いきおいよく6-2
指定された扉を抜けて通路へと進む。右手の通路には障害物が積まれている。
最初の通路から見えた障害物だろう。
出てきた扉の反対側に通路を隔ててもう一枚の扉。
昨日、俺達がいた会場へ進む扉だ。
もう、罠がある気はしなかった。
俺はそっと両手で扉を開けて前へと進み出る。
西側の会場と違って明かりの灯った東側会場。
設置物もなく、だだっ広いだけの会場内で、中央に一人の男が立っていた。
高級そうなスーツを見に纏い、一見、優男のようだが立つ姿に隙はない。
物静かな空気を漂わせているが、胡散臭さも匂ってくる。
純粋に油断したら駄目な相手だと俺の野生の勘が告げてくる。
「――――待っていたよ。京介君」
その男が久々に見たわが従兄弟、菅原豪一郎だった。
なんだそのラ○ウみたいなセリフは。
「――――随分と壮絶な戦いだったようだね?」
顔を腫らしてずたぼろになった俺の姿を見て豪一郎は含み笑う。
いや、これ菫にやられたやつだから。沙緒にまで蹴られたのはショックだった。
「婚約者がいるのに女の子に抱きつかれてにやけてんじゃねえ」と、二人して制裁。
普通、戦いを前にした人フルぼっこにするかな?
おかげでこっちに来るのに5分以上もかかったじゃないか。
「そんなことはどうでもいい。朱里はどこだ?」
「慌てなくても、彼女に一切手は出していないし、丁重に扱わせてもらっている」
「俺はどこにいるんだと聞いている」
「君はせっかちなのだね。そこだよ」
そう言って、豪一郎は俺達の頭上を指差した。
振り返って見上げると、そこに俯いた朱里が椅子に座っていた。
俺の顔を直視せずにただ俯いていた。
その表情は固く口を結び、何かに耐えているような顔だった。
「朱里! 迎えに来たぞ」
「……」
朱里は一瞬俺をちらっと見ると、すぐに顔を背けた。
何だよ。せっかく迎えに来たのに俺の顔見ろよ。
「お前、朱里に何をした?」
豪一郎に問いただす。
「私は何もしていないと言っただろう?」
「じゃあ、質問を変える。お前は一体何をしたいんだ?」
「私かい? そうだね。私は退屈してるんだ。これも理由の一つ」
退屈しのぎで朱里を連れ去ってなんになるってんだ。
「もう一つは復讐だよ。君達へのね」
そう言うと豪一郎の眼つきが鋭い殺気を含んだものに変わった。
「そうだね。順を追って話そうか。その方が私の客にも話が分かるだろう。なあ?」
南側の二階に目を向ける豪一郎。そこには朱里と同様に椅子に腰をかけている女性がいた。
俺達はその女性を知っている。
沙緒が大ファンで、超売れっ子作家の――澤田祥子だった。
「彼女のことは知っているかい? 有名作家の澤田祥子と言えばわかるかな。私の婚約者だ」
澤田祥子は俺達を見て微笑を浮かべている。あの時に見せてくれた柔らかい笑顔で。
豪一郎と婚約者だったなんて……。それよりも何故、婚約者の行いを止めないんだ?
「彼女は物事を書くときにリアルを追求するほうでね。私もネタに協力しているんだ」
ネタに協力? 確かに澤田祥子の作品には、スポ根物やバトル物があるけれど。
「おっと、誤解しないでくれ。彼女は今回の件とは関わっていない。私が呼んだだけだ」
そう言うと豪一郎は指をパチンと甲高く鳴らせた。
会場の隅から黒スーツ姿の男たちが肘付きの豪華な木製の椅子を持って現れる。
中央に立つ豪一郎の後ろに椅子は置かれた。
「失礼するよ」
ゆっくりと椅子に腰をかけ、楽しそうに笑う豪一郎。
俺が前に見た豪一郎の雰囲気など微塵も持っていなかった。
俺が見た豪一郎は静かな男だった。その静けさに俺は逆に近づけないでいた。
今は目の前にいる男は狂気を身にまとっている。別の意味で近付きたくない。
こいつに近付けば、こいつのまとう狂気に魂まで切り裂かれそうな気がした。
「――――では話そうか」
豪一郎は語る。親父達の友情話を。それは親父達から俺が聞いた内容と同じだった。
お互いを友としたがために真剣勝負が出来ぬようになり、破門されたこと。
親父達は両家の争いから離れたが、未だに両家の争いは続いていること。
「――と、君は聞いているんじゃないかい? 生憎だが、君の父上はいくつか嘘をついている」
――嘘?
何が嘘なんだ?
