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いきおいよく7-2

 授業も終わり、HRも平和に終わる。

 放課後になり、俺はいつものように部活へと向かう。

 教室を出る前にクラスの奴らが天気が悪くなってきたと騒いでいた。


 移動がてら外を見てみると、雨雲が東の空に大きく広がっているのが見えた。

 妙に黒くて、大雨を予感させるような雲だ。

 雲脚も速いようなので、もう少ししたら降りだすかもしれない。


 黒い雲に一瞬明るい光が点滅する。しばらく経ってからゴロゴロと小さな音が響く。

 雷を伴った雨雲のようだ。 

 アニ研の部室前を通り抜け、漫研の部室に着いたとき、またゴロゴロと音が聞こえた。

 もう近くまで来ているようだ。


 俺が部室に入ると、すでにいつもの面子が揃っていた。

 小さなエロ冊子を読んでいる誠。

 アニメの雑誌を見ている沙緒。

 手帳を片手にスケジュールを見直している菫。

 正面、右、左と置き鏡を設置して、恍惚とした表情を浮かべる変態。

 ここでも、いつもと変わらない風景に、安心感と満足感が生まれてくる。

 

「おーす。今日もよろしくー」

 

 声をだした瞬間、安心感と満足感は俺だけのものであると気付く。

 俺が声を上げた途端、場の空気がぴりぴりと変化したのを感じた。 

 何これ? どゆこと?


 

「部長、お待ちしておりました。今日の作業予定です」

 すっと席から立ち上がって、今日の工程表を提示する菫。

 気のせいか、妙に緊張した面持ちだ。 

   

「あれ? これ俺の作業入ってないけど?」

「部長は怪我されてますので、原稿のチェックとそれぞれの補助をお願いします。部長の分は今日は私が代わりにします」

 菫が事務的な回答をする。

 まあ、俺の怪我を気遣ってのことだろうから従おう。

 

「分かった。てか、なんか部室の雰囲気違うんだけど、どうした?」

 そう言うと、菫だけでなく、沙緒も茶々もピクッと反応した。

「いえいえ、たいしたことじゃありませんので」

 菫の目が一瞬泳いだように見えたけれど……。


 ふと、昨日の傷跡が残っていないか気になって、菫の顔を覗き込む。

「お前、顔の傷は大丈夫なのか?」

 顔を近づけたせいで、菫の顔が真っ赤になった。

「だ、大丈夫です!」

 菫が答えると同時に『ビリ』、『パリン』と音がした。

 見ると、沙緒の持っていたアニメ雑誌のページが裂かれ、竿竹が妖怪アンテナみたいになっている。

 それと茶々の持っていた手鏡が割れていた。


「あ、茶々、危ないから破片に触るな」


 手でも切ったら大変だ。

 すぐさま、茶々のところへ行って破片を片付ける。

  

「部長、すいませんです」

「いいよ。怪我ないか?」

「……大丈夫です」


 なんだか今日は茶々もおかしい。

 落ち着きがないというか、朝も何だか様子がおかしかった。


 気にはなるが、作業を始めよう。

 それぞれ、工程表に定められたとおりに作業にかかるよう指示を出す。

 部員達は、それぞれ分かれて作業を開始した。


 正面に座る菫は俺と視線が合う度に慌てたよう顔を赤くしている。

 そういう態度取られると、俺も気恥ずかしいんですけど。

 

 菫が集中力を欠いて作業の邪魔になるのも悪いので、身体を横に向ける。

 横には一つ席を空けて茶々が座っている。

 相変わらず鏡に囲まれて作業する茶々。時折、視線を鏡に向けて恍惚とした表情を浮かべる。

 変態だから仕方がない。一応作業は進めているようだし、大目に見よう。


 茶々の向こう側では、沙緒が背景にペン入れしている。

 時折、竿竹が原稿を覗き込むように動いていて気になる。

 

 向かい側では誠が消しゴム掛けといった地味な作業だけれど時間のかかる作業こなしている。

 エロだかんだと言いながらも、あいつ作業はするんだよな。

 

 作業する音だけが部室に響く。基本、作業中は静かだ。 

 ぱらり、ぱらりと一枚ずつ原稿をチェック。

 ふと、視線を感じて見上げたが、周りを見ても誰も俺の方を向いていない。


 気のせいかと思い、また原稿をチェック。

 あ、ペン入れしていないところ発見。付箋紙で分かるようにしておこう。


 また、視線を感じる。俺は顔を上げずに視線だけを彷徨わせた。

 菫も沙緒も誠も変態も自分の作業をしているようだ。


 また変態は恍惚とした顔を浮かべている。あれは正面の鏡見ているな。

 茶々の右に置いてある鏡に綺麗に反射してるぞ。

 鏡の中の茶々が視線を動かして俺と視線が合った。

 目を見開いて驚いた茶々が慌てて身体を起こす。

 おかしな奴だ。変態のすることはよくわからんな。

 気のせいか。茶々がプルプルと震えているような気がする。

 

