お見合い
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アルティナ嬢の件も片付き、これでようやくゆっくり出来る────と思ったのも束の間、お見合いに駆り出された。
と言っても、これは両親がセッティングしたものではなく、あちらから『是非に』と乞われて応じたもの。
こちらも新しい婿殿を探していたため、ある意味ちょうど良かったのだが……相手がどうもきな臭い。
今まで全く交流のない人物なのよね。
あちらは一貫して『一目惚れだ』と言い張っているけど、信頼出来ない。
正直ルイス公子関連だろうな、と思っている。
今の私は第二公子の恋人として、扱われているから。
『実際は違うんだけどね……』と思いつつ、向かい側の席に腰掛ける人物を見つめる。
胸元まである茶髪を後ろでまとめ、エメラルドの瞳をこちらに向ける彼は────トーマス・ペラン・エラルド。
エラルド侯爵家の長男であり、私のお見合い相手だ。
こういった場にあまり慣れていないのか、彼は忙しなく視線を動かす。おまけに挙動不審だ。
はっきり言って、不審者にしか見えない。
でも、幸いここはレストランの個室なので周りの目を気にしなくて済んだ。
「あの……お料理、食べないんですか?冷めてしまいますよ」
「あ、ああ……」
ワインばかりで料理に手をつけてないことを指摘すると、彼はようやくカトラリーに手を伸ばす。
そして、黙々とステーキを切り始めた。
『いや、食べてよ……』と言いそうになるのを必死に堪えながら、私は一先ず対話を試みる。
「トーマス様は私との結婚をご所望とのことですが、具体的な人生設計はありますか?結婚したらやりたいことがある、とか」
「……ない」
トーマス様は少し間を置きながらも淀みない口調で、言い切った。
あまりにも素直というか……潔い返答に、私は脱力する。
この人、明らかに結婚を目標……というか、目的にしているわね。
多分、私との結婚によって得られる何かを狙っているんだわ。
結婚後の生活なんて、どうでもいいのだろう。
言動からして関わっちゃいけない人みたいだし、断るのが無難ね。
『トーマス様と結ばれても、理想の結婚生活は送れない』と判断し、早々に気持ちを切り替える。
角を立てずに断る方法を考えながら時間が経つのを待っていると、不意にトーマス様が顔を上げた。
かと思えば、僅かに身を乗り出してこちらを凝視する。
「ねぇ」
「はい」
「僕と結婚……するよね?」
通常は顔合わせを済ませてから、手紙でお互いの気持ちを確認するのだが……トーマス様は返事を急かす。
『何がなんでも、了承させる!』という勢いで。
『凄い目力だな』と半ば感心する私は、一度カトラリーをテーブルの上に置いた。
「申し訳ありませんが、まだお返事は出来ません。一度、家に帰って両親と相談してから改めてお返事をさせて頂きま……」
「今、ここでしろ!早く!」
ガンッと叩きつけるようにしてカトラリーをテーブルに置き、トーマス様は席を立つ。
そして、テーブルの両端に手を置くと、前のめりになる形で顔を近づけてきた。
互いの吐息すら感じ取れる距離感で返事を乞われ、私は思わず固まる。
と同時に、吐き気を覚えた。
っ……!何なの、この匂いは……!香水や体臭ではなさそうだけど……とにかく臭い!
『鼻が曲がりそう』と思いながら、私は椅子を後ろに引く。
ふわりと揺れる横髪をそのままに、どうにか距離を取った。
その瞬間────『あっ、この人とは絶対に結婚しちゃダメだ』と確信する。
アレによって、とあることを知ってしまったから。
「分かりました。ここで返事します。なので、席についてください」
「チッ……女が偉そうに」
先程までの大人しかったトーマス様は、どこへやら……苛立たしげに顔を顰める。
でも、一応こちらの言い分を聞くつもりはあるのか、ドカッと椅子に腰を下ろした。
『早くしろ』と言わんばかりに足を小刻みに揺らす彼の前で、私は脱出経路を確認する。
出入り口は、私の真後ろの扉だけ。時が来たら、即刻逃げ出す。
でも、きっと体力のない私では直ぐに追いつかれてしまうから、扉を外側から押さえて助けを呼ぶしかない。
『どのくらい時間稼ぎ出来るか、が鍵ね』と自分に言い聞かせ、少しだけ腰を浮かせた。
椅子とテーブルにさりげなく手を置き、私は口を開く。
「単刀直入に申し上げます。私はトーマス様と結婚出来ません」
一息に返事を告げると、トーマス様は顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんだと!?このクソ女……!下手に出てやったから、調子に乗っているのか!」
若干目を血走らせつつ、トーマス様は再び席を立つ。
今にも飛び掛ってきそうな彼を前に、私も立ち上がり────椅子とテーブルをひっくり返した。
物凄い音を立てて転がったそれらは、目論見通り障害物となる。
散らばった家具や料理の向こうで唖然としているトーマス様を一瞥し、私はクルリと身を翻した。
「おい!待て!」
早くも脱出に勘づいたトーマス様に怒鳴られるものの、私は気にせず扉を開けた。
半ば飛び込むようにして廊下へ出ると、直ぐさま扉を閉める。
その瞬間────勢いよく、ドアノブを回された。
不味い……!
思ったより早い対応に危機感を抱きつつ、私は扉を背にして寄り掛かる。
『上手く踏ん張れないから』とヒールを脱ぎ捨て、扉に全体重を掛けた。
────が、早くも突破されそう。
『男性と女性では、力の差がありすぎる』と痛感する中、個室の扉が少し開く。
「おい!早く退け!今なら、半殺しで許してやる!」
チンピラのようなセリフを吐き、トーマス様は『いい加減、諦めろ!』と主張した。
────が、当然降伏などする筈もなく……。
「どなたか……!どなたか、いらっしゃいませんか!男性に襲われそうなんです!助けてください!」
久々に大声を出す私は、店の従業員や各個室に入っている客に助けを求める。
でも、貴族同士のいざこざに巻き込まれるのは御免なのか、誰も姿を現さない。
さすがに従業員は、何かしら手を打ってくれるだろうが……『今すぐ』は無理そうだ。
きっと今頃、作戦会議中だと思う。
『善意の第三者なんて、そうそう現れる筈ないか』と半ば諦めていると────ついに扉を押し開けられる。
その反動……というか、衝撃で私は無様に転倒した。
……今更だけど、素直に逃げていた方が良かったかもしれないわね。
ホールや厨房まで行けば、助けてもらえる可能性は上がっていただろうし……。
でも、危うい様子のトーマス様を人前に連れて行っていいのか分からなかった。
無理やりこの事態に巻き込んで、怪我でもされたら……と思うと、決断出来なかったのよね。
だから、巻き込むのは善意の第三者のみにしたかった。
まあ、一番いい方法は私単体でトーマス様の暴走を止めることだけど。
『しがない伯爵令嬢に暴力沙汰は厳しい』と思案する中────突然、髪の毛を後ろに引っ張られる。
反射的に引っ張られた方向へ仰け反ると、酷く濁ったエメラルドの瞳と目が合った。
「このクソ女……!よくも、部屋に閉じ込めてくれたな……!」




