表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

いきおいよく6-1

 いてもたってもいられなくなり、親父に車を出してもらったが、豪一郎と朱里の手がかりは何も得られず自宅に舞い戻った。結局、豪一郎からの連絡を待つことしかできなかった。


 眠れない夜を過ごした日曜日の朝、豪一郎から「今から迎えを出す」と連絡が入った。


 俺と親父達とで玄関先で待っていると、黒のワンボックスカー二台が家の前に停車した。

 グラサンをかけた黒スーツ姿の屈強な男がそれぞれ二人ずつ車から降りてくる。

「お待たせしました。どうぞ」

 男の一人が代表して声をかけてくる。

 俺達が睨みつけているのに全く物怖じした様子は無い。


 導かれて親父達が前の車に乗り込む。

 俺も続こうとしたが、

「君は後ろの車に乗ってもらおう」

 屈強な男の一人に阻まれて後ろの車に乗車させられた。

 屈強な男達に挟まれた俺。お前ら暑苦しいんだよ。

 今、夏だぞ。そのスーツ暑くないの? 季節間違ってるぞ。


 親父達を乗せた車が走り出し、続いて俺の乗った車も後を追いかけるように走り出した。

 くそ。親父達と別々に乗せられたのは痛い。

 俺一人だとこの屈強な男たちを何とかするのは無理だ。

 俺が周りの男達をチラチラと様子見していたのに気付いたのか、運転手が俺に向かって言う。

「安心したまえ。我々は君を送り届けるだけだ」

 少しだけにやっと笑って運転手は言った。

 何だその余裕は。ちょっとむかつくんですけど。 


 車が次第に海岸線へと向かっていることに気が付いた。 

 二台の車は海岸線に入り、規定の速度で走り続けている。

 俺の乗った車が途中で信号機に捕まって、親父達の乗った車と離れてしまった。

 距離が随分と離れてしまったようで、親父達の乗った車は前には見えない。

 くそ。わざとじゃないだろうな。


 正面の右側に見覚えのある建物が見えてきた。

 昨日、秋月さんの手伝いに来たイベント会場だ。

 ……この辺りは琴浦駅の周辺か。車に乗っているとわかりにくい。

 車はイベント会場近くの交差点で右側へと曲がっていく。

 このままいくとイベント会場だ。。


 俺を乗せた車はイベント会場脇にある駐車場に停車した。

「着いたぞ。さあ、降りたまえ」

 運転手がまたにやりと笑って言った。何かむかつくなお前。

 

 昨日の熱気は何だったのか。静けさの漂う会場周り。

 熱かったイベントがあった場所とは思えないくらいだった。

 俺の他は俺を乗せてきた屈強な男達以外誰もいない。……って親父達は?


