれてる表情も新鮮だな。愛い奴だ。って馬鹿か俺は・・・。まだ2人とも助かったわけじゃないのに。)
秋吉はズームした折原美雪の顔を見ながら、ふとある事に気付き会話を中断させる。それは最初見間違いだと思ったが、すぐに現実だということが分かる。角に配置されたモニタの画面に、明らかにゾンビではない動きをする影が2つ。その影は折原美雪が開けた入り口の隙間から社内に侵入すると、電源の切れた自動ドアを2人がかりで閉めた。そしてそのまま奥に小走りで移動を始めた。どうやらまだ生き残りの一般人が居たようだ。多分集団にでも追われてビルに追い込まれたのだろう。音声は無いが、2人が音に気を遣って移動しているのは動きで分かった。ここまで逃亡してきた連中だ。生き残る術は多少でも持っているのだろう。2人の風貌は若いカップルのようだ。推測だが大学生だと思う。2人はフロア内に徘徊していた10体ほどのゾンビを確認すると、距離を取って躱していく。それでも数体は2人の存在に気付き、その後を追い始めた。2人は追っ手に気付くと、手にした鉄パイプのような物でゾンビの足を払い、2人がかりでフルボッコにしていく。その動きから必死さは伝わった。もう何度もこんなことを繰り返してきたのだろう。やけに手馴れているし、息も合っていた。しかし、その音でフロア中のゾンビが2人を確認してしまい、10分ほど1Fは修羅場と化した。広いロビーで繰り返される戦闘に、秋吉は暫し我を忘れて見入ってしまう。男の方は背に大きな銃を背負っていたが、使わない所を見ると弾切れでも起こしているようだ。そうこうする内に、1Fで徘徊していた10体ほどのゾンビは頭をグチャグチャに潰された肉塊と化し、2人は肩で息をしながらまた歩き出した。その方向にはエレベーターがあったが、秋吉はそこである事を思い出した。上の階の状況では、エレベーターのある階段にゾンビは集中していたのだ。そのままエレベーターで上に上がると、運良くゾンビの居ないエリアに止まったとしても、かなりの確率で上下から挟撃されてしまう。いかに彼らが戦闘に慣れているとはいえ、鉄パイプを振り回して戦える数ではないし、第一狭い。すぐに掴まれて引き裂かれるのが落ちだ。秋吉は慌てて館内放送のスイッチをONにすると、エレベーターのボタンを押そうとする彼らに呼び掛けた。
★
『アッーーーーーーー!そこらめえええええええええええええええええええっ!!!』
耳を覆いたくなるほどの大音量で叫び声があがり、俺は慌てて耳を塞いだ。一体何が起こったのかすぐには分からない。夏海も同じく目をパチクリさせながら周囲を見回している。ゾンビは粗方片付けたし、何よりやつらは喋らない。今のは生存者だ。このビルにも生存者がいた事実に俺達はパッと顔を輝かせて見合わせた。
『あー、あー、失礼。音がちょっと大きかったね。これで大丈夫かな?良かったらその場を動かないで俺の話を聞いてくれ。』
再度声が聞こえる。どうやらスピーカーを通じて音声が流されているようだ。どう考えてもリアルタイムである。
「あ、俺は山瀬と言います。こっちが古河夏海で・・」
『残念ながらそっちの音声は聞こえないんだ。だから何言ってるかさっぱりピーパリだよ。手短に説明するから、ちょっと動いてもらっていいかな?』
その問いに俺達は顔を見合わせたが、断る理由もない。きっとどこかで見ている声の主にOKのサインとして両手で輪を作って見せた。
『ありがとう、ではまず、その近くに警備員の死体が転がってるんだけど、分かるかい?』
「これかな?」
夏海が少し離れた壁際にボロ雑巾のような紺の塊をみつけて指差す。すぐ傍に制帽が転がっているので、警官でなければ警備員だろう。
『あ、それそれ。その人の腰あたりに鍵の束がないかな?あったらそれで入り口の鍵を掛けて欲しいんだ。これ以上内部に奴らを入れるわけにはいかないからね。こっちからは手の出しようが無くて困ってたんだ。』
