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終息

「レイチェル、約束だ────俺の首をやる」


 地面に両膝を突いた状態で前屈みになり、ヘクター様は自身の首を差し出す。

『ティナの笑顔と精霊(友人)の生還を見られたから、もう満足だ』と言い、そっと目を閉じた。

逃げ隠れもしない潔さを見せる彼は、微かに震える指先を握り込む。


 薙髪の時はあんなに逃げ回っていたのに……今度は逃げないのね。


 などと思いつつ、一歩前へ踏み出すと────アルティナ嬢が縋るような目を向けてきた。

不安のあまり表情を強ばらせる彼女の前で、私は一つ息を吐く。

と同時に、ヘクター様の肩を押した。


「そんな約束をした覚えは、ありません」


「えっ?でも、あのとき俺が『首をやる』って言ったら、『分かりました』って……」


 地面にペタンと尻餅をつきながら、ヘクター様は困惑気味に目を白黒させる。

『どういうことだ?』と混乱する彼に、私はこう答えた。


「『貴方の覚悟はよく分かりました』という意味で、言ったんですよ。首を貰うことに同意はしていません」


「へっ……?」


 素っ頓狂な声を上げ、固まるヘクター様はまじまじと私の顔を見つめる。

そして、何とか状況を呑み込むと────ポロポロと大粒の涙を流した。

呆然とした様子で自身の手を見下ろし、ギュッと胸元を握り締める。

自分の無事を確かめるように。


「ありがとう……!ありがとう、レイチェル!」


 顔をクシャクシャにして礼を言い、ヘクター様は安堵と歓喜を露わにした。

傍で様子を見守っていたアルティナ嬢もホッとしたように肩の力を抜き、笑顔になる。

彼らの所業を知っている風の王とウィルは、少々複雑そうだが……。


 『甘やかし過ぎだ』とでも言いたげな表情ね。

まあ、否定はしないけど。


 『泥沼になるよりは大団円の方がいいじゃない』と心の中で弁解し、肩を竦める。

────と、ここでウィルが身を乗り出してきた。


「ところで、根本的な解決とやらはどうなったんですか?」


 周りに聞こえないようこっそり耳打ちし、ウィルはこちらの反応を窺う。

『ここへ来た目的を忘れてませんか?』と呆れる彼に、私は頭を捻った。


「これだけ恩を売っておけば、アルティナ嬢が暴走することはもうないと思うけど……念には念を入れておくべきかしらね」


「是非そうしてください」


 間髪容れずに賛同の意を示すウィルに、私は『分かった』と頷いた。

どうやって話を切り出そうか悩みつつ、ヘクター様に再度視線を向ける。

すると、あちらもちょうど私を見ていたようで……エメラルドの瞳と目が合った。


「レイチェル!この恩は必ず、どこかで返す!何かやってほしいことや力になれることがあれば、遠慮なく言ってくれ!」


 腹筋を駆使して起き上がったヘクター様は、爽やかな笑顔と共に気前のいいことを言ってのけた。

死を免れて緊張の糸が切れたのか、すっかりいつも通りの彼に戻っている。

その後ろで複雑な表情を浮かべるアルティナ嬢のことなんて、知らずに。


 相変わらず調子のいい人ね。

まあ、今回ばかりは渡りに船だけど。


 などと思いつつ、私は目線を合わせるように少し屈んだ。


「では、早速一つお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、もちろん!」


 『何でも言ってくれ!』と言わんばかりに大きく頷くヘクター様に、私は内心溜め息を零した。

今まで邪険にされていた分、好意的な反応を見せられると、どうも調子が狂う。

何より、アルティナ嬢の暴走を誘発してしまわないか少し不安だった。

『とにかく早く終わらせよう』と考え、私は口を開く。


「単刀直入に申し上げますね────もっと、アルティナ嬢に目を向けてあげてくれませんか?」


「?」


 案の定とでも言うべきか、ヘクター様はキョトンとした表情を浮かべた。

『俺はちゃんとティナのことを見ているけど?』と言わんばかりに頭を捻り、怪訝そうに眉を顰める。

意味不明という言葉を態度で示す彼に、私は内心苦笑を漏らした。

『やっぱり、自覚なしか』と肩を落とし、話を続ける。


「私が口を挟んでいい事柄じゃないのは、重々承知しております。ただ、アルティナ嬢がこのような暴挙に及んだ原因はヘクター様にあります。何度も言っていますが、もう私のことは忘れてアルティナ嬢のことだけに専念してください。じゃないと、今回みたいに────ヤキモチを妬かれてしまいますよ」


 一息に事情を説明すると、ヘクター様はポカンとしたように固まった。

対するアルティナ嬢は顔を真っ赤にして、俯いている。

それが私の主張を裏付ける、何よりの証拠だった。


「ティナ……レイチェルに嫉妬、していたのか?」


 呆然としたまま後ろを振り返り、ヘクター様は直球で質問を投げ掛ける。

すると、アルティナ嬢は更に赤くなり……右へ左へ忙しなく視線を動かした。


「ぁ……うっ……えっと……その……ハイ」


 挙動不審になりながらも最終的には正直に答え、ギュッと目を瞑る。

『もう勘弁して……!』とでも言うように。

正座して羞恥に耐えるアルティナ嬢を前に、ヘクター様は────パァッと笑顔になった。

かと思えば、ピョンピョンと兎のように飛び跳ねて方向転換し、アルティナ嬢と向かい合う。

そして、彼女の頬にキスをした。


「今まで悪かった!これからはティナのことだけ見ているから、安心してくれ!俺はずっとお前を愛している!」


 『もう絶対によそ見しない!』と宣言し、ヘクター様は額同士をくっつける。

人目も気にせずスキンシップを図る彼の前で、アルティナ嬢は『はぃ……』と返事した。

消え入りそうなほど弱々しい声に反して、彼女は凄く幸せそうである。

泣き笑いに近い表情を浮かべ、愛おしそうにエメラルドの瞳を見つめていた。

目に見えない不安となかなか口に出せない不満を解消出来て、安心したのだろう。


 この二人には、是非とも末永く仲良くしておいてほしいわね。

またトラブルにでもなったら、巻き込まれそうだから。


 『一生ラブラブで居てくれ』と切に願いつつ、私は右耳に触れた。

『バッチリです』とでも言うように親指を立てるウィルに一つ頷き、パンパンと手を叩く。

そして、


「────とりあえず、全員撤収」


 事態の終息を宣言するかのように、後片付けを命じた。

いつも、「怠惰なご令嬢は元婚約者に関わりたくない!〜お願いだから、放っておいて!〜」をお読みいただき、ありがとうございます。


突然ではございますが、明日から1日1回(19:23のみ)更新に切り替えます。

制作の都合上、どうしても時間が足りず……ご理解頂けますと幸いです。


一応、残り3話程度で完結する予定ですので、最後までお付き合い頂けますと幸いです┏○ペコッ



引き続き、「怠惰なご令嬢は元婚約者に関わりたくない!〜お願いだから、放っておいて!〜」をよろしくお願いいたします。

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