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 暫し放心する風の王はまじまじとこちらを見つめた後、『はぁ……』と大きく溜め息を零す。

そして、少し呆れたように笑った。


「なるほど。確かに名誉の死は、罰にならないな」


 風の王は罰を与える目的に着目し、理解と納得を示した。

その途端、アルティナ嬢がパッと顔を上げる。

期待の籠った目で風の王を見つめ、祈るように両手を組んだ。

一縷の希望に賭ける彼女を他所に、風の王はスッと目を細める。


「じゃあ、こうしよう────こいつからは罰として、視力を奪う。これから一生主人の顔を見ることも景色を共有することも出来ず、ひたすら暗闇に耐えるんだ。戦闘ではまず間違いなく足手まといになるだろうし、相当応えるんじゃないか?」


 主人の方も、視力を奪ってしまった負い目を感じて苦しむ筈だ。


 ────とは言わずに、口元を歪める。

『最高の死に場所の代わりに、生き地獄を提供してやろう』と述べる風の王は、実に楽しげだった。

正直ちょっと恐ろしいが……これが彼に出来る精一杯の譲歩であり、優しさ。

何事も命あってこそなので、私もアルティナ嬢も文句を言わなかった。

複雑な心境を何とか押し殺しながら、今にも息絶えてしまいそうな精霊を眺める。


 『もう少しだけ、耐えてね』と願う中、風の王はパチンッと指を鳴らした。

その瞬間、泣く子も黙るような豪雨が止み、竜巻も霧散していく。

風の王は分厚い雲を取っ払い、夕日に染まる空を見上げると、降ってきた赤い鳥を見事キャッチした。

かと思えば、アルティナ嬢の契約精霊にそっと手を翳す。

そして、


「────*******」


 精霊語に近い言語で呪文を唱えた途端、赤い鳥はふわりと宙に浮き────燃えた。

いや、体を覆う炎の勢いが増したでも言うべきか……精霊の周囲を酸素で満たすことによって、無理やり火力を上げているようだ。

恐らく、こうすることで自己治癒力を上げる寸法なのだろう。

ちょっと荒っぽい方法だが、効果は抜群のようで瞬く間に元気な姿を取り戻す。


 まだ完治とまではいかないけど、一先ず大丈夫そう。

少なくとも、消滅の危機は去ったと思うわ。


 『良かった……』とホッとしたのも束の間────風の王は赤い鳥の目元に手を当てる。

そのまま何か呟き、物を握り込むような動作をすると静かに離れた。

と同時に、赤い鳥が目を開ける。


「フレイヤ……」


 弱々しい声で契約精霊の名を呼ぶアルティナ嬢は、クシャリと顔を歪めた。

何故なら────精霊の眼球が無くなっていたから。

そういう約束とはいえ、空洞になっている目を見るのは辛いのだろう。

風の王の目論見通り罪悪感を覚える中、彼女は大きく深呼吸した。

かと思えば、


「フレイヤ、こっちよ……!」


 精一杯声を張り上げて、精霊を何とか自分の元へ誘導しようとする。

少しでも近くに行こうと身を乗り出す彼女の前で、赤い鳥は風の王の手から飛び立った。

『フレイヤ!』と叫ぶ主人の声だけを頼りに、ゆっくりと前へ進む。

二人の間にある距離自体はほんの僅かだが、暗闇の中ということもあり内心は恐怖でいっぱいだろう。

でも、決して止まろうとはしなかった。

自分の力だけで着実に距離を縮めていき、赤い鳥はやがて主人の元へ辿り着く。

と同時に、彼女の胸へ飛び込んだ。


「フレイヤ……フレイヤ!」


 感極まった様子で何度も契約精霊の名前を呼び、アルティナ嬢は号泣する。

子供のようにわんわんと。


「ごめんね、フレイヤ……!ごめんね!私のせいで、こんな……!」


 胸にしがみつく契約精霊に頬擦りしながら、アルティナ嬢は謝罪を繰り返した。

その合間に、『無事で良かった』とか『ずっと大好き』とか違う言葉を挟む。

完全に支離滅裂だが……それをとやかく言う者は居なかった。

風の王でさえも呆れた様子で、二人のやり取りを見守っている。


「それにしても────罰の内容を変更するなんて、レイチェルらしくない提案だったな。誰かに入れ知恵でもされたか?」


 こちらを見ずに直球で質問を投げ掛ける風の王は、いきなり核心を突いてきた。

わざわざ聞かなくたって、分かっているだろうに……罰の内容を変更するよう提案したのは、私じゃないって。


 実は全部────ルイス公子の発案なのよね。

通信魔道具の電源を入れたままだったから、こちらの状況が筒抜けだったみたいで……助太刀してくれたの。


 『あれは非常に助かった』と思い返し、私は一つ息を吐く。


「まあ、ご想像にお任せするわ」


 『どうせ、知っているんだから説明する必要はない』と結論づけ、適当にはぐらかした。

ここでは周囲の目もあるため明確な返答を避ける私に、風の王は『そうか』とだけ答える。

ルイス公子のおかげでいい落とし所を見つけられたからか、妙に聞き分けのいい彼は手に持ったものを懐に仕舞った。

その際、宝石のように美しい二つの球体────精霊の眼球がチラリと見えたような気がしたが……私は敢えて知らんふりをする。


 何はともあれ、これで一件落着ね。

精霊の消滅を防げて、本当に良かったわ。


 『一時はどうなることかと思ったけど』と肩を竦め、安堵する。

と同時に、とてつもない疲労感に襲われた。

『ここ最近ずっと気を張っていたからな』と欠伸を噛み殺していると、視界の端に光る何かを捉える。

何の気なしにそちらへ顔を向けると、ヘクター様の姿が目に入った。


「レイチェル、約束だ────俺の首をやる」

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