いきおいよく3-4
食事の間、親父達やお袋たちの様子を見ていたが、いつもと変わらない。
なぜ、親父達は俺たちに結婚を急がせるのか。
なぜ、朱里に知られてはまずいと思ったのか。
なぜ、大地には親父さんとお袋さんが病院に行くと言っていて、朱理には言っていないのか。
いや、待てよ。
そもそも、なぜ急に俺と朱理の婚約を言い出した?
仮に俺達が18歳になるのを待っていたとしても、四月に18歳になってからもう三ヶ月は経つ。
昔からの約束だというのなら、生まれた時から婚約者だったって、もっと早くに言ってもおかしくない。ここから先、受験も待ってるというのに、今の時期に言う必要があったのか?
「――――介、京介ってば!」
横でむすっとした朱里が俺の太ももを抓る。
「いたっ。何すんだよ?」
「さっきから声かけてるのに聞いてないんだもん」
「あー、わりい。考え事してた」
「さっきのことでしょ? 本人に聞けばいいじゃん。――――ねえ、父さん」
朱理は立ち上がると親父さんに声をかけた。
「ねえ、母さんと一緒に病院に行ったって聞いたんだけど。体どこか悪いの?」
「む? 誰が病院に行っただと?」
親父さんがキョトンとした顔で朱理を見つめる。
「父さんと母さんが、でしょ?」
朱理もそんな返答が来ると思わなかったらしく、キョトンとした表情になる。
「何を言ってるんだ? 病院なんぞに用はないぞ」
「え、さっき大地がそう言ってたぞ」
俺がそう言うと、みんなの視線が大地に集まった。
大地は、話を聞いていなかったようできょとんとしている。もう一発デコピン入れてやろうか。
「あー! 分かった」
お袋さんが大地を見るや、大声をあげた。
「大地あんた勘違いしたでしょ! 私らが行くって言ってたのは病院じゃなくて美容院よ。結婚式場の下見の帰りに行くって言ったじゃない」
おい何だその落ち。今時小学生でも使わないぞ。てか、お袋さん、今式場の下見って言った?
パンフだけじゃなかったの? 現場回ってんの? イスラム式結婚式のパンフどこで手に入れたか教えてよ。俺も覗いてみたいから。
「私はねー、京介と朱里が結婚するの早く見たいのよ」
「有希子も? 私も隣町までまわってたのよ」
おい、お袋。俺の知らないところで何やってるんだ。
「幸恵も?」
お袋達の「やっぱり私たち気が合うよね」みたいな話はどうでもいい。
それはともかく……これはしかるべし罰を与えねばならぬ奴がいる。
「大地。ちょっと話がある。……分かってるよな?」
「にーちゃん、勘弁してくれ! 聞き間違えただけじゃないか。そういうことってあるよね?」
大地は素早く正座して、俺に土下座しながらも言い訳する。逆にその態度にカチンときたぞ。
「いや、こんな落ちで俺を振り回すとは許せん。お前の誕生日も近いことだし練習試合と行こうか?」
「ちょっと待ってよ。俺の誕生日まで、まだ一ヶ月もあるじゃん!」
「菅原家と兵藤家に男で生まれた以上はくぐらねばならん試練だ。俺もこの春にやったばかりだ。お前も毎年やってるんだ。そろそろ備えろ。それじゃあ、さっそく――」
練習試合の途中だが、ここで少し説明しておく。
俺と大地の誕生日には、あるイベントが行われる。
「「男たるもの守る力を持つべし!」」
この言葉は毎年親父達に聞かされるイベント開始の合図だ。
誕生祝いの後、己の成長を証明するために親父達と一対一で戦うのだ。
小学生の頃は指一本でやられた。
中学生の頃まで一発も当てられなかった。
高校生になってから初めて当てることができた。
当てた直後に親父の剛拳に沈んでしまったが、親父に一発入れた時の感動を忘れられない。
少し回復した後、次は親父さんと勝負。
打撃系の親父と違い、関節技や絡み手を得意とする親父さん。
そして全く型が違う。親父が動ならば、親父さんは対極の静なのだ。
俺の打撃を柳のようなしなやかさで軽くさばき、当たったと思っても手応えが伝わらない。
結果として負けたが、親父さんの技をいくつか防ぐことができた。中学までは瞬殺されていたのだが、年々粘ることができるようになっている。親父達は倒れる俺を見ては満足そうな顔を浮かべていた。
未だに勝てないが、いつか勝ってやる。
大地も俺と同じく毎年勝負しているのだが、今は瞬殺されている。
まあ、俺にすらまともな一撃を与えられないのだから精進するしかないだろう。
