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第拾捌話 役に立たない大人

とっつぁん⇒銭形 オッサン⇒盛岡

間違わないように(ㅎωㅎ*)


お気付きの方も多いと思いますが、全員の名前表記が短くなっています。

覚えていない人のためにフルネーム表記を続けていましたが、打つのメンドクセってことで簡単にしました。他にも「飛鳥ママ」など特殊な表記も増えていくと思いますが、気にしたら負けですよ(΄◉◞౪◟◉‵)

第拾捌話 役に立たない大人


 遊覧船で目覚める朝は、ここ数日の柔らかな布団での朝に比べて非常に不快なものだった。体のあちこちに痛みが走り、光は眉を顰めながら首を回す。傍らには飛鳥ママと佐伯兄妹が眠っており、そのぐっすりとした深い眠りを妨げるのも気が引けたので物音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。個室を出ると、盛岡が空になった酒瓶を枕に毛布も掛けられずに寝ていた。


「何こいつ?一番年長者のくせに5合瓶を一人で空けて寝ちゃったわけ?最悪ね。上司に居たらセクハラでもでっち上げるとこだわ。」


その図々しい寝姿に、軽く殺意を覚えながら光は船室を抜けて通路に出る。この通路からは浜や山荘の様子を一望出来るのだ。明るくなった所でゾンビが押し寄せてきてないか調べる方がいい。通路は気持ちが良いとは最早言えない程の冷たい風が吹いており、ドアを開けた瞬間に一気に体の熱を奪われてブルッと身震いをしてしまった。体には薄いTシャツにサマーニットだけだ。風通しが良過ぎる。


「そんな格好じゃ寒いですよ。これどうぞ?」


不意に声を掛けられる。声のした方向を見ると真澄が厚めのカーディガンを持って通路の反対側からやってくる所だった。


「あんたもう起きてたの?」


「ええ、正確には銭形さんと交代で仮眠を取りながら浜を一晩中見張ってました。」


「マメねぇ・・・。」


「その結果、ゾンビがまだ山荘に現れていないことは分かってますよ。」


「そぅ、ご苦労様。」


真澄の報告を聞き、光は胸を撫で下ろすような気持ちになった。山荘には大量の食料や燃料が保管してある。あれをむざむざ放置など出来ない。真澄の横に立つと、双眼鏡を受け取って自分の目でも確認する。浜は静かなもので、動くのは風に揺れる木立くらいだ。山荘は木に隠れていたが、僅かに見える坂道に動く物の気配は無く、まだゾンビがそこに至っていないことは想像出来る。隣で真澄が大きく欠伸をしながら、腕を組んで頭を振った。多分言うほど仮眠も取らなかったに違いない。銭形もそうだが、自分達は男手に恵まれていると光は思っていた。何を言わなくとも、彼ら2人は全員の安全を最優先にして行動してくれる。真澄は光に従順なだけかも知れないが、銭形は自発的に皆を守っていた。口は軽いが行動力も責任感も人一倍あるのは間違いないだろう。


「眠そうね?もう寝ちゃっていいわよ。後は私達が見張るわ。朝食の準備もあるし、しばらく仮眠を取ってきたらどう?えっと・・・、9時くらいまで寝てなさい。これは命令よ。」


光は腕時計を見ながら真澄にそう告げる。今は早朝の6時前。銭形と一緒にちゃんとした休養も取らせたいが、盛岡が起きてくると何かと面倒な事になりそうなので、仮眠で我慢してもらうしかない。


「まだ大丈夫ですよ。あのオッサンもあんまり信用出来そうにないですし、俺か銭形さんのどちらかが常に居た方がいいでしょ?」


真澄も同じ事を考えているようだ。昨日の高圧的な態度や物言いを見て、不安は持ったらしい。今の世界で、年の功や年功序列を持ち出されても無意味なのだが、ああ言う親父は自分が上から命令出来ないと面白くないだろう。放置しておくと、必ずトラブルの種になりそうだった。


「まぁ今は酔っ払って寝てるし、起きてもそう簡単に問題は起こさないでしょう。私も武器持ってるし、大丈夫よ。とっつぁんは寝てるのかな?」


「銭形さんは今寝てるはずですよ?運転室に入りましたから。あそこが落ち着くみたいです。」


「そう・・・、あんたもさっさと寝なさい。」


「いえ、そういう訳には・・・。」


「いつもみたいに添い寝してあげないと寝付けない?」


光は悪戯っぽく笑いながら真澄の顔を覗き込む。ここ数日、特に意識はしていなかったが2人は同じ部屋で寝ていた。別に添い寝してもらっていた訳ではないが、真澄はドキリとしてしまう。


