表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

いきおいよく7-1

 俺と朱里が婚約してから七日目、ちょうど一週間目の朝。

 再び婚約者となった俺達。


 カーテンの隙間から、朝の光が入ってきて、ちゅんちゅんと鳥の鳴く声も聞こえる。

 昨日の夜も痛む手ではあったが、イラストの続きを描いた。

 いつもより時間はかかったが描けない程ではなく、眠気が来るまで作業を続けた。


 睡眠時間が短いせいか、身体がだるい。

 だが、意識の覚醒と共に俺の頬を引っ張る感覚が伝わってくる。

 おいおい、また今日もかよ。俺のほっぺたよく伸びるだろ? 自慢なんだぜ?

 

 俺の両頬を引っ張るのは、再び婚約者となった朱里。

 いつものように俺を起こしに来たようだ。

 すまないねえ。寝起きの悪い幼馴染で。

 

 ぐにぐにと俺のほっぺを引っ張りながら、「京介起きて」と、訴える朱里。

 ああ、いつもの朝だと、安心感と満足感が生まれてくる。

 だけどな、まだ身体が完全に起きた感じがしないんだ。

 あと五分だけ寝かしててくれないか?


「もう、京介ったら、起きてってば」

 ほっぺたから手を離し、俺の身体を揺する朱里。

 分かってんだよ。脳は起きてるんだ。身体がまだ起きてないんだよ。

 ああ、でも、そろそろ起きないと鉄拳が飛んでくる気がする。

 

「もう、起きないなら、……永眠させてもいいよね?」


 何故か、妙に可愛い朱里の声に俺の本能が緊急アラームを鳴らす。


『マスター、危険。マスター、危険。敵機襲来! 繰り返す、敵機襲来!』


 本能の警告に目を開けた瞬間、俺の視界に勢いよく振り落とされる朱里の拳があった。


 慌てて横に回避すると、『ザシュッ!』と俺の枕の真ん中に朱里の拳が綺麗に貫通した。

 ほ、本気で打ち込んできやがった。今まで受けた鉄拳の比じゃねえぞ。


「こ、殺す気か⁉」

「そのつもりで打ったけど? ……だって起きてくれないんだもん」


 てへ、と笑い、枕から手を引き抜く朱里だったが、やられた方はたまったもんじゃない。

 朱里が手を抜くと枕からパラパラと中身が落ちる。ああ、俺のお気に入りの枕が……。


「お前、朝っぱらから何やってくれてんだ?」

「多分、血のせいよねー。起きない京介の寝顔見てたら、こうなんていうのかな、ザワついてきて、やっちゃっていいかなーって」


 その物騒な血、病院行って全量入れ替えして貰えないか?

 それよか、何でお前、朝からそんなにテンション高いんだよ。

 お箸が転がったから笑っちゃうみたいなノリで人を殺そうとしてんじゃねえよ。

 朱里は壁に掛けてある時計を見て、急に我に返る。


「そんな事言ってる場合じゃないの。早く下に来てね。もう朝ごはんできてるの」

 そう言って俺の部屋からさっさと出て行ってしまった。

 この枕、どうしてくれる?


 俺が着替えてリビングに行くと、いつもの変わらぬ風景が出迎える。

 キッチンではお袋と一緒に弁当を用意する朱里。

 テーブルでは、もぐもぐとマイペースに食事を進める美希の姿。

 

 洗面を終わらせた後、いつものようにテーブルで朝食。俺の分は、味噌汁以外は置かれている。

 座ると同時に、朱里が俺の味噌汁をテーブルに置いてくれた。


「はい、どうぞ。ちゃんと食べなさいよ」

「ああ、ありがとう」


 心地よい朝の一時、昨日の喧騒がまるで嘘みたいだ。

 まあ、ついさっき危なく命を落としそうになったが……。

 長年連れあった仲だ、帰ってきたら枕を供養してやろう。

 

 朝食を終え、準備の終わった俺達はいつものように家を出た。

 これも今までと変わらない。

 並んでバス停へと向かう道。朱里が空いた手を俺の腕に絡ませる。

 気恥ずかしいが、朱里が嬉しそうにしているので、そのままにしておくことにした。


 歩きながら朱里が何かを思い出したように聞いてくる。 


「京介、傘持ってきた?」 

「傘? こんな良い天気なのにいらねえだろ」

「今日、夕立がくるって天気予報で言ってたよ。もしかしたら、いるかも」

「お前、持ってきた?」

「うん。折り畳みのだけど」

「んじゃ、それでいいじゃん。一緒に帰るようにしようぜ」

 俺がそういうと、朱里はまた嬉しそうにして「しょうがないなー」と笑った。


 いつものバスに乗り込み、俺達の乗ったバスは定刻通りに学校前に着いた。

 俺達と他の学生達がバスを降りるとすぐにバスは発車し、駅前からのバスがすぐにバス停に止まった。

 バスの中に茶々の姿が見える。

 バスから降りた茶々は、正門脇に移動するとすぐに鞄の中を漁りだし、手鏡を取り出す。

 取り出した手鏡で自分の顔を見ては恍惚とした表情を浮かべる。相変わらずの変態だ。

 あいつの鞄の中に何個くらい鏡があるか見てみたい。

   

「茶々、おはよう。そんなところで何やってんだ」

「あ、わんちゃん、おはよー」

 俺の顔を見るなり謎の言葉を投げかける茶々。

 はあ? わんちゃん?

