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いきおいよく5-1

 婚約してから五日目。


 昨夜は風呂場で乱入してきた朱里に縮こまった愚息を見られ、一人枕を濡らした。嘘だけど。

 幼い頃は一緒に風呂に入ったりもしてたんだ。気にするほどじゃねえ。

 うん。気にしてなんか……ない……。あいつ目が笑ってたのは気のせいだよな?

 こんちくしょう。何で俺だけ裸だったんだよ。どうせなら朱里も一緒に入れよ。

 何とか朱里を追い出して、風呂から出ようとした時も脱衣所で朱里がバスタオルを持ってスタンバイしていた。

「京介拭いたげる」

「子供じゃねえんだよ。いいからバスタオル置いて向こう行ってろって」

「京介のけちー」

 ふてくされながらも視線をチラリとしたのは見逃さなかったぞ。

 頼むから……お前まで変態の道に進まないでくれ。 


 朱里が引き上げるまでの間、落ち着いていられなかった。

 風呂から上がった後、イラストを描いていたのだが朱里が部屋でくつろいでいた。

 俺のベッドに寝転がりながら漫画を読んだり、たまに俺の秘密の隠し場所付近をゴソゴソしたりして、気が散ってどうしようもなくなった。


「朱里。お前今日おかしいぞ。何でそんなに落ち着きが無いんだ?」

「だって京介がお願い聞いてくれないんだもん」

 普段は良い子なのに、お願いが発生すると朱里はかなりしつこい。

 今までは俺が根負けして聞いてやってたことが多いのだけれど、今回ばかりは譲れん。

「だからそれは絶対無理だ。流石に嫌だって言ってるだろ」

 ああだこうだと言い合ってるうちに、

「もういいもん。帰る!」

 不貞腐れた朱里はベッドから起き上がるとそそくさと部屋から出て行った。

 と、思ったらすぐに扉が開いて顔を出す朱里。

「謝るなら今のうちだからね」

「何を謝るんだよ!」

「べええ、だ」

 あっかんべーをしてまた扉を締めた。あいつもたまにお約束するよな。


 思わず笑いがこぼれる。そういやあいつと喧嘩する時いつもこんな感じだった。

 次の日の朝にはまるで喧嘩が無かったみたいに普通の態度で来るんだよな。

 明日の朝には、いつものように起こしに来てくれるだろう。


  ☆


 ……そして今、現在、これはどういう状況なのだ?


 ちゅんちゅんと鳥の無く声が聞こえる。もう朝なのだろう。

 カーテンの隙間から明るい光が漏れているのも寝ぼけ眼でも良くわかる。


 でも何で俺、手足をベッドの端に縛られてんの? 

 こうなるまで気付かない俺も俺だけど、やってる張本人も問題だぞ。

「……おい、朱里。……これはどういうことだ?」

「あ、起きた?」

 俺にこんな仕打ちをする張本人、朱里はぎゅっとロープをベッドの端に固く結ぶと立ち上がって、何事も無い顔で言った。おいちょっと待て。なに普通の顔してこういうことしでかしてんの?

