3-09
『美少女になってみたいって、そういう感情を持つのはその人の自由だと思う。だから俺は、その気持ちまで否定するつもりはないっていうか』
『と、藤堂……お前……』
『なんだよ……。もう用事終わったし、そろそろ電話切って――
『ちょっとかっこいいところあるじゃん…………』
『え』
『き、気持ち悪いのかと思ったら、今度は優しくアフターケアとか……一体なんなんだ』
夏弥流・アメとムチに、貞丸は感情が追い付いていないらしかった。
『いや、ストーキングされる側の気持ちを知ってほしくて。つい張り切っちゃったな。小森が何を好きでもいいと思うんだけど。もう少し周りの迷惑とか考えろよ。俺が言いたいのはそれだけだよ』
『わかったよ……。はぁ。ていうか、洋平と違って読めないやつだなぁ藤堂って……』
『そうか?』
『そうだよ。洋平はわかりやすくて、付き合いが楽だな~って思ってたんだ。でも藤堂は……そうでもないんだな。ある意味、関心したよ』
『……』
何やら含みのありそうな貞丸のセリフに、夏弥は何も答えられなかった。
『ところで、俺の情報が資料としてほしいってさ……さすがに嘘、だよね?』
『え? うーん……それはどうかな。むふ♡』
『うわ! も、もういいやっ! じゃあな!』
「あ」
強制的に、プツッと通話を切られてしまった。
夏弥は美咲のことを想って一生懸命だった。
その結果、今回は毒を多めに盛りすぎたのかもしれない。
とにもかくにも、夏弥は貞丸との戦いに無事決着をつけることができたようだった。
これだけ強烈な釘を刺しておけば、当面は安心していられるはず。
夏弥はそう感じていた。
(ふぅ……。小森の件はこれでいいよな? ……って、ん? このタイミングで誰かからライン?)
夏弥のスマホに、珍しい人物からメッセージが送られてきていた。
送ってきたのは、しばらくその顔さえ見掛けていなかった美咲の同級生、戸島芽衣だった。
『お久しぶりです、藤堂せんぱーい。いきなりでごめんなさい。大至急、確認したいことがあって……!』
戸島芽衣。
彼女は三條高校に通う一年生で、美咲とよく絡んでいる女の子だ。
黒髪のサイドテールが特徴的で、一時は夏弥に恋愛相談をするなど、その積極的な性格にはキラリと光るものがあった。割とフットワークも軽い。
(戸島からのラインか。ずいぶん久しぶりな気がするけど、なんか元気そうだな)
夏弥がそのライン本文を読んでいると、続けざまに追いラインが受信された。
『あの……藤堂先輩って、みちゃん(美咲)と付き合ってるんですか⁉』
「……え?」
アパートの玄関先で追いラインを読んだ夏弥は、たまらずそんな声をあげてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
どうして芽衣が、そんなラインを夏弥に送ることになったのか。
夏弥はその原因を考えてみたのだけれど、あくまで憶測の域を出なかった。
(今、美咲と一緒にいるはずだよな……? なら、美咲が何か誤解を招くようなことでもポロっと話しちゃったのか……?)
『なんでそんな質問をしてきたのかわからないけど、事実無根です!』
文章を打ち込み、紙飛行機マークで返信を完了させる。
その後、目の前にしていた玄関ドアを開け、夏弥は家の中へと戻っていった。
リビングでは、相変わらず秋乃がアニメ『にゃん〇い!』を視聴しつづけていた。
「なつ兄、おかえりー」
「ただいま。やっぱり中は涼しいな」
さっきと何も変わってないなぁ、などと考えていたけれど、よくよく見れば秋乃の姿勢だけが外に出る前とは異なっていた。
クッションに立て肘をついて寝そべる姿は涅槃仏そのもので、ちょっとたわんだ水色Tシャツの胸元から、実妹の禁じられし谷が顔を覗かせていたのも変化の一つだった。
(まぁ別に妹のアレには何も感じないけど。不思議と脂肪のかたまりくらいにしか思えないけど。……それでも一応見ちゃいけない気持ちが湧いてくる)
さて、秋乃は着やせするタイプだ。
制服のようなブラウスを着ていれば、まだソレの存在感は控え目でおとなしい。
しかしTシャツ一枚のような薄着では、禁じられし谷が解禁されかかってしまう。
妹という存在に『お胸が大きいこと』と『だらしないこと』を掛け合わせてはいけない。
それはなぜか。
答えは単純明快で、お兄ちゃんが気苦労で爆散するからである。
「――ねぇ~。もう三話目、見ちゃっていい?」
「いいよ。ていうか、もはや単純に秋乃が見たいだけだろ……?」
「バレてた! へへっ」
モニターで流れ続けるアニメを前に、秋乃はとても心躍らせているようだった。
夏弥が戻ってきたとわかり、秋乃はむっくりと身体を起こす。
そしてさりげなくクッションのスペースを一人分譲る。
夏弥はそんな妹の横に座りながら、おもむろにスマホを触った。
美咲のことがやや気掛かりだったからだ。
『戸島に、「みちゃんと付き合ってるんですか⁉」なんて突拍子もないこと訊かれたんだけど、何か知ってる?』
このメッセージを美咲に送る。
その約三秒後。
夏弥がスマホをブラックアウトさせようとしたところ、瞬く間に返信がくる。
『なにそれ⁉ あ、ていうかちょっと待って』
早過ぎるその返信は、美咲の慌てっぷりがそのまま如実にあらわれているようだった。
(……? どうしたんだ一体。何が起きてるんだ……?)