その声に、俺は素早く反応して躊躇いも無く警備員の死体をまさぐる。血や臓物にはすでに慣れっこになっており、感覚が麻痺したようになっているので手早く腰を撫で回し、あっさり金属の感触を発見した。腰のベルトに繋がれた鍵束を外し、それを持って入り口に向かうとまた声が聞こえた。
『仕事が早いな。俺が周囲を見張ってるから、合う鍵を探してドア下の鍵を閉めてくれ。強化ガラスだからゾンビの侵入を防げると思う。俺はモニタで全階の様子を見れるから信頼してくれていいよ。』
その声に、俺は大体を理解した。声の主はこのビルの制御室のような場所で立て篭もっており、館内にはすでに大量のゾンビが徘徊しているに違いない。だが、きっとまだ安全なエリアもあるのだろう。そこに俺達を誘導しようとしていると見て間違いないと思う。
「う・・・。鍵多すぎるよう・・・。」
ジャラジャラと音を鳴らしながら、夏海が鍵穴に1本1本鍵を突っ込んでいる中、俺は鉄パイプを携えたまま周囲を警戒した。館内にはまだ新手のゾンビは見えないが、ガラス1枚隔てた所にはすでに3体のゾンビが陣取っていた。鈍い動作で入り口のガラスをペタンペタンと叩く様は、やはり気持ちのいいものではない。一応安全のためドアの端に立ってガラスが開くのを止めてはいるが、いざ奴らが隙間に指をこじ入れたら抑えきる自信は無い。これまで逃亡した経験で、その馬鹿力は目の当たりにしている。人間の手足をバナナでももぐ様に引っこ抜き、腹を掻っ捌くその力はハッキリ言って異常だった。その光景が嫌でも思い起こされ、俺は脇の下に冷たいものが走るのを感じていた。ガチャガチャと鍵と穴が鳴らす音に奴らは敏感に反応して、その一点に3体集中しているのも不気味だった。いかにガラスが強度に優れているとは言え、かかる負荷は相当のものだろう。数が増えすぎると破られるのは目に見えている。その前に鍵を閉めて一刻も早くこの場所を離れたかった。
「やったっ!」
不意に夏海の乾いた声が上がる。やっと鍵を探し当て、2つある穴の下に太い鉄の棒が床に刺さっているのが隙間から確認出来る。これで入り口はとりあえずOKだった。俺はそそくさと夏海の手を引くと奥に移動する。束の間の安堵に、堪らない渇きが俺達を襲った。もう半日近く何も口にしていないのを思い出したのだ。俺は財布から500円玉を取り出すと最寄の自動販売機に突っ込み、お茶を2本手にして夏海の傍に戻った。ベンチに腰を下ろしゆっくりと味わうようにお茶を喉に流し込む。
(うまい・・・。)
染み渡るような水分に体は正直に反応した。2口目は喉を鳴らして一気に350ml缶を空けてしまった。夏海も同様に缶を抱え込むよう両手でしっかりと持ち喉を鳴らしてお茶を体内に入れていた。俺は堪らずに席を立つと1000円札を自販機に突っ込み何度もコインを飲ませて5本飲み物を買い込むと夏海の元へ戻る。そしてまた2人して貪るように缶を空けたが、直後に夏海が激しく咽て咳き込んだ。その様子に俺はひどく狼狽してしまったが、それまで静観していた放送の男が堪りかねた様に口を開いた。
『落ち着け。飲み物を一気に腹に入れると悲惨な事になるぞ。今その場所は用を足すのも命がけだと言う事を忘れちゃダメだ。飲み物は持ってもいいが一気飲みは止めた方がいい。特にお姉ちゃんの方は要注意だぞ。』
少し呆れたような口調の中に、俺達の行動を咎める言葉が混じる。一瞬ムッとしたが、彼の言う事は正論だ。ここは黙って従った方がいいと思い直す。それに腹が意外に膨れて、少し苦しくなったのも事実だ。俺がこうなのだから夏海はもっと状態に悪影響を及ぼしているだろう。
『落ち着いたか?』
