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情けない人

「現在、侵入者の捜索とお嬢様の警備に分かれて行動しており……って、あら?ラードナー令息?」


 今後の対応について話す侍女長は、ようやくヘクター様の存在に気づく。

と同時に、長い長い溜め息を吐いた。

どうやら、全てを理解したらしい。


「その格好……侵入者と全く同じです。それにラードナー令息の訪問は、今日の予定にありませんでした。何故、ここに居るのですか?」


「そ、それは……その……」


「あと、その変な頭は何ですか?」


「なっ……!?そ、そんなの今はどうでもいいだろ!平民のくせに、余計なことを言うな!」


 必死に息を殺していた数分前と違い、ヘクター様はいつものように喚き散らす。

バレてしまったら仕方ないと判断したのか、それとも完全に状況を忘れてしまったのか……偉そうにふんぞり返っていた。

────が、半分ツルツルになったせいでどうも迫力に欠けるというか……恐怖よりも笑いが勝ってしまう。

おかげで、使用人達は笑いを堪えるのに必死だった。


 ヘクター様の傍若無人っぷりを知っているから、余計に面白いんでしょうね。

でも、ウィル。貴方は笑いすぎよ。


 ヘクター様がフードを外してから今に至るまで笑い続けている執事の姿に、私は小さく(かぶり)を振る。

『さすがに失礼よ』と思いながら、呼吸困難に陥るウィルをじっと眺めた。

────が、『まあ、いいや……とりあえず、放置で』と結論を出し、ヘクター様に目を向ける。

顔を真っ赤にして、怒鳴り散らす彼をどう宥めようか迷う中────不意に部屋の扉をノックされた。


「────お取り込み中のところ、失礼。ラードナー令息の身柄を引き渡して頂いても?」


 そう言って、開けっ放しの扉からひょっこり顔を出したのは────緑髪の美男子だった。

黄金の瞳にヘクター様の姿を映し出し、薄く笑うルイス公子は大勢の騎士を引き連れて中へ入る。

と言っても、あくまで女性の部屋なのでみんな遠慮がちだった。

少なくとも、ヘクター様のようにズカズカと奥へ進んでくることはない。

ベッドに寝転ぶ私を見て困ったように笑う彼らを前に、仕方なく起き上がる。

さすがに第二公子へ無礼な真似は、出来なかったから。


「ごきげんよう、ルイス公子。出迎えもなく、こんな格好で申し訳ございません」


 全く心の籠ってない謝罪を繰り出す私に対し、ルイス公子は小さく首を横に振る。


「いえ、こちらこそ……突然の訪問、本当に申し訳ありません。実はラードナー令息の薙髪を行っていたら、急に逃げ出してしまって……それを追っていたら、ここに辿り着いた次第です」