俺が漫画を描くようになったのも、このことがきっかけだった。
親父達に勝ちたいと思って、色々な本に手を出しているうちに漫画の魅力に気づいてしまった。
努力、根性、勇気、友情、勝利といった様々なキーワード。
漫画の中で描かれる作者が伝える熱い何かに虜になり、そのうち俺も表現したくなった。
こうして俺の漫画道が始まったのだが、人間何がきっかけでやりたいことができるかわからんものだと思った。
このことを朱里に言うと、困った顔で「そ、そうだね」と言ったのは未だに謎だ。
――再び白目をむいて倒れ伏す大地。痙攣してるけど気にしないでおこう。
それより美希よ。
慣れてるとはいえ、自分の彼氏が倒れてるのに、黙々と食事を続けるお前はすごいと思うよ。
話が逸れてしまったが、なぜ、急に俺と朱理の婚約を言い出したのか。
根本的な疑問の解決に至っていない。
「なあ、親父。なんで俺と朱理の婚約を急に言い出したんだ?」
「昔の約束だからだ」
「それだったら、その約束した時からでもよかったじゃないか」
俺がそう言うと、親父は沈黙し、親父さんに目配せした。
「ふむ。仕方がない。勇次郎は言いにくそうだから、あとで俺から話すことにしよう。お前たちも納得しないところもあるだろうからな」
親父さんが静かに語り、夕食が終わったあと、俺と朱理に話すことを約束してくれた。
親父が言いにくいっていうのが気になるな。
☆
食事の後、親父の部屋で朱里と二人待たされる。
三〇分程して、親父さんと親父が部屋に入ってきた。
親父は踏ん切りがついていないような表情で、そんな親父を親父さんは「いいかげん諦めろ」とたしなめている。
親父達が目の前に座り、親父はため息をつき、親父さんはゆっくりと息を吐き出すと語りだした。
「まず、お前たちの婚約についてだが、俺と勇次郎の間で子供達を結婚させようと約束があったのは事実だ」
親父達が今の揺ぎ無い絆を得た時に約束したことらしい。
「それと、お前たちには言っていないことを話そう。どれから話そうか。まず両家の関わりについてから話そうか」
両家の関わり。親父同士が幼馴染から始まった家族同然の繋がり。
生まれた時から一緒にいる家族と同様な兵頭家。
それ以外は知らない。それ以外にあるのか。
親父さんの口から出た言葉は「敵」だった。
何、その漫画に出てきそうなネタは? 俺の脳内ノートに記入しておこう。
ある武道の一門である菅原家と兵頭家。先祖が始めた勝手な争い。
親父たちは幼き頃から、ずっと家のしきたりに従って生き続けた。
近くに住み、同じ学校に通い、幼馴染といっても敵同士として。
「俺達も戦っていたのだ。だが、決着はつかなかった。いつも引き分けだった」
「……あの頃は、準のこと、ただ単に敵としての認識しかなかった」
親父さんの言葉にぼそっと親父が呟いた。悔いたような表情だ。こんな親父初めて見る。
「俺と勇次郎が今の関係になったきっかけは中学に上がってしばらくしてからだ。中学でお互い目立つ立場でな。当時の不良どもに、二人揃って生意気だと呼び出されたのだ。勇次郎と初めて一緒に戦った。相手は四、五十人程いたが、かろうじて勝てた。勝ったのは俺が勇次郎に背中を預けられたからだ。勇次郎の強さは身を持って知っていたからな。まあ、お互いまったく無傷というわけにはいかなかったが」
「……俺も準に背中を預けられた」
親父達は不良との戦いが終えた後、ボロボロになった姿で、初めてお互いのことを語り合ったそうだ。
その時、親父達の絆が生まれたらしい。
なんだよ、親父達、格好いいことしてんじゃねえか。
ネタになりそうだからもっと具体的に聞かせろよ。いつか漫画にするからよ。
「俺達は戦いをやめたのだ。と言うより……お互い、本気の拳を向けられなくなってしまった」
「それを見破られて俺達は揃って破門された。その後、俺達は分家である親戚の家に身を預けられることになった。偶然なのか運命だったのか。俺達は、またそこで再会した。敵ではなく友として」
親父達は静かに呟き沈黙する。
「……懐かしいな、仲良くなった勇次郎とは街にナンパばっかり行ったもんだ」
「あれは準が誘ったのだろうが!」
「よく言うな? お前はお前で、すぐに学校をさぼろうと俺を誘ったくせに」
親父達よ。そういう悪い話は子供に聞かせてはいけないと思うぞ?