親父達の友情は家族の俺が気持ち悪いと思うくらい本物だ。
「何が嘘なんだ!」
「慌てないでもらえるかい。順に話すと言っただろう。まず両家で同じことが起きた。それは次期総代である、君達の父上がその地位を捨て、勝手に離脱したことだ」
次期総代? そんな話聞いてない。破門されたってのが嘘だったのか?
「それがいつのことか知っているかい?」
「……親父達が友達になったときだろ?」
俺は親父達から聞いた話をもとに答えを返す。
「……いいや、もっと後だ。君達が産まれた後だ。君が聞いた話と違うはずだ。嘘の一つだ。君達の父上は歴代総代の中で最強と言われるほどの強さを持った人だった。私も幼い頃、君の父上から稽古を付けてもらったものだ。……彼らは破門されたんじゃない。我々を捨てて出て行ったんだ。それは何故かわかるかい?」
「待て、豪一郎! そこからは俺達が話す」
聞き覚えのある大きな声が会場内に響く。親父の声だった。
黒スーツの男たちに連れられて、西側の二階に親父さんと一緒に並んでいた。
「叔父さん。すいませんね。少し時間稼ぎさせてもらいました。父と話をしてもらえましたか?」
「ああ、病院なら訪ねてきた。お前が俺達を恨んでいることはわかっておる」
「おい親父。どういうことだよ?」
「聞けい京介。……確かに俺達はお前に嘘を言っていた。だが、俺達が友になった時期に嘘偽りはない。友になっても……俺達は争いをやめる事を選ばなかったのだ。友であるが故に……真剣に戦っていたのだ。……それが我らの宿命だと知っておったからな」
「宿命って親父達が争うことがかよ?」
親父達は静かに頷いた。
「俺達は背負ってしまっていたのだ。それぞれの家の名誉を……。友情では覆せない誇りをな……」
「だったら何で、その誇りを捨ててまで飛び出したんだよ?」
「……俺達は願った。我が子らにこの世界に来て欲しくないと。俺達で終わりにしたいと。俺達の約束のために両家を結ぶ架け橋になって欲しいと。この血にまみれた宿命から逃れさせたいと。……現実は簡単じゃなかった」
親父達はまだ何かを隠している。俺には言い出せない何かがあるのか。
「……京介君は因果関係とか宿命という言葉を聞いてどう思う?」
横から豪一郎が突然、訳のわからないことを言いだす
「……不思議なものでね。菅原家と兵頭家の両家には、あることが起きる」
「なんだよ?」
「同じ日に両家に子供が生まれる時があるのだよ。宿命の相手としてね」
「……え?」
「君と朱里君もそうだ。君の妹も朱里君の弟もそうだ。それは宿命の相手なのだ。君達は戦う相手同士なのだよ。それが両家に同じ日に生まれた者の宿命なのだ」
「ちょ、ちょっと待て。俺と朱里は誕生日、一緒じゃないぞ?」
「だから君の父上達は嘘をついていると言っているだろう? 君と朱里君は同じ病院で生まれた。しかし、病院の記録では4月20日23時50分に君が生まれた。朱里君はその後に生まれた。朱里君の戸籍には4月21日と書かれている。……だが、それが嘘だったら?」
豪一郎の言葉に親父はただ沈黙している。沈黙と言うより言葉が出ないのが正しいのか。
それはまるで豪一郎の言っていることを肯定しているかのように見えた。
☆
豪一郎は語り続ける。
神の悪戯か悪魔の所業か。『宿命の者』――両家ではそう呼ばれ、特別扱いされる。
両家に同じ歳の同じ誕生日を持つもの、それは戦う運命に選ばれた者らしい。
歴代の総代にも偶然では済まされないほど数多く、その事実を持つ者が存在した。
もし『宿命の者』ならば、勝敗がつくまで戦い続ける運命を背負う。
『宿命の者』の決着とは片方の死を意味していた。
そして両家では今まで数え切れぬほどの悲劇を生んできた。
両家ではいつからか、それぞれに生まれた子を互いに報告するのが慣わしとなった。
俺達も生まれた後、報告された。俺が4月20日、朱里は4月21日の生まれとして。
その後、親父達は失踪した。
親父達は一族の手によって、俺が小学生になる前に見つかったようだ。
親父は頑なに戻ることを拒否して今に至っている。
俺が幼い頃、豪一郎の父が俺の家に訪れていたのは、親父を引き戻すためだったのが真相のようだ。
咲ねえは一緒に何度も来ていたが、豪一郎も一度だけ直接頼みに来たようで、俺が見たのはその時だ。
俺の叔父にあたる豪一郎の父――優一朗は今の総代である。ただし一族の誰もが本物にあらず偽者だと揶揄し続けた。豪一郎にとって尊敬する父が揶揄されることは屈辱だったのだろう。だが、一族としても最強でない者が総代である事が納得できないのは分かるだけに耐え続けたようだ。
豪一郎の父は総代としてあるまじきことが起きた。
稽古中に負傷したのだ。ただでさえ揶揄されている状況で一族はこぞって総代を降りるよう求めてきた。その心労も重なり心の病を発症した。
親父達を乗せた車は豪一郎の父が入院する病院へ連れて行かれたのだった。
豪一郎のささやかな報復なのだろう。
武人として死んだ父を『お前達のせいで父はこうなった』と、見せ付けたかったのか。
豪一郎の話は続き、奇妙なことを言い出した。
「……さて、本来であれば祝福すべき婚約を、何故、私が反対するか分かるかい?」
「争っている家同士だからだろ?」
「残念だが外れだ。そんな理由なら私は『ああ、そう』のただ一言で終わっていた。彼女、朱里君だからこそ反対したのだよ」
意味が分からない。何故朱里だから駄目なんだ?
