魔法……おじさん(前編)
もし、魔法少女が現実に現れたら。そう思った女神様は魔法使いになれるステッキをおもちゃ屋に紛れ込ませる。その様子をまたしても見せられるカンパネ。そのステッキを手にしたのは……
女神様が作った星の中で唯一気に入った星。名前は無いが、「ベースの星」と言ったら大体この星である。
何も能力を持たない人間だけを住まわせたらどうなるかというほんの一言から生まれた星は、文明を生み、神も予想できない成長を遂げている。
そんな「ベースの星」にあるとあるマンションをのぞき見して、女神様は今日も目を輝かせていた。
「魔法は人間の憧れというのがとりあえず分かったわ」
急な発言も数回あれば慣れるという物。今回もまた、何かを思いついたのだろうか。
「どうしたのですか? 女神様」
「カンパネ! これを見なさい!」
強引に女神様の目の前の画面を僕に見せる。
「これは……アニメというやつですね」
「そう! しかもこれは『可愛い少女が魔法を使うアニメ』。通称『魔法少女もの』よ!」
息を切らして話す女神様は、いつもの恐ろしい行動が少しも見えないただの残念な女神様だった。
「えっと、魔法少女ものというのはわかりましたが、それがどうしたのですか?」
「このベースの星には能力を持たない人間しか存在しないわけだけど、魔法という存在に関して何かしらの情報を得て、こうして憧れを持ったのよ!(持論)」
「ま、まあ、そもそも魔法というのが無ければ、こうして憧れが無いわけですからね」
「そこで、アニメでは無くて実際に魔法少女を作れば、どんな行動を起こすのか見てみたいわ!」
「……えっと、それはアニメのように悪の組織と戦ったりとか、可愛く魔法を使うとかを……期待してます?」
「もちろん! 魔法が使える女の子なんて、可愛いにきまってるじゃない!」
どうしよう、女神様がベースの星の文化によって壊れ始めている。
というか、魔法が使える少女なんて、その辺の見た目が幼い精霊ではダメなのだろうか。
「ちなみにそこの精霊の魔法は論外よ。見飽きたわ。人間が良いの!」
心を読まれてしまっていた。
「ということで、毎度のごとくベースの星を複写して離れたところに配置してと」
またしてもさらりと凄まじい事を行う女神様。というか、白いワンピースに金色の髪。幼女では無いが見た目だけで言えば魔法使いの美女とも言える存在が僕の目の前に居るのでは? とも思ったが……おそらく論外と言われるのだろう。
「さて、次に魔法使いになる条件だけど、当然人間の幼女をターゲットにしているから、比較的簡単な方が良いわね」
目の前に映し出された映像に念を入れ、何かを書き込む。
「条件はどんなのを設定したのですか?」
「ちょうど私が今見ていた、この『魔法少女スイートカフェ』で登場する魔法のステッキのおもちゃを手にした人間が魔法使いになるようにしたわ」
そう言って、異空間から魔法のステッキを僕に渡す。
「羽のような物が生えている、見た目だけで言えば可愛いですが、実用性に欠けるデザインですね」
「そんなの、可愛ければ良いのよ。さて、それをあそこのおもちゃ屋に設置して、後はカンパネをあのおもちゃ屋に転送すれば完了よ」
「……また行かないとダメですか?」
「当然じゃない。カンパネは私の目なのよ。そういうわけで、行ってらっしゃい!」
理不尽な命令に今日も悩まされる訳だ。
.魔法……おじさん
ベースの星のコピーにたどり着き、とりあえず自分の姿を確認する。
今回も黒髪で普通の青年といった感じだろう。
神の力を使って体型や容姿を変える事は可能だが、やる場合は誰も見ていないという事を条件に出されている。
さて、今回の目標はおもちゃ屋で魔法のステッキを手にした少女が可愛く敵と戦い、そして可愛く成敗して、可愛く終了するという。
今までに無い平和な終わり方を、今回は影ながら期待している。
『さて、到着したわね』
女神様がいつも通り僕の頭に直接話しかけてくる。
「ええ、それで、魔法のステッキはどこにあるのでしょうか?」
『おもちゃコーナー。しかも女の子向けのコーナーよ。人気商品だから、さっきから結構売れているわね』
魔法? を使って星を作ったり破壊する女神様のお墨付きステッキだ。逆に売れてなかったらベースの星も滅んでいたのでは無いだろうか。
「えっと、あれですね」
魔法のステッキの販売している棚には沢山の少女が列を作っていた。
どうやら人気商品だから、列を作って順番に購入する形式での販売となっているらしい。
『さて、この少女達の中から運命によって選ばれるのね』
見えないけれど、おそらく目をキラキラと輝かせているのだろう。
「それにしても凄い列ですね。長蛇の列が奥のコーナーまで……え?」
『どうしたのかしら……え?』
女神様は僕の目から主観でこの世界を見ている。つまり、僕が目にしたモノは、女神様も見ているのである。
「……ここは、女の子用のコーナーですよね?」