 先に進んでいたはずの親父達を乗せた車が駐車場には見当たらない。

「おい、これ、どういうことだよ。親父達は?」

「我々は知らない。我々の仕事は君をここに送り届けることだ」

 いけしゃあしゃあと白々しく答える屈強な男の一人。

 くそ。こいつもむかつくな。お前Yシャツのボタン二つ目取れてんぞ。


 相手の思う壺にはまっている。俺と親父達と分断させるための二台だったのか。

「……これから俺はどうすればいいんだよ?」

 男の一人に尋ねると、 

「もうしばらく待ちたまえ。ああ、来たようだ」

 交差点から一台の白いワンボックス車が曲がってくるのが見えた。


 助手席から黒スーツにサングラスと俺のところと同じ格好をした男が降りて、後ろのドアを開ける。

 中には何故か誠、菫、沙緒、茶々とうちの部員がいた。

 キョロキョロと周りを見渡しながら降りてくる部員達。

「お、お前ら何やってんだよ?」

「俺こそ聞きたい。助けって何の用だ?」

 降りてきた誠が俺に聞いてくる。

「朝、家に電話来たんですよ。部長の親戚って言ってましたけど」

 と菫が言い、

「疑わしかったんですけど、会長が電話に出たんで信じることにしました」

 と沙緒が続けて言った。竿竹も『そうだそうだ』と言わんばかりにこくこくと動いている。


 どうやら部員達に俺がみんなの助けを必要だと豪一郎が吹き込んだらしい。

 豪一郎の奴……すでに俺の周りのことまで調べていたのか……。

 それに何で朱里が協力しているのかがわからない。


 そんなことを考えていると、俺に茶々がふらふらと寄って来る。

 ぼ~っとした表情の茶々だ。昨日と同じくまだ覚醒していないのだろう。

 でも、何でナイトキャップ被ってんの? 何で枕抱いてんの?

 それお前の枕? とてもふかふかしてそうな枕だな。

 さぞかし気持ちいいだろうな。お前完全に寝惚けてるだろ?

 服はちゃんと普通の私服着てるのにそれおかしいよね。

 いや、似合ってるよ。その姿も百歩譲って可愛いわ。でも変だぞ?


 俺の顔を見てふへへと笑う茶々。俺を指差しもごもごと口を動かす。

「あ~、らいちょうに捨てらえた部長ら。やーいらーい」

 まだそこにこだわってんのか⁉ しかも呂律も回ってない。

「部長。会長に捨てられたんですか⁉」

「……やっぱり無理だったんですね?」

 沙緒が驚いた表情で、菫がわかっていたというような表情で聞いてくる。

 おい、お前ら。特に菫、やっぱりって何だ。やっぱりって。


 白いワンボックス車に乗っていた屈強な男の一人が俺達に近付いてくる。

「では、ご案内します。私についてきてください」


 男に導かれ着いたのは会場の入り口。中は電気も点いていなくて真っ暗だ。

 俺の後ろを静かについてきていた部員達も何が何やら分かっていない様子。

 安心しろ。俺もまったく分かってねえ。


 しかし、この中に朱里がいるはずなのだ。

 豪一郎がゲームをしようって言うなら乗ってやる。罠や仕掛けもあるかもしれない。

 どんな内容か分からないが必ずクリアして朱里を取り戻す。 


 豪一郎の罠に自分から突っ込むのも癪だが、

「……虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」

「何ぃ⁉ おけつに入れるなら腰を――――」

「――菫」

 誠が言い終わる前に菫を呼ぶ。

「了解です」

 どむっと重い音がしてどさっと倒れる音がした。気にしないでいいだろう。

 今シリアス路線だ。空気読め。このエロ脳が。


 部員の中で役に立ちそうなのは菫か。戦闘力といい知識といい頼りになるのは間違いない。

 腹を押さえて床で転がりまわってる誠は明らかに戦力外だな。

 こいつが役に立つといったら、囮くらいか。

 誠ならもし罠に引っかかっても良心の呵責に悩まなくて済む。

 沙緒と茶々も使い道に悩む。罠への生贄にするにはさすがに可哀想過ぎる。


 あれ、もしかして……こいつらを集めたのって既に罠なの?

 もろ足手まといなんだけど……。


 親父達の戦力を期待していただけに分断されたのは痛い。

 今の戦力と言えば我が部員たちだ。

 豪一郎が何を考えてこいつらまで集めたのか分からない。


 部員達に簡単に経緯を説明すると協力すると言ってくれた。

 俺が仲間意識を感動していると、

「こんなネタ最後まで見ないともったいない」

 誠の言葉に頷く菫と沙緒。

 漫研の教育が行き届いていることにある種の感動を覚える。

 どうせなら俺のために力を貸すくらい言ってくれ。

 

