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第弐拾参話 OPERATOR'S SIDE【オペレーターズサイド】①

結局続きを書く事にしました。

これは例の別エピソードになります。本編の続きをまだ全く書けていないので、手直しした話を分割で載せて時間稼ぎをする作戦に出ました。


てへぺろおおおおおおおおおおおお(๑╹ω╹๑ )

第弐拾参話 OPERATOR'S SIDE【オペレーターズサイド】①


 私がここに立て篭もってもう何日目だろうか。窓から見える景色はこの数日で劇的に変化してしまっている。ここはとあるビルの一室だった。あの惨劇が起きてから私はこのフロアを一歩も外に出られずにいる。唯一の救いは、話し相手がいることだけだった。彼もこの数日の間、ビルの一室に立て篭もり続けている。彼と私を繋ぐのは社内スカイプだけ。このビルの自家発電で何とか生きている機能の一つだ。やがて自家発電も燃料が切れてしまえば繋がることは無くなる。ただ、誰かがまだこの世界で生存している事実だけが私の支えになっていた。私の名前は折原美雪。彼の名前は・・・。





 私はしがないOLだ。今日も定時で帰宅の予定だった。しかし、今日は暗くなった社内でまだ一人作業をしている。空調は省エネのためとっくに切れてしまっていた。窓の外には明かりが消え始めたビル群が見える。まだ仕事をしているのなんて私の他に居ないのかもしれない。暗いオフィスで一人パソコンに向き合っていた私は、溜息を友にしてこの数時間を過ごしている。


「明日の会議で急に資料が必要になったんだ。折原君、少し頼まれてくれないかい?」


そんな事を笑顔で言ってきた主任の顔が頭に浮かぶと、私の溜息はどんどん増える。頼まれた資料は、資料室を漁り必要な物を揃えてコピーして纏める、そんな生易しいものではなかった。新たにパソコンで編集しなおしてのファイリングが必要になってくる。つまり、一人で出来るものでは無かった。私は数時間格闘した結果、今日は泊まりになるだろう現実を受け入れなければならなかった。そう認めてしまうと、集中力も切れる。


「コーヒーでも買ってこようっと・・・。夜食も要るなぁ・・・、ハァ・・・。」


独り言を呟きながら、私はオフィスを出て下フロアの自動販売機を無視してエレベーターに向かう。外にあるコンビニエンスストアまで買い出しが必要だった。チーンと言う音と共にエレベーターのドアが開く。私はお財布だけを握り締めて眩しいほど明るい個室に入る。1Fのボタンをポンと押して、エレベーターの壁に背をもたれるとまた溜息を吐いた。


「何で私がこんな目に会うんだろう?ホロスコープは下り坂だったっけ・・・?」


また独り言が口の隙間から呪いのごとく溢れ出す。他人から見れば相当怖いだろうが、今は個室で一人きりだ。問題は無い。そうこうしているうちに、1Fを告げるアナウンスが流れて目の前の扉が左右に開く。私はそのまま一歩外に踏み出して凍りついた。このビルの守衛を勤める警備員が血塗れになって座り込んでいたからだ。


「黒田さんっ!?大丈夫ですかっ!?どうしたんですっ!?」


私は守衛の元に走りより、生死を確かめるように呼びかけた。いや、正確には叫んだ。守衛はぐったりとしており、死んでいる可能性も大きかったからだ。しかし、守衛はまだ息があったようで、私の呼び掛けに反応しうっすらと目を開く。意識は混濁していたようだが、私の声に反応したようだ。


「黒田さんっ!しっかりしてくださいっ!今救急車を呼びますからねっ!」


私はそう叫ぶと胸のポケットを探る。いつもは携帯電話を突っ込んでいるのだ。だが、今日に限ってオフィスに置いてきたらしい。私は舌打ちするとビルの入り口へ向かう。カウンターには備え付けの電話があるはずだ。それを拝借するしかない。走り出した私の背後に守衛の声が聞こえたような気がしたが、私は構わずカウンターへ走った。