「あああああああああああああ、もう我慢できない!」


 突然、茶々が叫んで立ち上がる。

 その声に、みんなが驚く。

 

 茶々はつかつかと歩き出して、自分の鞄を引っつかむと真っ直ぐ俺のところへ来た。

 鞄の中から、小さな茶色い皮製のベルトを取り出すと俺に手渡した。

 

「何だコレ?」

「首輪です」

「ごめん。もう一回聞いていい?」

「部長用の首輪です」

「何で俺が首輪つけんの?」

「部長は会長に捨てられたんだから、私が拾うんです」

「はい?」


 変態の考えることが理解できない。


「さあ、着けて下さい。それでもう部長は私のものです」

 ああ、茶々の目がおかしい。目がグルングルンしてる。


「まあまあ、茶々いきなりそんなこと言ったって部長だって困るでしょ?」

 沙緒が割り込んできて、茶々をなだめようとする。


「さて、ここで部長に重要なお知らせです」

 沙緒は振り返り、人差し指を立てながら言った。


「昨日のことで、あることを自覚した女の子が三人います。まあ、本当は昨日って訳じゃないですけど」

「ふむ?」

 まるで謎々でもやっているような言い方だが、あることって何だ?


「三人は、これまで協定を守ってきましたが状況が変わりました」

 沙緒が何を言っているのか分からないのだが。


「単刀直入に申しますと、この部屋にいる女の子はみんな部長が好きです」


 ごめん。もう一回、いや、三回くらい言ってくれる?


「この部屋にいる菫ちゃんも私も茶々も婚約する前から部長の事が好きだったんです。誠さんには、ばれてました。まあ、部長が鈍感過ぎただけなんですけど」


 ええと、突然の告白に俺はどうしていいか分からない。

 どっきりなのか? 俺を陥れるためのどっきりなのか?


「部長が婚約解消して菫ちゃんが告白した今、私達も協定を破棄することにしたんです。ということで、部長、それぞれアピールするので覚悟しておいて下さい」


 俺また朱里と婚約したんだけど、どうしたらいいの?


 ☆


 これは悪ふざけだよな?

 

 俺のことが前から好きだった?

 菫は確かに俺の目の前で、朱里に向かって俺が好きだと言ってくれた。

 あの状況で言った事と、菫の後の対応を見れば、それは確実だ。

 しかし、沙緒と茶々が俺を好き? いやいや、そんなの有り得ないだろう。


「部長……疑ってますよね?」


 俺の表情を見て沙緒が言った。ばれてる。

 沙緒は俺に協定の内容を打ち明けてくれた。


 内容としては、漫研全体の目標でもある部誌の作成が終わるまでは、お互い手を出さないこと。

 これが三人の気持ちに気付いた誠が示した協定だったらしい。

 誠は部員の色恋沙汰に興味はなかったようだが、部誌の作成に影響が出る事のないようにだけ、きつく言ってきたらしい。あの誠がねえ。

 

 そうなると、俺が最初に部員に婚約を告白した時、誠が沈んでいたのも頷ける。

 自分の言葉に従って、控えさせた結果が部員達の失恋だったのだから。

 部員達も、菫が朱里と対峙した時に言ったように、朱里には敵わないと、その時に一旦諦めたようだ。

 新たに協定を結ぼうかとも思ったようだが、婚約の時の二の舞になるのは嫌だったらしく、今日の部活の終わりにでも俺に言うつもりだったようだ。


 それで、空気がピリピリとしていたのか。

 納得といえば、納得である。


「沙緒と菫は付き合いが長いから、そういうのありえると思うけど、茶々は?」

「私ですか? 私、去年の文化祭がきっかけです」


 茶々は自分を指差しながら答えた。


「去年って、お前まだ中学じゃねえか」

「部長は覚えてないでしょうけど、私、部長に会ってますもん」


 茶々は少し拗ねたような表情で頬をぷくっと膨らませた。

 押していい?