 案内してきた黒スーツの男の手によって扉が開けられた。

 暗くなった通路へ進むようにと黒スーツの男は示した。

 ホールの先に見える通路は電気が消えていて薄暗い。

 暗い通路ではっきりと見えるのは、非常口への案内を示す緑の表示板。

 ホールから二階へと上がる階段は通行止めのポールが立ててあり封鎖されている。

 どうやら、関係のない道は封鎖されているようだ。


 幸いなことに、この施設は昨日のイベントで訪れていて大体の場所は分かる。

 暗くなった通路は東側会場と西側会場を隔てていた通路だ。

 

 この中のどこかに豪一郎と朱里がいる。

 朱里を取り戻す。それだけでいい。

 あわよくば、豪一郎に一発入れたい。

 ついでに朱里にいいところ見せたい。

 おまけに部員たちにもいいところ見せたい。

 

 俺の背中をとんとんと沙緒が叩く。

「部長、部長。声に出てますよ?」

「何! いつからだ」

「会長にいいところ見せたいからです」

「そうか。聞き流してくれ」

「わかりました」

 沙緒は聞き分けの良い子だなー。

 お前は何かあったらすぐ逃げるんだぞ。

 なんなら誠を盾にしていいからな。 

 

 暗い通路を警戒しながら進む。

 もうすぐ会場への扉があるはずだ。

 会場の出入り口はそれぞれ手前側と奥側に扉がある。

 昨日のイベントでも西側会場は手前側を入り口、奥側が出口になるように誘導路が設定されていた。

 東側ではその反対が出入り口に設定され、巡回がしやすいようになっていた。


 警戒しながら進んでいくと罠や仕掛けは無く、最初の扉にたどり着いた。

 最初に東側の扉を開けてみようとすると施錠されていた。

「こっちは鍵が閉まってるな。ここは入れない」

 菫が西側の扉を開けようと試みると扉はきーっと音を立てて開いた。

「部長、通路の奥は塞がってますよ」

 沙緒が目を凝らして通路の奥をじっと見つめて言った。

 見てみると非常口の明かりに照らされて大量の物が通路を塞いでいるのが見えた。

「つまり、ここだけか」

「……みたいですね」


 西側会場へと進むことにした。もちろん警戒は怠らない。

 扉を開けてまず誠を放り込む。よし、悲鳴は聞こえない。

「大丈夫そうだな。よし行こう」

 部員達に声をかけて俺も中へと続いた。

「……おい、言いたい事があるんだが……」

 放り込まれた誠が不服そうな顔で立っている。

「とりあえず後にしろ」

 会場内に入った俺達。そこは一段と真っ暗だった。

 ご丁寧に全ての窓を暗幕で覆っているのか、日の光が一つも入ってこない。

 

『ようこそ京介君』


 突然、会場内に大きな音声が流れる。この声は豪一郎だ。

 会場内の放送設備を利用しているようだ。


『ゲームに参加してくれて私は嬉しいよ。お仲間もちゃんと揃っているようだね』

「ふざけるな! こいつらまで巻き込んでお前の狙いはなんなんだよ!」

 叫ぶ声に反応が無い。どうやら一方通行のようだ。


『少し余興を用意させてもらった。君の仲間と協力して抜けてきたまえ』

 余興だと? くそ。やっぱりこの先に仕掛けでもしてあるのか?


 突然、会場内のライトが点いた。いや、二階に設置されたサーチライトを点灯させたようだ。

 二階で黒スーツがその操作に当たっているのが見えた。

 サーチライトはあちこちを走り回り、会場の中央に集まりだす。

 

 サーチライトの光が集まり、そこにいたのは二人の男女だった。

「どうも~。菅原家分家が一人。菅原春香(すがわらはるかでーす」

「…………。菅原家分家が一人。菅原武光すがわらたけみつだ」

 軽い感じの女の声と低く太い男の声が俺達に名を告げてきた。

 

「「「「…………」」」」


 俺達は絶句した。

 いや、正確にはどう反応していいか分からなかった。

 

