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4-19

◇ ◇ ◇


「うわっ。反動ヤバイぞこれっ!」


「がんばれ鈴川~」

「お前の双肩に学校の未来がかかってるんだからな!」

「キャー! 洋平くーん、ファイトぉ!」

「こっち向いてー! 洋平くぅーん!」


 洋平の他、数名の選ばれし生徒が、全校生徒の前で消火器の実技指導を受ける。


 グラウンド上で燃え盛る炎に消火器の煙を当て、あっという間に消火活動が完了する。


 もちろん洋平には黄色い声援がたくさんあがっていて、夏弥にとってはすっかり見慣れた光景がそこにあった。


(ヒーローって、洋平みたいな奴を言うんだろうな。てか、もはや体育祭さながらって感じだ)


 そんな体育祭さながらの防災訓練もやがて終わり、グラウンドに集まっていた生徒達は、教頭先生のご指示によって校舎へと戻っていった。


 教室に戻ると、時計の針はすでにお昼休みを示していた。

 生徒によっては、教室に戻るなりお弁当を食べ始める者もいたぐらいだ。


 いつの間にか始まっていた昼休みの最中、夏弥はまど子から美咲の件について、ポツポツと質問されていたのだった。


「――じゃああの時屋上にいた子も、アパートにいた子も、美咲ちゃんだったってこと?」


「うん。……そうだよ」


「そうなのね……。でも、どうして秋乃ちゃんのふりをしてたの……?」


 まど子の純粋無垢な瞳が、そのメガネ越しに向けられる。


 まど子は決して、夏弥を怒ったり責めたりしなかった。


 彼女は人一倍博愛主義に寄った性格をしている。そのためか、自分が騙されたことに機嫌を損ねたりするより、どうして夏弥が嘘をつくことになったのか。単純にそちらへの関心が強いようだった。


「えっと……」


 夏弥は少し黙り込む。


 経緯を正直に話すとなれば、「美咲が自分の恋愛に協力してくれることになっていたから」というものになるのだけれど、さすがにこの説明をストレートに伝えてしまうと、まるで自分が、まど子に初めから下心満載で話し掛けたのだと言っているようなもの。


 なのでこの説明には、ちゃんと言葉を選ぶ必要があると思っていて。


「……実は俺、女子の友達を作りたいと思っていたんだ。今まで、異性で関わりのある人って言ったら、幼馴染の美咲か妹の秋乃くらいしかいなかったから……。美咲にそのことを話したら、協力してくれるってことになってさ」


 夏弥は余計な角が立たないよう、上手に説明することを心掛ける。

 嘘というわけでもない、確かにうまい説明だった。


「そう……なんだね……」


 まど子は夏弥の話を聞いて、色々と想うところがあるようだった。


 目を伏せ、ちょっとだけ切なそうな顔をしているのは気のせいじゃない。


 彼女は以前、美咲扮する藤堂秋乃に、とある悩み事を打ち明けられていたからだ。


 ベタベタなリスクヘッジにまみれたその悩み事は、ほとんど美咲自身の悩み事であったと見抜かれていたのだけれど。


 ここへきて、それが秋乃ではなく美咲からの打ち明け話だったことがわかり、まど子の中の情報はガラリと変わっていた。



 ――じゃああの時、私が秋乃ちゃんのものだと思って聞いていたお話は美咲ちゃんのお話で。幼馴染との距離に悩んでいたのは……きっと、藤堂くんとの関係で悩んでたってことだよね……。


 ――それに夏休み、藤堂くんと美咲ちゃんがアパートに一緒にいたのも気になるし……。最近、二人は一緒に登校してるみたいだけど、それってつまり……もうそういう関係ってこと?



 たとえ鈍感なまど子であっても、これだけの情報が集まってしまうと答えは見えたも同然で。


 夏弥と美咲はもうほとんど一緒に暮らしていて、恋人の関係にある。

 という、限りなく事実に近い関係性に気が付いてしまうのだった。




 防災訓練中でのやり取りがあった日の午後、夏弥は美咲宛てに一つのラインを送っていた。


『今日、秋乃がうちに来るらしい』


 簡潔なその一文。


 秋乃が来ることに対して美咲がどんな反応を示すのかは、夏弥もふんわりとしか予想できていなかった。


 けれど、意外にも返信が送られてくることはなく、音沙汰がないまま放課後を迎える。


(美咲のやつ、どうしたんだろ……? まぁでも、今日も玄関で待っててくれるんだよな……? なら、合流してから伝えればいいか)


 夏弥と美咲は、二学期が始まってからの数日間、ほぼ毎日一緒に登下校していた。


 最初の一週間こそこまめに連絡を取り合い、「一緒に行く・一緒に帰る」の都合を合わせていたのだけれど、もう九月の第二週となると、連絡ナシに直接生徒玄関で相手を待つという形が定着しつつあったのだった。


(あ、よかった……。今日も美咲がいる)


