帰りたい《ウィル side》
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ターナー伯爵家とメイラー男爵家の領地戦から、早一ヶ月。
世間は王の契約者の出現と新たな精霊師の誕生に、沸いていた。
────ただの執事である私を、社交界に引っ張り出してくる程度には。
「レイチェル様って、凄い人だったのね!」
「ルイス様の婚約者に選ばれるだけ、あるわ!」
「私は最初から、只者じゃないって分かっていたのよ!」
「常人では出せないような雰囲気というか、オーラを持っていたものね!」
レイチェル・アイレ・ターナーとルイス・レオード・オセアンの結婚に難色を示していた筈の令嬢達が、見事な手のひら返しを見せる。
つい最近まで、『田舎娘がルイス様を誑かした!』と半狂乱になっていたのに。
今では、お似合いだと褒め称える始末。
実に現金な人達である。
嗚呼、早く帰りたい……私は一体いつまで、ここに居ればいいんだろう?
パーティー会場の隅っこにある休憩スペースで、私はお暇するタイミングを窺う。
こういった場には慣れていないため、早く立ち去りたかった。
『今日はお嬢様も居ないし……』と嘆息しながら、身を縮こまらせる。
「それに比べて、アルティナ嬢ときたら……降伏後も攻撃を繰り出したそうじゃない?」
「最低よね。同じ貴族として、恥ずかしいわ」
「希少価値の高い精霊師だから皆見逃しているみたいだけど、正直ちょっと不快よね」
「契約精霊だって、視力を失った欠陥品らしいし……もう少し厳しい対応でもいいと思うわ」
ターナー伯爵家側の人間である私が居るからか、令嬢達はここぞとばかりにアルティナ嬢を貶す。
『ちょっと顔が可愛いからって、調子に乗り過ぎよね』と女の嫉妬を剥き出しにして、嘲笑った。
これで一旦会話が途切れるかと思いきや、彼女達は更なる暴言を口にしていく。
『うわぁ……』と幻滅する私のことなど知らずに。
ヘクター様やアルティナ嬢がパーティーに参加してなくて、本当に良かった……もし、居たら確実に揉めていた。
他人の悪口で盛り上がる令嬢達を前に、私はどこか遠い目をする。
色んな意味で会話についていけない上、一人だけ男性ということもあり疎外感が半端なかった。
はぁ……パーティーの招待なんて、断っておけば良かった。
相手が格上だからって尻込みせず、勇気を振り絞っていたら……私は今頃、屋敷でいつも通り過ごしていたのに。
『でも、どう断ればいいのか分からなかったんだよな』と嘆く中、令嬢達は一旦口を噤む。
アルティナ嬢の不満を出し切ってスッキリしたのか、表情は晴れ晴れとしていた。
『そろそろ、お暇してもいいだろうか』と悩む私を前に、令嬢の一人が口を開く。
「うふふふっ。私達ばかり、喋ってしまってごめんなさいね。つい白熱してしまったわ。ところで、バーンズ令息はレイチェル様の従兄弟で幼馴染みなのよね?」
「ええ、まあ……」
「じゃあ、レイチェル様について詳しいのよね?」
「長い付き合いなので、それなりに知っているとは思いますけど……」
この先の展開が読めているが故に、私は曖昧な反応を示した。
すると、パーティーの主催者たる令嬢はニコニコと愛想良く笑う。
一見、人畜無害のお姫様のように見えるが……腹の中はきっと真っ黒だ。
様々な策略と思惑が渦巻いているに違いない。
自然と身構える私を前に、彼女はスッと目を細める。
「そう。なら、教えて欲しいのだけど────レイチェル様はどうやって、風の王と契約したの?」
内緒話でもするかの如く、彼女は声のトーンを落として尋ねてきた。
『やはり、そういう類いの質問か』と項垂れる私は、密かに溜め息を零す。
まあ、領地すら所有していない貴族の息子を招待する理由なんて、決まっているからな。
その者と交友がある人物の橋渡し、もしくは情報収集。
単なる善意や好意で交流を持とうとするケースは、ほとんどない。
良くも悪くも打算的な上流社会に辟易しつつ、私は姿勢を正した。
と同時に、困ったような表情を浮かべる。
「申し訳ありませんが、お答え出来ません」
「あら、どうして?」
「それは────」
────今も我々の会話を聞いているであろう、風の王に殺されるからです。
とは言えず、一旦口を閉じる。
そして、ありとあらゆる方向から突き刺さる冷たい視線に身震いした。
『まだ生きていたい』と強く思う私は、ダラダラと冷や汗を流しながらこう答える。
「私自身、風の王と契約に至った経緯を全く知らないからです」
『お力になれず、申し訳ありません』と口先だけの謝罪を口にし、頭を下げた。
まあ、『全く知らない』というのは真っ赤な嘘だけど。
実際は一から十まで全部知っている、と言っても過言ではない。
風の王とお嬢様の契約に関する情報を思い浮かべ、私はスッと目を細める。
────と、ここでパーティーの主催者である令嬢は真顔になった。
「そう。知らないなら、しょうがないわね」
先程までの愛想の良さは、どこへやら……沈んだ声で返事する。
態度も素っ気なく、視線すら合わせてくれなかった。
何ともあからさま対応に、私は内心苦笑を漏らす。
どうせ、役立たずとか思っているんだろうな。
でも、こちらとしては好都合。
ちょうど、会話も途切れたし……これで帰れるぞ!
「おっと……もうこんな時間。お嬢様に早く帰ってくるよう言われていますので、私はこの辺で。楽しい一時をありがとうございました」
『興味を失っている間に』と挨拶を済ませ、私は席を立つ。
案の定引き止められることはなく、何とかパーティーを抜け出せた。
私は旦那様のご厚意で用意してもらった馬車に乗り込み帰路に就くと、御者から手渡された手紙を読む。
そこには、ある人物の来訪について書かれていた。
恐らく、あの件でお嬢様に苦情……というか、物申しに来たんだと思う。
色々手助けした側としては、納得行かない結末だろうし。
私は手紙の文面をじっと見つめ、『お嬢様は一人でちゃんと対応出来るだろうか』と心配になった。
出来ることなら、話し合いに同席してあげたいが……屋敷に着くのは、どう頑張っても深夜になる。
何でよりによって、こんな時に……いや、こんな時だからか?
あの方は非常に頭が切れるから、私の居ない時を敢えて狙ったとしても驚きはしない。
『やっぱり、パーティーになんて来なければ良かった』と思いつつ、私は深い深い溜め息を零した。




