末永く
手に持ったティーカップを一度ソーサーの上に戻し、私は言葉を続ける。
「四大元素を司る王達が私を守るため、伯爵領に精霊を多く配置してくれたのです。ここだけ極端に自然災害が少なく、天候が安定していたのも王達の計らいのおかげです」
もう隠す必要がないので、私は真実を包み隠さず話した。
『なるほど』と相槌を打つルイス公子を前に、私はふと天井を見上げる。
「だから……という訳ではありませんが、ルイス公子ならきっと自力で真相に辿り着いていたと思います。今回のようなことがなくても」
『遅かれ早かれ、バレていた』というセリフの意図を説明し、私は前を向く。
すると、穏やかな光を宿す黄金の瞳が目に入った。
自分の実力を高く評価され、気を良くしたのかルイス公子の表情はどこか柔らかい。
「まあ、確かにおかしな点は多々ありましたからね。アルティナ嬢との決闘で見せた勘の良さや、領地戦の最中に起きたラッキーな出来事など。今考えてみると、怪しいことだらけです」
すっかりいつも通りの態度に戻ったルイス公子は、重くなった空気を和らげた。
かと思えば、胸の内に留めていた疑問点をどんどん口にしていく。
『アレもソレもコレも風の力だったのか』と納得する彼の前で、私は少し遠い目をした。
過去の行いを改めて振り返ってみると……私って、結構狡猾ね。
アルティナ嬢との決闘では風の精霊にカードの内容を教えてもらい、領地戦ではメイラー男爵家側に密偵として風の精霊を何体か送り込んでいた。
おかげで、あちらの情報は筒抜け。
正直ちょっと良心は傷んだけど、勝つためなら非情になれた。
『これぞ、まさに仁義なき戦いよ』と心の中で呟く中、ルイス公子は一通り疑問点を話し終える。
一旦紅茶を飲んで休憩する彼は、『ふぅ……』と息を吐き出した。
と同時に、顔を上げる。
「それにしても、風の力は非常に便利ですね────情報戦では、特に」
感心半分警戒半分といった様子で、ルイス公子はそう言った。
『私のことも調べたのか?』と少し探りを入れてくる彼に、私は内心苦笑を漏らす。
まあ、この反応は想定の範囲内なので別にどうとも思わないが。
「確かに風の精霊の情報収集能力は驚異的ですが、万能ではありません。要領は聞き込み調査と変わりませんから。他人の過去を覗いたり、未来を予知したりして情報を得ることは不可能です」
『得られる情報はあくまで、その精霊が見聞きしたことのみ』と説明し、私はルイス公子の警戒心を和らげた。
すると、彼はどこかホッとしたような表情を浮かべる。
「なるほど。だから、私やアルティナ嬢が精霊師であることを知らなかったんですね」
『謎が解けました』と言わんばかりに頷き、ルイス公子は肩の力を抜いた。
どうやら、重要な情報は漏れていないと確信しているようだ。
実はここだけの話、ルイス公子のことは何度か探ったことがある。
でも、大事な会話や書類には隠語や暗号を使っていて、全く訳が分からなかった。
『おかげで有益な情報は一つも手に入らなかった』と肩を落とし、嘆息する。
精霊に翻訳機能でもあれば話は別だが、解読は完全にこちらの仕事。
なので、風の力を活かし切れるかは私の頭脳に掛かっていた。
『もっと知識を蓄えておくべきか』と悩む私を前に、ルイス公子はカチャリと眼鏡を押し上げる。
そして、僅かに身を乗り出した。
「ところで────レイチェル嬢は今でも、ニート生活を送りたいと思っていますか?」
唐突に話題を変えるルイス公子は、真剣な面持ちでこちらを見据える。
風の王の契約者と判明した今と昔では全然状況が違うため、確認を取っておきたかったのだろう。
心変わりの可能性を考える彼の前で、私はギュッとドレスのスカート部分を握り締めた。
と同時に、背筋を伸ばす。
「はい。ずっと屋敷に引き籠って、グータラしていたいです」
「分かりました。以前も言ったように『ずっと』は難しいですが、最善を尽くします」
「えっ?よろしいんですか?」
間髪容れずに了承の意を示したルイス公子に、私はかなり驚いた。
だって、風の王の契約者である妻なんて使い所満載だから。
使わない手はない……と、大抵の人間は考える筈だ。
なのに、ルイス公子は利益よりも私の意向を優先してくれた。
『離婚や婚約破棄を警戒しているのか?』と考える私を前に、彼はフッと笑みを漏らす。
「ええ、もちろん。だって、約束したでしょう?出来るだけ快適な生活を提供する、と」
プロポーズの際に取り決めた条件を話に出し、ルイス公子は顎を反らす。
「私は絶対に約束を破りません。ですから────」
そこで一度言葉を切ると、ルイス公子はスクッと立ち上がった。
かと思えば、私の隣に腰を下ろす。
「────安心して、私の隣に居てください」
『心配することは何もない』と言い聞かせ、ルイス公子は私の手を取った。
離れていかないよう、繋ぎ止めるみたいに。
風の王の契約者というステータスによって、私の地位が向上したため危機感を抱いたのだろう。
あと、私の結婚条件が緩いことも不安を煽る一因になったのかもしれない。
正直、『ルイス公子じゃないとダメ!』みたいな内容は一つもないから……焦るのもしょうがない。
でも、すぐ別の人へ乗り換える女だと思われているのは心外だ。
『私はそこまで常識のない人間じゃない』と心の中で抗議しつつ、一つ息を吐く。
「言われなくても、そのつもりです。私はプロポーズを受けたあの日から、ルイス公子と添い遂げる未来を見据えて生きてきました。今更、他の人と結婚なんて無理ですよ。公子は私の人生の一部になったんですから」
『それに二度も破談なんて、絶対に嫌です』と零し、私は黄金の瞳を見つめ返した。
確かな意志と覚悟を見せる私に、ルイス公子は一瞬息を呑む。
そして、大きく目を見開くと、弾けるような笑みを浮かべた。
「ふふふっ……そうですか。レイチェル嬢の人生の一部だなんて、恐れ多いですね。でも、そう言って頂けて大変光栄です」
安堵と歓喜の入り交じった声色でそう言い、ルイス公子は握った手に力を込める。
黄金の瞳をうんと細める彼は、幸福感を露わにしながら顔を覗き込んできた。
「では、改めまして────末永くよろしくお願いします、レイチェル嬢」
そう言って、ルイス公子は私の手の甲に口付けた。
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