 何するつもりだ、お前。


 土曜日なので、いつもの学校の制服姿ではないワンピース姿の朱里。

 丈の短めなワンピから露出する太ももが色っぽい。

「……男の人って朝おっきくなるんだよね? この間、京介もなってたもんね?」

 まだ諦めてなかった⁉

「お前、幾らなんでもこれはやりすぎだろ」

「えーだって。京介見せてっていっても見せてくれないんだもん」

 ゆっくりと枕元に顔を近づけて囁く朱里。

 その表情はいつもの朱里とはかけ離れた怪しげな表情をしていた。

 どこかで見たことがあるこの感じ。そうだ、誠の姉のゆかり先輩がこんな顔を良く浮かべてた。

 何、この痴女? 俺の朱里はこんな娘じゃないぞ。


「馬鹿やめろ!」

「うるさいなー。そういう口は……えい!」

 両手で俺の顔を固定すると、朱里は唇で俺の口を塞いだ。

 昨日のキスがフラッシュバックして、俺の下半身では暴君が『もう朝ですか?』と目覚めかける。

 馬鹿野郎! お前は悟り開いてろって。朱里の思う壺じゃねえか。

 キスをしたまま、朱里が俺に覆いかぶさってくる。

 胸元に朱里の胸の柔らかさが伝わってきて、下半身の暴君が『もう無理です!』と激しく暴れだした。

 朱里の太ももが俺の股間にのしかかってくる。

 朱里は暴君の感触を脚に感じたのか、少しばかり唇を離すとにやりと笑った。

 い、いかん。このままではマジで暴君が朱里の目に晒されてしまう。

 手や足を動かそうにもしっかりと縛られていて手足を動かすことが出来ない。



「それじゃあ、拝見させて貰いましょうか?」

 ゆっくりと起き上がると下へ下へとずれて行く朱里。

 このとき俺の脳内ではめまぐるしいスピードで三角比の問題を浮かべていた。

 考えろ。別の事を考えろ。暴君が再び眠りに着くレベルまで考えまくれ。


「さて京介。観念してね」  

 寝巻きのズボンを掴もうとする朱里の手から逃れようと腰を左右に振って抵抗する俺。

「ああん、もう動いたら出来ないじゃない」

「当たり前だ馬鹿! 抵抗するに決まってるだろ!」

 目で俺の腰の動きを追いながら、俺の腰をがばっと捕まえる朱里。

 くそ! 手足が縛られてるとやっぱ駄目だ。

 がっちりとズボンを掴んだ朱里はしっかりと掴んで離さない。 

 顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。

 俺の意志とは裏腹に元気付いた暴君が『ドキドキワクワク』とまだ健在だ。

「では、ごかいちょ~~~~~」

 と、その時部屋の入り口から救世主が現れた。


「お姉ちゃん朝っぱらから何やってるの? うるさいんだけど」

「!」

 さすがに朱里も焦ったのかズボンを持った手を離す。

「おにーちゃんまた何か悪戯でもしたの? お仕置きされてんの?」

 おい妹よ。お前、この状態を見て何故に俺が悪戯したように思うんだよ。

 いや確かに俺は悪戯していたこともあるよ。

 こんな変態じみたことはしたことねえよ!


 だが妹よ。お前のおかげで助かった。

 一生は無理でも半年位は恩を覚えておくぞ。

 

 朝っぱらから幼馴染である婚約者に元気な愚息見たさに襲われる。


 そんな稀有な出来事の後、事を起こした朱里に見送られて家を出た。

 その間の朱里はまったくいつもと変わらぬように俺に接していた。

 俺にはかえって、そっちの方が怖かった。このパターンだと朱里が諦めたとは思えないからだ。

 

 拘束された上、襲われたことに『ちょっと良かったかも……』なんて考える自分がいる。

 どうやら俺には潜在的なM要素があるようだ。俺も八木のことは言えないかもしれん。

 いかん。まだ襲われたことで頭が混乱しているようだ。


「帰った後が怖いな……。あの様子だとまだ諦めてねえだろうしな~」 

 バスの中でぽつりと独り言。

 はっとして周りを見回すも近くにいた人は気にもしていないようだった。

 危ない危ない。急に独り言いっちゃうなんて危ない人だと思われる。 

 だが、実際のところ不安は募る。有効な防御策が思い浮かばないからだ。

 

 不安を抱えたまま、部員達と決めた待ち合わせ場所の殿宮駅に着いた。

 土曜日の駅前は学生やサラリーマンが少ないせいか、思っていたよりも混雑が少ない。

 集合場所の東口に向かうと俺が一番最後だったようで、みんなすでに揃っていた。

 合流して挨拶を交わすと、

「部長、今日は気合いれていきましょうね!」

 と沙緒が横で興奮したように言う。沙緒の頭上では竿竹がヒュンヒュンと素早い動きをしている。

 とりあえず落ち着け。まだ場所にも着いてないから。何事も一生懸命にする沙緒らしい態度だと言えば態度だ。それより竿竹を鎮めてくれないか? 先端がさっきから当たってうざいんだ。

