3-22
◇ ◇ ◇
二人が杉の木の根元に居続けると決めた直後、夏弥の体感通りというべきか、すぐに一発目の花火が夜空に打ち上げられた。
緑と白の閃光弾は、ひょろひょろと不規則で細かい蛇行を描いていく。
夜空には夏の星々が釣り下がっていたけれど、その強い光に気圧されあっという間に見えなくなった。
「あ、上がった」
「これ結構近くで上げてない?」
「だな。たぶん近いんだと思う」
一瞬、その閃光弾が視界から消えたかと思えば、次の瞬間には直径いくつとも測れない光の花が二人の視界をいろどっていた。
直後、鈍い爆発音が二人の耳へと届く。
心臓を打つような重たい音だ。
「わぁ……」
「花火って、夏だーって感じするよな。季語の日本代表っていうか」
「ぷふっ。夏弥さん、そのうち実況とか始めそう。もっと他に言うことあるでしょ」
「他に……。じゃあ例えば?」
「え? ……んー。たーまやー? とか」
「「やー?」ってなんだよ。なんで語尾にクエスチョンマークつけるのよ」
二人は夜空に打ち上げられる次の花火を待ちながら、そんな会話をしていた。
きっとまたすぐに打ち上げられる。
一発目の煙はまだ風にかき消されていない。先走り気味な今のうちにきっと二発目は上がる。
そんな期待感が、空を見上げる二人の目には宿っていた。
ただここで、不意に美咲が恥ずかしい事実確認をし始める。
「ねぇ、夏弥さん……そ、その。さっきから気になってたんだけど」
「え?」
「その……」
美咲は片手に持っていたりんご飴をゆらっと左右に振りながら、重たげに口を開いた。
りんご飴を食べたせいか、美咲のその唇はちょっとだけ照り返していて。
「ずっと『手』……握ってるけど…………は、離さないの?」
「……!」
そう。二人は、一発目の花火が光って消えるこの瞬間まで、ずっと手を繋いだままだった。
いや正しくは、夏弥が美咲の手を覆うように握っている。そんな形で繋がっていた。
「ははっ……。言えてる。いつまで繋いでるんだっていう話な」
夏弥は美咲のその質問に答えつつ、自分の気持ちにも答えを出したかった。
薄暗いなか、夏弥は美咲の顔を見ながら静かにセリフを続ける。
「ていうかさ…………離したくないから、ずっと繋いでるんだけど」
「!」
夏弥の声は微妙に震えていた。
きっと手も汗ばんでいた。
一方、隣に立ち尽くしていた美咲は、ただただ声が出せなかった。
まるで飲み込んだ空気が、のどに栓をしたみたいで苦しい。
夏弥のそのセリフに、ドキドキする自分の感情を押し殺すだけで、もうたくさんだった。
◇ ◇ ◇
手の感触は暑苦しくもあって、煩わしくもあって。
でもどこか心地良くて安心する。
それなのに血液が激しく心臓を出たり入ったりする忙しなさで、美咲は死んでしまいそうだった。
自分が好きになってしまった人に、手を離したくないと言われたからだ。
「あっ、次の花火だ」と夏弥は言う。
「……」
向き合う二人をよそに、花火の閃光弾は上がっていく。
今度は白と黄色の閃光弾。
またしてもくねくね細かい蛇行を描き、星空を侵して上昇していった。
一瞬、見ている者達の視界から消えたかと思えば、次の瞬間にはまた大きな光の花が暗いキャンバスに咲いた。
直後、二発目の大きな音が二人の耳へ届く。
「離したくないって…………そ、そういう意味ってこと?」
「……」
夜空に打ちあがった花火が、チラチラとその余韻を残して消えるより先に、美咲がそんな質問を夏弥に投げ掛ける。
美咲の言いたいことはわかっていた。
だから夏弥も、はっきり答えてしまおうと思っていて。
「……そういう意味しかないだろ」
「……」
そこからしばらく、二人は何を話さなかった。
無言で顔を仰がせて、次の花火を待つ。
時々、繋いでいる手の握る強さが、微妙に変化する。