ついさっきまで、親父達のことを格好いいと思った俺の心を利子つけて返せ。
「親父さん、脱線してるぞ」
「うむ、すまん」
その後は俺たちの知っている親父達の関係が続き、今に至っているようだ。
「末席だった俺たちが抜けた後も、両家の戦いは続いている。菅原家は兄貴の息子。……豪一郎を覚えているか? あれが菅原家の代表者の一人だ」
親父は静かに語る。豪一郎……確か十歳上の従兄弟。俺が小さいときに一度だけ会った事がある。
その人の静かな雰囲気になぜか近づけなかった。
咲ねえには来る度に絡んでいけたのに、今思うと不思議だ。
「来年の春、豪一郎が兄貴の跡を継いで総代になる。それは分かっていたことだから問題ではなかった」
「何が問題なんだよ?」
「お前たちの婚約だ」
意味が分からない。
「はあ? それとこれが何の関係あるんだよ?」
「俺達は俺達の約束のためにお前たちを婚約させた。あとは結婚する時期を探るだけだった。だが、二日前、急に豪一郎から電話があった。内容は……」
『京介が兵頭朱里と婚約したそうですが、本家として許可しません。言っている意味わかりますよね? すぐに破棄させてください。もし従わない場合はこちらも手段を講じます』
「全然、関係ないじゃねえか⁉」
「敵と一緒になるなど言語道断ってことだ」
そんなの破門されたんだから関係ないだろ!
むしろ、そんな永い間続いている無駄な戦いに、俺たちの縁を持って終止符を打つ機会だと思わないのか? そんなに因果関係が深いものなのかよ!
「俺達も何故あいつの耳に入ってしまったのか。……籍を入れるまでは隠すつもりだったのに」
親父がふうっとため息をつき、ちらりと朱里を見る。朱里が「あ……」と小さく声を上げた。
そうか、豪一郎に俺たちの婚約話を耳に入れたのは、十中八九、咲ねえだ。
その咲ねえの前で堂々と発表したのは他でもない朱里自身。
「……この先、豪一郎がどんな手を使って妨害してくるかわからん。もしかしたら朱里に身の危険があるかもしれん。確かに俺たちの約束を果たしたいが、そのためのリスクが大きすぎる」
「おいおい物騒だな。そんなことしたら犯罪じゃねえか?」
「証拠が無ければ犯罪は成立しない。殺しはしないだろうが一生残る傷を受けるかもしれん。身体や心にな……」
――――そんな事させてたまるかよ。
「親父、なんで電話の話をすぐにしなかったんだよ?」
「無用な心配をかけるのはどうかと思ってな……」
親父達が急ぐ理由が本家からの妨害を気にしてならば、俺は朱里を守るし、立ち向かってやる。
障害を乗り越えてなんて漫画みたいでかっこいいじゃねえか。
横では朱里が落込んだ表情をしていた。公表した事が、この事態になった責任を感じているのだろう。
お前のせいでも、咲ねえのせいでもねえよ。誰がどう聞いたって、余計なお世話してきてんのは本家の人間、菅原豪一郎だ。
親父さんの話は続き、改めて俺たちの婚約を急に決めた理由を話してくれた。
親父達の最初の目論見では、俺たちの高校入学と同時に婚約させるつもりだったそうだ。
だがそこで問題になったのが、俺たちの意志。親父達の約束は約束で果たしたいが、本人達にその気が無かったら空振りに終わる。どうなのだろうと、ずっと俺達の仲が男女の仲になりうるものかを探っていたらしい。仲がいい二人であるものの踏み切っていいものかと、親父達なりに気を遣っていた口ぶりだ。
それでも親父達が踏み切った理由は俺ではなく朱里にあったようだ。2週間ほど前、食後に朱里や大地、美希らと一緒にテレビを見ていたとき、俺は食後の満腹感からか、いつの間にか寝てしまったときがあった。寝ている俺を朱里がぷにぷにと頬を突いて遊んでいたらしいのだが、親父達はその朱里を見て「朱里は京介を男として好いている」と判断したのだ。朱里がどんな表情をしてたのか気になるところだが、まあ、親父達の判断は結果として間違ってはいなかった。
