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懇願

「精霊の始祖の一人────風の王……」


 大正解。彼は風の精霊を束ねる王様。

手の甲の紋章が、その証拠。

そして、私の契約者でもある。

ちなみに契約していない精霊達を操れたのも、彼のおかげ。

だって、精霊は王の分身(一部)だから。

まあ、操れるのはあくまで契約している王の精霊だけだけど。

水や火なんかの精霊は、操れない。


 などと考えていると────不意に風の王が天候を変えた。

先程までの快晴が嘘のように空は曇り、ザーッと大粒の雨を降らせる。

おかげですっかり冷え込んでしまい……アルティナ嬢の契約精霊は弱ってしまった。

『ピィ……』と力なく鳴く赤い鳥を前に、風の王は竜巻を巻き起こす。


 凄く簡単そうに自然を操る彼の姿に、アルティナ嬢やヘクター様はもちろん、冷静沈着なアカツキのメンバーまで目を剥いていた。

『なんだ、あれは……』と口々に呟きながら、皆微かに震えている。

目の前に広がる光景を現実として、認識出来ないらしい。

────と、ここで風の王は赤い鳥の体を宙に浮かせた。

かと思えば、雨の水滴を吸い上げる竜巻に精霊を投げ入れ……殺しにかかる(・・・・・・)


「フレイヤ……!」


 人語に変換した名前で契約精霊を呼び、アルティナ嬢は立ち上がろうとする。

────が、手足を拘束されているせいでバランスを崩してしまい、地面に倒れ込んだ。

結果、土に顔面を埋めるという醜態を晒してしまった訳だが……彼女は気にせず、契約精霊の名を呼ぶ。

半ば這うようにして前へ進み、距離を縮めようとするものの……強風のせいで思うように体を動かせない。

吹き飛ばされないよう、踏ん張るのがやっと……という状態だった。

己の無力さを嘆くように目に涙を溜める彼女の前で、風の王はハッと乾いた笑いを零す。


「そんなに大切なら、人殺しなどに巻き込むべきではなかったな」


「っ……!」


「こいつも、馬鹿な主人を持たなければ死なずに済んだものを」


 『まあ、同情はする』と零す風の王に、アルティナ嬢は顔を歪めた。

一応、馬鹿なことをやった自覚はあるらしい。

後悔の念を前面に出すように歯を食いしばり、今にも翼をもがれそうな契約精霊の姿に眉尻を下げた。

かと思えば、何とか身を捩って風の王に向き直る。


「お願いします!フレイヤを殺さないでください!」


「断る」


 感情の籠っていない声色でありながらどこか圧を感じる口調で、風の王は拒絶反応を示した。

冷めた目でアルティナ嬢を見下ろす彼を前に、私は嘆息する。


 まあ、すんなり納得はしないでしょうね。

契約者たる私の意向を無視してまでここに来たのだから、かなりの覚悟を持っている筈よ。

これは止めるのに、相当苦労しそうだわ。


 ついに堪忍袋の緒が切れた風の王を見つめ、私はスッと目を細めた。

『そもそも、私が口を出していいのか』と悩む中、アルティナ嬢は声を張り上げる。


「れ、レイチェル様の件は……反省して、必ず償いますから!」


「お前の反省も償いも全て無意味だ。何の価値もない」


 取り付く島もないほどバッサリ切り捨てる風の王に、アルティナ嬢は『そこを何とか!』と食い下がる。

だが、しかし……状況は一向に良くならない。

それどころか、悪化している。

雨と風ですっかり弱りきった契約精霊を見て、彼女はキュッと唇を引き結んだ。

かと思えば、こちらに視線を向け────一瞬の躊躇いもなく頭を下げる。


「レイチェル様、今までの無礼な行いを全て謝罪致します!本当に申し訳ございませんでした!今回の件も含め、必ず罪を償います!ですから、どうか……どうか!風の王を説得して頂けませんでしょうか!」


 恥も外聞もかなぐり捨て、アルティナ嬢は風の王と契約している私に縋ってきた。


「虫のいい話であることは、分かっています……!ですが、お願いします!フレイヤを……私の友人を助けてください!」


 『何でもしますから……!』と叫び、アルティナ嬢は必死に頼み込んでくる。

その姿は凄く哀れで……でも、どこか凛々しく感じられた。あまりにも、潔すぎて。

『友を助けるために恨みを断ち切ったのか』と推察していると────ヘクター様がアルティナ嬢の隣に並んだ。

まるで、彼女に寄り添うかのように。


「そいつ、そんなに大切なのか?」


 先程まで静観していたのに、ヘクター様は急に質問を投げ掛ける。

光の関係で、ちょうど顔は見えないが……きっと、凄く不思議そうな表情をしているのだと思う。

だって、彼は友情というものが何なのか知らないから。

『友達0人だものね』と内心苦笑する私を他所に、アルティナ嬢は迷わず首を縦に振る。


「はい!私のたった一人の友達です!小さい頃から、ずっと傍にいてくれて……!なくては、ならない存在なんです!」


「そうか。分かった」


 アルティナ嬢の必死の訴えに理解を示し、ヘクター様はこちらに向き直った。

かと思えば────いきなり、地面に頭を擦り付ける。

土で汚れることも厭わず。


「頼む、レイチェル────俺の首をくれてやるから、ティナの友人を助けてやってくれ」


 あれだけ見下してきた相手に、ヘクター様は自分の未来もプライドも捨てて救済を求めた。

薙髪の際に見せた土下座とは明らかに違う態度に、私は目を剥く。

未だかつて、彼がこんなに真剣に……そして、切実に何かを願ったことはあっただろうか?と。


 ……本当にアルティナ嬢のことを愛しているのね。

だって、以前のヘクター様ならきっと見向きもしなかったでしょうから。

たとえ、それが婚約者の友人であろうと。

あくまで大切なのは婚約者だけだと言い張って、放置していた筈……。


 自分基準でしか物事を考えられなかった元婚約者の変化に、私はただただ驚いた。

────と、ここでアルティナ嬢が横から口を挟もうとする。

恐らく、彼の命乞いをするつもりなのだろう。

でも、ヘクター様に止められていた。

『俺達と敵対しているレイチェルを動かすには、これしかない』と。


 自分達の行いが悪かったと認識しているかどうかはさておき、私の恨みを買っている自覚はあるようだ。

『なら、態度を改めるなり距離を置くなりすれば良かったのに』と思うものの、口には出さなかった。

零れ出そうになる溜め息を押し殺しながら、私は一歩前へ出る。


「分かりました。どうにかして、助けます」

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