夏弥の知らないところで、並行して何か起きているらしいのだけれど、彼がそれを100%把握できるわけもなくて。
美咲の迅速すぎる返信からさらに約二十秒後。
おそらくは芽衣と会話し終えたらしい美咲から、続けてラインが送られてくる。
『ごめん。朝撮ったツーショット画像、間違えて芽衣に送っちゃってたみたい』
「えぇ⁉」
メッセージを目にした瞬間、夏弥から戸惑いの声がもれる。
「わっ。なつ兄どうしたの? 急におかしな声だして」
「いや。なんでもな……くはないんだけど……」
「うん? 変なのー。あ、変なのはいつもか♪」
秋乃に生返事を返しつつ、夏弥は器用に指先で美咲にも応答する。
『とんでもないミスじゃん。……ていうか、そもそもなんで俺に送ろうとしてたんだよ?』
その後も、アニメを楽しむ秋乃の横で、夏弥はポツポツとスマホをいじっていた。
美咲とのやり取りは以下である。
『実は今、芽衣と二人でスタバに来てて。夏限定、巨峰たっぷり生クリームブルーラテ、飲んでるんだけど』
『なんてギルティな飲み物を……』
『え。夏弥さんコレ知ってるんだ? めっちゃ意外』
『まぁね』
美咲の言う「巨峰たっぷり生クリームブルーラテ」は夏弥でも知っているドリンクだった。
日々、料理系Youtuberの動画をコアに視聴する夏弥のアカウントでは、ゴリゴリに食べ物や飲み物の広告が躍り出てくる。
その中に「巨峰なんちゃら」が混ざっていたのはつい先日。
そのため夏弥の記憶にも新しかった。
『芽衣がトイレに行ってる間、ぼかし加工したツーショットを夏弥さんに送ろうと思ってたんだけど……』
『ああ……。それでトチって戸島に送った、と』
『それ。正解』
『俺は自分で加工するつもりだったんだけどなぁ』
『あたしも最初はそう思ってたんだけど、夏弥さん、画像の加工とか不慣れっぽいじゃん。自撮りの時もプルプルしてたし。だからあたしがしてあげた方が無難かなって……』
『そっか。ありがとう……でも、もういいんだよ』
『え、いいって? もしかして、もう小森さんに送っちゃったとか……?』
『いや。その件なんだけど、さっき直接アイツに電話して、しっかり断ったから。それでもう気にしなくてもいいよっていう意味。今後ストーキングなんて二度とやるなって言っておいたし、強めに釘刺しておいたから』
『え。そうなの? 夏弥さん、やる時はやるんだね……。最初あんなに意見ブレブレだったのに。……で、なんて言って釘刺したの?』
『それは……まぁいいだろ、別に』
『そっか。でもよかった。ありがとう、夏弥さん。あの人が二度と付きまとってこないなら、もうこの話はおしまいだね』
『うん』
(戸島に間違ってツーショットを見せたことの罪悪感からか、やけに素直だな)
夏弥はてっきり、もう少し美咲が話を蒸し返してくるんじゃないかと思っていた。
「断れるなら最初っから断ってよ」とか「もしかしてわざと解決を引き延ばしてた?」とか、何かしら言ってきそうなものだと思っていた。
ただそんな夏弥の気持ちとは裏腹に、美咲はさらに予想外のメッセージを送りつけてきたのだった。
『そういえば夏弥さん。この話って「あたしに悩みがないか」ってところからスタートしたんだよね?』
『ああ。そこからだね』
『……どうしてあたしの悩みなんて訊いてきたの? 最初にあたしがコレ訊いた時、はっきり答えてくれなかったでしょ。教えてほしいんだけど』
美咲のそのメッセージを前にして、夏弥は完全に固まっていた。
(洋平に触発されて、女子と仲良くなるためのステップを踏もうとしてた。そのステップの一つとして、美咲に訊いた。ということなんだけど……。さすがにこれ、そのまま言ったらなんだかデリカシーが……無いよな)
その通りだ。
美咲の悩みがデリケートな問題だっただけに、夏弥のデリカシーセンサーは当たっているのかもしれない。
せっかく解決したというのに、「本当は肩慣らしのつもりで訊いたんだ」的な発言をすれば、印象は最悪。夏弥に対する美咲の評価は、あっという間に地の底へ落ちていく……かもしれない。
そんな不安が夏弥の頭のなかを駆け巡っていた。
(そのまま言っちゃダメだ。きっと、実際の理由そのままなんて美咲は求めてない。洋平が言っていた『自分の役目』を考えて、それに合ったセリフを心掛けないと……。美咲にとって、俺はどんな役であることが望ましいのか)
だから夏弥は、慎重に、本当に慎重に答えることにして。
『今一緒に暮らしてる相手が、少なくとも美咲の味方だってことを知ってほしかったんだよ。悩んでることを、遠慮なく打ち明けられるんだって。そういう、無条件で味方してくれる、みたいなやつがそばに一人いることを覚えておいてほしくて』
精一杯のメッセージ。
余計なお世話だ、と突き放されても仕方ないと思った。
夏弥なりに、精一杯考えたメッセージだった。
無骨で不器用。
本当の理由じゃない。
でも決して、隠すために取り繕った上辺だけの言葉でもなかった。