 カウンターの電話を取ると、即座に119番へ電話をかける。しばらくコール音が続いたが、通話中の音声アナウンスに切り替わった。


「119番が話し中?そんな馬鹿なっ!?」


私は受話器を叩き付ける様に置くと、再度同じダイヤルをプッシュする。


「り返します。現在、電話回線が非常に混雑しており繋がりにくくなっております。再度お掛け直しください。繰り返します。現在、電話回線が非常にこ・・」


私はまた受話器を叩き付ける様に置く。119番は確実に繋がる回線では無かったのだろうか。こんな話は聞いたことが無い。先ほどの様子から、守衛の容態は一刻を争う。


「どうなってんのよっ!?こんな時に故障してんのこの電話っ!?」


私は怒りを電話にぶつけて守衛の元に戻る。もう時間は少ない。生死を確認して外に助けを求めなければ守衛は死んでしまう。他人だが、帰宅する私をいつも笑顔で見送ってくれる優しい守衛を見捨てるわけにもいかない。私は急ぎ守衛の元に戻った。幸い、浅い呼吸をまだ続けていた守衛の黒田に再度呼び掛ける。


「黒田さん、しっかりしてくださいねっ!今救急車を呼んできます。電話が壊れてますから外に助けを呼びに行ってきますからしばらく耐えてください。もうちょっとの辛抱ですからねっ!」


反応のない守衛に不安を覚えながらも、私はビルの入り口に向かって駈け出した。ヒールではまともな速度は出せるわけもなく、もどかしさが募る。気持ちは完全に先走り、焦りだけがどんどん膨らんでいった。私はその時気付くべきだったのだ。入り口から点々と続いている守衛の血の跡に。





 ビルの入り口は自動ドアだったが、私が目の前に立ってもまるで反応しなかった。これも故障していると言うのだろうか。おかしい点が多過ぎる。私は自動ドアの前で何度も足を踏み鳴らす。だがドアはピクリとも反応しない。そうこうしている内にも守衛の命の灯火はどんどん小さくなっていくだろう。私は強行手段に出た。非常時なので後で始末書くらいは覚悟しよう。そう思って私は近くにあった鉢植えの観葉植物を持ち上げるとドアに向かって投げた。ガシャーンと音が鳴り響き、鉢植えが粉々に砕け散る。しかし、ドアは少し皹が入っただけで私の行く手を阻んでいた。私は歯軋りしたくなるのを我慢してドアの隙間に指を突っ込んでみる。僅かに食い込んだ指先に力を篭めると、自動ドアがゆっくりと開いていった。電源が落ちていただけで鍵は掛かっていなかったようだ。これなら観葉植物の犠牲は全く無駄だったと思いながら、私は隙間に身をこじ入れやっとビルの外に出ることに成功した。


「ハァハァ、やっと外に出られた・・・。こんな事してる場合じゃないわ。誰かああああああっ!!!誰か居ませんかああああああっ!!?人が怪我してるのおおおおおおおっ!!!誰か助けてくださいっ!!!救急車を呼んでええええええっ!!!」


私は喉が張り裂けんばかりに大声で助けを求めた。ここは街の大通りに面する場所だ。この時間でも車は絶え間なく走っているし、人通りもあるはずだった。しかし私は、街の異常性に気付けなかった。ただ誰かを呼ぶしか頭に無かった。この時気付いてもよさそうだったのだけど、車は一台も走っていなかった。そして、大勢の人間がそこかしこでうずくまり何かをしていた。私は近くの一団に走り寄る。


「ちょっとっ!人が死にそうなんですよっ!私の声聞こえたでしょう?何してるか知りませんが協力して・・・よ?」


私は声を張り上げながら一団に近寄り、見てしまった。数人の男女がしゃがみ込んでいた中心に人が居た。服はビリビリに破られ、体中が真っ赤に染まっている。僅かに見える白は骨の色だろう。人間がバラバラにされているのだ。そしてその肉をうまそうに口に運んでいる。異常どころの話では無い。私はその狂った光景に腰が砕けた。足の力が抜けその場に尻餅をつく。膝が笑っているのが分かった。恐怖で体に力が入らない。座り込んだ私に数人が目を向けた。街灯に浮かぶその顔に生気は無く、白く澱んだ目だけがギョロリと光っている。口の周りを血に染めてモゴモゴ動かしながら、千切った人間の四肢を手にしたまま私の方へヨタヨタと歩き出した。


「ひ、ひいいいいいいいいっ!!!」


私はもう生きた心地がしなかった。言う事を聞かない足を無理やり踏ん張ってヨロヨロとした足取りでその場から逃走する。もう警備員がどうこうと言う頭は無かった。一刻も早くこの場を去らねば殺される。ただそれだけが頭を支配した。