 そんなわけで、連絡を取らずとも生徒玄関にはすでに美咲が立っていた。


 目の覚めるような美少女だ。

 凛とした佇まいの、青い花を思わせる。

 立ち姿一つとっても画になってしまうのは、もはやお約束といった所である。


 夏弥はその光景に、安堵のため息を漏らす。


「ごめん。おまたせ、美咲」


「あ、夏弥さん。あたしの方こそゴメンなんだけど……」


「え。ごめんて?」


 ただどういうわけか、美咲は出会い頭に謝ってくる。

 頭を下げると、そのサラサラとした綺麗なショートボブの茶髪がゆれる。


「実はスマホの充電が切れちゃって。……なんか、ラインとか送られてきても気付けないじゃん?」


「ああ、そういうことね」


 どうりで夏弥の送ったラインに返信がなかったわけである。


「午前中の防災訓練が退屈すぎて、ずっとスマホいじったりしてたから」 


 美咲は、バッテリーが速攻で尽きてしまった理由を述べつつ、夏弥と一緒に帰りはじめた。


「あの訓練なぁ……。周りの女子は、洋平の活躍に大興奮だったみたいだけど」


「ね。芽衣も声援送ってたし、こう言っちゃうと癪だけど、アイツのライブコンサートみたいになってた」


「ああ。消火器パフォーマー鈴川って感じだったな」


 洋平は、夏弥が美咲に抱く好意を「気持ち悪い」と言い表していた存在だ。


 けれど、その彼の容姿端麗なイケメンっぷりに、相変わらず周囲はめろめろだった。一学期の頃と何も変わらない。


 彼が表舞台に立つことを、みんなは望んでいる。


 今こうして並んで帰る夏弥と美咲。この二人を除けば、大抵の生徒は鈴川洋平を肯定的に捉えているのだ。


 男子からは尊敬や親しみの念を抱かれ、女子からは色目や憧れの眼差しを向けられていて。


(やっぱり、洋平はすごい奴なのかもしれないな。……俺だったらノイローゼになってしまいそうなしがらみの中を、いとも簡単そうに生きているんだ。まぁ、その分役得というか、おいしい場面も多いんだろうし、元々の性格がそう見せてるってのもあるんだろうけど)


 あの喧嘩から数日経ってみて、夏弥は改めて実感する。


 洋平が化学準備室やその後の保健室で吐き出してみせたあの弱さは、誰にでも見せるものじゃない。洋平自身が言っていたように、信じてるやつにしか見せないものだったんだろうな、と。


「……夏弥さん?」


 洋平のことを考えていた夏弥に、美咲が話し掛けてくる。


「ん? どうしたんだ?」


「……。なにか考え事してた?」


「ああ。ちょっと洋平のこと考えてて」


「ふぅーん……。もしかして、アイツのことであたしにライン送ったりした?」


 美咲は電源が落ちてしまった自身のスマホを取り出して、暗くなったその画面を夏弥に見せてみる。


「いや。……あ、そういえば今日うちに秋乃が来るんだ。その連絡を送ってたなぁ」


「えっ、秋乃が来るの……? あのアパートに?」


 美咲はちょっぴり驚いたといったご様子。

 けれど、すぐに自分が気になっていた点を質問しだす。


「夏弥さん、最近秋乃と話したの?」


「うん。最近というか、今日話したんだ。防災訓練の時、偶然隣に秋乃が立っててさ。色々話して…………あっ」


「え? なに。急にどしたの?」


 いきなり声をあげた夏弥に、美咲はまたしても驚く。


「いや……実はさ……その時、ちょうど近くに月浦さんが居て…………気付かれちゃったんだよ。本当の秋乃はこっちだって……」


「あ、そうなんだ……」


「ん? 意外とショックでもないんだな?」


 夏弥の話を聞いても、美咲はそれほど深刻に受け止めていないようだった。


「……。まぁ、遅かれ早かれバレると思ってたしね……。けど、それなら月浦さんには謝らなきゃ」


「そのうち会う機会もあると思うけど、ラインで先に謝っておくとか?」


「……うん。家に帰ったら連絡取ってみる」


 美咲は充電の切れたスマホにジッと目を向け、少しだけ上の空になりながらそう答えていた。


 それから、曇り空のもと帰り道を進む夏弥と美咲。

 おしゃべりしながら一緒に帰っていると、不意に数滴の雨が二人に当たりだす。


「あ、降ってきちゃった」


「うわ、ほんとだ。ちょっと急いで帰るぞ」


「うん」


 夏弥は美咲の手をぎゅっと握って、帰り道を走り出した。


「……っ!」


 手を引かれた美咲は、夏弥の後ろ姿にちょっぴり頬を染める。


 美咲の心拍数は、そこからずっと駆け足になっていた。


 ドキッとしてしまうのは、夏弥の行動が以前よりも積極的に感じたからだ。


 こんな風に自分を導いてくれる夏弥の姿は、幼い頃によく見たものである。

 だからかもしれない。


 恋人になった今だろうと、いや、恋人になった今だからこそ、握ってきたその手の温度や空気感に、美咲は改めてドキドキしてしまうのだった。

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