 目の前にいる二人の格好が問題なのだ。

 一人はどう見ても戦隊物のピンクの衣装をつけている。

 覆面姿だが女性特有のふくらみもある。

 もう一人は忍者というか、戦国武将というか。和装に般若の面を被っていた。

 二人の背丈はあまり変わらない。

 二人はそれぞれポージングを決めていた。

 

 昨日のイベントで見たコスプレ集団を思い出す。


「……部長の親戚って、頭おかしいんですか?」

 菫が俺にじーっと軽蔑の眼差しを送ってくる。

 うん。おれもちょっと自信なくなってきた。

 ていうか、あんなのが血筋にいると思うと情けなくなってきた。

 

「豪ちゃんからの依頼だからやるんだけど、乗り気しないわね」

「次期総代の依頼だ。仕方あるまい」

 ポージングを続けながら言う二人。

 頼むからこれ以上身内の恥を曝すのやめてくれないか? 


「昨日の今日でしょう? イベントで疲れてるしー」

「それは俺も同じだ……」

 あんたらも昨日のイベントいたの⁉


「まあ、やっちゃいますか?」

「……早く終わらせよう」 

 ポージングを解いて、俺達に近付く二人。

 

「……俺の相手はお前らだ」

 ピンクの戦隊・・・・・・コスチュームを着た方が、すっと手を上げて俺と誠を指差した。



「「「「…………ええっ⁉」」」」


 

 逆なの? え? マジで? ピンク着てるほうが武光なの? 

 その胸何⁉ 詰め物なの?



「さあ、かかってこい。菅原家の端くれなのだろう? ハンデをやる。二人同時でもいいぞ」

 いやあ、格好いい台詞だと思うけどさ。その格好じゃあ台無しだわ。



 …………親父。頼むから菅原家と縁を切ってくれないかな。 

 独立しようぜ。豪一郎といい、こいつらといい、この一族おかしいわ。


「あたしの相手はあんたたちね」

 つつっと前に出て般若の面を被った菅原春香が菫達を指し、人差し指でくいくいと挑発する。

 その途端、菫の目つきがキリングマシーン状態に変わり身構える。

「沙緒、茶々と一緒に後ろに下がって」

 沙緒に素早く指示を出し、視線を相手から外さない。

 菫、お前やっぱりその世界にいただろ。プロみたいな動きだぞ。


 目の前にいるピンク色の戦隊スーツを着た武光たけみつ

 俺達の相手のはずなんだが……。

 俺が先制攻撃を加えようと動いた途端、

「……待て。これじゃあ駄目だ!」

 片手を上げて俺の動きを制する武光。

 口上でもあるのかと身構えていると、

「……この場面ならこうか? ……いや、違うな。……こうか?」

 ポージングに納得できないのか、さっきから何度もポージングを変えている。

 突っ込むのも嫌になってくる。


「おい、京介。……あいつさっきから何をやっているんだ?」

 ぼーっと見ていた誠がとうとう痺れを切らしたのかそっと呟いた。

「俺に聞くな。考えるのも馬鹿らしい」

「しかし、あの胸はリアルだな。揺れ具合も本物そっくりだ」

「お前どこ見てんだよ……あれ男だぞ」

「揺れてたら見るのが男だろう」

「男だってマッパだったらナニが揺れるだろうが」

「男はそそり立つものだ」

 お前、年がら年中そそり立ってるのか?


 俺らが馬鹿な会話をしている間も武光は決めポーズで悩んでいた。

 どうでもいいから早く決めてくれないか?