 『お騒がせしました』とヘクター様の分まで謝罪するルイス公子は、そっと眉尻を下げた。

恐らく、部屋へ向かう間に屋敷内で何があったのか聞いてしまったのだろう。

腕や頭に包帯を巻いた我が家の使用人達とヘクター様を交互に見やり、一つ息を吐く。

『元婚約者のところへ逃げ込んだ挙句、暴力沙汰なんて……』と非難し、こちらに向き直った。


「お詫びはまた後日正式に行いますので、一先ずラードナー令息の身柄を引き渡して頂けますか?」


 床に突っ伏して動かないヘクター様を見下ろし、ルイス公子は同じ要求を繰り返す。

立て込んでいるのか、それとも迷惑している我々を気遣ってくれたのか……早めに撤収しようとしていた。

────と、ここで借りてきた猫のように大人しかったヘクター様が勢いよく顔を上げる。


「れ、レイチェル……!」


 捨てられた子犬のような目でこちらを見つめ、ヘクター様は必死に『助けてくれ!』と訴えかけてきた。

エメラルドの瞳を若干潤ませ同情を誘う彼に、ルイス公子は呆れ返る。


「別れた女性に恥も外聞もなく、縋るなんて情けないですね」


 珍しく……というか、初めて毒を吐いたルイス公子は僅かに顔を歪めた。

心底軽蔑したような態度を取る彼に対し、ヘクター様は怒りのせいか羞恥のせいか顔を真っ赤にする。

でも、一応みっともないことをしている自覚はあったようで反論してこなかった。

下唇を強く噛んで俯く彼を前に、私はやれやれと(かぶり)を振る。


「お好きにどうぞ。こちらはヘクター様を庇う理由も、道理もありませんので」


 『むしろ、さっさと持って帰ってくれ』と願いながら、私は屋敷内での武力行使を許可した。

と言っても、この人数差では抵抗のしようがないと思うが……。

『大人しく捕まるのが身のためよね』と考える中、大公家の騎士達が手際よくヘクター様を拘束する。


「こ、この……!俺を誰だと思って……!」


 暴れるような真似はしないものの、言いなりになるのは癪なのか、ヘクター様がギャーギャーと喚いた。

まあ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないが……。

『まだまだ元気ね』と他人事のように考える中、ヘクター様は不意にこちらを見る。


「大体、お前……!何で俺を庇わないんだ!?元とはいえ、将来を誓い合った仲だろう!?少しくらい、力になってくれたって……」


「昔の関係を引き合いに出すなんて、本当に情けない人ですね。過去は過去、今は今と何故割り切れないのですか?まさか、まだ彼女に未練でも?」


 ヘクター様の言葉を遮るようにして話すルイス公子は、冷たい目で彼を見つめた。

すると、ヘクター様は弾かれたように首を横に振る。


「なっ……!?そんな訳ないでしょう!俺はティナ一筋ですよ!こんな女、心底どうでもいいです!」


「なら、もう彼女に関わらないでください。いつまでも昔の関係を引き摺って、格好悪いですよ」


 『貴方と彼女の関係はもう終わっているのです』と言い聞かせ、ルイス公子は溜め息を零した。

都合のいい時だけ、頼ってくるヘクター様に辟易しているのかもしれない。

思わず閉口するヘクター様を前に、ルイス公子は『連れていきなさい』と騎士達に指示を出す。

そして、騎士達に両脇を抱えられて退場していくヘクター様の背中を見送った。


「ご協力、ありがとうございました」


 再度こちらに向き直り、感謝を述べるルイス公子は『もう脱走など、させません』と確約する。

口調も表情も穏やかだが、月のように美しい黄金の瞳だけは肉食動物のような獰猛さを孕んでいた。


 獲物を取り逃した挙句、他所の家に迷惑を掛けるなんてルイス公子の面目丸潰れだものね。

怒るのも無理ないわ。


 『果たして、ヘクター様は生きて帰って来れるのかしら』と思案する中、ルイス公子は


「では、私もこれで失礼します」


 と言って、踵を返す。

────が、直ぐに立ち止まってこちらを振り返った。


「あぁ、そうそう。一つ言い忘れていましたが────レイチェル嬢においたをした者達は大人しくさせたので、もう大丈夫ですよ。私のせいでなんだかお騒がせしてしまい、申し訳ありません」


 床に転がった箱や手紙を見て、ルイス公子はそっと眉尻を下げる。

『いつも、迷惑を掛けてばかりですね』と呟く彼は、落ちたものを拾い上げた。


「こちらも、私の方で処分しておきます」


「あっ、はい……何から何まで、ありがとうございます」


 反射的にお礼を言う私に対し、ルイス公子は軽くお辞儀すると、今度こそ部屋を出ていった。

徐々に遠ざかっていく彼の足音を聞き流し、私は一先ずベッドに腰を下ろす。


 なんというか……面倒事が一気に片付いてしまった。

まあ、事の発端は全部ルイス公子なのだけど。

でも、こうやって身内以外の男性に助けてもらうのは初めてね。凄く新鮮な気分。


 婚約時代のヘクター様にもここまで手厚く対応してもらったことのない私は、不思議な感覚を覚えた。

と同時に、眠くなる。

外部の人間が居なくなって緊張の糸が解けたのか、それとも面倒事が片付いてホッとしたのか。


「ふわぁ……ウィル、食事の時間になったら起こしてちょうだい」


 そう言って、私はベッドに体を沈める。

『全く……』と呆れるウィルの声が聞こえたような気がしたが、私は気にせず意識を手放した。

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