「俺と会ってるって?」


 ――去年の文化祭の記憶を辿る。


 一応、一般客も招待状があれば文化祭に来れるようになっていた。

 最寄の中学には、我が高校のアピール施策として、生徒会から招待券が配布されていたはずだ。

 どうやら、茶々も招待券を使って文化祭に来ていたらしい。

 中学でも漫画部だった茶々は、御影高に我が漫研がある事を知り、中学の友人と一緒に訪れたそうなのだ。 


 その時の文化祭も恒例どおり部誌を発行した。

 俺と誠は、クラスでの催しの合間に、店番を交代でやっていた。

 設楽さん達女子組は、OBやOGの対応に追われて、忙しかったのが理由である。

 来客に営業スマイルで説明していた記憶もある。

 

 茶々の話だと、その客の中にいたようなのだけれど、記憶に無い。

 だが、茶々ほどの美貌を、俺が忘れるとはどうも思えなかった。


「俺、マジで茶々に会った覚えがないんだけど?」 

「だって、そのとき私、お面被ってましたから」


 ――いた。そういえば、いた。

 俺の記憶に出てきた一つの姿。

 文化祭でやたらと部活動の質問してきたピカジューのお面が浮かぶ。


「え、お面? ……もしかして、ピカジュー?」

「あたりです」

 質問するくせにお面被ってるから、なんだこいつと思っていたのだが。

 真面目な内容が多かったので、割と真剣に答えた気もする。


「あの時の部長は熱かったです」

「部長って漫画の話は、いつもそうだよね」

 と、沙緒が同意した。


 まあ、その時に印象良く思ってくれたようで、茶々は御影高へと進路を決める。

 春になり晴れて御影高入りを果たした茶々は、我が漫研の扉をくぐった。

 そしたら俺が部長になっていて、一緒に部活をやっていくうちに好きだと自覚したらしい。


「いや、そんな簡単にいうけど。なんか、もっときっかけって、あるんじゃないの?」

「まあ、簡単に言っちゃいましたけど、部長は私を見る目が普通なんです」

「普通?」

「他の人って色眼鏡で見るんですよ。まあ、それも私の顔が超綺麗だから仕方ないんですけど」


 それ、……さりげなく自分を褒め称えているよね?

 それに俺も色眼鏡で見てると思うぞ? お前、変態だもん。

  

「まあ、でも告白する勇気のない私は妄想の世界へ飛び出しました」

 それも間違ってるよね?

 気持ちは分かるけど、現実世界にいようよ。


「そこでは、白い大きなお家に広い庭があって、私と部長が幸せそうに散歩してるんです。部長ってば、ちょっと可愛い子見るとすぐに駆け出すので、リードで抑えるの大変なんですよ?」


 それ俺に首輪が着いてる前提で話してるよね?

 完全に犬みたいな状態だよね?


「私がベッドで寝てると、外からきゅんきゅーんと鳴いて寂しがるんです。しょうがないなあって顔を見せると小屋の上で嬉しがるんですよ」

 俺、外で飼われてるの⁉ せめて室内にしようよ。

 俺が可哀想過ぎるよ!


 茶々はいつも自分が座る場所に置いてある三つの置き鏡を指差した。

 

「あれ、何だか分かりますか?」

「鏡だろ?」

 いつもお前が自分の顔をみては恍惚とした表情をしてるやつじゃないか。

 変態アイテムだろ? 


「正面のは私の顔をチェックするためです。でも……左右のは違います」

「え?」

「部長を見るためです。今日は目が合ったからパニくりましたけど」


 種明かし――三つも並べる理由は、自分の性癖を利用して俺の顔を覗くためだった。

 左の鏡を見るとみせかけて覗き、ばれないように右の鏡も角度をつけて俺が見えるようにしてあったようだ。


「こうやって部長を見ては妄想して遊んでました」

 嬉しいはずなのに、素直に喜べないのは何故だろう。  

 

「最初、部長の婚約を聞いて、『ああ、やっぱり』って自分で思っちゃったんです。諦めようって……。でも、昨日のこともあって……部長が『諦めんじゃねえ』って言ったの聞いて、諦めるのは駄目だって気付いたんです」


 ゆっくりと近付いてきて、愛しげに俺の髪を撫でる茶々。


「変な事ばっかり言ってる私だけど、部長のことは本当に好きなんですよ?」

 照れたように俺の顔を見つめる茶々。

 普段の変態振りを除けば、こいつは本当に可愛い顔してる。


 でもな――。


「……茶々。ありがとうって言いたいけどな、何で首輪着けようとしてんだよ?」

 俺を見つめながらも、茶々の手は動いていて、しれっと俺に首輪を着けようとしていた。油断も隙もあったもんじゃねえ。


「今の流れだと飼われる事に同意してくれたんじゃないんですか?」

 ちっ、と舌打ちしながらぷくっと頬を膨らませる茶々だった。

 同意するわけねえだろ。

   

