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いきおいよく3-2

 放課後、いつものように部活へと向かう。


 俺が通うこの高校――私立御影みかげ高校は、自由な校風で知られている。進学率も悪くなく、スポーツ、文化活動も上位に食い込むことも多々ある。特に、評判の落ちるような問題も起きておらず、県内では文武両道で名の馳せた学校でもある。


 校舎は東側、西側と北側にある。建物はそれぞれ三階建てだ。

 西側は、まだ建築されてから五年程しか経っておらず新しい。

 東側の校舎は、外観は古びた感じだが、俺たちが入学する前に中身は改装されていて、設備は整っている。冷暖房完備の教室で勉強する環境は十分に整っている。


 教室は一年が東側校舎の三階、二年が西側校舎の三階、三年は西側校舎の一階にある。ちなみに、職員室と購買は東側校舎の一階だ。


 校舎の二階には、東西の校舎ともに音楽室や図書室、実験室などの特別教室が配置されている。

 東側校舎は正門に近く、各学年の下駄箱が設置されている。

 西側校舎は運動場や体育館、クラブハウスに近い。


 クラブハウスは運動場脇に設置されていて運動部が使っている。簡易のシャワー室や更衣室もあるので、活用している運動部員も多い。中では縄張りが決まっているようで、たまに揉めることもあるようだ。

 体育館は二階建ての施設で、一階が屋内プール。二階部分が体育館だ。

 県内の高校の中で最も大きい施設らしく、各種競技の大会に使われることもある。


 北側校舎は旧校舎で、西側校舎の完成後、教室としては使用されてない。

 今では一階が学校の備品などの物置代わりに使用されている。

 三階は使用しておらず、空き部屋ばかりだが、行事前には作業場として使われたりもする。

 二階は新校舎ができるまで特別教室として使っていたらしいが、新校舎ができたあとは使用されなくなり、文化系クラブの活動場所に変わってしまっている。

 文化系のクラブ活動は、特別教室を借りて部活をしている事が多いからだ。

 吹奏楽部は音楽室、パソコン部は情報処理室、放送部は放送室。

 特別教室のいらない部活や同好会は、許可を貰って他の部が使っていない空部屋を与えられている。

 我が漫研はというと、北側校舎二階の真ん中に位置している。

 これは朱里に聞いた話だが、漫研はずっとこの部室を使っているそうだ。

 漫研は文化系の中では歴史のある古参の部活でもあるのだ。


 漫研が使っている部屋の広さは実際のところ教室の半分も無い。

 元々は物を置くための部屋だったのかもしれない。


 しかしながら、漫画を描く作業場や器材を置いておくスペースは十分にある。

 俺が在籍している間で、過去に漫研に集まった最大人数は十四人。

 その時はさすがに狭い、暑苦しいと感じたが、それでも一応作業をすることは出来た。


 今となっては、常連五人となってしまった漫画研究部。幽霊部員なら一クラス分くらい所属しているのに、寂しくなったものだ。ごく稀に幽霊部員も来るのだが、そのほとんどが茶々目当て。あとは暇を持て余して思い出したのか、退屈しのぎに顔を出す程度だ。

 

 悲しい話はここらでやめておこう。


 ちゃんと顔を出す部員がいるのに、部長たる俺が行かなくてどうする。

 さあ、愛しい部員たちよ。今日も秋の文化祭に向けて、部誌の作成に励むのだ。


 だがしかし、部室の扉を開けた途端、その気分は失せた。

 原因は、言うまでもない変態――いや、茶々のせい。

 どこから仕入れてきたのか、大きな姿見を部室の端に置いて、その前でポージングしている。わざわざ、床に大きな布を敷いて、座ってポージングしていた。

 横に置いてあるカメラは、そのためにセッティングしたのだろう。

 ご丁寧に手にはカメラのリモコン。親指が動くたび、パシャパシャとカメラが作動していた。

 