(殺される、殺される、殺される、殺される、殺される。逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ殺される。とにかく逃げなきゃ。)


まともな考えなど出きるはずも無い。私はUターンしてビルに逃げ込んだ。後ろからは人食いの集団が迫ってきている。先ほど開いたままになっていた自動ドアをすり抜けると、私は急いでエレベーターのボタンを押した。カチャカチャと手がボタンを連打する。そんな事をしてもドアが開くスピードは変わらないのに、人間の心理はどうしてもそう言う無駄な行動を取ってしまうものだ。その音自体がゾンビを呼び寄せる要因になっているとは、その時の私の頭で考える余地など無かった。ただ早くエレベーターに逃げ込みたい。それだけだった。


(早く早く早く早く早くお願い早く早くお願いお願いお願いお願い・・・・・・・)


ゾンビが入り口の自動ドアで引っかかっている間にエレベーターは降りてきた。私は急いで乗り込むとまたボタンを連打する。押したボタンは27F、私のオフィスがある階だった。エレベーターのドアが閉まるまで随分とゆっくり時が流れた気がしたが、人食いの集団が迫るまでにドアは閉まる。エレベーターが順調に昇っていく感覚を味わいながら、私はただ床にへたり込んでいた。今、自分の身に起きた事態が信じられなかった。まるで性質の悪いホラー映画だ。手足は弛緩し、膝は恐怖を思い出したようにガクガクと笑う。まだ脳裏に焼きついた地獄のような光景を私は振り払えず、自然に涙が零れる。


(何だったのよアレ・・・。人を食べてた。こんなの普通じゃない。夢?これって夢なのかな?私はオフィスで寝ちゃったんだわ。早く覚めてっ!お願い早く。早く私をこの悪夢から救い出して。お願いします神様。)


考えが纏まらない頭は信じてもいない神にすがり付くしか出来ない。そうこうしている間にドアは27Fの見慣れたオフィス前に到着していた。このまま乗っているとまた1Fに降りていく可能性が高い。私は這いずりながらエレベーターを出る。エレベーターは私を数回挟んだ後、ゆっくりと下へ降りていった。





 どのくらいそうしていただろうか。私はエレベーターの扉に背を持たれたまま座り込んでいた。頭は朦朧とし、まだ現実の受け入れを拒否している。置いてきた警備員が悲惨な末路を辿ったであろう事も推測できる。自動ドアの電源が切れていた事も何となく理由が分かってきた。外で人食いの暴徒に襲われた警備員が自衛のために切ったのだろう。あの深手では鍵を掛ける余裕は無かったに違いない。何とか生きようとした警備員の努力を無駄にし、あまつさえ暴徒を呼び込んでしまった。そこで初めて気付いた。あの暴徒がビル内に侵入しているということは、ここにやってくることも十分に考えられるのだ。私の心は恐怖に染まり、そのままオフィスに入って鍵を掛けロッカーに身を潜めた。


(ここまで来たらどうしよう・・・。誰か早く助けにきてよぅ・・・。)


ロッカーの中で怯えていた私は、あることに気付いた。仕事で点けっぱなしのPCにメールのアイコンが浮かんでいたのだ。このフロアは何も物音がしない。私は恐る恐るロッカーを抜け出すと、オフィスの入り口の鍵を再度確認してPCのメールの内容を確認した。電話が通じなくともメールでやり取りは可能だ。携帯のメールは怪しいが、PCのメールはまだ生きている事は分かった。


(これは・・・、社内メールだわ。差出人は第4営業部の人ね。全員に一斉送信してる。何だろうか?)


私は周囲の警戒を続けながらメールを開いた。


【メール】


何か事件が起こっているらしい。誰かメールを見たら連絡をくれ。私は第4営業部の秋吉だ。


自社ビル内に侵入者多数あり。社内に残っている者は階段の防災シャッターを下ろして立て篭もれ。屋外に出ると非常に危険だ。こちらは監視室に立て篭もっている。社内の防犯カメラは全て掌握した。侵入者は泥酔者のように覚束ない足取りだが、全員血塗れの様子だ。推測だが、映画などに出てくるモンスターに酷似している。現在8Fまで進入を確認した。それ以上の階の者は各自立て篭もれ。8F以下の者は身を隠すように。警察などに連絡はつかない。襲われた場合は落ち着いて距離を取れば逃げられるだろう。慌てずに救助を待つ方が無難だと思われる。社内スカイプで現状の確認などしたいので、余裕のある者は連絡して欲しい。IDはSales4.akiyoshiだ。連絡請う。