「いやっ!あの・・・、大丈夫っすよ。」


「そう?じゃぁさっさと寝なさいな。ま・す・みちゃん。」


「おやすみなさい・・・。」


腑に落ちないと言う顔をしながら船室に入っていく真澄の背中を見ながら、光は軽く息を吐いた。





 アラームで目を覚ます。時間はきっかり9時を指していた。香ばしい匂いがドアの隙間から入り込んで、思わず口の中で涎が沸いた。


(もう9時か。あんまり寝た気にならんなぁ・・・。それにしてもいい匂いだね。早く飯食おうっと。)


真澄はそう思って、武器を持つと船室に出て行く。そして唖然とした。食卓に使っていた大きなテーブルの上には、骨だけになったフッコの焼き魚と空の鍋(米を炊く為の物)しか残っていなかったのだ。香ばしい匂いは、骨だけになったフッコの自己主張だったらしい。銭形も時間になって起きてきたが、その光景に絶句してしまっている。飯が出来るまで仮眠だと言われたが、起きてみると飯が無くなっているなんて拷問だとしか思えない。2人とも、腹の虫が餌を寄越せとばかりに泣き喚いている。


「なんで飯が残ってないんだよ・・・。」


「新手のイジメっすか・・・。」


悲しそうな2人の声に、不機嫌そうな未来の声が返ってきた。


「イジメじゃないですよ。焼き魚も大き目のが4匹あったんですけどね。どこかの酔っ払いが起きてきて、止める間も無く全部食べちゃったんです。ご飯も一人で半分以上食べちゃって。最悪ですよアレ。」


未来が包丁でソレを指す。ソレは床でまた酒瓶を抱えて丸くなっていた。昨夜と違う銘柄の酒だった。


「てことは皆ご飯まだなのか?」


「私と優はふりかけご飯でした。飛鳥さんと子供達は別室でゆっくり食べてましたから問題ないです。光さんが飯抜きですね・・・。今頑張って魚釣りしてますよ。」


「酔っ払いだからって許される事じゃねえな。今の状況で飯だけが楽しみなのによ・・・。こいつ海に捨てちまおうぜっ!?」


銭形がそう言って盛岡の片足を掴み引き摺る。真澄も止める気にはなれなかった。いきなり床を滑り出した自身の体に驚いて、盛岡が目を見開いて叫び出した。


「うほぅっ!何だっ!?何すんだっ!?」


「おっさん、お前いらねえわ。どっか行け。マジで要らん。働かざる者食うべからずって諺くらい知ってるよな?」


銭形は珍しく本気でキレていた。いつもは軽い男だが、食べ物の恨みとは凄まじいものだ。暴れる盛岡など問題にせず、あっという間に通路に引き摺り出した。


「待てっ!意味が分からんっ!順を追って説明してみろっ!」


「お前が俺らの分まで飯食ったんだよ。」


「そんなことでっ!?」


盛岡が信じられないと言う顔で銭形を見たが、火に油だったようだ。見る見るうちに銭形の額に血管が浮く。


「そんな事でだとっ!!!俺達は飯が最大の楽しみなんだよっ!!!それが無くなってたらキレて当然だろうがああああああっ!!!」


「飯を食われたくらいで目上の者を追い出すのかっ!?あり得んぞっ!」


「目上の者なんか今の状況で関係あると思ってるのか?今は皆対等なんだよ。俺も桜井も、そこのチビもあの餓鬼どももなっ!」


「ま、待て。分かった、お前の言う通りだ。まずは話し合おう。飯は返せないが俺も出来るだけ力を貸そう。それでチャラにしようじゃないか?な?どうだ?」


「今更遅いんだよ。それに・・・、お前が空けちまった酒はなぁ・・・。」


「酒?」


「俺がいつか飲もうと楽しみにしてた森伊蔵なんだよこの鼻垂れがあああああああああああああっ!!!!!」


(ああ、そこかぁ・・・。)


真澄はやっと銭形のキレ具合を理解する。数日前、酒屋で一升瓶を前に涙ぐんでいた銭形を思い出したのだ。あの時の銭形は、森伊蔵と書かれたラベルを愛しそうに撫でながら、それがここにあった奇跡、自分がまたこの酒に巡り合えるなんて夢にも思わなかったなど、30分ほど真澄に語ったのだ。そして、割らないようにと厳重にタオルに包んで持ち帰り保管していた。それを運悪く見つけた盛岡が、何も考えずに飲み干したのだ。飯だ飯だと言いながら、怒りのベクトルは完全に酒だったようである。