「……あっ」
三発目の花火が上がる間際、夏弥が手の力をゆるめた瞬間。
その隙を突くかのように、美咲の手はするりと抜けていった。
夏弥の手のなかに収まっていたはずなのに。
そのまま戻らないのかと思えば、今度は美咲の方から手を絡ませてきて。
「お、おい」
「黙って。…………黙っててよ。あたしだって…………離したくないんだから」
「……」
夏の夜の空気は、肌にじわじわ触れてきて暑苦しい。
それなのに、手の先から伝わってくる美咲の体温のせいで、夏弥にとってはずっと周囲の空気のほうが涼しく思える。
手を繋いだまま、このまま夜が過ぎていくのか。そんな風に夏弥が思い始めた頃、美咲がまた別の話題を口にする。
「夏弥さん、その……ごめんなさい」
「ごめん……?」
「さっきまですごい汗かいて。息切れもしてて。……それってずっとあたしのこと、探してたからでしょ? 射的のお店から、バカみたいに必死になってさ」
「……」
そうやって、経緯を一から言い当てられてしまうと、夏弥はどう応えていいのかわからなくなる。
恥ずかしいような、ちょっぴり惨めなような。けれど労わってくれて嬉しいような、そんなないまぜになった感情がのどをキツく締めてくるみたいだった。
「別に、本当に迷子になったわけじゃなくて」と美咲は続ける。
黙り込む夏弥の横で、美咲はもう一度りんご飴を口にする。
それからまた彼女は、次へ次へと話し始めていった。
「ちょっと一人になりたかっただけ。もしかしたら夏弥さんが、あたしのこと探してくれるかもって期待もしてたけど……でもそんなの、見つけられるわけないってすぐに自分で否定してた」
美咲が話し続けるあいだ、花火は次々に打ち上げられていった。
薄暗い杉の木周辺は、花火が上がるたびに明るくなる。
美咲の目にもその閃光は小さく映り込んで、キラキラとしていた。
「だってこの木のことも、今の今まで特に話してなかったし。……それに、あたしの小さい頃のことなんて、もうすっかり忘れてると思ってたから」
「ははっ。……まぁ、そう思うよな。俺自身、覚えてて意外だったし。……結果的にそれで見つけられたからよかったんだけど」
「……」
美咲はりんご飴を口に当てながら、隣に立っている夏弥を見つめていた。
男子なんて、みんな洋平みたいなものだ。
そう感じていた美咲にとって、夏弥は唯一の異分子に思える。
色んな女の子にあっちこっち目を向ける、移り気な男子じゃない。
自分を見た目だけで贔屓するような、そんな人じゃない。
ベッドに潜り込まれても、不用意に手を出してくるような人じゃない。
そして、夏弥本人が言っていたように、彼は無条件で自分の味方をしてくれる人だ。
それは今のこの状況が、何よりも物語っていた。
輪から離れた自分を、本当に必死になって、クタクタになってでも探してくれる。
そこに見返りや打算なんて挟んでいない。
この人はとんでもないお人好しなんだ。
今日だって、このまま普通に家に帰って、普通に寝て、またいつもと変わらない様子で「おはよー」とか言いながら朝食を作るんだ。
自分を探したり助けたりするメリットなんて、何一つないのに。
素っ気なくあしらっても、冷たく突き放しても、この人はあたしを嫌いになってくれない。あたしもなぜかこの人を…………嫌いになれない。
夏弥さんはたぶん、自分が目の前でブラウスのボタンを外したら、きっとまたそのブラウスのボタンを掛け直すんだ。やっぱりこの人は、そういう人だから。
今の美咲は、自信を持ってそんな想像ができる。
「ねぇ、夏弥さん」
「ん?」
だからというべきなのか、美咲はこんなことを訊くことにした。
さらっと訊いてしまえ。
そう思って、軽い口調で切り出した。
「今日、お祭りから帰ったら、一緒に寝てくれない?」