彼は俺達を急かしはしなかった。2人がタオルをお茶で浸して顔や腕を拭く間、黙ってそれが終わるのを待ってくれた。俺達はようやく爽快感を得て気も幾分静まってきた。それを見計らったように男の声が俺達の次にすべき事を指し示してくれた。
『まずはドアを閉めてくれてありがとう。これで無駄にゾンビが増える事は無くなった。ちょっと長いが俺の話を聞いて欲しい。』
俺はその言葉に軽く手を挙げて答える。快諾だ。恐らく俺達は今、生死の岐路に居るのだろう。うまくすれば休息も食料も得られるはずだ。そしてそこに辿り着くのに彼のサポートは必須だと言える。一蓮托生とまでは行かないが、運命共同体であることは間違いない。
『よし、じゃあ話すよ。落ち着いて聞いて欲しい。今ここに居る生存者は3人だ。まず俺と12Fに男性が1人、それに25Fに女性が1人。ここまではいいか?』
俺が頷くと男は少し間を置いて続ける。
『では君達はまず12Fの男性の元に向かって欲しい。彼はきっと戦力になる。12Fの君もそれでいいな?今から2人が上に向かうから出来るだけ音は立てないようにそこで踏ん張ってくれ。折原さんはやってもらう事がある。自販機の食料を全て回収して何かの袋にまとめておいて欲しい。これから食料がいかに集まるかが肝だ。この際窃盗とか関係ないし全責任俺が取る。ここまでいいかな?』
彼の言葉に俺はすぐに手を挙げた。話の中で、12Fの男性とオリハラと言う多分25Fの女性にも指示が出ていたという事は、これは館内全域に及ぶ放送なのだろう。
『よし、では1Fの2人、武器は鉄パイプだけか?銃は弾切れか?イエスならパー、ノーならグーを見せてくれ。』
俺はまたすぐにパーを挙げた。背中の銃はとっくに撃ち尽くしていたが、弾を拾うことも考えてここまで担いできただけだ。
『OK、少し心許ないがそれで行くしかない。余計な戦闘は避けたいので、今から音楽を流して敵の注意を引く。これで君達の移動は多少は楽になると思うけど気は抜かないで。俺の声が聞こえるかどうかまたグー、パーで合図を頼む。』
そう言うと彼の声は途絶え、パンチの効いたロックが館内に轟いた。
★
鍵を閉めた扉の向こうで、10体近いゾンビが蠢いている。俺は黙って床に腰掛け、壁に背を持たれていた。もうどのくらいこうしているかとっくに分からなくなっている。放送で俺がいるのは12Fだと言う事が判明し、さらに下から2人援軍が来るという。ドアの前でずっとガチャガチャやっていたゾンビどもは、ロックが流れ出してから落ち着きを失い少しずつだが俺への興味を失っていくのを感じていたが、今だにドアの前に張り付いていた。俺は手に短い警棒を1本だけ握り締め、援軍が現れるのを今か今かと待ち続けている。放送の内容では2人は男女であり、武装は鉄パイプのみ。流石にこの10体のゾンビに特攻してくれとは言い難いが、彼らが俺の生命線なのは確かだった。彼らが着き次第、俺も警棒を持って外に飛び出す覚悟を決める。腹は減ったが、水はこの部屋にあった社員用の飲料水(天然水か何かを入れたタンクのような物)が1/3ほど残っていたので何とかなっていた。
『エレベーター側の階段に敵は集中している。多分入り口に近いからだ。だから君達が上っている奥の階段は比較的安全だ。だけど俺から階段の様子は分からない。十分注意しながら進んでくれ。6Fと8F、9Fには7~8体やつらがいる。出来るだけ音は立てずに進んでく
れよ。廊下にばらけちゃいるが君達の居る階段に気付かない距離とは言い難い。スピードよりは慎重さを重視してくれよ。』