【メール了】


私はメールの内容を確認して歓喜した。少なくとも自社ビル内に生存者がいる。彼の所まで行ければ助かるかもしれない。私はとりあえず社内スカイプのウインドウを開く。すぐにIDを入力し通話状態にした。後は相手が取ってくれれば繋がるはずだ。全社員に支給されている通話用のレシーバーを耳に掛けると、すぐに通話が始まった。


「こちら秋吉だ。君は誰だ?IDからすると会計課のようだが?」


「はい、会計の折原です。良かったっ!生きている人がいて。」


私の声は弾んでいた。ちゃんと生きている人間に会ったのは随分久しい感じがする。


「ちょっと、声が大きいぞ。もう少し音量を下げて話した方がいい。君はどこまで状況を分かっているんだ?」


「いえ、何も・・・。ただ夜食の買出しに出て事件に遭遇しました。」


「もしかして・・・、入り口を開放したのは君か?」


「え?あ・・・、多分そうです・・・。」


秋吉の声に微かに怒気を感じ、私はギクリとした。


「はぁ・・・、君のせいで4Fと7Fに居た社員が死んだよ。もうやつらは18Fまで上がってきてるぞ。君はどのフロアに居るんだ?」


「27Fです・・・。死んだ方達には何とお詫びすればよいか・・・。」


「そんな話は後回しだ。さっさと階段のシャッターを降ろせ。手動で出来るはずだ。」


「でも私、やり方が分かりません・・・。あの、そちらと合流出来ないですか?」


「僕が居るのは15Fだよ。もう階段のシャッター外はあの人食いで溢れ返っているよ。それでも来るかい?」


「そんな・・・。」


「もう手遅れだ。君のレシーバーはワイヤレスか?」


「え?はい、そうですけど。」


「じゃあ耳に付けたまま外に出るんだ。」


「えっと、これってどのくらい有効なんですか?」


「え?あー、会計じゃこれ付けたまま移動なんかしないよな。このワイヤレスレシーバーの有効範囲は約150mだ。遮蔽物なんかにもよるけどな。」


「このPCから150m?」


「まぁ多分そうだ。早く出ろ、奴ら移動は鈍いが着実に上に上がってるぞ。もう20Fあたりまで居るのが確認出来る。階段は両端に2つある。それは知ってるな?」


「今出ました。それは分かってます。」


「あ、君のフロアーに自販機はあるのか?」


「えっと、私のフロアーに自販機は無いですね。確か25Fにあった気が。でも何で?」


私の答えに、秋吉は溜息を吐いたようだ。ザザッとノイズが混じる。


「馬鹿か君は?警察の救助なんていつ来るか分からんぞ。食料が無いと死ぬよ。急いで25Fまで降りろっ!」


「は、はいっ!」


秋吉の声に私はオフィスを出ると階段を下に向かった。





 階段は暗く、非常灯の灯りだけが辺りを照らしていた。普段は誰も使わない階段なので、寒々とした空気が流れている。スカイプから聞こえる声はいつの間にか途絶えていた。


「あの、階段に着きました。聞こえてますか?」


「ああ、聞こえているよ。奴らは下からゆっくり上がっているはずだ。こちらのモニターでは階段は見えない。だが25Fが無人なのは分かる。さっさと降りろ、途中で奴らに出くわしたら食料は諦めて逃げるんだぞ。いいな?」


「分かりました。下からざわめきが聞こえてるのはきっと・・・ですよね?」


「その通りだよ。早く降りろってばっ!死にたいのか君は?もうイライラするなぁ・・・。」


耳のレシーバーからは焦れた声が戻ってくる。彼もこのパニックに状況は把握しきれていないのかもしれない。私も早く安全な場所に辿り着きたいのだけど、下から微かに聞こえてくる衣擦れの音や小さな呻き声に第一歩が踏み出せずにいた。階段の隙間から下を見ると、目も眩むような高さの吹き抜けにゾッとする。慌てて顔を戻そうとして、私はハッとした。僅かに見える下の手摺に、明らかに人の手が見えたのだ。もう5Fほど下まであの暴徒は迫っている。このまま降りればまた奴らと鉢合わせしてしまうかもしれない。