 他の部員の菫、沙緒、誠は茶々の奇行を気にもせず、作業机に向かっている。

 皆、愛があるなら止めてやれよ。俺にはもう愛がないから止める気はないけど。

 しかし、菫が止めないのも不思議な話。

 うちの漫研では頼んでなくても綱紀粛正のストッパーとして活躍中なのに。


「おい、菫。なんでアレを止めない?」

「あれは私が頼んだんです。資料に載ってないような色々な姿勢の絵が欲しくて。適役でしょ?」

 流石です。そういう事情とは思わなかった。

「なるほど、菫の要望なら誰も止めんわな」

「部長もさっさと今週のノルマ仕上げてくださいよ? 少し遅れ気味ですから」

「ああ、そうだな。さっさとかかることにしよう」

 うちの副部長はできる女なので、部長としては非常に楽させてもらっている。

 スケジュール管理から、部費の管理、器材の管理と、こまめな報告と極めて有能だ。

 真面目な性格がそうさせているのだろうが、部長の俺としては助かっている。

 部長は何もしていないと他の部員から言われるかもしれないが、事実だけにきっと言い返せないだろう。

 しかしながら、菫はそういう時でも部長としての俺を立ててくれる。

 ただし、肉体的指導の時は一切の容赦をしてくれないが。 


 作業机に向かい、自分の持分を用意する。

 向かい側に座る沙緒が濃さの違うトーンを二枚手にとって、にらめっこしている。

 竿竹がメトロノームのように、左右にゆっくり揺れているのを見るからに悩んでいるようだ。

「沙緒、トーンナンバーの指定、書いていなかったのか?」

「いやー間違って消しちゃってですね。濃さがわからないんです」

「ありゃー、それ誰が決めたやつだっけ?」

「えーと、これは誠さんですね」

「おい、誠。このトーン、濃いほうがいいのか?」


「何!? お兄ちゃんのすっごい濃いだと!?」

 お兄ちゃんなんて一言も言ってねえ。


「……おい菫、リセットしてやれ」

「了解です」

「え、ちょ、ちょっと待った!」

「問答無用」

「ごはぁっ!」

 いや流石、漫研の綱紀粛正係だ。素早い対応で、右ストレートを誠に決める。

 コークスクリューでもいれたのか、誠はねじりながら吹っ飛んでいく。

 誠はよろよろと立ち上がり、足にきたのか、膝をガクガクさせたまま、

「……すいませんです。右手の薄い方でよろしく」

 誠は外れたメガネを直しながら、また自分の席に戻って作業を再開し始めた。

 やられるの分かってるんだから、最初から余計なこと言わなきゃいいのに。


 いざ作業再開といき込んだところで、茶々がカメラを手に持ってとてとてと走り寄ってくる。

「菫さん。メモリーなくなっちゃいました」

 茶々はもっと撮りたいと言わんばかりに、菫にカメラを持ってきた。

 撮りきるってのも、どうかと思うんだけどさ。少なく見積もっても、一〇〇枚以上は撮ってるよな?

「あら、そうなの? でも、今日はもういいわ。茶々も作業の続きをしてちょうだい」

 菫の言葉に茶々は不満げな顔をした。

 茶々の不満げな表情を見るや否や、菫は目を細め、顔をゆっくりと茶々に向けて呟く。

「死んでみる?」

「すぐに作業かかります!」

 怖いよ。マジで怖いよ。今、マジで殺すつもりだったろ?

