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頑固

「分かりました。どうにかして、助けます」


 アルティナ嬢とヘクター様の説得に応じた私は、風の王へ目を向けた。

すると、彼があからさまに視線を逸らす。


「ねぇ、風の王」


「嫌だ」


「いや、まだ何も言ってないのだけど」


 『説得すらさせてくれないのか』と呆れる私に、彼は一つ息を吐いた。


「風の精霊を使って数ヶ月こいつらの行動を見張っていたが、本当に救いようのない馬鹿だったぞ」


「それは身をもって、知っているわ」


「色恋にうつつを抜かし、他者を気遣う様子もない」


「確かに自分本位なところは、あるわね。まあ、私も人のことは言えないけど」


 『面倒事を平気で丸投げするから』と苦笑いする私に対し、風の王は尚も反論を続ける。


「何より、こいつらはレイチェルを困らせてばかりだ。願いを聞き入れてやる必要など、ないだろう」


「迷惑を掛けられていることは、否定しないわ。でも、だからと言ってこの子を二人の道連れにするのは可哀想よ。それに何かある度、こっそり仕返ししてくれていたでしょう?」


 スカート捲り事件や髪の毛グチャグチャ事件を引き合いに出し、私は『それだけで充分よ』と述べた。

────が、風の王はそっぽを向いたままこちらを見ようとしない。


「……あんなのイタズラ程度だ。本当はもっと酷い目に遭わせたかった」


「私のことを想って、行動してくれるのは凄く有り難いわ。ありがとう。でも────当事者じゃない誰かを……ましてや、貴方の同胞(・・)を手に掛けるのは違うでしょう?罰を受けるべきはアルティナ嬢とヘクター様であって、この子じゃないわ」


 『どうか考え直して』と説得し、私は風の王の情に訴え掛けた。

でも、今一つ決め手に欠けるのか……彼は反論をやめない。

いや、むしろ意固地になっているような気がする。


「確かに一番悪いのは間違いなく、そいつらだ。でも、実行犯であるこいつにも責任はある。奴隷のように扱われていた訳ではないのだから、拒否権くらいあった筈だ。大きな力を持つ者として善悪の判断もつかぬなら、自我なんて持つべきじゃなかった。だから────」


 そこで一度言葉を切ると、風の王は銀の瞳に殺意を滲ませた。


「────もう二度とこんなことを仕出かさないように今、ここで消滅させる」


 同胞だからこそ許せないのか、風の王は処断続行を決める。

恐らく、『裏切られた』という意識が強いのだろう。

だから、主犯であるアルティナ嬢よりも精霊に怒りを向けている。


 参ったわね……風の王って、こうなると凄く頑固だから。

ちゃんと説得出来るか、自信がなくなってきた。


 どんどん羽根を千切られていく赤い鳥に目を向けつつ、私は焦りと不安を加速させる。

『こんな時、ルイス公子なら……』と考え、そっと通信魔道具に触れた。


「風の王の考えは、よく分かった。でも、自分の配下じゃない精霊を勝手に罰するのは、如何なものかしら?」


 情に訴えかけるのは諦め、火の王に怒られる可能性を提示する。

遠回しに『管轄外のことにまで手を出すな』と警告する私に、風の王は眉一つ動かさなかった。


「確かに火の精霊を裁く権利は私にないが、レイチェルを傷つけたやつの処断となれば火の王も理解してくれる筈だ。あいつの過保護ぶりは、レイチェルも知っているだろう?」


「……」


 風の王の反論にぐうの音も出ない私は、思わず目頭を押さえる。

『火の王なら、許しかねない……』と考えながら。

『複数人の王との契約を禁じる』という世界の掟により、契約こそ出来ていないものの……火の王はかなり私を好いている。

なので、多少のことには目を瞑ってくれるだろう。たとえ、それが配下の抹殺であろうとも。

『この説得材料では、風の王を納得させられない』と確信し、思い悩む中────アルティナ嬢がよろよろと立ち上がる。


「風の王、どうかフレイヤを助けてください」


 『お願いします』と再度懇願し、アルティナ嬢は風の王の前まで足を運んだ。

何度も何度も転びそうになりながら……。

幸い、風の王は竜巻と少し離れた位置に居たため契約精霊の時のような苦難を強いられることはなかったが。

それでも、相当苦労したに違いない。

『雨のせいで体温だって奪われているだろうに』と心配する中、アルティナ嬢は崩れ落ちるようにして跪いた。

かと思えば、ヘクター様の制止も無視して頭を下げる。


「私はどうなっても構いません。フレイヤさえ、無事なら……」


「もう手遅れだ。諦めろ」


 アルティナ嬢の嘆願を一蹴し、風の王は竜巻に目を向ける。

その横顔は────何故か、とても苦しそうに見えた。


 本当は風の王だって、同胞を失いたくないのだと思う。

ただ、どうやってこの事態に……自分の心に折り合いをつければいいのか、分からないだけ。


 『私はどうすればいいのだろう?』と自問する中、不意に聞き覚えのある声が鼓膜を揺らす。

と同時に、私は風の王とアルティナ嬢の間に割って入った。


「風の王、ちょっといい?」


「なんだ?言っておくが、いくら説得しても無駄だぞ。無罪放免は有り得ない」


「ええ、分かっている。だから、これは説得じゃない。あくまで提案」


 風の王の意志が固いことは先程痛感したため、私は切り口を変える。

────ある者のアドバイスを参考にして。


「罰の内容を変えてみては、どう?」


 銀の眼をじっと見つめて、私は意見を述べた。

すると、風の王がピクリと反応を示す。


「それは一体……どういうことだ?」


「ただ消滅させるだけでは、罰にならないんじゃないかと思ったの。だって、この子は多分『主人のために死ねた』と誇らしく思う筈だから。それはご褒美じゃなくて?」


 『反省を促すための罰がそれでいいの?』と問い掛ける私に、風の王は目を見開いて固まった。

予想外の切り返しに、度肝を抜かれたらしい。

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