「地獄に落ちてこいやああああああああああああっ!!!」


怒りに任せて、銭形は盛岡を海に突き落とした。まだ千鳥足状態で海に落ちて無事に済むとも思えなかったが、真澄も未来もしばらく傍観する。反省はさせねばならない。


「あぶぶぶばはっ!たふけっ!たしゅけてっ!おぼれうっ!ごぼばばばばば・・」


しばらく見守っていたが、結構しぶとく頑張っていたので10分ほど放置してから救命の浮き輪を投げてやる。


「おっさん、お前は3日飯抜きだ。」


息も絶え絶えで船に引き上げられた盛岡に銭形がそう言ったが、盛岡は無言だった。





 食卓では、新たに炊かれたご飯と、モンゴウイカの刺身、それにお味噌汁が作られていた。鍋では罠に掛かったタコもお茶の葉で赤く色付いて湯がかれている。これはもう少し時間が掛かりそうだったが、朝食を食べ損ねた5人の昼食は何とか確保されていた。結局、例の騒ぎで光は魚を釣ることが出来なくなり、海に沈めっ放しにしていた罠のほうを上げてみると大きなタコが入っていた。イカは海の表面を泳いでいたのを優が発見して銭形がタモ網ですくったものだった。


「イカがいて助かったな。やっぱ刺身は新鮮なやつに限るぜっ!」


銭形はご機嫌でそう言いながら、イカの切り身を箸で摘む。真っ白な身に黒い斑点がサッと浮かび上がった。新鮮な刺身は、まだ体の細胞が反応してイカ独特の変色を鮮やかに見せる。弾力があって歯ごたえのある身は、山葵醤油に付けられ次々に皆の胃袋に消えていった。


「まぁこれは優ちゃんのファインプレーっすよ。よくイカなんて見つけたもんだ。」


真澄も新鮮な刺身に満面の笑みを浮かべながら発見した優を褒める。


「ふふんっ。私って目は良いんだよね。勉強嫌いだったしっ!」


褒められた優も満更でもない顔をしながら冗談とも本気とも言えないことを言う。


「はい、皆さんタコも茹で上がりましたよ。光さん、半分は後で桜煮にするのでラップに包んでおきますけどいいですか?」


飛鳥ママがそう言いながら、切り分けられたタコの刺身を持ってきた。


「いいわよ。でもタコのお刺身って生じゃなかったのね?」


「タコは生でも刺身で出されますけど、お寿司屋なんかにあるタコはほとんど茹でてますね。塩もみして滑りをしっかり取らないとダメですし、茹でる時は赤い色が出やすいようにお茶の葉なんかで一緒に茹でるんですよ。生だと皮を剥いだり処理も面倒なんです。」


「生のタコなんて買った事無いから知らなかったわ。覚えておいた方が良さそうね。飛鳥ママは料理得意なの?」


「まぁ人並みには。」


「じゃあ台所は任せるわよ。子供達の分もしっかり働いてね?」


「頑張りますっ!」


飛鳥ママは笑顔でガッツポーズをする。実際、炊事担当の女子高生2人は手際も悪く、時間が掛かる上に味も微妙な物が多かったので料理の上手な光もよく手伝っていて、他の作業が出来なくなっていた事も多かったので炊事専門の人が居ると頼もしい限りである。


「私達の料理じゃ不満でしょうからねぇ・・・。」


未来が寂しそうに言ったが、腕の差は歴然だった。包丁捌きや知識、全ての面で惨敗している。


「まぁいいじゃない。あんた達はまだ若いんだから今から覚えればいいのよ。今はドジッ娘属性だけで十分笑えるんだから。」


光が運ばれてきたタコの刺身をパクつきながらそう言って励ましている。そこに、目を覚ました花梨がぐずり出し、飛鳥ママは慌てて手を引いて甲板に連れて行った。健太郎の方は銭形に妙に懐いたようで、ずっと横に座っている。このオッサンも適当な性格が幸いして子供には好かれる体質らしい。ゲラゲラ笑いながら頭をポンポン叩いて遊んでいるのを真澄は昨夜も目にしていた。


(このメンバーは問題なさそうだな。問題の盛岡さんだけが心配だ。役所勤めの人間は頭も固いし自分達はエリートだって思ってる節もあって嫌いなんだけど、少しは反省してくれりゃいいんだが・・・。)


真澄は団らんを楽しむ皆を眺めながらボンヤリとそんなことを考えていた。





 昼になり、真澄と銭形はスワンボートで対岸に向かった。ゾンビが坂の上まで進行している可能性もあるため、男2人で四駆に乗り道路まで確認に行くのだ。武器はクロスボウも持って行く。近くまでゾンビが来ていた場合、遠距離射撃で安全に倒すためである。山荘付近にはゾンビの気配は無く、2人は辺りを注意しながら四駆に乗り込んだ。銭形はエンジンを掛けると、なるべく吹かさないようにアクセルを踏んで車を進める。坂道にゾンビは居らず、更に集落方面へトロトロと四駆を走らせた。集落まではおよそ7kmほどだったと記憶している。車を進めだして5分もしないうちに第一村人を発見した。山荘からは約3kmほどまでゾンビは移動していたのだ。道沿いにフラフラしながら山荘方面を目指して歩いてくる。数は3体だった。2人は四駆を下りるとクロスボウとネイルガンを構えて近付き、ゾンビ達を撃ち倒す。クロスボウの矢は折れ曲がり、また貴重な矢を失う結果となった。もう残りは20本をきっているはずだ。矢尻を外してペットボトルの水で洗いながら、真澄は溜息を吐く。