 武光が悩んでいる間に菫たちの様子を確認。

 後になって、見るんじゃなかったと後悔した。



 般若の面を着けた菅原春香は菫に対して貫手を連発していた。

 傍目から見ても鋭い貫手だ。普通の人なら速攻でやられただろう。

 しかし、うちの副部長は普通の人じゃないらしい。

 軽いフットワークと手捌きでことごとく回避する菫。

 理にかなった円運動と体捌たいさばき。

 まるで兵頭の親父さんの動きを見ているような感覚だ。

「な、何なのよ。その動き、あんた素人じゃないでしょ⁉」

 当たらない事に苛立ちを覚えたのか。

 手刀に切り替えた春香が吼える。


「確かに素人ではないかもしれません」

 吼える春香とは対照的に静かに答える菫。

 春香の手刀を紙一重で避けていく。  

 隙をついて春香の懐に菫が入ろうとした瞬間、春香が後ろに飛び退き距離を置いた


「あんた……名前なんて言うのさ?」

 肩で息をする春香は菫に尋ねた。

「次元です。次元菫と申します」

 背筋を伸ばして姿勢を正し、深々と頭を下げながら名を告げる菫。

次元つぎもと……⁉ え、もしかして次元つぎもと流なの?」

「よくご存知のようですね。その次元つぎもと流です」

 バトル中すいません。その話もっと詳しく聞かせてもらえないですか⁉ 初耳なんですけど。

「……上等じゃない。最凶の名をほしいままにした次元流。相手にとって不足なしね!」

 ああ、そうなんだ。最強じゃなくて最凶なんだ。ふーん。やっぱりそうなんだ。



 春香はすり足から一足飛びで菫と距離を詰める。瞬時に菫との距離を縮めた。

 春香から渾身の左手突きが繰り出されようとしたとき、菫の指が般若の面に触れていた。

 菫がいつその手を上げたのか、俺も見えなかった。

 たった一本の指に動きを止められた春香。般若の面のせいで表情は窺えない。

「もう飽きました。さよならです」

 にやりと口だけで笑う菫。この表情の菫はガチでやばい。

 誠も菫たちの戦いを見ていたようで、急に「いやああああああ」と女の子のような悲鳴を上げてうずくまった。どうやらトラウマを刺激したらしい。実は俺も身体が、勝手に震えている。

 後ろに避難している沙緒は「見ちゃ駄目」と、まだ寝ぼけている茶々の目を塞いだ。

 

 ――――さあ、地獄の幕開けだ。

 

 それはもう悲惨なものだった。

 まず般若の面が割れた。指一本で軽く押しただけのように見えたけれど。

 春香の顔はちょっとひらめ顔だけど、不細工と言うほど悪くは無かった。

 春香は青ざめた表情を浮かべ、蛇に睨まれたカエルの様に身動き一つ取らない。

 次に春香の身体が浮いた。春香の鳩尾に菫の前蹴りが入ったからだ。

 春香の身体が空中で右、左と揺れ動く。

 これも菫が回転しながら高速で手刀、拳、裂脚で乱打を浴びせているからだ。

 春香が床に着くことを許さない勢いだ。

 最初の蹴り、鳩尾への一発でほぼ決まっただろうに、容赦なく攻撃の手を緩めない。

「痛いですか?」

 菫がいたって普通・・に尋ねる。


 ――――本当の恐怖の時間が始まる。


 どがっ、ばきっと殴る音が聞こえてくるが、春香からの返事は無い。

 これをくらった奴なら分かる。口に出したくても言えないのだ。

 言葉にしようと口を開こうとした瞬間、身体に打撃が加えられる。

 その痛みに声が出せなくなるのだ。

「痛いですか?」

 また菫が尋ねるが打撃が加わり答えられない春香。

 どさっと音を立てて春香が倒れた。菫が攻撃を止めたわけじゃない。


 今までの攻撃は更なる地獄へのプレリュードでしかないのだ。

 菫は春香に馬乗りして、顔面に拳を叩き込む。


「痛いですか?」

 言葉の後に落とされた拳に春香の顔が歪む。


「痛いですか?」

 また尋ねると拳を落とす、拳は春香の鼻を潰した。


 その後も「痛いですか?」を繰り返しながら、拳が振り落とされる。

 何度も何度も繰り返される顔面への打撃。

 すでに意識を失った春香がピクピクと痙攣しはじめたころ、見るに見かねた沙緒が身体を張って菫を止めた。


「答えてくれないと分からないじゃないですか?」

 倒れた春香にって言う菫だった。

 きっとこれが晴香がいった最凶と呼ばれる由縁なのだろう。

 禍々し過ぎて怖い。

 