「あ! いえいえ、こっちの話です」

 俺の態度を見て、慌てて手を振る茶々。すぐに頭を下げての挨拶に変えた。

「おはようございます、部長。あ、あれ?」

 俺の後ろにいる朱里の姿を見て戸惑う茶々。

 俺の鞄をくいくいと引っ張って耳打ちしてくる。

「会長と一緒にいて、大丈夫なんですか?」

「ああ、もう大丈夫だ」

 朝、殺されかけたけど。


「あれ~? 何だかそうなると話が変わってくるような」

 一人呻きだした茶々。何が言いたいんだ、こいつ。

 まあ、変態だから、何考えているかなんて分からなくて当然か。


 後ろにいる朱里の顔を見ると、少し不機嫌なものに変わってしまっている。

 これは嫉妬しているのだろう。この状態を続けると危険な気がしてきた。

 一人呟いている茶々を置いて、下駄箱へ移動することにした。


 下駄箱へと移動した俺達は、そこで菫と遭遇した。

 菫が俺を待っていたといった方が正しいだろう。


 心なしか、顔を赤らめた菫。


「ぶ、部長おはようございます」


 妙に緊張しているように見えるのは気のせいか。

 まあ、無理もない。昨日、俺の目の前で俺を好きだと言ったのだ。

 何、この子? 急にしおらしくなっちゃって超可愛いんだけど。 

 あの冷たい目線はどこに行ったの?


 俺の後ろに朱里の姿を見て、菫は驚いた表情を見せた。

 菫に腕を取られぐいっと引かれる。


「ぶ、部長。会長と一緒にいて大丈夫なんですか?」


 茶々と同じことを聞いてきたので菫にも同じ答えを返した。


「ああ、もう大丈夫だ」


 そのとき俺はそう答えながら恐怖していた。朱里の顔が般若みたいになっている。

 朱里も菫が俺を好きだと言ったのを対峙していたときに聞いている。

 余計に嫉妬に燃えているのだろう。

 その殺気を感じたのか、菫が身構える。


「……昨日の続きですか?」

 朱里を睨みつけ、いつでもやるわよといった態度の菫。

「私もいいけど?」

 朱里も何故か身構えて挑発的な態度に打って出る。


「わー、待て待て! お前ら朝っぱらから勝負すんな」

 二人の間に割り込み阻止する。気を静めるように言い聞かせ、とりあえず、その場は治まった。


「ところで菫。何でお前ここで待ってたんだ?」

「部長の怪我の具合はどうかなと気になりまして。……つ、ついでに……お顔を拝見したくて……」

 語尾のトーンが段々と下がっていき、最後の方はなんて言ってるかよく分からないくらい、か細い声だった。

 何、この子。超優しいんですけど?


 それと同時に俺の背後から凄まじい殺気が巻き起こる。

 また殺気に反応した菫が俺を庇うようにして朱里の前に立ち塞がる。


「部長は私が守ります!」

「どいて次元さん、そいつ殺せない」


 お前らやるなら何処か行ってやってくれないか? エンドレスじゃねえか。

 俺を巻き込むな。てか、朱里は当たり前のように俺をターゲットにしてるよね? 


 あの状態でのんびり構えていられるほど俺も馬鹿じゃない。

 さっさと上履きに履き替えて、二人から逃げるようにして教室に移動した。


 教室には、すでにクラスメイト達が男女問わずの仲良しグループできゃっきゃうふふと話に華を咲かせ、ロンリーを好む輩は我関せずとスマホをいじってる。

 いつもと変わらない教室の風景に、日常的な安心感が生まれる。

 あとで、あそこできゃっきゃうふふしてる気持ち悪い男どもは、粛清してやろう。

 


 教室に入って、ため息をついていると、自分の教室へと向かう朱里を廊下に見つけた。

 どうやら俺が逃げたあと、すぐに追いかけてきたらしい。

 

 朱里の口が小さく動いているけど何だろう。

 同じ言葉を繰り返しているような気がするので読唇術を試みる。


『……殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す…………』


 嫌だ、あの子。超怖いんですけど。


 俺の教室の前でぴたりと止まり、俺を見つけるとギロリと睨むつける朱里。

 蛇に睨まれたカエルの気持ちがよくわかる。

 俺が固まっていると、悪魔の微笑みでに~っこりと笑って手招きする朱里。

 やだなぁ——今のお前には近付きたくないんですけど。


 何、この死刑宣告を受けたような状況。俺、何も悪いことしてないじゃん。

 

 おいでおいでと手招きを続ける朱里。逆の重圧も増えてくる。

 これって、行っても行かなくても死亡フラグが立っているよな?


