圧勝
「では、これよりルイス・レオード・オセアンとヘクター・カルモ・ラードナーの決闘を執り行う。配置につきたまえ」
場内にある二本の直線を視線で示し、レウス皇帝陛下は移動するよう促した。
一礼して応じるルイス公子とヘクター様を見送り、ゆったりとした動作で顎を撫でる。
それぞれ直線の上に爪先を置く二人の前で、レウス皇帝陛下は右手を振り上げた。
「両者、構えて」
レウス皇帝陛下が抜刀するよう指示すると、二人はおもむろに剣を抜く。
と同時に、体勢を整えた。
真顔のルイス公子と余裕そうなヘクター様が、互いを見つめ合う中────
「それでは、決闘開始」
────レウス皇帝陛下の号令で、戦いの火蓋は切られた。
待ちに待った決闘の開幕に誰もが興奮を覚えていると、ヘクター様が動き出す。
さすがは目立ちたがり屋とでも言うべきか、迷わず先手を打った。
『おお!』と沸き立つ観客達の様子を気を良くしながら、彼は威勢よく斬り掛かる。
────が、ルイス公子にサラリと躱されてしまう。
それも、ほとんどその場から動かずに。
勢い余って転びそうになるヘクター様は、たたらを踏んで何とか耐えた。
『ふぅ……』と一息つき、安心した────のも束の間……ルイス公子に、剣の持ち手部分で殴られそうになる。
「ぅお……!?」
思わず変な声を発するヘクター様は咄嗟に腰を捻り、上体を反らすことによって打撃を回避した。
────が、続けざまに蹴りを入れられ、地面へ倒れ込む。
でも、決して剣は手放さなかった。
普通の人間なら、転んだ衝撃で剣を手放していてもおかしくないのに……ちょっと見直したわ。
『性格はアレだけど……』と心の中で呟きつつ、私は事の成り行きを見守る。
『ここから一気に畳み掛けるつもりなのか?』と考える中、ルイス公子は
「────立ちなさい」
と、冷たく言い放った。
絶好のチャンスにも拘わらず決闘を終わらせようとしないルイス公子の態度に、周囲はざわつく。
『一体、何が狙いなんだ?』と。
でも、私には直ぐ理解出来た。彼の怒りを一番よく知っているから。
なるほど……ルイス公子は────ヘクター様が自ら剣を手放すのを待っているみたいね。
完全勝利を収めて、相手のプライドと思い込みを打ち砕くつもりなんだわ。
『不正行為をしている』なんて、二度と言えないように。
『徹底的にねじ伏せるつもりだなぁ……』と苦笑を漏らし、私は小さく肩を竦める。
『先に剣を手放した方が負け』なんて、随分と回りくどいルールだな、と思ったら……そういうことか。
まあ、自尊心の塊であるヘクター様にはかなり堪えるでしょうね。
降参なんて、格好悪いと思っているだろうから。
かなり屈辱的なのは間違いない。
『ルイス公子って、敵だと認識した相手には容赦ないのね』と思いつつ、私は一つ息を吐いた。
この瞳に映るのは、決闘とも呼べない茶番劇……不屈の精神で立ち上がり、反撃を試みるヘクター様がただただねじ伏せられるだけ。
ルイス公子の最後の温情か、重傷を負わされることはなく、せいぜい打撲と擦り傷程度。
でも、それがより二人の実力差を表しているようで……少し哀れだった。
「お願いだから、もうやめて……」
ルビーの瞳を涙で潤ませ、アルティナ嬢は弱々しく首を横に振る。
勝敗が分かり切っているからこそ、もう無理をして欲しくないのだろう。
グスグスと鼻を鳴らす彼女に、私は『元を辿れば、貴方のせいなのだけど……』と心の中で呟いた。
アルティナ嬢が自分の名誉を回復させようと私に決闘を申し込まなければ、こんなことにはならなかった。
とはいえ、思い込みの激しいヘクター様にも非はあるけど。
『もう少し客観的に物事を判断出来ればなぁ……』と思いつつ、私はふと周囲を見回す。
すると、微妙な反応を示す観客達の姿が目に入った。
恐らく、ルイス公子とヘクター様にそれぞれ畏怖と同情を感じ、複雑な気持ちになっているのだろう。
まあ、一部の者達は『ルイス様、格好いい!』と場違いなことを叫んでいるが……。
『恋は盲目って、こういうことか』と苦笑を漏らす中、ヘクター様が尻餅をつく。
────が、ルイス公子は絶対にトドメを刺さない。
もはや恒例となりつつあるこの流れに、果たして終止符は打たれるのか。
「立ちなさい」
「……」
静かに声を掛けるルイス公子に対し、ヘクター様は無言……。
別に無視した訳ではない。ただ、返事するほどの余裕がなかったのだ。
激しい運動のせいで呼吸は乱れ、これでもかというほど大量の汗を掻いている。
また、筋肉を酷使し過ぎたせいか、手足が少し震えていた。
満身創痍に近い状態であることは確かだが、己のプライドのためか……それとも、恋人のためか剣を離そうとはしない。
でも、今回は相手が悪すぎた。
粘り勝ちや一発逆転を狙えるほど、甘い人間じゃない。
だって、彼は────汗一つ掻かず、涼しい顔でヘクター様を見下ろしているのだから。
「戦う意欲がないのなら、剣を手放しなさい────貴方の意思で」
言外に『降参しろ』と述べるルイス公子は、カチャリと眼鏡を押し上げる。
レンズ越しに見える黄金の瞳を前に、ヘクター様は項垂れた。
かと思えば、勢いよく立ち上がり渾身の一撃を放つ。
だが、しかし……『無駄な抵抗だ』と嘲笑うかのようにあっさり避けられてしまった。
横に一歩動いただけのルイス公子に対して、ヘクター様は顔面から地面へ倒れ込む。
「くそ……くそっ!なんでだよ……!」
荒々しい呼吸を繰り返しながらも、ヘクター様は恨み言を呟いた。
絞り出すような……本当に小さな声で。
だから、きちんと言葉を聞き取れたのは私も含めて数人しか居ないだろう。
「明らかに……文官タイプの……なりだろうが!何で……こんなに強いんだよ……!」
一応ルイス公子の実力は認めているのか、『おかしいだろ!』と悪態をつく。
そして、地面に片手を突いて何とか起き上がろうとするが……足腰に力が入らないようで立てない。
「っ……!」
もはや立ち向かうことすら出来なくなったヘクター様は、悔しげに顔を歪めた。
『くそ……!動けよ……!』と言いながら、踏ん張るものの……動かない。
限界に達した体を前に、ヘクター様は為す術なく地面へ突っ伏した。
「────俺の……負けです」
そう言って、ヘクター様は剣を手放した────自分の意思で。
地面に落ちた剣がカランと音を立て、ヘクター様の敗北を決定づける。
「そこまで。ヘクター・カルモ・ラードナーが剣を手放したことにより、この勝負────ルイス・レオード・オセアンの勝利」
審判役たるレウス皇帝陛下は直ぐさま勝敗を宣言し、手に持った杖の先端を床に叩きつけた。
「これにて、決闘を終了する」