俺も朱里が好きだし、朱里も俺の事が好きなのは最近の態度でも分かる。
家族としてじゃなく、お互い男女として意識していたことも分かった。
親父達が決めた婚約がきっかけとはいえ、俺達は将来を約束できた。
後は俺が漫画家になれれば万々歳だ。夢を拒否してはいけない。現実が厳しいのは分かっていることだが、未来がどうなるかなんて誰にも分からない。でも諦めたらそこで終わりなんだよ。
「……一つ確認しておくが、親父達は俺たちの婚約を無しにするってのは考えてないんだな?」
「無論だ。俺達は俺たちで実家の説得に、いや、豪一郎の説得に当たる」
「それならオーケーだ。結婚の時期はともかく、俺が朱里に振られるまではこの話は継続――ぐえ!」
『ヒュッ』と空気を割く音と同時に、横から凄まじい勢いの鉄拳が飛んできた。
モロに食らった俺は胡坐をかいた姿のまま吹き飛ばされ、壁に激突した。
左の頬に受けた感じからすると朱里の拳だ。朝の鉄拳より痛いってことは相当怒ってる気がする。
あいつ怒ると親父達より強い気がするんだけど……。
壁に当たってひっくり返ったままの姿勢で悩む。どうしよう。
「私がそんなことするわけないじゃない!」
プルプルと拳を震わせ睨みながら近付いてくる朱里。うわ、怒ってる。本気で怒ってる。
どうしよう。逃げたいけど、俺、逆さまにひっくり返ってるし。誰か助けて!
うん? おお! 逆さまから見るといい眺めだ。何かシルクっぽい生地の水色か。清純ぽくていいよ。
これで咲ねえみたいな派手な下着だったら俺どうしていいかわかんなかったよ。
邪念にとらわれていると、すうっと朱里の目つきが細くなる。あ、これやばい。戦闘準備に入った。
「ま、待て。今のは勢いで言っただけだ。本意じゃない」
逆さまの姿勢のまま、手を上げて制止を試みる。
「次、同じこと言ったら手加減しないからね」
今ので手加減してたのかよ。これは浮気なんてした日には俺の命日になりそうだ。気をつけよう。
それよか朱里、その位置だとパンツが見えそうで見えないから、もう一歩だけ前に出てくれないか?
俺の願いは届かず、朱里が元の場所に戻ったので、俺も元いた場所に座りなおす。
まあ、これで謎は解けた。どこかの名探偵の孫みたいだな。
関係ない話だが、部活中にたまたまその話題になり、アニメ好きな沙緒が真似をした。
「じっちゃんの名に賭けて!」
そこに食いついたのが誠だった。
「なにぃ! じっちゃんのナニかけてだと⁉」
その後、誠が菫に百連コンボされて宙に浮いていたのは言うまでもない話だ。
おっと話がそれた。まとめてみると俺達の婚約は予定されていた。ただ、俺達が受け入れることが最近になって分かったから親父達が実行に移した。ただそれだけ。俺の考えすぎな部分もあったようだ。
親父達が結婚を急がせる理由としては、本家、菅原豪一郎の存在。俺たちの婚約を知った豪一郎が両家の関係上、俺たちの婚約を破棄させようとしているからだ。その豪一郎は来年の春になると菅原家の総代になり、権力を行使できる立場になる。そうなると親父達も危険だと感じているようだった。相手が権力を持つ前に入籍してしまえば諦めるとでも考えたのだろう。そうなると俺が収入を得るまで結婚を待てというのは遅すぎるという話か。
俺や朱里に言えなかったのは、無用な心配をさせたくないと言う親心。
そして親父が言いにくかったのも、菅原家本家が絡んできているからだったのだろう。
それにしても、豪気な親父達が恐れるほど本家の力というものは、凄いものなのだろうか。
「なあ、親父。本家ってそんなに権力持ってんのか?」
「ああ、政界から財界、公権力、それに裏社会に対しても少なからずのパイプは持っている。これは兵頭家にも言えることだがな……それ故、お互い決着がつかぬのだ」
長く生き続けるためには、それなりのパイプが必要ってか。くだらねえ。
親父達の話が終わったあと、自分の部屋に戻るように言われた。