 ☆


 数分後、教室と教室の間の壁に張り付いている俺がいた。

 痛くて動けないだけなのだが。

 当の朱里は、プンスカと怒って自分の教室へ行き、もういない。

 昨日の今日なので、やられることはないかもしれないと甘く考え近寄ったのが間違いだった。

 

 壁を相手に独り言を呟いていると、俺の肩を同じクラスの小林が叩いた。

 どうやら、今、教室についたようだ。

「おう、菅原。おはよう。なに壁と遊んでんだ?」

 お前も一緒に遊ぶか? なかなか身体にいいダメージ残してくれるぞ?


「……おはよう。遊んでねえよ。朱里にやられたんだよ」

「お前ら、相変わらずだな。まあ、その方がいいだろうけどな」

 にやにやと笑って、教室へと入っていく。

 

 小林の何気ない言葉が、妙に耳に残った。


 変わらぬ自分の世界、朱里という婚約者がいる世界。

 それはとても心地の良い世界でいつまでもいたい世界。


 安寧とした世界はふとしたきっかけで簡単に崩れ去る。

 現実は残酷なものだと理解もしている。


 昨日の出来事は、現実にそれが起きかけた。

 もし朱里を失ってしまっていたら、俺はどうなっていただろう。


 もし俺があのまま死んでいたら、俺を失った朱里はどうなっただろう。

 そんなことをふと考えてしまった。 

 

 変化に耐えられるだけの人間に成長しなくてはならない。

 

 どんな逆境にも耐えて、諦めないで立ち向かう。

 俺はそんな人間になれるのだろうか。

 

 そんな事を考えていると、頭にスパーンと音と共に痛みが走る。

 振り返ると、咲ねえが立っていた。

 出席簿を持ってるということは、副担任をしているA組へと向かっていたのであろう。


「いてえな、咲ねえ。いきなり何しやがる⁉」

「咲ねえじゃない。小野寺先生だ。もう予鈴は鳴ってるんだぞ。早く教室に入れ」


 予鈴に気付かないほど考え込んでいたようだ。

 悔しいが向こうの方が筋が立っている。

 

「あー、分かったよ。教室に入ればいいんだろ?」


 くそ、いつか報復してやる。


「あー、そうだ京介」

 教室に入ろうとした俺に、咲ねえがまた声をかけてくる。

「何だよ?」

 また、雑用でも言いつける気か?


「お前、昨日がんばったらしいじゃないか。兄貴が褒めてたぞ」

 不意な一言にぽかんと口を開けてしまう俺。

 豪一郎が……俺を褒めた?


「何があったか詳しく知らないが、お前はやればできるはずなんだ。私と同じ血が流れてるんだからな。これからもしっかりやれ」

 咲ねえはウィンクを一つこぼしてそう言うと、踵を返してA組へと向かっていった。

 何だよ、そんな言われ方したら報復する気が失せるじゃねえか。


「……うす」

 去って行く咲ねえの背中に遅ればせながらの返事と一礼する。


 ☆


 HRほーむるーむを終えて、授業が始まる。

 だるい中でも、時間は進み、二時限目、三時限目と授業は進んでいく。

 このクラスの半分は俺と一緒のクラスを三年間過ごした奴らだ。

 これから先、大学や専門学校に進学する奴、就職する奴、それぞれにいる。

 

 俺のように今でも部活に励む奴もいれば、趣味ごとに命をかける愛すべき馬鹿もいる。

 みんな夢を持っている。

 決して、その道は楽なものじゃないだろう。

 人生に楽なことばかりなどないのだから。 

 やっぱり現実は残酷なもので、中には叶う事の出来ない夢や挫折もあるだろう。


 でも、俺は思う。

 頑張ったからこそ、夢を追いかけたからこそ、手に入るものがあるんじゃないかと。

 その次へ進めるんじゃないかということを。

 成功におごらず、失敗に学び、人との付き合いを大事にし、喜びも悲しみも悔しさも分かち合う。

 あの時に見た光景は、俺にそれを教えてくれた気がした。


 もう少ししたら、期末試験が始まり、高校最後の夏休みとなる。

 俺自身も次のステップへ向けて努力しなければならない。……勉強嫌いだけど。


 真面目な事を考えているというのに、邪魔するかのように俺の視界に急に影が出来る。

 見上げると目の前に授業をしにきた咲ねえが眉毛をピクピクとしながら突っ立っている。


「京介、今は何の時間か分かっているか?」


 何を咲ねえは言っているんだ?

 咲ねえは英語教師なんだから、英語の授業中に決まってるじゃないか。


「英語の授業中だろ?」


 咲ねえは、イラッとした表情で、とんとんと俺の机にある教科書を叩く。

 あれ、おかしいな? アルファベットはあるけど。XとかYとかCOSとか載ってるな。

 俺の英語の教科書はいつから数学みたいな教科書になったんだ?


「お前、私の授業を受ける気ないだろ?」

「今、将来について真面目に考えてたんだよ。大事なことだろ?」

「そんなもんは家で考えろ!」

 

 手にした教科書を縦にして、俺の脳天に落としながら怒る咲ねえだった。

 ちくしょう。やっぱり、いつか報復してやる。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