「桜井、矢はいつか無くなるんだから気にすんな。俺が思うに弦が切れるほうが先だと思うぜ。」


銭形が陽気に笑いながらそんなことを言ったが、真澄はハッとしてしまった。弦が切れた場合、クロスボウはもう使い物にならなくなる。中原太郎は弦が切れた場合のスペアをくれたのだが、これはプレス機などが無いと交換は難しいらしい。それにケーブルなども消耗品なので、クロスボウはどこか壊れると修理がきかないのだ。まさに使い捨てとなる。新しい武器も積極的に手に入れなければならなくなるだろう。やはり強力な火器などが望ましいが、銭形の持つようなネイルガンなど、飛び道具が必要だった。警官や自衛官のゾンビは最優先で倒して死体漁りをしなければならない。


「自衛官や警官のゾンビが居たら確実に仕留める様にしましょう。やっぱり銃火器は必要だと思うんです。」


「まぁ正論だな。とにかくこの道に居る分は倒してしまおう。半径3km圏内にゾンビが居たら安心して寝られなくなるからな。」


真澄と銭形は、それから夕方近くまで道沿いに沸きだしているゾンビの駆除を行って山荘へ戻った。





 辺りが夕焼けに照らされる頃に、皆は大地を踏みしめていた。安全を確保したので、全員山荘に移動したのだ。部屋はまだ2部屋空いていたので、飛鳥ママ一家と盛岡に一部屋ずつ割り当てる。それから食事の準備をして、盛岡を除く全員が食卓についた。


「おい、俺は飯抜きって本気だったのかっ!?」


飯抜きの件を冗談だと思い込んでいた盛岡が憤慨して光に噛み付く。光は冷静にそれをいなして口を開いた。

 

「オッサン、あなた今日の朝に5人分、いいえ、それ以上の量を一人で食べたのよ。しばらく抜いても死にはしないから少し反省しておきなさい。それにあなた昨日から何もしてないじゃない?食べさせろなんて恥知らずなこと言わない方がいいわよ。」


「何だとっ!?お前らだって何もしてないだろうがっ!?」


「私はずっと見張りなんかしてるし、そこの女の子達も同じよ。あんたが食べた魚って私が釣ったやつよ。飛鳥ママは料理してくれるし、子供達だってちゃんとお手伝いしてるわ。あんたは何をしたの?お酒を飲んで海で泳いでその後はずっと寝転がってたじゃない。もしかして自分は年長者で偉いから無条件で何でもしてもらえるとか思ってるなら今すぐ出て行って結構よ。もう年功序列や年寄りなんて言い訳は出来ない世界になってるの。役に立たないなら食わせる義務も無いの。そこの所をよく考えて行動することね。いつまでもお客さん気分で寄生されたら大迷惑だわ。」


「何だと・・・?小娘が俺に説教なんて20年早い。」


「分かったから向こうに行ってよ。食べにくいのよ。子供達だって怯えてるじゃない。それにあなた避難所じゃ随分好き勝手にしてたそうね?全部聞いたわよ。」


「何を聞いたというんだっ!?」


盛岡が顔を引き攣らせて光の顔を凝視した。


「面白そうな話だな。俺も興味あるぜ。姐さん話しなよ。」


銭形が興味津々な顔で促す。光はチラリと飛鳥ママの方を見る。言っていいかどうか迷っているようだった。その目を見て、飛鳥ママはコクリと頷いて口を開いた。


「それは私がお話しします。今はご飯が不味くなるので、食後に皆さん集まってください。」


その後、盛岡以外が2階の狭いホールに集まり、子供を寝かしつけた飛鳥ママが全員にココアを準備して現れた。


「待ってましたよ。」


真澄がそう言ってココアを受け取る。皆も同じような言葉を発しながらココアを受け取った。全員にココアが行き届いたのを確認すると、飛鳥ママはポツリポツリと避難所での生活を語ってくれた。

次回は多分、避難所生活を描く事になると思います。


作者も骨を折ったり会社と(主に上司)と喧嘩したりで忙しくやっておりますので、また2週間くらい開くかもしれませんがゆっくりお待ちください。


「こんなペースで大丈夫か?」

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