朱里は親父達に呼び止められて、親父の部屋に残った。きっと親父達なりに朱里に話したいことがあるのだろう。朱里が自分のせいだと受け止めた節が見えただけに、気にはなる。
部屋でしばらく考え事をしながらも、手をつけているイラストの続きをやっているとドアがノックされた。両家の中でノックするのはただ一人、朱里だ。ノックされたドアが開くことは無く、ただ声だけが聞こえた。
「……京介、今日はもう戻るね……。おやすみなさい」
いつもと違った抑揚の無い朱里らしくない声に思わず駆けつけて扉を開ける。
「……らしくねえじゃねえか。まだ気にしてんのか?」
「……だって、私が言わなかったら。……こんなこと」
落込んだ表情で言う朱里。そんな顔似合わねえよ。
「ばーか。そんなの関係ねえよ。お前も言っただろ? やましい事してるわけじゃないんだから堂々としてたらいいんだよ。それとも何か? お前、俺との婚約は嫌々したのか?」
「そんな事あるわけ無いじゃない!」
「だろ? だったら、堂々としてたらいいじゃねえか。それに……」
「それに?」
「何があっても、俺がお前を守ってみせるから」
うお、来たこれ。この感動的なシーン。
朱里が俺に抱きついてきてキスシーンの一つでも始まるような勢いだろ。
「当てにならない……だって京介。私より弱いじゃん」
はい。逆のお約束でした。そうだよな。そういう台詞は実力のある奴が言う台詞だった。
しかし分かっているとはいえ、口に出されると結構心に来るものがある。辛いぜ。
「……でも気持ちは嬉しいよ。おやすみ」
朱里が一歩進み、俺の唇にちゅっと触れた。
触れたと同時にすぐに離れて、そのまま踵を返して下に降りていく。
もう朱里ってば素直じゃないんだから! って俺どんなキャラになってんの?
……でもな朱里。お前に言った事は決して嘘じゃねえんだ。
お前を守るためだったら俺は自分を捨ててもいいんだよ。
しばらく作業を続けていると、扉がまたノックされた。
「京介、ごめん。何か一人でいると嫌な事考えちゃうからしばらくいていい? 邪魔はしないから」
「ああ、いいよ」
そう返すと、朱里は静かに入ってきて壁際にある本棚を漁り始めた。
俺の部屋には漫画や雑誌が大量にある。読むためでもあるが、漫画を描くための資料代わりにもしている。少年漫画、少女漫画、青年漫画と多種多様だ。朱里や美希もたまに漫画を読みに来たりするので、成人漫画は隠してある。
朱里が部屋に入った後、俺は自分の持分のイラストを続きを再開する。
ちらっと見ると朱里は、全十二巻まである少女マンガの三巻を手にしていた。
俺はイラストをカリカリと描き進めては微修正を繰り返す。
後ろからはパラパラパラと本を捲る音が聞こえてくる。
少し集中していたようで、気が付けば二十分ほど経過していた。
後ろを見ると朱里がさっきとは違う本を手にしている。
あ、それまだ完結していない奴だ。いつ続きが出るんだろう。
こういうのって待ち遠しいよな。
また机に向かい、イラスト再開。
なんだか、背中に視線を感じる。
チラリと後ろをみると朱里がじーっと俺を見つめていた。
「どうした? 退屈なら動画でも見るか?」
「ううん。いいよ。うるさかったら集中できないでしょ?」
「いあ、音楽かけてやることもあるから気にしないぞ」
「いいよ、いいよ。大丈夫。気にしないで」
言われてまた作業を再開する。
カリカリ、カリカリと下書き用の鉛筆を走らせていく。
後ろからゴソゴソと音がする。
どうやら、本をどれにしようか悩みながら出し入れしてるようだ。
本棚に置いてある本なら少し描写が激しいのはあっても、もろエロいのは無いから安心だ。
後ろが静かになり、パラ、パラとゆっくりページを捲る音がする。
どうやら、読む本が見つかったようだ。
カリカリと書き進めていく。
『……はぁ』
朱里からため息が聞こえたような気がした。
もしかして退屈してんのか? それともまだ落込んでんのか?
