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先手

◇◆◇◆


 セキを始めとするアカツキの面々から経過報告を聞き、私はルイス公子にそのまま伝える。

すると、あちらから『ほう』と相槌のような感嘆のような声が聞こえた。


『落雷の影響で物資もほとんど燃えたとなると、メイラー男爵家側はいよいよ厳しい状況ですね。物資を補給しようにも、まず伯爵領では物を売って貰えないでしょうし、近隣の領地には私の方から根回し済みですので』


 『実質、物資の補給は不可能です』と語るルイス公子に、私は目を剥く。

『そこまで手を回していたのか?』と。


 さすがは皇国騎士団団長。手際がいいわね。


「物資を補給出来ないとなると、あちらは短期決戦に挑むか降参するかの二択になりますが……予定通り、拠点潰しを続けますか?」


『────いえ、今のうちに敵の本拠地まで攻め込みましょう』


 迷いのない口調で予定変更を告げ、ルイス公子はこう言葉を続ける。


『恐らく、あちらは全戦力を攻撃に回す筈です。不利だからといって、諦めるような方達ではないので。無論、攻め込まれても返り討ちにする所存ですが、わざわざ後手に回す必要はありません。出来るだけ有利に事を進めるためにも、先手を打ちます』


 敵が混乱している今こそ攻め時だと考えているのか、ルイス公子は『出来るだけ早く準備を』と口にした。

そこから更に細かい指示を出し、皆に伝えるよう促す。

言われた内容を脳内で整理する私は、勝利を確信しながらおもむろに腕を組んだ。


「分かりました。ただ、一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」


『なんでしょう?』


 話の先を促すルイス公子に、私は遠慮なく自分の願いを伝える。


「────私も敵の本拠地へ連れて行ってください」


 敵地への同行を申し出ると、ルイス公子は一瞬言葉を失った。

かと思えば、怒涛の勢いで反論を繰り出す。


『いけません!あまりにも、危険すぎます!貴方の身に何かあったら、私は伯爵と夫人に顔向け出来ません!』


「大丈夫ですよ、ウィルやアカツキの皆さんが守ってくれますから」


『だからと言って、わざわざ同行する必要はないでしょう!』


「そうですね。私が敵に接触しなくても、ターナー伯爵家側の勝利は揺るぎません。でも────それでは、根本的な解決を図れない」


 『力で捩じ伏せて終わる問題じゃない』と主張し、私はスッと目を細めた。


「領地戦にまで発展したそもそもの原因は、アルティナ嬢の敵意によるものです。それも、かなり個人的な……恐らく、このまま勝利を収めても彼女の暴走は止まりません。また手を替え、品を替え攻撃してくることでしょう」


『それは……私の方で何とか食い止めて……』


「一個人の感情だけで、領地戦を仕掛けてくる人ですよ?本当に止められますか?」


『……』


「現状のままだと、どちらかが死ぬまでこの戦いは続くと思います」


 ここぞとばかりに痛いところを突く私に、ルイス公子は押し黙る。

彼自身も、『アルティナ嬢を止めるには一筋縄じゃ行かない』と理解しているため、悩んでいるのだろう。


 平気で他人を巻き込めるほど理性が溶けた人間に、いくら注意しても無駄。

しっかり、元を絶たないと。


 ────という考えはルイス公子も同じなのか、少しばかり態度を軟化させる。


『……仮に同行を許可したとして、レイチェル嬢はアルティナ嬢を改心させることが出来るのですか?』


「……恐らく」


 さすがに『出来る』とは明言出来ず……曖昧な回答を口にする。

でも、どこをどう改善すべきかは理解していた。

私はアルティナ嬢と二人きりで会った時の出来事を思い返しつつ、静かに目を閉じる。


「根本的な解決を図るには、ヘクター様の本音も引き出す必要があります。でも、あの方は無駄にプライドが高いため、格好悪いところを見せたがらない。だから、我々に完全敗北して精神的に弱っているところを狙いたいのです」


 『ルイス公子との決闘で見せたあの姿を再現したい』と、私は主張した。

すると、ルイス公子は遠慮がちに疑問を呈する。


『それは……絶対に終戦直後でなければ、いけませんか?』


「いいえ。でも、時間を置いたらヘクター様が復活してしまうかもしれないため、早いに越したことはありませんね」


 『鉄は熱いうちに打てと言うでしょう?』と述べ、私は目を開けた。

強硬な姿勢を貫く私に対し、ルイス公子は深い深い溜め息を零す。

胸の内に燻る感情を吐き出すかのように。


『分かりました────同行を許可します。ただし、危険だと判断したら直ぐに引いてくださいね。手段を選ばなければ、彼らを黙らせる方法なんて幾らでもあるんですから』


 暗に『殺害も視野に入れている』と言ってのけたルイス公子に、私は内心ギョッとする。


 冗談……では、ないわよね。さすがに。

ルイス公子はやると決めたら、絶対にやり遂げる人だもの。


 『もし、私が怪我でもしたらあっさり暗殺へ踏み切りそうだな』と思いつつ、居住まいを正した。


「私のお願いを聞いてくださり、ありがとうございます。危ない真似はしませんので、どうぞご安心を。根本的な解決を図れるよう、頑張ってきますね」


『はい。お帰りをお待ちしております』


 ほんのりプレッシャーを掛けてくるルイス公子に、私は『早めに切り上げます』と答える。

『長引いたら突撃してきそうだな、これ』と思案しながら顔を上げ、ウィルとセキに目を向けた。

そしてルイス公子からの指示を伝えると、二人は急いで準備に入る。

こちらの押し問答を聞いていたため、私の同行に文句を言ってくることはなかった。

まあ、不服そうではあるが……特にセキ。


 護衛対象を守りながら敵地へ乗り込むのは何かと大変だから、嫌なんでしょうね。

ウィルがついているとはいえ、こちらを一切気にせず戦う訳にはいかないだろうから。

多少なりとも、私に気を遣う筈。


 『動きを制限してしまって申し訳ない』と心の中で手を合わせ、私は席を立った。

ウィルに促されるまま軍服の上にマントを羽織り、外へ出る。

さすがはルイス公子の運営する傭兵団とでも言うべきか、既に準備が整っていた。

『有能だな』と感心する私を前に、セキが胸元に手を添えてお辞儀する。


「本拠地の警備を除く、傭兵団アカツキのメンバー四十名揃いました。いつでも、動けます」


「では、手筈通りに」


「はっ!」


 屋外ということもあり礼節を重視したやり取りを繰り広げると、セキは大声で行動開始を宣言した。

その瞬間、アカツキのメンバーは一部を除いて一斉に走り出す。

音もなく山の中を駆け抜けていく彼らに続き、私達もメイラー男爵家側の本拠地へ向かった。

────間もなくして目的地に辿り着き、私達は草むらや木陰からあちらの様子を窺う。


「おい!一体、どうなっているんだ!?半数以上の兵士を失った挙句、全ての作戦に失敗するなんて!」


 『どう考えても、おかしいだろ!』と喚くのは────メイラー男爵家側の指揮を執っているヘクター様。

子供のように地団駄を踏み、激怒する彼は日の光に当てられて輝く頭部を掻いた。

そのせいで皮膚が少し赤くなっている。


「クソッ……!こうなったら、全員でレイチェル達の本拠地に攻め込むしか……!」

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