また放送だ。どうやら1Fの2人はすでに上へ進行を開始したようで、放送の男が的確に指示を出しながら進んでいる。もうじき12Fに現れそうだ。俺は警棒を腰のベルトに指すと、武器になりそうな物がないか再度見回す。助けが来るまで立て篭もるつもりでいたため、武器の確保など考えていなかったのだが、放送が始まってから俺はひとしきり部屋中を見渡して使えそうな物を物色した。しかし、今のところ、逃げる際に拾った警棒だけが俺の武器であることは変わらない。椅子は重すぎるし、鉢植えは1回で割れる。棍棒やバットなどあるわけもなく、後は部屋の主であろう奥の机にコートなどを掛けるインテリアがあるだけで机と椅子しか無い。インテリアは木製だったが、枝のように張り出した突起が邪魔で振り回すには向かないだろう。それでも俺は再度インテリアに目が行った。
「よく考えたらこれってばらせないんかな?やるだけやってみるか・・・。」
俺はそう呟きながらインテリアへ摺り足で移動する。出来るだけ音を立てるなという指示に従ったのだ。インテリアは俺の肩ほどの高さで、回転式の骨董品だ。土台にしっかりした重さがあり、とても振り回せそうに無い。
「ん~、やっぱ無理くせぇな・・・。ん?」
俺は重さを確かめようとインテリアの中心の太い木製部分を握って持ち上げると、呆気ないほど簡単に土台から抜けてしまった。どうやら金具などは無駄な摩擦を緩和させるもので、土台に刺されただけの簡易的な仕組みのものだったらしい。
「うおっ!やってみるもんだな。見掛け倒しで助かったぜ。あとは邪魔な取っ手を・・・。」
そう呟き、俺は取っ手を握ると肘を支点にして数回捻る。キコキコという少し耳障りな音を立てながら、取っ手は少しずつ緩んでいく。できるだけ音は立てないように気を遣いながら、俺は10分ほどかけて全ての取っ手を引き抜く事に成功した。あとは2人の到着を待って攻勢に出るだけだった。この支柱は強力な武器になる。
「よっしゃっ!やってやるぜ。」
★
放送は的確だった。ゾンビのいるフロア、居ないフロアを俺達の進行に合わせて教えてくれる。もう10Fまで上がってきたが、階段にゾンビの姿は無くスムーズに進む事が出来たが、足音を響かせないようにするため牛歩の如く進むしかない。
『12Fの兄ちゃんも武器をみつけたみたいだな。2人ともかなり危険だが、12Fは戦闘になる。階段付近にゾンビは居ないが、兄ちゃんの居る部屋の前に10体くらい群れてる。少しずつ釣って的確に倒せるかな?』
俺はその言葉に一瞬手を挙げるのを躊躇った。そんな自信は無い。
「ねぇ、私達無理に12Fの人を助けないでもいいんじゃない?」
夏海が俺に囁いた。それは最もな意見だ。今は自分の命で精一杯だったし、他人を気遣う余裕など無い。
『迷ってるな?当然だ。俺でも出来ればスルーしたい。だが12Fに食料は無いし、放って置けば彼は確実に死ぬよ。俺はここを動けないし、折原に至っては自分ひとりで逃げる事も出来ない。』
俺達の迷いを見透かすような放送。内心ドキリとした。
『ぶっちゃけると俺は別に君らを無視しても良かったんだ。俺の居る15Fは社食があるし、食料だけなら1ヶ月以上食い繋げる。食い持が増えるのは望ましくないんだよ。それでも君らを安全地帯に導いてる。』
どういう意味か分かるなと言いた気な放送。これは俺達の心を確実に見透かしている。ここで彼を見捨てれば、俺達も見捨てられると直感的に感じた。俺達の答えは最初から用意されていたらしい。俺は覚悟を決めると12Fに上がって行った。
話の書き直しやつなぎなど、無駄に時間を費やしています。屋内という閉塞された空間での話しは初めて書くので、どれだけ雰囲気を出せているか分かりません。
また言い訳臭いけど、出張と言う名の研修に1週間参加(強制)してたのも遅れた理由です。
12Fの男性:ガテン系。ウホ?
山瀬:優男。草食系。
古河夏海:泣き虫。現在異常事態に慣れて普通に話してます。名前がどっかで聞いた響きなんだけど誰か分かります?作者は完全に忘れてます。知り合いにでもいたっけな?(。・ε・。)