 知らず知らずのうちに、俺と誠はお互い抱き合ってぶるぶる震えていた。

 まあ、俺ら二人とも経験者(被害者)だからね。ははっ。これ一生物のトラウマだよ。



 味方にすら恐怖を与えた残酷ショーは終わったが、一人空気の読めていない奴がいる。

「……いや、やっぱりこうか? おお、これだこれ」

 腰を落とし軽く右半身を引くポーズに満足した様子の武光。

「……さあこい!」

 さあこいって、こっちはお前の決めポーズを待ってたんだろうが。

 お前がポーズを悩んでいる間にお前の相方地獄に沈んだぞ。

 可哀想に、あのやられ方は一生引きずると思うぞ?


 倒れる春香を見て、鼻で笑う武光。 

「愚か者めやられたか。油断したな」

 いや、そう言うレベルじゃないと思います。

 相手が悪かったです。てか味方がやられたのに平気なのか?

   

 誠が身構えながら武光に近付く。どうやら先制攻撃を仕掛けるつもりのようだ。

 咄嗟に誠の襟首を掴み引き戻した。


「な、何で邪魔する?」

「お前馬鹿か。相手の思うつぼだろ。今の突っ込んでたら鳩尾みぞおち打ち抜かれてるぞ」

「……ふん。堕ちても菅原家か。……目が利くな」

 くくっと含んだ笑い声を放つ武光。


「相手が低く構えてるんだ。顎と腹を狙われると考えろ」


 だてに親父達を相手に毎年毎年やりあってきたわけじゃねえ。

 そういうこと考えて対策組んでおかないと瞬殺されんだよ。


「……でも、行け」


 誠の背中を武光の方へどんと押し出す。それと同時に俺も駆け出す。

 不意に押し出された誠はつっかえながら武光へと近付いた。

 まったく無防備の誠の腹に、ここぞとばかりに武光の肘がめり込む。

 打撃を受けてガクッと誠の頭が下がる。

 誠の頭が下がった瞬間、その頭越しに俺は武光の顎先めがけてダウンブローを放った。

「油断を誘い一発で沈めろ」それが豪気な親父が俺に教えた事だ。

 誠の身体を被せて動いているので俺の姿や拳は武光に見えていない。……はずだった。


「――なに⁉」


 武光の顔の前で俺の拳は止められた。

 武光はもう一方の手で俺の拳を簡単に受け止めたのだ。

 おいおい。今の完全に死角からの打ち込みだぞ。


「……おもしろい。味方を盾にして死角から攻撃か。……素人なら終わっていたな」

 どさっと崩れ落ちる誠。

 くそ。せっかく誠を生贄にしたのに。一撃で沈める予定が狂っちまった。

「いい打ち込みだったが残念だったな。……さあ、片割れは沈んだぞ」

 まずいな。こいつ格好で判断してたけど結構やる。

 素早く手を払い、武光から距離を取って、両手で顔をガードするよう脇を締め身構えた。

 

 武光が動いた。ゆらっと視界を拳がかすめる。両腕でガードした間をすり抜けて、俺の下顎を一寸の狂いもなく打ち抜こうとする一撃だ。

 

