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招かねざる客

◇◆◇◆


 ルイス公子とヘクター様の決闘から、早五日……勝敗結果は瞬く間に大陸中へ知れ渡った。

皇帝陛下自ら審判役を務めたということもあり、地方の平民すら知っているほどの注目っぷり。

まあ、それは別に構わないのだが……


「お嬢様、また怪文書が届きましたよ。あと、兎っぽい動物の死体も……」


 苦笑しながら部屋へ入ってきたウィルは、右手に手紙・左手に箱を持っていた。

『これ、どうします?』と問い掛けてくる彼を前に、私は深い深い溜め息を零す。

ベッドの上でシーツに(くる)まりながら寝返りを打ち、そっと目を閉じた。

現実から、目を背けるように。


 ここ最近……もっと正確に言うと、決闘が終わってから私は嫌がらせを受けるようになった。

大抵は手紙で嫌味を言う程度だが、先程のように何かの死体や縁起の悪いものを送り付けてくる者も居る。

その大半が────ルイス公子の熱狂的なファンだ。

どうやら、例の熱愛報道で反感を買ってしまったらしい。


 決闘前からそのような噂はあったけど、ここまでじゃなかった。

やはり、『ヘクター様をコテンパンに叩きのめした』というのが良くなかったみたい。

基本穏やかで優しいルイス公子の豹変に、人々は『恋人を侮辱されたから』という理由をつけたから。

『それなら、納得出来る』と判断して。


 全くもって事実無根なのだけど……既に収拾不可能なのよね。

ここまで話題になったら、もう誰にも止められないわ。


 既に諦めの境地へ入る私は、『はぁ……』と深い溜め息を零す。

『ほとぼりが冷めるのをじっと待つしかないか』とゲンナリしつつ、耐える道を選んだ。

しがない伯爵令嬢に出来ることなんて、何もないから。

『下手に動けば、むしろ悪化するかもしれない』と判断し、私はおもむろに目を開ける。


「怪文書は内容だけ確認して、破棄。兎は庭で埋葬してあげて」


 当たり障りのない指示を出す私に、ウィルは『畏まりました』と言って応じた。

そして、退室しようと扉を開けた瞬間────何者かが室内へ入り込んでくる。

『もしや、暗殺者!?』と焦るウィルは、慌てて相手の腕を掴んだ。


「ちょっ……誰ですか、貴方は!」


 床に落とした手紙と箱をそのままに、ウィルは懐へ手を忍ばせる。

恐らく、護身用のナイフを取り出すためだろう。

でも、その必要はなさそうだ。

何故なら────


「───その不審人物はヘクター様よ。腕を離してあげて」


「えっ!?」


 フードを深く被った人物の正体に、ウィルは驚愕の声を上げる。

あの目立ちたがり屋で、自分の容姿に自信を持っていて、派手好きのヘクター様がこんなことをするなんて信じられないのだろう。

まあ、それは私も同じだが……。

『一体、何があったのか』と思案しつつ、風に揺れる髪をそっと押さえる。


「元婚約者の屋敷に一体、何の用ですか?私とアルティナ嬢の決闘のことなら、先日片がつきましたよね?」


 『まだ文句を言うつもりか』と問い、私はあちこちから聞こえる足音に耳を傾けた。

『恐らく、侵入した不審人物を探しているんだろうな』と予想する中、ヘクター様は一歩前へ出る。

と同時に、ウィルの手が離れた。


「レイチェル、頼む……一生のお願いだ────俺の髪を守ってくれ!」


 そう言って、ヘクター様は勢いよく頭を下げた。

その拍子に、フードが外れる。

意図せず晒された彼の頭を前に、ウィルは蹲った────激しく肩を震わせながら。


「か、髪が……半分……くくっ!」


 込み上げてくる笑いを必死に耐えるウィルは、半分ほど禿げかかっ……ツルツルになったヘクター様の頭を凝視した。

『スキンヘッドまであともうちょっと』と呟きながら、目に涙を浮かべる。

今にも笑い死にそうな彼を他所に、私はふとあることを思い出した。


 そういえば、ルイス公子が『負けたら、薙髪してもらいます』とかなんとか言っていたわね。

勝つ自信しかなかったのか、ヘクター様は快諾していたけど。


「決闘の条件なんですから、ハゲは甘んじて受け入れましょう」


 『こればっかりはどうしようもない』と突き放す私に、ヘクター様は顔を歪めた。

かと思えば、床に頭を擦り付けて懇願してくる。


「決闘の条件を守るべきなのは、俺も分かっている!でも、お前だって知っているだろ!?貴族社会において、綺麗な髪は裕福(ゆたか)である証拠!それを失えば、嘲笑の(まと)になる!」