 まあそれはともかく、頑張り屋さんの沙緒のことだから、実際に今日は一番働くことだろう。

「沙緒、今からそんなに興奮してると持たないぞ」

 と誠はため息をついて沙緒に言った。沙緒とは真反対になんだか元気のない誠だった。

 誠は買いたい物があるといっていたからだろうか、大き目のトートバッグを持ってきている。

「誠さん、そんなに大きい鞄いるんですか?」

「ああ、今回は欲しいものが多いからな。まだ悩んでるよ」

 また一つ深いため息をついて沙緒に答える誠だが、こうしてみると顔が整っているからか愁いを帯びた美少年って感じにも見える。いいよな顔立ちがいい奴って、ほんとに羨ましい。

「……緊縛もあるし、……触手もある……ふたなりネタの新作もあるらしいしな……」

 ……羨ましくなくなった。どうやら神様は良いものだけではなく、ちゃんと悪いものも与えてくれたようだ。とりあえず言っとこう。グッジョブ神様。


「あ~、いっそのこと全部買っちま――――ごふっ!」

「――誠さん。外だと手が出されないと思って好きなこと言ってませんか?」

 菫が目を細めてキリングマシーンの表情を浮かべながら誠にレバーブローを決める。

 菫さん、人目につくので止めてください。一緒にいる俺達も恥ずかしいです。

 それといきなりレバーブローはどうかと思います。君も一応女の子です。


 気になるのがぼ~っとした様子の変態茶々。

 合流して挨拶した時も頭をぺこりとするだけだった。

 いつもみたいに鏡を手にしてもいないし、さっきから一言も発していない。

「菫、茶々どうなってんだ? さっきから変なんだけど」

「ああ、元々朝弱いらしいんです。私と合流した時からそうでしたよ。昨日眠れなかったんじゃないですか?」

 そういう菫の横で無言でコクコクと頷く茶々。

 こうも大人しいとちょっと怖い。普段からこんな感じなら可愛いと思えるんだが……。


「……ふむ。沙緒お前手鏡あるか?」

「え? あ、はいはい。どうぞ」

 俺が聞くと沙緒がポーチの中から小さな折り畳みの鏡を出して差し出した。

 物は試しと、茶々にその鏡を向けてみる。

 ぼーっとした茶々の瞳が鏡を捉えると、じーっと鏡を見つめる。

 次第に目の輝きが取り戻され、徐々に鏡に近付く茶々。

 お? 覚醒したか?


 茶々がにへらと笑ったかと思うと、

「ああ~ん。誰? この可愛い子と思ったら私の顔じゃない。一瞬負けたって思っちゃったじゃな~い」

 どんだけ自分の顔好きなんだお前。

「は! 今日はたくさんの知らない人が私の顔をみるというのにチェックが足りてないわ!」

 そう言うと自分の鞄を漁りだし、手鏡を両手に鏡でチェックし始めた。

「……今のうちに好きなだけしとけ」

 覚醒させたのを後悔しつつも、その様子を眺めていた。


 手鏡を見る茶々の顔を見ていて、ふと気付く。

「茶々お前の顔ってそれすっぴんなの?」

「へ? メイクなんてしたこと無いですよ? 日焼け止めとかリップくらいならしますけど」

 何言ってんのこの人? チェックの邪魔しないでよ。このカスが! みたいな顔して言う茶々だった。

 俺の被害妄想が加速する。いかん。まだ朝のダメージが残っているようだ。

「……羨ましすぎる」

 横で心底羨ましそうに沙緒がぼそっと呟く。まあ、特殊なパターンだと思え。

 すっぴんでここまで整っていても変態だし、これも神様が平等にしてくれたんだよ。きっと。

 やっぱグッジョブだよ神様。プラスを与えてもマイナスも与えるんだよな。

 ところで俺のプラスって何なの? 教えてくれないかな?