 ふん、ふざけるなよ。


 正確な打撃であるが故に回避することが出来る。

 ふと親父さんの言葉が蘇る。「達者なものは千手先まで読みあう」、そんな言葉を思い出しながら。

 放たれた拳を避けながら、カウンターで武光の顔面狙い。

 俺の動きも相手に読まれていたのか、難なく避けられる。

 俺はそれを読んでいた。素早く武光の頭を掴んで膝蹴りを入れる。

 手でガードする武光だが、手応えは伝わる。


 幾度か蹴り上げたところで、一瞬の隙を突かれもろ手突きで逃げられる。

 くそ、逃げるついでにこっちにダメージを残しやがる。

 体勢を立て直した武光は、凄まじい速度で手刀や正拳突きを放ってくる。

 直線の動きは横からの捌きに弱い。手刀、拳の突きは外へ弾くように防ぐ。

 体幹が乱れないよう、軸を捕らえられないよう。

 円の理を守りつつ、長年かけて親父さんから身を持って教わった回避手段だ。

 

 だてに豪気な親父達を相手にしてきたわけじゃない。それにこの武光、確実に親父達よりは弱い。

 腕で受け止めた武光の一撃は親父の拳と比べたら軽いものだ。

 俺の攻撃を受け止める武光。少なからずの手応えがある。親父さんほどに捌き切れていない。


 だとしたら俺でも勝機はある!


 武光が俺への攻撃をたくらみながら、右へ左へと様子を窺っている。

 焦らし作戦か。さっさときやがれ、この野郎。

 ふと、右の頬にぺちぺちとした感触があたる。


 なんだ、急に?――――。 


「――――!」

「――――! ――――!」

「――――――起きて下さい」

「――――――部長。部長ってば」


 ぺちぺちと俺の頬を叩きながら、俺の顔を覗き込む沙緒。

 あれ? 俺、今武光と戦ってたんじゃ?

 てか、何で俺倒れてんの?


「大丈夫ですか? 一発で沈んでましたけど?」

「え? 嘘だ。今、俺あいつとやりあってただろう?」

「なに言ってるんですか? 部長の相手なら、ほら」

 沙緒が指差した方を見てみると、武光に馬乗りになっている菫を見つけた。


「痛いですか?」

 そうして武光の顔面に振り落とされる菫の拳。うわ、嫌なもん見た。

 その脇では誠がまたぶるぶると震えながら、頭を抱えてうずくまっていた。 


「えーと?」

「部長はですね。誠さんの後に顎に一発入れられてKOされたんですよ」

「マジで?」

「マジです。それで菫ちゃんが応援に行って今の状態な訳です」


 つまり、話をまとめると……、最初の武光の一撃で俺は顎を打ち抜かれて一発KOされ気絶。

 その後、俺は夢の世界で武光を相手にしていたということか。

 倒れた俺に代わり菫が参戦して、武光をフルぼっこにして今の状態と……。



 …………ははっ。俺YOEEEEEEEE!



「ははは……」

 乾いた笑いしか出ない。

「あ、そろそろ止めなくちゃ。菫ちゃんが殺人犯になっちゃう」

 沙緒は慌てて菫に向かい、全身を使って後ろから菫に抱きついて止めた。


「菫ちゃん、ストップストップ。もう痙攣してるから!」


 沙緒のおかげで振り上げた拳は武光に落とされることはなかった。

 沙緒が離れるとゆらりと立ち上がる菫。


「言ってくれないと分からないじゃないですか?」


 意識のない武光を見下ろし、にやりと笑いながら告げる菫。それやめて。マジで怖いから。

 何がともあれ、コスプレを見に纏った二人の刺客は副部長の功績により退けられた。


「ぼ、僕おうち帰る!」

 誠は菫の凶行を目撃して幼児退行していた。哀れすぎる。

「よしよし、大丈夫ですからねー。怖くないですよー」

 沙緒がよしよしと誠の頭を撫でてなだめている。

 

 凶行を終えた菫はニコニコとしながら俺に近付いてくる。

 トラウマを刺激してるんで、ちょっと時間置いてからにしてもらっていいですか?


「部長終わりましたよ」


 うん。そうだね。完全勝利ってやつだよね。だって菫一発も貰ってないでしょ?