(恐い・・・。)


足は竦み、地面に根を張ったように微動だにしない。ブルブルと震える手で手摺に掴まり立っているのがやっとだった。腰は引けて傍から見れば不恰好な姿勢に違いないだろう。


「おい、もう25Fまで降りたか?早くシャッターを下ろさないとまずいぞ。手順分かってるんだろうな?」


いきなりヘッドセットのレシーバーから秋吉の声が聞こえた。背中に電気が走ったような錯覚を覚えて私はその場に蹲る。


「・・・まだ27Fです・・・。恐くて動けませぇ~ん・・・。」


私は半べそを掻きながら返事を返すと、途端に秋吉の怒声が耳に響いた。


「ほんとにバカなのか君はっ!!?命に関わるんだよっ!さっさと降りろってばっ!」


「でも腰が抜けちゃって・・・。ここのシャッターじゃダメですか・・・?」


「救助が望めない以上そこに居ても餓死するだけだぞ。25Fには飲み物と軽食の自販機があっただろ?それで何日も生き延びるしかないぞ。賭けてもいい。救助は来ないよ。分かったらさっさと移動しろ。」


「うえぇぇぇ・・・。分かりましたぁ・・・。」


ここに居てはどう足掻いても絶望しかない。そう悟ると、私は重い足を引き摺るように階段を降り始めた。一歩一歩慎重に歩を進めるしか道は無い。腰に力が入らずに砕けそうな感じは常時続き、足元も覚束ない。それでも私は階段を下りると、何とか25Fに辿り着いた。


「やっと25Fに着きました。どうします?」


「やっとか?もうそんなに余裕は無い。さっさとシャッターを降ろせ。」


抑揚の無い冷たい声がレシーバーを通して返ってくる。完全に呆れている口調だった。それはそうだろう。私がグズグズしているのを、やきもきしながら秋吉さんは待っていたのだろうから。


「どうすればシャッターはおろ・・」


「右に鉄の箱みたいなのがあるだろう?それを開けて中のハンドルを回せばいい。いいか、これだけは注意しておくがかなり大きな音がするからな。下のバケモノは音に反応してるのは間違いない。ハンドルは出来るだけ手早く回せ。君が鈍いからもう23Fまでやつらは着てるぞ。いいな?最速でやるんだ。健闘を祈る。」


「は、はいっ!」


私は無我夢中でシャッターの側に取り付けてあった赤い金属の箱を開けると、ハンドルを引っ張り出す。ガキンとかなり大きな音が階段に


響いた。その瞬間、下からうめき声が聞こえて、ペタペタと言う裸足で歩く音や衣擦れの音が聞こえ出した。私は大急ぎでハンドルを回すと、天井から分厚い鉄のシャッターが降り始める。かなり高速で回しているつもりだったが、スピードは一向に上がる気配は無かった。


「まずいまずいまずいっ!」


私は一心不乱にハンドルを回す。音は確実に私の居る階に近付いてきていた。それはいくら鈍い私でも理解出来る。そして、間に合わなければ命を落とす事になるのも本能が教えてくれた。やっとシャッターが私の腰辺りまで下りた時、ついに暴徒の集団が階段の踊り場に現れた。私はもう生きた心地もせずに目を見開いたままハンドルを回す。火事場の馬鹿力と言うやつがあれば今発揮したいと思うが、もどかしいくらいシャッターは降りない。しかし、タッチの差で私の全力が勝った。もうシャッターの向こう側は暴徒で一杯になっているだろう。私は胸を撫で下ろしてシャッターから離れた壁に背を持たれて座り込み、大きく息を吐く。


「何をのんびりしているんだっ!反対側の階段もあるんだぞっ!早く閉めないかっ!!!」


肩で息をしている私に容赦の無い声が飛ぶ。私は階段が2箇所ある事を失念していたのだ。廊下を急いで走り階の反対を目指す。途中、3回も足を縺れさせて廊下で無様に転んだが、意に介さずに私は階段に辿り着きハンドルを命がけで回した。