 そりゃあ、茶々も慌てて席に座るわ。


 少しくらいのどたばたはあったが、今日もこうして平和に作業が続く。

 この雰囲気は部活って感じで素晴らしい。部長の身としては満足だ。

 一時間ほど静かに作業が続き、菫が一言、「みんな休憩しましょうか?」と言った。


 菫はそう言うと、みんなのお茶とコーヒーを用意し始めた。

 なんだかんだと、きつい態度を取ることも多いけれど、副部長は部員に優しいのだ。


 きついだけでなく、優しさを持ったしっかりものの副部長。部員が慕うのも無理はない。

「はい部長、コーヒーどうぞ」

「ありがとう、菫がいてくれて助かるよ」

「いえいえ。部長がいてくれるからこそですよ」


 今日も平和に部活動。

 これもまた青春の一ページだよな。



 休憩していると、部室のドアがノックされる。おそらく朱理だろう。

 扉が開くと、やはり朱里がそこにいた。だが、朱理の後ろにもう一人いる。

 見たことがあるような、ないような。

 三つ編みに結った髪でお団子頭を作っている、団子を解いたら随分と長そうな感じの女子だ。

 そういえば前に朱理からお団子頭の副会長の話を聞いたことがある。

 たしか副会長をやっている如月双葉きさらぎふたばという名前だったはず。

 一見、おとなしい感じのする子で顔立ちは悪くはない。


 我が校の生徒会は、会長、副会長、会計、書記、庶務の五人で編成されている。

 朱理の不在の時、生徒会を取り仕切るのが副会長のはずだ。

 それがこの子。

 朱理以外の生徒会役員って、今まで気にしてなかったな。 


「朱理どうした? その子は?」

「ごめんね。双葉ふたばが京介を見たいっていうから連れてきたんだけど」

「お初にお目にかかります。副会長している二年A組の如月双葉きさらぎふたばです」

 丁寧な口調で頭を下げる双葉。

 二年A組と聞いて、つい菫に目をやると目つきが細くなっている。

 双葉が現れただけで菫がキリングマシーン状態になるということは、二人の仲は悪いのだろうか。

 もしくは一方的に嫌っているかのどちらかだろう。


 とりあえず相手がちゃんと名乗ったからには、こちらも返すのが礼儀。

 親父達にしっかり肉体的にも教育を受けている身だ。ちゃんと返しておこう。


「漫研部長の三年C組菅原京介だ。はじめましてだな。それで俺の顔が見たいというのは?」

「最近の会長は、生徒会室であなたのことばかり話すのです」

 はあ、それで俺を見てみたいと思ったわけか。つまらない奴ですいません。 

「それと、もう一つお願いがあってきました。会長に生徒会でノロケ話をやめるように言ってくれませんか?」

 言ってる意味がわからないのだが?

 なんで俺に言うんだ。直接本人に言えよ。 

「あなたが言いたいことはなんとなく分かったわ。あなたのことだから会長に直接言ったんでしょ? 言っても聞かないから婚約者である部長に何とかしろと言いたいのね」

 キリングマシーン状態の菫が、言うのも嫌って表情で呟く。

「ええ、そのとおりよ」

 朱理、お前何してんの? 

「昨日は昨日でノロケ話してるなと思ったら、急に生徒会放り出して途中で脱走するし。まあ残務処理は大したことはなかったので、ちゃんと処理しておきましたが」

 朱里さん?

 昨日生徒会の仕事が早く終わったんで解散したって言いましたよね?

「それだけ会長を夢中にさせてる人が気になったので、顔を見てみたくなってですね」


「「「こんな奴だ(です)」」」


 おい、誠、沙緒、茶々、一斉に俺を指差すのはやめろ。

 しかも、こんなって言うな。俺のここでの立場がバレるだろ。

 竿竹までなんで俺を指すような動きしてんだよ。

 お前まで俺をそういう目で見てるの? お前やっぱ生きてるの?


 双葉は俺の全身を上から下まで値踏みするようにジロジロ見る。

 一瞬、股間付近で視線が止まったのは気のせいだろう。鼻で笑われてたら舌噛み切ってたぞ。

「そんな値踏みするような目で見たら、見る価値を微塵も持たない、逆に見てやるから金払えって言えるくらいのこんな部長とはいえ失礼よ」


 菫、お前が一番失礼だよ。

 敵か? 味方の振りした敵なのか?


「私にはわかりかねますが、お好きなものはしょうがないと思っています。ただし、それと生徒会は別ですし、今までちゃんとやっていた人が浮かれてしまうのが残念なだけです」


 ちらりと朱理を見ると、菫を睨んでいた。

 あれは怒ってる。珍しく怒ってる。

 どうやら菫が俺のことをボロカス言ったことが気に食わなかったらしい。

 それはそれで嬉しいが、あのくらいの内容なら俺と菫の間ではある意味お約束だ。

 俺が許しているのだから朱理も許してやって欲しい。


「ちょっと話すから、待っててくれ」

 まだ誰も朱里が菫を睨んでいることを気づいてないようなので、朱理の手を取って通路に移動する。

 通路に出て朱理に問い詰めると、逆に俺に突っかかってきた。


「あの子、京介のことあんな言い方しなくたっていいじゃない。いつもああなの?」

「あれはある意味俺と菫のお約束みたいなものだ。いちいち気にしなくていい。それよか」

「う、ごめん。生徒会のことは反省してる。嘘言ってごめん。婚約したの嬉しくって、ついみんなに自慢したくて。あと、昨日話してたら一緒にいたくなって、それもつい……」

 顔を赤らめて朱理はしゅんとしながら弱々しく呟いた。一八年間一緒にいたはずなのに、俺は朱理のことなら、なんでもわかってるつもりだったけど、こんな朱理は初めて見る。


「とにかく朱理らしくないぞ。俺は逃げないんだし、一緒に帰りたいなら俺だって待つからさ。ちゃんと生徒会の仕事しろ」

「ほんと?」

 いや、話を聞いてるかお前?