 東口前にあるコンビニでみんなそれぞれ朝食を買ってすぐさま移動。

 琴浦駅方面の構内は、朝も早いからか混雑は見当たらない。

 だが、俺たちと同じ目的なのではないかという人の群れはちらほらと散見された。

 なんだろう。同業種の人たちって何となく分かっちゃうんだよな。

 同じ匂いがするっていうのか、何となく分かってしまう。


 まあ強者ともなると、Tシャツのプリントがもろ自分のキャラだったりする人もいる。

 宣伝効果にもなるのでわからないでもない。

 ただし宣伝効果になるのはその服を可愛い子(男の娘も含む)が着た時だけだと俺は思う。

 身体のサイズと服のサイズは考えろといいたくなる着方をしている人もいる。

 どう見たって伸びてるから!

 元の輪郭なくなって何のキャラかわかんないから!

 着る前に痩せろ!

 何故、着た?

 と、突っ込みのオンパレードをまくしたてたくなる時がある。

 好きで愛しているから着ているのであるなら俺は文句は言わない。

 愛は尊いものだからだ。

 しかし宣伝効果のため着ているのならば、デブやブサメンが着るのは逆効果だと思うのだ。


 今の世の中には確かにブサカワイイとか、キモカワイイとかグロカワイイという言葉が跋扈している。

 いわゆるギャップ差の中に愛でるポイントを捕まえているようなのだが、これは集団心理を巧みに利用しているような気もする。

「不細工だけど可愛いよね」

「きもいけど、ちょっと可愛いよね」

 こんな風に振られたら同意する奴もいるだろう。振られた奴が他の人に拡散したら出来上がりだ。

 なにこれ伝染病なの?   

 まあ、まだ実際にちょっとでも可愛いゆるキャラなら許せるのだが、世の中勘違いした奴も多い。

 自分の事をキモカワイイだブサカワイイと言って現状に甘えている奴がいる。

 そういう奴には現実の残酷さを教えてやりたくなる心境になる。


「――――部長、部長。おにぎり頬張りながら脳内で力説するの止めてください」

 菫が横から俺の肩をちょんちょんと突きながら言った。

「む⁉ なぜ分かった?」

「いえ、別に分かったわけではなく想像ですけど」

 いかんいかん。どうやら意識が向こうにいる同じ匂いのするキャラT着たデブに飛びすぎたようだ。

「すまん」

「それよりも早く食べてくださいよ。電車来ちゃいますよ」

 俺の周りで沙緒が苦笑い。誠はまだ痛むのか肝臓辺りを押さえている。茶々は鏡の世界で自分と対話中。いつか魔女になってしまえ。


 さっさと朝飯に買ったおにぎりを食べ終えると、俺達が乗る電車がホームに入ってくる。

 構内に備え付けのゴミ箱にゴミを放り込み俺達は乗車した。

 まばらに座る客の中に俺達と同じ目的を持った人が先に乗っていたようだ。

 正面には三人いて、手帳を見ながら打ち合わせをしていた。

 明らかにその職種っぽい人と明らかに違うでしょと言いたくなる妙に小綺麗な女の人が手帳を見ながら確認しあっている。足元にはずいぶんと大きな荷物。出展の確認でもしているんだろうか。