 手の爪はいつの間にか割れて、右手の薬指からは血も流れていた。転んだ時に足首も軽く捻ったのだろう。ズキズキと鈍痛が這い上がってくる。髪は乱れてヘアピンはどこかに落としてきたのか、前髪もだらしなく垂れ下がっている。ひどい有様だったが、私は何とか自動販売機のあるベンチスペースへ辿り着いて途方に暮れていた。慌てて逃亡したので財布を忘れていたのだ。何て間抜けなのだろうと自分を呪ったが、後の祭りとはこの事だった。ベンチに腰を下ろして呆けた顔をしたままぼんやりと虚空を見つめる。


「無事なのか?おり、なんだっけ?会計の人。おーい?」


不意にレシーバーから秋吉の声がして、私は我に返る。


「え?あ、はい。折原です。無事です。私生きてます。秋吉さんは無事ですか?」


「僕は無事だよ。君も無事で良かった。折原君ね?覚えたよ。」


「良かったです。でも私は近いうちに死んじゃうかもしれませんねぇ・・・。どじしちゃいました。」


先ほどとは打って変わって怒気の消えた秋吉の声にホッとしながらも、私は自分の不遇を悔いて声のトーンが下がる。


「穏やかじゃないなぁ?どうした?もしかして怪我でもしたのかいっ!?」


急に元気の無くなった私に、秋吉は怪訝な声を出す。


「お財布忘れちゃって・・・。ジュースも食べ物も買えなくなっちゃいました。せっかく頑張って25Fまで降りてきたのに無駄になっちゃった・・・。アハハハ・・・。」


「・・・そんなことか。今は非常時だぞ。軽食の自販機はガラスを叩き割れ。咎められる事は無いと思うから気にせずにやるんだ。食料はその中のスナック菓子やチョコレートしかないから大事に食べるんだぞ。飲み物は厄介だが、俺の方に自販機の鍵はあるからどうにかして届けよう。とりあえず水はまだ出るから、何か食べて落ち着きなさい。」


「叩き割るっ!?」


私は理解に苦しみ頓狂な声を上げて聞き返すと、レシーバーから苦笑交じりの秋吉の声が返ってきた。


「ああ、強化ガラスだから素手じゃ無理だと思うけど、椅子でも何でもいいから全力でガラスにぶつけてみなよ。防犯のブザーが鳴るからコンセントを抜いてからやるんだぞ。俺はもうやったよ。タハハ・・・。」


「本気ですか・・・?」


私は目をパチクリと瞬かせながら聞き返す。


「本気だよ。死ぬよりいいだろう?君はまだ事の重大性をよく理解してないみたいだから教えておくけど、これここだけで起こってるわけじゃないからね?今ネットを徘徊してるけど、全世界で同じ事が起きてるみたいだよ。つまり、沈静化するのは大分先になると思う。いや、下手したらこのまま世界は滅ぶぞ。秩序の崩壊はもう起こってるんだ。自販機壊すくらいどうって事ないさ。」


「嘘ですよね・・・?」


「嘘だと思うなら自分で調べてごらんよ。動画サイトなんかどんどん新着動画が増えてるから。やばいぞマジで。」


「・・・見てみます。」


私は急いで近くにあるオフィスの中に入るとPCを立ち上げる。パスワードで何度か引っかかったが、デスクの主の名刺から名前を打ち込むとやっとPCは起動した。急いでWEB画面を開き検索すると、悪夢のような映像が画面に浮かび上がってきた。軍隊のような人々が先ほど見た暴徒のような集団に銃を乱射している映像。体中に噛み切られたような傷を受けて搬送されてきた怪我人の映像。至る所で白煙を上げながら炎上するビル群。私が嘘のような画面を見ながら絶望を感じるのに然程の時間は掛からなかった。