 俺が待つっていうところだけ捕まえてんじゃねえよ。

「するする。生徒会の仕事頑張っちゃう。なんなら席も用意しとくから生徒会室で待っていいよ?」

 俺と婚約したことで、朱理の中の何かが壊れていないか不安になってきた。

「そこまでしなくてもいいよ。待ち合わせ決めるなり携帯で連絡取り合うなりすればいいだろ。その間、部室とかで待つくらい平気だ」

 そういうと俺の腕に手を絡めてきて、「できるだけ一緒にいたいもん」と手に力を込めた。

 

 婚約してからというもの朱理の変化に正直驚いている。

 今までの朱理とは全然違う。些細なことでヤキモチやいたり、俺のことで怒ったり。

『もう京介は私だけのものなんだから』

 聞こえるか聞こえないくらいの声で、小さく呟いて、俺の腕をぎゅうっと抱きしめる。

 朱理のその言葉は本来なら嬉しいはずなのに、なぜかゾッとした。


 愛されすぎて怖いって贅沢だよな。


 ☆


 一応、朱理に話を付け、今後こういうことがないように釘を刺しておいた、と双葉には伝えた。

 今日は、本当に生徒会の活動も終わったようで、双葉はそのまま帰ることにしたようだ。

 わざわざこのためだけに足を運ばせてすまなかった。

 当の朱理は沙緒が用意した椅子に座りおとなしくしている。


「ところで菫。お前さっきの副会長と仲が悪いのか?」

「いいえ。そういう訳ではないですが」

 その割には、キリングマシーンの表情を浮かべていたようだが?

「あの子とは小学校からの幼馴染なんです。家も近いですね」

「それだったら仲がいいのが普通じゃないのか?」

「知りすぎてるのも困るって話です。お互いにですが」

 もしかして、余計なことを話されるのを恐れて、警戒していたのだろうか。

 俺の知らない菫の話を想像するに、何人も闇に葬ってきたことだろう。

「今は交流ないのか?」

「そうですね。一緒にカラオケ行ったり、買い物行ったり、あとはお互いの家に泊りに行く程度です」

 むちゃくちゃ仲いいよね? お前、行動と態度が全然違うじゃねえか。

 さっきの雰囲気見たら、誰だって仲が悪いと思うぞ?


 なにがともあれ、部活を再開しよう。

 それぞれの作業を、始めてもらうことにする。

 朱理はおとなしく俺の横で座っている。

 時折、俺の顔や仕草を見つめることはあるが、邪魔しないように心掛けているようだ。

 

 ちらりとほかの奴の作業を見ると、沙緒は新たなページのトーンをカリカリと削り、誠は背景の絵にペン入れしている。菫は上がった原稿の修正箇所にメモを加えた付箋紙を貼り付けている。


 茶々はというと気難しい顔をしたり、恍惚な表情を浮かべたりと忙しいが、作業というよりかは、病気の世界に埋没しているようだ。先ほどのカメラを何度も再生している様子。菫がチラチラと茶々を見出したが、おそらくそろそろ指導するつもりだろう。たまには部長たる俺が指導しよう。

 べ、別に朱理の前だからって、部長らしくしようとしてるんじゃないんだからね! 