 ところで、頬に返り血がついてて超怖いんですけど。

 そんな顔で笑われたら、夢に出てきそうだからやめてくれない?


「ところで茶々はよ?」

「あそこです」

 沙緒が指差す方向を見ると、持参してきた枕を頭にして床ですやすや寝ていた。

 ……ある意味大物だな、あいつ。


「暗いから余計に眠気に負けたみたいですねー」


 沙緒……こういう時でも後輩の行動を悪しと見ないのはいいことだけど。

 ちょっとそれはおかしいと思うぞ?


 まあ、菫の暴虐なシーンを見させなかっただけまだましか。

 すやすやと眠る茶々の元へ行き揺り起こす。


「茶々、ほら起きろ。次に行くぞ」

「う~ん。まだ眠いれす~」

「いいから起きろ」

 

 茶々の手を取って身体を起こす。

 寝ぼけ眼のまま、じーっと俺の顔を見た。

「あ~、部長ら。会長に捨てられたんなら私が拾ってあげましゅ~」

 そう言うと、俺に急に抱き付いてきて、うへへと笑っている。


「「「……」」」


「……部長。これはどういう意味でしょうか?」

 菫が俺の顔と俺の胸元に抱きついている茶々を見ながら聞いてくる。

 てか、何でそんなに殺気をみなぎらせて聞いてくる訳? 

 そんなの俺に聞くなよ。


「部長は私達の知らないところで茶々ともいい仲になってたんですか?」

 沙緒も何故だか怒ったような顔で聞いてくる。

 竿竹は頭の上でひゅんひゅんと音を立てていた。何その攻撃的な感じ。

 いや、ちょっと待って。変態とはそんな関係まったくないから。

 菫と沙緒が疑わしそうに俺達を見ている。その視線は怖いから止めてください。


「ちゃんと鎖につないであげましゅからね~。うへへへ」

 茶々が胸元でもそもそと変なことを言い出す。

 この発言からいうと俺をペットか何かのような言い方じゃない?


「こら。寝ぼけるのもいいかげんにしろ」

「ふええええええ。部長が怒った~」

 うわああ、超面倒臭い。

 しかし、茶々の顔が可愛いだけに、ちょっとドキッとしてしまう自分が悲しい。

 普段の変態ぶりには引くが、こういう茶々は愛らしい。

 俺が邪念を浮かべていると、菫がぽんと俺の肩に手を置いた。 


「……次は部長が相手でよろしいですか?」

「いや、ちょっと待て。それはおかしいよね?」


 菫の殺気が膨らんでいくのが分かる。これは命がかかってる。

 選択肢を間違えたらゲームオーバーだ。

 俺がこの状況をどうにかしようとしていると、館内放送がまた響いた。


『おめでとう。どうやらクリアしたみたいだね』

 豪一郎の声が響く。


『お手並み拝見だったが、必要なかったようだ』

 いや、俺一発でのされちゃいましたけど。


『進みたまえ。そこで待っている』


 豪一郎の言葉が終わると同時に誰かが明かりをつけたようだ。会場の水銀灯が淡い光を灯らせる。

 時間が経てばこの会場内を明るく照らすだろう。二階にいた黒スーツ姿のやつらは姿を消している。

 勝敗が決したので報告にでも行ったのかもしれない。

 

 俺達が入ってきた扉とは違う扉が開いた。どうやらそこへ行けということのようだ。


 抱きついていた茶々をはがして立ち上がる。

 あそこの先に朱里と豪一郎がいる。

 俺YOEEEEけど、せめて自分の手と足であいつを迎えに行ってやりたい。

 骨は部員に拾って貰おう。

 

「さあ、行くか!」

 と、いき込んだところで、菫に肩をがっしり掴まれる。


「部長……まだ、こちらの話が終わっていませんが?」


 あ、やっぱり流すの無理でした? 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