 茶々が無理矢理、首輪を着けようとするので抵抗を試みる。

 沙緒が茶々の肩に手をかけて制止してくれた。

 茶々はむすっとしていたが、一応沙緒の言うことに従ってくれたようだ。

 沙緒は「次は私です」と手を胸に当てて言った。


「部長の言葉を聞いてから、私も諦めるのをやめました」

 そう言うと沙緒は俺の後ろに椅子を一つ置いて、それに腰をかけた。


 背中越しに沙緒の声が聞こえる。


「ああ、そっち向いてて下さい。私は茶々みたいに部長の顔見て言えないので、そのままでお願いします。……私の場合は積み重ねです。最初に会った時から好意は持ってました。それからは馬鹿な部長も知って、格好いい部長も知って、なんだかんだと言いながら、部長はいつも一生懸命なんですよね。そういうところが好きになりました。一度、我慢し切れなくて言っちゃいましたけど……」

 

 それって、俺が朱里にやられて下駄箱にはまってた時か……。

 

「今のままで、部長を見送るまで、このままでいようとも思いました。どうしても会長が頭に浮かぶから……。多分、私の勘だと、部長と会長は、また婚約したんじゃないですか?」

 往々にして沙緒は勘が鋭い。

 人をよく観察しているのか、もって生まれた能力なのか。

 部の中では、ダントツに勘が鋭い。

 そんな沙緒の質問に俺は隠すことなく正直に婚約しなおしたことを告げた。


「……うん。昨日の夜に婚約しなおした」


 俺の言葉に、菫は俯き、茶々はやっぱりって顔をした。

 聞いてきた沙緒の表情は見えない。 


「……やっぱり。こうなると思ってたんです。……でもですね。最初のときは諦めたけど、今は諦めてません。……照れくさいですけど、夏川沙緒は菅原京介が大好きです。だから……」


 段々と沙緒の声が小さくなっていくが、まだ続きがあるようだ。


「……私も……人並みに……その……欲とかありますから……部長と……その……恋人同士がやることとか……してみたいです」


「それ、反則!」


 茶々が大きい声で沙緒を指差した。


 俺も慌てて振り返ると、手で顔を隠しているが、顔が真っ赤の沙緒。

 その頭の上で竿竹がドリル状態になっていた。 

 

 お前マジで言ってんの?

 俺とア~ンな事やコーンなことしたいと思ってんの?

 コーンなことって一体なんだよと、自分で思って自分に突っ込みたくなる。

 これやっぱりドッキリじゃないの?

 

「だからっ! 部長が婚約しなおしたとしても、私は部長を落としにかかります!」


 沙緒は顔を手で隠したまま、大きな声で宣言した。

 沙緒はすぐに椅子から立つと、菫の肩に手を置いた。


「次は菫ちゃんだよ」

 菫は小さく頷くと緊張した面持ちで俺の前まできた。

「……私が部長を好きになったきっかけは、今年の正月の時です」


 今年の正月といえば、受験を控えた先輩方と一緒に、部で初詣に行った。

 この辺りでは学業の神様が祀られているらしい神社に行くことにしたのだ。

 先輩方の顔もみたいし、先輩方の合格祈願を合わせての菫からの企画だった。


 正月早々、受験勉強のしすぎかやつれた顔の設楽元部長と、「私、太った?」と、やたらと聞いてくる楠元副部長(変わってないように見えた)、変わらずの無口でぽやーっとしている春日部先輩に、和服姿の男子を見て鼻を押さえている高塚先輩、相変わらずの先輩方にほっとしたものだ。


 そういえば、あの時、菫だけ着物姿で現れた。

 毎年、菫は正月に着物を着ているそうで、一人だけというのを菫は少し恥ずかしがっていた。

 普段、見慣れない菫の可愛らしい格好に正直俺も見惚れていた。

 そして、そんな俺を見て、菫は冷ややかな目を向けてこう言った。


「菅原先輩……人を見て、何を固まってるんです? そんなに似合いませんか?」

「いや、逆。すんげえ似合ってる。思わず見惚れた」

「え⁉」


 あの時の言葉は嘘じゃない。本当に似合ってると思ったから。

 何故か、その後に菫に「ふざけないで下さい!」と、殴られたのだが、今となっては菫の照れ隠しだったように思う。


 それから菫は俺を意識し始め、決定的だったのは俺が菫に副部長を頼んだ時らしい。

 俺からすると、エロの塊である誠に副部長をやらせるのは危険極まりない行為であり、菫か沙緒のどちらかに頼まざる得なかった。そして俺は二人に相談したのだ。

 

