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突撃

「クソッ……!こうなったら、全員でレイチェル達の本拠地に攻め込むしか……!」


 案の定捨て身の作戦へ切り替えようとするヘクター様は、ガジガジと親指の爪を噛んだ。

『勝算は低いが、持久戦を強いられるよりは……』と呟く彼を前に、私はセキにアイコンタクトを送る。

────もう戦闘を始めてもらって構わない、と。

すると、こちらの意思を読み取ったセキが小さく頷いた。

かと思えば、アカツキのメンバーを引き連れて敵の前に躍り出る。


 突然の襲撃に驚くメイラー男爵家側の人間を前に、彼らは攻撃を繰り出した。

と言っても、峰打ち程度だが……。

きちんと手加減しているようで、相手に致命傷を負わせることはなかった。

でも、それがよりアカツキの実力を物語っているというか……とにかく凄い。


 手加減って、強者が弱者にするものだからね。

かなりの実力差がなきゃ、出来ない。


 一切の反撃を許さぬ勢いで敵を倒していくアカツキのメンバーに、私は瞠目する。

『同じ人間とは思えないわね』と感心する中、ついに全ての敵が戦闘不能状態に。

指揮官であるヘクター様や首謀者であるアルティナ嬢まで、身柄を拘束されていた。

────が、本人達はまだ状況を呑み込めていないのか、ただただ呆然としている。


「総司令官、制圧完了しました」


 わざと声に出して作戦成功を報告するセキに、私とウィルはハッとする。

『傭兵団アカツキの強さに圧倒されてしまった』と思いつつ、私は右耳を押さえた。

そして、ルイス公子にこっそり現状を伝えてから立ち上がり、ウィルと共に物陰から姿を現す。

その瞬間────アルティナ嬢とヘクター様の顔色が変わった。

忌々しいものでも見るかのような目付きでこちらを睨みつけ、歯軋りする。


 完全に敵意剥き出しね。

自分達の立場、分かっているのかしら?


 『武器も味方も奪われているのに、随分と強気だなぁ……』と、私は内心苦笑を零した。

詰んでいる自覚がないのか、それとも虚勢か……まあ、どちらにせよ────やることは変わらない。

ウィルを連れてメイラー男爵家側の本拠地へ足を踏み入れた私は、二人の目の前で立ち止まる。


「アルティナ・ローズ・メイラー男爵令嬢、最初で最後の勧告です。降伏してください。今なら、誰も痛手を負わずに済みますよ」


 さすがに人の首を刎ねるのは憚られ、選択の余地を与えた。

謂わば、最後の温情である。


 首を刎ねたら刎ねたで、またうるさくなりそうだからね。

特にヘクター様。


 『絶対に逆恨みされる』と確信しながら、私はアルティナ嬢の返答を待った。

その間、ウィルやセキはヘクター様の一挙手一投足に意識を集中させる。

恐らく、警戒しているのだろう。

ヘクター様は敵の中で一番腕が立つ上、ヤケを起こしやすい人物だから。

『私も一応、気に掛けておこう』と考える中、アルティナ嬢がそろそろと両手を挙げる。


「分かりました……降伏します」


 案外すんなり敗北を受け入れたアルティナ嬢に、私は少し拍子抜けしてしまった。

だって、確実に一悶着あると予想していたから。

降伏を渋られた時の対応を色々考えてきたのに、無駄になってしまった。

まあ、平和的解決が出来るならそれに越したことはないが。


「では、こちらの書類にサインをお願いします」


 そう言ってウィルに目配せすると、彼は『心得ました』と言わんばかりに頷いた。

そして、持ってきた鞄から紙とペンを取り出すと、アルティナ嬢に手渡す。

もうすっかり観念しているのか、彼女は敗北(降伏)を受け入れる旨の書類にサインした。

やけに素直……というか、大人しい彼女の反応に不気味さを感じつつも一先ず書類を返してもらう。

ウィル経由で受け取ったソレを隅から隅まで確認し、私は一つ息を吐いた。


 書類に不備はなさそうね。

何とも呆気ない終わり方だけど、下手に拗れなくて良かったわ。

死者も出さずに済んだし。


 『これで一件落着だ』と安堵し、私は肩の力を抜く。

傍で待機していたウィルやセキも、ホッとしたように息を吐き……少しだけ、気を緩めた。

その瞬間、アルティナ嬢が勢いよく顔を上げる。


「×××××××……!」


 彼女は聞き取れないほどの早口で、精霊語を話すと────赤い鳥を顕現させた。

かと思えば、こちらに牙を剥く。どこからともなく現れた炎の玉を使って。

迫り来る複数の攻撃を前に、私はスッと目を細めた。


 してやられたわね────アルティナ嬢が精霊師だなんて、思いもよらなかったわ。

しかも、よりによって火の精霊か。


 『森の中だから(場所的に)ちょっと厄介かも』と思案する中、ウィルとアカツキのメンバーが何かを叫ぶ。

どうやら、ヘクター様に気を取られ過ぎて反応が遅れたらしい。

元々そこまで警戒していなかった人物からの攻撃ということもあり、対応が間に合わないようだ。


「全部燃やして……!殺して!」


 怒号とも懇願とも捉えられる声色で、アルティナ嬢は契約精霊に無理難題を押し付ける。

────それがどれほど愚かな行為かも知らずに。


 出来ることなら、使いたくない手だったけど……しょうがない。


 『出し惜しみしている場合じゃない』と判断し、私は────そこら辺に居る風の精霊を、精霊眼(・・・)を通して視認した。

と同時に、操る。

まるで、自分の手足を動かすかのように。

そして、火の玉を消そうとしたのだが────それよりも早く、あの人(・・・)が来てしまった。

『あっ……』と思った時にはもう遅くて……彼の巻き起こした強風が火の玉を押し返し、掻き消す。

でも、それだけでは終わらずアルティナ嬢の契約精霊を吹き飛ばしてしまった。


「「「!!?」」」


 アルティナ嬢を始め、この場に居る全員が言葉を失う。

地面に落ちた赤い鳥と突然現れた銀髪の美男子を見比べ、目を白黒させていた。

まあ、全ての事情を知っているウィルだけは『あちゃー』という顔をしているが。


「全く……お前達はいつも、いつも余計なことしかしないな」


 呆れと怒りを滲ませた声でそう呟き、銀髪の美男子は前髪を掻き上げる。

────その際、手の甲にある銀色の紋章がチラリと見えた。

複雑な模様が何十にも重なったソレを前に、アルティナ嬢は表情を強ばらせる。

どうやら、彼の正体に気がついたらしい。


「そんな……嘘……」


「どうしたんだ、ティナ……!顔が真っ青だぞ!」


 手足を縛られた状態でアルティナ嬢の方へ身を乗り出すヘクター様は、戸惑いを見せた。

────が、混乱中のアルティナ嬢に他人を気遣う余裕はなく……ただただ呆然としている。


「ダメ……こんなの勝てない……逃げなきゃ……早く……」


「しっかりしろ、ティナ……!あいつがどうしたって、言うんだ!?」


 『一体、何者なんだ!?』と問うヘクター様に、アルティナ嬢は恐怖と不安の入り交じった眼差しを向けた。

かと思えば、声を振り絞ってこう答える。


「精霊の始祖の一人────風の王……」

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