 と、誰かにツンデレとこう。


 カメラの画像に、夢中の茶々の元に移動して、お仕置き。

 チョイスは当然デコピン。

 余談ではあるが、我が校には古い言い伝えがあり、『しっぺ乱れ打つとき、デコピンの伝承者が現れる』というものがある。

 意味はよくわからんが昔からの言い伝えらしい。

 自慢じゃないが、俺は3年C組で「デコピンの伝承者」と言われるほど、名を馳せている。

 俺のデコピンの威力は、自分で言うのもおかしいくらい危険なレベルにあるのだ。

短い・・鉛筆を折るくらいなら簡単だ。

 音からして周りと少し違う。周りの奴は『ペチ』だの『ピチ』が多く、気合の入ったやつでも『ビシ』くらいだ。

 目撃者曰く、俺が本気を出した場合『ドゴン』らしいのだ。当然、自分なりにも相手に応じて、加減をつけているつもりだ。


 超ソフトタッチなデコピン、羽のようなデコピン、軽めのデコピン、本気のデコピン、滅殺のデコピン、そして究極が『デコピンの極み』だ。

 デコピンの極みは諸刃の剣で俺の指もしばらく使えないほどのダメージを食う諸刃の剣。過去に一度だけ使ったことはあるが、現在は封印中だ。

 今では使っても本気のデコピン。報復の時のみ滅殺のデコピンだ。

 自分でも自制するほど、俺のデコピンは危険なのだ。


「茶々、ちゃんと作業しろ」

 一応女の子なので、羽のようなデコピンで済ませようと思ったが、俺の言葉を無視して、にへらと恍惚な表情を浮かべている変態姿につい加減を間違えてしまった。故意じゃない。変態が悪い。

 軽めのデコピンが『ビシッ』と快音を立てて、変態の、いや、茶々の額を直撃する。

「きゃふ!」

 デコピンを受けてのけぞる茶々。軽めとはいえこの威力。

 放心状態からプルプルと震えだす茶々。

 ――――しまった強すぎたか。もしかして泣かせたか?


「こんの腐れ外道がああああああああああ!」

 正解はブチギレでした。

 茶々から繰り出された右拳の重い一撃が、俺の鳩尾まっすぐに『ドス!』と加わる。

 いいもの持ってんじゃねえか。

「げばぁ!」

 我慢しきれず、変な声が出る。

「よりによって顔にダメージを与えるなんて、人類に損害与えたと一緒なんだから!」

 いつから、お前の顔は人類の宝になったんだ?

 倒れこむ俺に、容赦ない追撃がポカポカと加わる。

 最初の一撃こそ重かったが、追撃はそれほど痛くなかった。

 これなら朱理のパンチの方が数十倍は痛い。

 

「悪かった。悪かったって。俺が悪かった。だからやめろ」

 猫のように興奮したままポカポカと叩いてくる茶々を必死になだめる。

 ふと見ると、茶々の額に当てた所が少しだけ赤くなっていた。


「大丈夫。大丈夫だ。おでこはちょっと赤くなっているが、お前の可愛さは変わってないから」

 そう言うと、茶々はどこからか取り出した手鏡で、自分の顔を確認した。

 またブルブルと震えているが、赤くなったところを見て、また怒りが湧いてきたのだろうか。

「ああん。ちょっと赤くなってるけど、可愛さ、変わってないじゃない」

 心配するだけ無駄だったようだ。変態のやることは理解を超える。


 おでこをスリスリとしながら、恍惚な表情を浮かべる茶々。

 どうやら、もう大丈夫のようだ。

 慣れないことなんて、するもんじゃないな。

 最初から菫に任せておけばよかった。

 溜息をついて、自分の席に戻ると、朱里がムスっと不機嫌そうな顔をしていた。

「どうした朱理?」

「……新庄さんに可愛いって言った……」

「馬鹿。あれはなだめるために言っただけでだな。そういうつもりで言ってねえよ」

「私には、言ったことないじゃない」


 前までの朱理なら、不機嫌になることもなく『京介が悪いよ』の一言で終わっていただろうに。

 俺の婚約者は、色々と面倒な方向へシフト中らしい。

 ぽんと朱理の頭に手を起き、撫でながら言う。


「俺には朱理だけだから。俺のことはわかってるだろ?」

「う、うん。わかってるけど…………」

「……お二人とも、そういうことは何処かよそでやっていただけますか?」


 菫が目を細めて、イラついた声で指摘してきた。


 ――――はい。おっしゃるとおりですね。

 俺のトラウマと生存本能が、この場の雰囲気を全速力で変えろと訴えてくる。


 そりゃあ、目の前で婚約者同士がいちゃついていたら、ぶっ殺したくなるもんだ。

 俺だったら、街中のゴキブリ捕まえてきて、ドラム缶の中にでも一緒に閉じ込めちゃうね。


 とりあえず、すぐに作業に戻るから、そのキリングマシーン状態はやめろ。


「悪い。続きするわ。朱理もおとなしくしてろ?」

「うん。ごめん。おとなしくしてる」


 こうして、また部室には作業する音と、変態の『ああん、今の顔いいわ~』という声が続いた。

 もっと強く打っとけばよかった。


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