「副部長を菫にお願いしたい。沙緒も呼んだのは誤解がないようにしたいからだ」

 俺は二人にこう言った。


 中学時代から続けている菫に比べて、沙緒はまだ知識が少ない。

 スケジュールの調整能力、技量でも菫の方がどうしても上を行く。

 沙緒の母親のことがあったので、沙緒にこれ以上苦労をさせたくなかったのも理由のひとつ。

 しかし、それは沙緒が努力すればいいだけのことだ。


 俺が菫を選んだ最もな理由。それは俺を怒れることだった。

 菫は間違ったことを間違っていると進言できる人間だ。

 沙緒は遠慮して、怒る事を躊躇することがある。

 確かに人間関係を重視する沙緒ならば、そうなってしまうだろう。

 だがしかし、それは部の秩序を守る上で必要なことだった。


 自分で言うのもなんだが、俺はいい加減なところがある。

 今までは先輩方が叱咤激励してくれた。でも、その先輩方はもう卒業だ。

 俺は設楽部長のようにみんなを引っ張っていくという自信が無かった。

 真剣にやらなければいけない時に、いい加減な考えが出てしまった場合、部としての活動に悪影響を与えてしまう。それが俺の無意識であったとしてもだ。

 その理由で、俺を怒ることができる菫を選んだのだ。


 そして、俺は菫にこう頼んだ。


「俺は今までどおりのびのびと部活はやりたい。でも、もし俺が間違ったことを言ったなら、ちゃんと言って欲しい。それを強行しようとするなら怒っていい。お前だったら、いや、お前だから止めて貰える。お前は人にも厳しく、自分にも厳しく、それでいて優しいから頼りにしてる。頼む、副部長をやってくれ」


「……分かりました。菅原先輩――いえ、部長に従います。ビシバシと意見しますので、心得ておいてくださいね?」


 菫は微笑みながらそう答えたのだった。



「――部長から頼りにされて本当に嬉しかった。部長と二人三脚で部を頑張ろうって、それと同時に私の胸は高鳴りました。好きになってると自覚したんです。でも、言い出す勇気なんかなくて、それで……その……好きな人に意地悪したくなる小学生のような気持ちでした」

 ああ、四月に俺と誠をフルボッコにした理由って、もしかしてそれもあったの?

 おかげで二人ともトラウマになってるけど。


 たかだか、入部希望の女子達の前で、誠と一緒になってエロ本談義をかましただけなのに。

 まあ、それのおかげで茶々以外は全滅して幽霊部員となってしまったんだけど。

 さすがにちょっと反省してる。


 とはいえ、菫が俺の頼みを聞いてくれたおかげで、和気藹々とした、一緒になって悪ふざけもする、真面目な時は真面目に取り組む部活になった。感謝だけでは足りないくらいだ。


「部長が最初に婚約したときは私も諦めてました。……でも、私も諦めるのをやめました。部長のお言葉は気を失っていて聞いていませんが、沙緒からその話を聞いて私も決心したんです。部長を会長から奪ってみせると……今更ですが、部長の事をお慕いしております。どうか、これからもよろしくお願いします」


 顔を赤くしてぺこりと頭を下げる菫だった。


「……えと、三人とも俺マジですっげえ嬉しいし、どうしていいかよくわからねえのが正直な感想だ。でも俺さ、朱里と婚約しなおしたし、みんなの気持ちに答えられない」

「やだなあ部長。そんなの分かりきってることですよ」


 パタパタと手を振って、沙緒が言った。


「その部長を口説き落とすって言ってるんですよ、私達は。早いもの勝ち、恨みっこなしの勝負です。相手が会長だろうと関係ありませんし、婚約なんて口約束ですし。部長が落ちるまでアタックし続けます」


 不敵な笑みを浮かべる沙緒だった。


 唖然とする俺に、誠がポンと俺の肩に手を置いた。

「諦めろ。やつらは肉食動物だ。お前は草食動物だから食われる運命なのだ」

 そういって誠は顔の前で十字を切った。

  

 恋人ができた途端、他の異性からもモテるようになるという。

 そんな馬鹿げた話を何かの本で読んだことがある。

 もしかして、本当にその現象なのかもしれない。

 それはそれで、とても嬉しい状況でもあり、「俺って罪な男だぜ」と自惚れるのも致し方ないことかもしれない。


 それはともかく、どうやら俺の人生にも噂に聞いたモテ期が来たようだ。

 正直言わせてもらうと、かなり嬉しい。

 そこらでコサックダンスを披露したくなるくらいだ。

 そこら辺を歩いてるやつらに「幸せかい? 俺は幸せだよ」と、鬱陶しがられても声をかけまくりたい。


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