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総司令官

 怪訝そうに眉を顰めるウィルは、『一体、何をしたんですか?お嬢様』と視線だけで問い掛けてきた。

────と、ここで両親がハッと我に返る。


「なっ……!?ダメよ、レイちゃん!危険だわ!」


「そうだ!領地戦のことは、パパ達に任せておきなさい!」


 食ってかかるような勢いで反発し、両親は長テーブルに手をついた。

その勢いのまま立ち上がり椅子を後ろに倒すと、必死の形相でこちらへ駆け寄ってくる。

『なりふり構わず』という言葉が似合いそうな両親の様子に、私は少しばかり心を衝き動かされた。

────が、私も引く訳にはいかない。


「では、お聞きしますが」


 クルリと後ろを振り返り、両親と向かい合う私は一切言い淀むことなく言葉を紡ぐ。


「お母様、人の血を見ても正気を保っていられますか?」


「えっ?そ、それは……もちろん……正気を保って……いられる……のでは、ないかしら……?」


 素直な性格が災いしてか、嘘をつけず……母は疑問形で答えた。

ダラダラと冷や汗を流して俯く彼女の前で、私は標的を変える。


「お父様も予想外の事態が起きても、冷静に動けますか?」


「う、うむ……まあ、どうにかなる……と思うぞ……多分……」


 徐々に小さくなっていく声に比例して、身を縮こまらせる父はすっかり及び腰に。

ツンツンと両手の人差し指を何度も突き合わせ、不安な素振りを見せた。

平和な日常に慣れ切ってしまっているため、いきなり戦地へ送られても平気でいられる自信がないのだろう。


「もし、ターナー伯爵家の中から総司令官を選ぶとしたら私が一番適任だと思います。自分で言うのもなんですが、かなり落ち着いているので」


 意気消沈寸前の両親へ畳み掛けるように、私は自分の長所を前面に出す。

『トーマス様の一件も、冷静に対処出来たし』と判断材料を並べ、説得を試みた。

そんな私を前に、両親────ではなく、ルイス公子が賛同する。


「それは一理ありますね」


 直談判しにきた相手は一応ルイス公子(自分)ということもあり、彼は会話へ入ってきた。

すると、両親が焦った様子で反論を口にする。


「で、でも……!レイちゃんは、領地戦の経験なんて皆無だし……!」


「それに指揮を執れるほどの知識だって……!」


 『娘では実力不足だ!』と主張する両親に、ルイス公子はスッと目を細めた。


「お言葉ですが、総司令官を務めるに当たって知識や経験は全く必要ありません。戦略を練るような役では、ないので。表向きのトップを演じて頂くだけで、結構です」


「えっ?じゃあ、誰が指揮を執るんですか?」


 思わずといった様子で口を挟むウィルに、ルイス公子はニッコリと微笑む。


「────私ですね」


「へっ?ルイス公子は当日、別の場所で待機している筈じゃ……?」


「ええ、そうですよ。ですから、総司令官となった方には────この通信魔道具を通じて私の指示を周囲に伝えたり、逐一戦況を報告してもらったりする予定です」


 耳栓のようなものをこちらに見せ、ルイス公子は具体的な役割について説明した。

『総司令官とは名ばかりで伝達役みたいなものか』と納得するウィルを他所に、彼は言葉を続ける。


「総司令官に求める要素はただ一つ────常に冷静であること。卒倒したり、取り乱したりして情報の伝達を中断されるのが一番困るので」


 そう言って手に持った通信魔道具をテーブルへ置くと、ルイス公子は立ち上がった。


「私は窮地に陥っても、落ち着いて行動しているレイチェル嬢を何度も見たことがあります。彼女ほど、総司令官に相応しい人物は居ないでしょう」


 『まさに求めていた人材です』と太鼓判を押し、ルイス公子は私の隣に並んだ。

私の意見を支持するかのように。

でも、過保護な両親はなかなか首を縦に振らない。


「で、ですが……」


「レイちゃんは、か弱いですし……」


「心配なのは、分かります。可愛い一人娘ですからね。でも、ご安心ください。絶対に危険な目には、遭わせませんから」


 『私を信じてください』と言い、ルイス公子は真っ直ぐに前を見据えた。

『必ず守ってみせます』という確約に、両親は少しばかりホッとした様子を見せる。

────が、まだ不安を拭えないのか……総司令官への任命を渋った。


「き、危険がないのは分かりました。でも、家でぬくぬく過ごしてきたレイちゃんにテント暮らしは厳しいかもしれません」


「慣れない環境に身を置かれ、知らない人達に囲まれる生活はさぞ心細いことでしょう!まだ幼いレイちゃんに耐えられるとは、思えませんわ!」


 ルイス公子の実力を疑うことになるので危険云々の話はやめ、別の角度から責めてくる。

苦し紛れの言い訳と大差ない反対理由だが、ルイス公子のおかげで一番の難関は突破出来た。

『あとは私の手で決着をつけるべきだろう』と判断し、一歩前へ出る。


「そうですね。私一人では、色々と不便なので────」


 そこで一度言葉を切ると、私は扉付近に立つウィルへ視線を向けた。


「────ウィルを連れていきますわ」


「「「えっ?」」」


 動揺を示す周囲の人々は、困惑気味に瞬きを繰り返す。

中でも、白羽の矢が立ったウィルの反応は大きく……腰を抜かしそうになっていた。

────が、私は気にせずツラツラと言葉を並べる。


「ウィルなら身の回りの世話はもちろん、私の護衛も出来ますのでアカツキの皆さんの負担を減らせるかと」


 『ほら、良いことだらけ』とアピールし、私は澄み切った青の瞳を見つめた。

『さっさとウィルの言質を取ってしまおう』と思い立ち、口を開く。


「いいわよね?ウィル」


「えっ?いや、まあ……別にいいですけど……あんまり、こき使わないでくださいね」


 困ったような……呆れたような表情を浮かべ、ウィルは二つ返事で了承する。

別に快諾という訳ではなく、『仕方なく……』といったスタンスだが。


 変なところで頑固な私を説得するのは骨が折れる、と判断したんでしょうね。


 『まあ、賢明な判断だと思うわ』と心の中で呟き、私は視線を前に戻す。

すると、思案顔の両親と目が合った。


「ということなので、総司令官は私が務めます。お父様とお母様も、それでよろしいですね?」


 半ば強引に話を進める私に、父と母は顔を見合わせる。

そして、しばらく視線だけで会話すると……項垂れるようにして首を縦に振った。

恐らく、もう反対する理由が見つからなかったのだろう。


「……許可はするが、嫌になったらいつでも言うんだぞ」


「一度引き受けたからと言って、無理にやる必要ないからね」


「はい、ありがとうございます」


 ようやく折れてくれた両親に感謝しつつ、私は頭を下げた。

『やりましたね』と微笑むルイス公子に小さく頷き、顔を上げる。

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