「君の父上といい、婚約者といい、君の周りは嘘つきばかりだ。……ああ、そうだ。一つ言い忘れていた。私も『宿命の者』だ。私の宿命の相手は兵頭一馬という。未だに決着がつかぬ好敵手……だったよ。……もう……着けられないがね」
豪一郎は愁いを帯びた表情で自分の手を見つめると、口端をゆがめ拳を握り締めた。
それはさも、失ったものへの怒りに満ちているように見えた。
「その口振りだと死んだのか?」
俺の問いかけを鼻で笑う豪一郎。
「……彼はプライドが高い男でね。負けることが大嫌いだった。私と同じように次期総代との声が高かった。だが、彼に思いもよらぬ事が起きた。皆の前で負けたのだよ。一馬は土下座してまでもう一度対戦させてもらったらしい。……でもね。彼は、勝てなかった。彼が築いてきたものは一瞬で瓦解した。そして、しばらくして彼は自ら命を絶った。彼が負けたのは、――朱里君にだ。そうですよね? 兵頭準さん。もうこれ以上嘘はいらないですよ?」
くるりと親父さんの方へ向いて、問いかける豪一郎。
朱里が……? 何でその一馬とかいうのと勝負してるんだ?
「……間違いない」
豪一郎の言葉をやりきれない表情で返す親父さん。
豪一郎はまた、俺に向きかえり両手を広げ、まるで演説するかのように語りだす。
「京介君。君は何も知らない。知らされてはいない。彼女が兵頭家代表の一人であることも、一馬を破ったことで兵頭家の次期総代筆頭になったことも」
朱里が代表の一人で次期総代……はあ? 何言ってくれてんだ。
そんなことがあるわけないだろう。
確かに朱里は強いよ。本気で怒った時なんて洒落にならねえ。
親父さんが護身術とかいって教えてきただけはあるよ。
「もうそろそろ、幕を降ろしましょう。叔父さん、兵頭準さん。京介君達を騙すのはもうやめにしましょう」
「……俺達を騙す?」
豪一郎の言葉に俺は困惑した。
「あなたたちの狙いは、来年の春、私と同様に朱里君が総代になったところで京介くんと入籍させて、両家の争いを無くさせるつもりなのでしょう? 随分と無駄なことをされますね。名前が変わったからといって争いがなくなるとでも思っていたのですか? 分家が納得するとお思いですか? 我々は運命に抗うことは出来ない。朱里君が本当の事を知った今、もうそれは夢物語にしか過ぎない」
豪一郎の声に親父達は沈黙で返した。それは豪一郎の推測があたっているかの証のように。
そして豪一郎は立ち上がり朱里に視線を向けて口を開いた。
「さあ、舞台は用意しましたよ。我々の血が望む本当の舞台をね」
背後ですたっと音がした。それと同時にぞわぞわと鳥肌と悪寒が背中に走る。
振り返ると、先ほどまで二階にいたはずの朱里が目の前にいた。
その顔は俺の知らない朱里だった。いつもの朱里じゃない。俺を見る目が明らかに違う。
「京介……ごめんね。京介のこと本当に大好きだったよ。でもね……死んで?」
「え?」
時間が止まった気がした。
「死んで?」と言った直後、俺の胸に朱里の拳がめり込んだ。
俺の心臓を狙った重い一撃。当たった後に朱里に打たれたと気付いた一撃。
痛みよりも驚きや疑問が俺を支配し、一瞬で苦痛に支配を覆された。
「がはっ!」
その場に倒れこむ俺。駄目だ。呼吸が出来ない。
「部長!」
誰かの声がする。悪い。またやられたわ。
意識がぼやけ、俺の視界に朱里が映る。
何だよ朱里……何、泣いてんだよ?
だったら攻撃なんかするんじゃねえよ。ばーか。