 私は身震いを覚えて目を覚ました。周囲を見てどうやら眠っていたらしいと気付く。ここは25Fの部長室。来客用のソファに横たわって考えてる最中にそのまま眠ってしまったようだ。朝の少し冷え冷えした空気に目覚めも良い。外は快晴だったが、現実は厳しかった。どこかで夢だった事を期待していたのだけど、窓の外に広がる景色が全て現実だったと私に告げている。街を見下ろすと広がったビル群や遠くに見える住宅地、駅、至る所で白煙が上がり、非日常が嫌でも目に飛び込んでくる。階下の景色は地獄絵図だった。人の死体が何十も放置されているのが確認できる。もっと下のフロアに居たら、目を背けるような光景だろう。私はカップに飲料水を注ぐと一気に飲み干して一息ついた。朝食はブロックのチョコレートを食べる。ここのOLさんのオヤツだと思うが、昨夜発見した物だった。まだ自動販売機には手を出していなかったが、遅からずガラスを破壊する必要があるなと思ってしまう。昨夜PCで調べた現実は甘くなかった。私は携帯を取り出そうとして、上のフロアに置きっ放しにしていた事を思い出す。財布と共に自分のデスクに放置したままだ。あの暴徒が居なければ取りに戻れるのだが、恐ろしくてシャッターにも近づけない始末。頑張って廊下に出るとシャッターに何かがぶつかる音が響いて慌ててオフィスに駆け込んだ。


(まだ居る・・・。これじゃ逃げられないじゃない・・・。)


舌打ちを漏らしながら、私は社の電話を手に取ると実家へコールした。電話は昨日の様に混み合ってはいなかったが、長いコール音だけが


空しく響いた後に留守電に切り替わる。この様子では家族も無事では済まないだろう。何処かに避難したと思いたかったが、現状を考えると自分が生きているのも奇跡に近い。昨日残業をしていなければ、今頃自宅で暴徒に襲われて食い殺されていた可能性の方が高いと思う。


(そう言えば秋吉さんは無事だろうか?まだ電気は生きてるし社内スカイプは問題なく使えるはずだけど、連絡してみようかな?)


私は孤独が恐かった。誰か話し相手が欲しい。この世界に生き残ったのが自分だけとは思いたくない。そう考え始めると居ても立っても居られなくなり、私はPCを起動してスカイプを繋ぐ。レシーバーに短いコールが流れ、すぐに相手がコールを受け取った。


「やぁ、生きてたね。そっちは誰か生き残ってたかい?」


昨夜とは打って変わって優しい声だった。彼も大分落ち着いたのだろう。その優しい声に私は心底安堵した。


「はい、私は無事です。シャッターの外にはまだ昨日の恐い人達が居るみたいですけど、破って入ってきたりしないですよね?」


「ん~、何とも言えないね。シャッターのロックはしたよね?」


「ロック?ああ、ちゃんと手順を踏んでやったと思いますけど・・・。」


「それが外れてたらやばいよ。あいつら怪力らしいし。多分だけど頭のリミッターが外れちゃってるんだろうな。下に指一本入る隙間があればシャッターなんか簡単に持ち上げられちゃうぜ。今すぐ確認しておいで。」


涼しい声で彼は酷な事を言う。恐ろしくて廊下に出られず、尿意すら誤魔化している私にシャッターに近付けと仰るとは何て無神経なのかと腹が立ったが、彼の言う事は一々正しい。確かにシャッターが持ち上がれば私は終わりだった。死ぬよりはマシだと気を奮い立たせて私は廊下に出た。当然レシーバーを耳に装着している。


「声は上げるなよ。奴ら音に敏感だ。それに一説だと匂いにも相当敏感だって情報もある。ゆっくり近付きなよ。あ、靴は脱いで裸足になった方が安全かも?」


私は黙って彼の言う通りにした。ペタペタと微かに足音を立てながら、私は慎重にシャッターに近付く。見るとロックは掛かっていなかった。昨夜暗がりでちゃんと確認出来ていなかったのだろう。いや、そんな余裕は私には無かったに違いない。気付かれてたら寝込みを襲われていたに違いない。私はゾッとしたが、出来るだけ音を立てないように気遣いながらロックを起動させる。これで一先ずは安心だった。


「君すごいなぁ・・・。強運だよ。じゃあもう片方も見よう。そっちは暴徒が入り込んで無いと思うんだけど、安心はしないでね。僕が居る監視室はビル中の防犯カメラの映像を見れるけど、常に全部見てるわけじゃないから。さっきと同じで音を立てずに慎重に近付くんだよ。ゆっくりでいいから。落ち着いてやれば問題ないからね。」


彼の声に勇気付けられながら、私はもう片方のシャッターに近付く。なるほど、こちらのシャッターからはぶつかる音も衣擦れも聞こえなかった。私はいくらか落ち着きを取り戻してシャッターの施錠を済ます。これで安全は確保されたはずだ。