 『俺にみすぼらしい格好をさせないでくれ!』と叫び、髪の死守に手を貸すよう言ってきた。

『完全に自業自得の結果なのに何を言っているんだ』と呆れるものの……潔く頭を下げるところは好感が持てる。

『背に腹は代えられぬ』ということだろうが、見下してきた相手にここまで下手に出られる者はなかなか居ないだろう。

まあ、それで絆されるような私じゃないが……。

そもそも────


「────私では、ヘクター様の髪をお守り出来ません」


 ハッキリした物言いで現実を突きつけ、私はおもむろに腕を組んだ。


「何故、私に白羽の矢が立ったのかは分かりませんが、決闘の条件を撤回する権利などありませんし……頼むなら、ルイス公子本人にどうぞ」


 『お力になれず、申し訳ございません』と形だけの謝罪をする私に対し、ヘクター様は眉を顰める。


「いや、その公子本人が無理だからお前に頼んでいるんだろ!」


「はい?何でですか?」


 ますます意味が分からなくなり、私は『何故、そこで私の名前が出てくる?』と首を傾げた。


 確かに決闘の関係者ではあるけど、結果を無効にしたり条件を変えたりする権限はない。

完全に無駄足……というか、的外れな選択だと思う。


 ヘクター様の思考回路が全く理解出来ず、私は『何か変なものでも食べた?』と彼の正気を疑う。

医者を呼ぼうか本気で悩む中、ヘクター様がついに痺れを切らした。


「いや、だってお前────第二公子の恋人なんだろ!?」


「……」


 ヘクター様の一言で、微妙に噛み合わない会話に終止符が打たれた。

『そういう事か』と一人納得する私は、思わず遠い目をしてしまう。


 あの噂をヘクター様も聞いたのね。

元々私とルイス公子の共謀を疑っていたようだから、きっとすんなり恋人説を受け入れた筈よ。


 ヘクター様の思考回路をようやく理解し、私は額に手を当てる。

『どうやって、誤解を解こうか』と辟易する私を前に、彼は縋るような目でこちらを見つめた。


「公子も恋人の言うことなら、聞くと思うんだ!だから、説得を手伝ってくれ!」


 『この通りだ!』と言って、ヘクター様は深々と頭を下げる。

半分ツルツルになった彼の後頭部を前に、私は嘆息した。


「盛大な勘違いを成さっているようなので、訂正させて頂きますが、私はルイス公子の恋人じゃありませ……」


 『恋人じゃありません』と続ける筈だった言葉は────


「「「お嬢様、ご無事ですか!」」」


 ────突然部屋へ、なだれ込んできた使用人達によって遮られる。

それぞれ剣やモップ、おたまを持ち現れた使用人達はみんな険しい顔つきだった。

────が、のんびりしている私の姿を見て少しホッとしている。

少なくとも、先程までの殺伐とした雰囲気はなかった。


「えっと、とりあえず何かあったの?」


 何人か手や頭に包帯を巻いていることから只事じゃないと判断し、説明を求める。

すると、使用人達は口々に


「実は先程、屋敷に侵入者が現れまして……!」


「取り押さえようとしたのですが、反撃に遭い……!」


「幸い、大した怪我はありませんが、全員気絶させられていて……!」


「状況把握に時間が掛かり、今しがた屋敷全体に厳戒態勢を敷いたところです!」


 と、怪我の理由や騒動の原因を説明してくれた。

『なるほど』と相槌を打つ私は、床に伏せるヘクター様をじっと見つめる。


 事前に何の連絡もなく訪問してきたこと、執事のウィルすらヘクター様の来訪を知らなかったこと、ルイス公子に惨敗したとはいえそれなりに腕の立つ剣士であること……これらを総合すると────


 一つの可能性に気づき、苦笑する私はダラダラと冷や汗を流すヘクター様に呆れ返った。

『せめて、普通に訪問して来なさいよ』と思いながら。


「現在、侵入者の捜索とお嬢様の警備に分かれて行動しており……って、あら?ラードナー令息?」

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