 顎くらいまである切り揃えたショートカットが良く似合う、セクシーな感じで、座ってる感じからして背も高い気がする。見た感じで大人の女性って感じだ。

その人を横目に、対面の席に俺、沙緒、菫、誠、茶々の順番に横一列に並んで座った。


 女性は俺達が座ったのをチラリと見ると、一瞬目を細めて興味が無いように視線を手帳に戻した。

 なんだ? 感じ悪いな。にこって笑えとは言わないが目を細めなくてもいいだろう。


 ちらりと横を見ると、女性が目を細めたのを何となく納得する俺。

 手鏡を片手に茶々が「はぁはぁ」言っている。捨てたいな、この変態。

 朝っぱらから堂々とエロ漫画を広げた誠にアイアンクローを決める菫。

 横で何故かぶるぶると震えている沙緒。

 何か携帯の振動みたいになってるけど⁉

 沙緒の揺れのせいで、竿竹が分身したみたいになっている。


 そりゃ、お姉さんも目を細めて見るわ。

「ぶ、部長……目の前の女の人……澤田さんです。澤田祥子さん」

 ぶるぶる震える沙緒が小さな声で囁いた。

「澤田祥子さん? ――って、あの澤田祥子⁉」

 思わず大声で言ってしまった。


 名前を呼ばれて反応するショートカットの小綺麗なお姉さん――――澤田祥子は俺達をじっと見て微笑み口を開いた。

「……君達……あたしの顔知ってるんだ? 嬉しいね」


 澤田祥子――――イラストレーターでもあり、漫画家でもあり小説家でもある女性作家。アニメ化、映画化された作品も多く、今やその業界では描くと売れると評判である。

 彼女の作品は性別年齢を超えたファンが多い。共感されやすい作品が多いのだ。女性なのに男心を理解したような根性物や汗臭い作品をつくったりして、作者が実は男なのではないかと疑われた時期もあった。


 沙緒は漫画や小説は全部そろえているほどの熱狂的ファンだ。この人のアニメがきっかけで自分も描いてみたいとアニメ部に入部しようとしたと聞いている。漫研でもいいと思った一つに目の前にいる澤田祥子のようになりたいからだとも聞いた。漫研としては絵も描くし、話も作る、当然、漫画も作る。内容は天地の差があったとしても漫研での活動ならば澤田祥子の真似に近いといえる。


 イラストレーター、漫画家、小説家と三足のわらじをこなす彼女は沙緒だけでなく多くの人の憧れや模範となっているだろう。

 しかし、実際見たことがなかったけど、澤田祥子って、こんなに若くて綺麗なんだ。歳は咲ねえと同じくらいに見えるな。

 てか、売れっ子なのに電車で移動なの? もしかして電車好き?


 声をかけられて顔を真っ赤にして口をぽかんと開けたままの沙緒。もうどうしていいか分からないようだ。


 俺も思わず姿勢を正し、部員たちにも態度を改めるよう視線を向ける。

 菫、粛清はいいからちゃんと座れ。さすが副部長だ。理解が早い。

 誠はその本さっさとしまえ。よしよし。誠もちゃんと理解しているようだな。

 茶々は……うん、お前はまあいいや。俺の視線なんぞ平気でスルーしてるし。


 澤田祥子は俺達の態度に笑みを深めていくつかの質問をしてくる。 

「こんな時間にその様子だと……君達もイベントに参加するの? 若そうだけどいくつ?」

「こ、高校生です。参加と言うかお手伝いです。知り合いに頼まれまして」

 沙緒は緊張して答えられないようなので、部長として俺が代表で答える。とはいえ、売れっ子の作家を前に俺も緊張していた。

「そうなの? 感じからして初めてのようね。気を当てられないようにね。結構怖いわよ?」

 第一印象と違って優しげな感じだ。そうですよね。変な集団に見えたんですよね。ええ分かります。俺もあなた以上に何だこいつらって態度とる自信があります。


 横にいる男が「――先生、打ち合わせ」と小さく呟く。おそらくアシスタントか編集関係者の一人だろう。

「ああ、そうね」

 澤田祥子は男性にそう言うと、俺達に一つぺこっと頭を下げ、

「ごめんなさいね。また会場でね」

 と微笑んだ後、隣の男性と手帳を見ながら話に戻った。

 高校生である俺達に頭を下げるなんて、売れっ子作家なのに偉い人だなーと思った。


 沙緒がぶるぶると携帯のように震えたまま俺の腕を掴む。

「ぶ、部長ー。やばいですー。心臓が口から飛び出そうです」

「落ち着け。わずかとはいえ一緒の空気が吸えるんだ。それを堪能しとけ」

 今の言い方だと変態行為を推奨したように聞こえるけれど、沙緒は素直に「すーはーすーはー」と深呼吸で息を整え始める。

 ……俺が言ったのはすーはーじゃなくて、クンカクンカの方だけどな。

 するとすぐにがばっと俺の腕を掴み、

「やっぱ無理です!」

 いいから落ち着け。お前の憧れの人がお前見てくすっと笑ったぞ。 


 そういえば……沙緒が貰うって言ってた今回の報酬はこの人のサイン付きイラストだったはず……。そりゃあ、沙緒も頑張ろうとするわな。


 こんな偶然にも憧れの人に出会ってしまうのだ。人生何が起こるかわからんぜ。

 



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