チラリと見ると背中を向けて何かを読んでいて、朱里の肩が静かに上下している。
何見てんだ?
そ~っと、ばれないように近付いて、朱里が読んでいる本を後ろから覗き見る。
「げ!」
思わず声が出てしまった。
『がちやばい! 俺の如意棒が、狙われすぎてピンチです』
略して『がちゃピン』だ。
そんなタイトルや略称なんてどうでもいい。
なんで、それ見てんの?
それ誠が貸してくれた超ド級の奴なんですけど。
縛りはあるわ、触手は出てくるわ、人類皆穴兄妹、何でもありな奴なんですけど。
それは絶対ばれないように隠してあったのに、どうやって見つけたの?
「京介もこんなの見てるんだね?」
顔を真っ赤にした朱里が本を指差して言う。
ちょうどそのページは女の悪者が主人公の如意棒をチュッパチャップスして攻撃しているシーンで朱里には刺激が強すぎる。ぱらっとページが捲れて、今度は主人公が、女の悪者のおっぱいを下から持ち上げ、ビーチクにトルネード・バイブレーション・ゴッドフィンガーを繰り出しているシーンになった。
言葉にすると全然わからねえな。これ。
「え、いや、そのこれ、誠のやつだから。その見まくってるというか、たまにというか」
慌てた俺は自分が何を言ってるのか、よくわかっていなかった。
「……京介もこんなことしたい? 触りたい?」
あ、朱里さん? なんでそんなに目をうるうるとさせて言ってるんでしょうか?
「……さ、触りたい」
俺も何言っちゃってんだよ。何、欲望を正直言ってるんだ。
ごくんと生唾を飲み込む。
「……手、……貸して」
朱里が妙に艶っぽい声で囁く。俺はその言葉に息を呑みながら従った。
朱里はそっと差し出した俺の手を掴むと自分の胸に当てた。
柔らかさが伝わるけれど、俺は動かすことが怖くて出来なかった。
「触っても……いいよ?」
その言葉にゆっくりと朱里の胸を揉んでみた。加減が分からないからとてもゆっくりと。
「んっ……」
おいおいおい、そんな艶かしい声出すなよ。
ってか、お前からそんな声でるのかよ?
「…………直に触りたい?」
直って生ですか! とうとう俺も生乳デビューっすか?
「ちょっと待ってね」と言われ椅子に腰をかける。
ゆっくりとブラウスのボタンを外す朱里。三つ目のボタンを外した所で胸の谷間が露になる。
艶のある真珠のような玉肌は水色のブラに包まれて、とても弾力のありつつも柔らかそうな果実がたわわに実っていた。ゴソゴソと背中に手を回している。ブラのホックをはずしているのだろうか。
朱里のそんな姿を俺は視線を外す事が出来なかった。
器用にブラウスは脱がずにブラを外すと、上着を脱ぐのは恥しいのか。だがかえってそれがエロイ。
「……いいよ」
椅子に座った俺のところに朱里が顔を真っ赤にしながら近付いてきて恥かしそうに言った。
座ったまま俺はゆっくりと手を近づけていく。指先が肌に触れると朱里がビクッと動いた。
それに驚いた俺は手を一瞬で引っ込めてしまう。
「だ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。優しくね」
今ので少しだけ冷静になった。これはもしかして夢かもしれない。
朱里がこんな大胆なことするわけが無い。そうだ。きっとそうだ。
これは夢なんだ。頭に一撃与えたら目が覚めるかもしれない。
くるっと机に向き直り頭を打ち付けてみる。
『ゴン』と音がして頭に鈍い痛みが走る。
「おう、夢じゃない」と後ろを振り返ってみると朱里の姿は無く、さっきまであったはずのエロ本も無くなっていた。
「まじで夢かよ!」
うわ、失敗した。どうせなら生乳触ってからやればよかった。
時計を見ると2時を回っていた。作業中にいつの間にか寝落ちしていたようだ。
俺の願望か、それとも大地の話が脳に強く残っていたからか。
机で寝たおかげで身体がだるい。さっさとベッドに潜り込むことにしよう。
……夢の続きを見ることを期待しながら。