「よし、これでシャッターは大丈夫です。後はジュースの自販を開けないと・・・。鍵があるんですっけ?」


「うん、同じ鍵かどうか分からないけど、マスターキーっぽいから試す価値はあると思う。実は昨夜俺も暴徒に追っかけられてね。たまたま自販機の業者だったから鍵だけ貰っておいたんだ。ほんと運が良かったよ。」


「追いかけられたんですかっ!?」


私は驚いて聞き返した。


「ああ、メールを送る20分くらい前かな。帰ろうとしてたら玄関に人が居てさ。いきなり襲われて参ったよ。よく見る自販機の業者だったけど時間が時間でしょ?胡散臭い目で見てたから警戒は十分してたんだ。そしたら白目を剥いてるくせに俺に飛び掛ってきたもんで、つい殴り飛ばしちゃったんだ。そしたら首が変な方向に曲がっちゃって焦った焦った。慌てて外に出ようとしたら警備員に呼び止められて、初めて外の現状を知っちゃったわけだ。だから自販機の確保だけはと思って鍵だけ貰ってきたんだけど・・」


「ちょっと待ってください。今警備員って言いましたよね?」


「ん?ああ、入り口の爺さんだよ。それがどうかした?」


「黒田さんです・・・。彼その時は生きてたんですか?」


私は声のトーンが無意識に下がった。秋吉は怪訝な声で答える。


「えっと、死に掛けてた・・・かな・・・?」


「黒田さん放置して逃げちゃったんですかっ!?信じられない・・・。」


私は非難めいた口調で聞き返す。それがまずかったらしい。秋吉は激しい口調に変化する。


「あのな、いい機会だからあんたにも言っておくぞ。一応救急車は呼ぼうとしたし助けようともした。だけど噛まれてる事に気付いて俺は諦めたんだ。これが病気だったら唾液感染、血液感染、空気感染、色々なパターンが思いつく。リスクを回避する必要があったんだ。だから俺は老い先短い老人は諦めた。ほぼ確実に感染したと断定したからな。救急車も呼べないのにやれる事は無いしな。だから誤った判断をしたとは思ってない。この先、同じような状況に出くわしても俺は自分の身を守るために敢えて助けるような事はしない。あんたも生き延びたかったら余計な情けは捨てるべきだ。まずは自分が生きる事を考えないとな。俺が間違ってると思うなら好きにすればいい。」


「そんな言い方無いでしょうっ!?私は当然助けるべきだと思うのっ!見殺しにするなんて最低だわっ!」


私の声に力が篭る。自分が奇麗事を並べている事に私は気付いていなかったに違いない。その時は本当にそう思った。だけど、秋吉の次の言葉で私は言葉を失ってしまった。


「自分だって逃げたじゃん・・・。それに今生きてるのは誰のお陰か分かって物を言ってるんだろうな?俺が居なけりゃあんたは今頃27Fのオフィスで奴らに食われて死んでたと思うよ。自分がわざわざ元凶を社内に引き入れた事も分かってんだろうな?あのまま玄関ロビーの自動ドアを閉めとけば2人死ぬ事も無かったと思うぞ。俺が爺さんを見殺しにしたよりあんたのした事の方が余程人が死んでるぜ。と言うかあんたがとどめを刺した様なもんだと思うけどな。俺はカメラで見てたんだが、あの爺さん結局『食い殺された』んだぞ。痛い思いせずに死んだ方が幸せだったんじゃないのか?違うか?」


私は何も返せなかった。彼の意見は一々正しい。それがとても悔しく、そして重かった。私は何も返せないままスカイプの通話を切った。

【社内スカイプ】社内で使う専用回線を用いた通信手段の1つ。リアルタイムで音声情報を交換できる。スカイプと言う名前にしたのは分かりやすいからです。実際のスカイプとは異なる代物であるという事をご理解ください。


【レシーバー】耳にかけて使う物で、音声通信用のマイクもセットになっている。充電式。ヘッドセットに近い両耳に被せて使う物もある。


折原美雪:OL。かなり大手の会社に勤めている。キャリアウーマンに近いが、まだ若いのでOLと表記している。現在24歳。入社2年目。


秋吉:ファーストネームはまだ不明。営業4課の人間らしい。


細かい設定はいらないかな。これはゲーム実況を見てたら書きたくなっただけです。実際に同名のゲームがありますが、まんまパクリました。本家はSFだけどねっ!

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