『さ、さすが人間だわ。まさか、あんな『渋いおじさん』が列に並んで居るなんて」
一人だけ、異様にオーラを醸し出している白髪のおじさんが立っていた。
『か、カンパネ。力を使って並んでいる理由を聞いてみて』
人間の私生活に踏み込むのも気が引けるけど、女神様の言うことに逆らうことは消滅を意味する。ここは素直に言うことを聞く。
「えっと、娘に買う……らしいです」
『何故かしら、数千年の中でトップに入るほどほっとしているわ」
「普通に考えたらそうなると思いますが……あれ?」
渋いおじさんから結構後ろの方を見ると、今度は小太りのおじさんが列に並んでいた。
「……あの人も娘でしょうか」
『そうね。普通に考えたら少女向けのステッキですもの。見た目は結婚していなさそうでも、家庭を持つ権利は誰にでもあるわ。あの人も娘にでしょうね」
……自分用……って、出てきた。
『どうかしらカンパネ? やはり娘かしら?」
「そうです。決して自分に買うわけではなく、娘さんにらしいですね」
「やっぱりね。まあ順番を見るに、あそこまで在庫はなさそうだし、あの人には諦めて貰いましょう」
目は見えても、心の声は女神様に聞こえないらしい。嘘だと分かったら、帰りが怖いし、嘘はできる限りこれっきりにしたいところだ。
「さて、そろそろ選ばれし運命の少女が登場よ。誰かしらね!」
実のところ、先ほどから嫌な予感しかしない。というのも、この人間の世界に来てからいくつか単語を覚えたのだが、その中で『フラグ』という単語がある。
伏線の回収とも言えるのだろうか。ともかく、何かきっかけがあっての現象が起きる。そのきっかけたる部分が先ほどから引っかかっている。
『次ね! さあ、誰かし……ら』
女神様の声が止まった。どうやら僕の予想は大当たりらしい。そう。
渋い白髪のおじさんである。
『……ちょっと待って、これは予想してない』
「いや、女神様。待ってください」
やたらテンションが下がる女神様。そのご機嫌取りもまた、一番側近である僕の役目でもある。
「娘に買うと言うことは、あのおじさんの娘ということでしょう。なら、問題が無いのでは?」
『なるほど、楽しみが先延ばしになったわけね。それに、父親から貰ったステッキが本物だったなんて、アニメより熱い展開よね!」
どうやら機嫌を戻したらしい。
『カンパネ。認識阻害を使って尾行よ。何なら後ろに突いていっても良いわ』
「りょ、了解です」
とりあえず、女神様の楽しみが少しだけ先延ばしになった。
先延ばし……だったら良かった。
.☆
渋い白髪のおじさんの自宅は少し古びた一軒家だった。とはいえ少し大きめで、それなりに裕福な家だろうと思える家だった。
『大きな庭に大きな家。風情もあって良い雰囲気ね。これは娘さんというのも期待できるわね』
「ええ。ですが問題が一つあります」
『何かしら?』
「人間の気配が、ありません」
そう、大きな家に大きな庭。風情があって凄く居心地の良い部屋なのだが、人間の反応が無い。
『出かけているのでしょ? おじさんもサプライズしたいから、こういう時に買い物をしたのでしょう。ほら、ステッキを奥の部屋に持って行ってるわ』
帰ってきて渡すでも十分サプライズだと思うが、女神様は僕以上に人間について何かを知っているのだろうか。僕も勉強不足だ。
『あれは……仏壇ね。死者を崇める場所よ。隠し場所としてはハイセンスな場所を選ぶわね』
またしても、嫌な予感がした。
そして、ようやく渋いおじさんが話し出す。
「桜花。誕生日プレゼントだ」
耳を疑った。
と言うか、凄い渋い声に驚きを感じた。それと同時に、嫌な予感は的中し、娘さんはすでに、この世には存在してない。
『……えっと、何かの間違いよね』
「いや、きっとこれが女神様の言うところの運命というやつでしょう」
『ちょっと待ってよ! 可愛い魔法少女は! そうよ! 今すぐその桜花って子を生き返らせれば良いのね!』
「できるんでしょうけど勘弁してください。混乱を生みかねます!」
さらっと凄い事を言うけど、本当にやりかねない。死者の復活はカミノセカイでは稀に行われるが、この人間の世界ではあってはならない事である。
「桜花、事故で死んでから二十年。娘の事を分からずに先に死んでしまったから、今年もこういう物を選んでしまったよ」
認識阻害を使っているので部屋を見て回ってもバレはしない。それを利用して部屋の周囲を見てみると、一つの新聞が張られていた。
『酒気帯び運転で衝突事故。女性と子供が死亡。男性は重傷だが命に別状は無し』
つまり、この事故で妻と娘を亡くしたのだろう。二十年前となると生きていれば成人を過ぎて結婚も視野に入れている頃。このおじさんは、ステッキを買う限りでは不器用なのだろうか。
『カンパネ……今すぐ戻すわ』
「ちょっと待ってください女神様!」
「ええ!」
初めて女神様に強く反対した気がする。
今まで女神様の人間観察には無関心だったが、はじめてこの人間の行動を見てみたいと思った。
『よく考えなさい。この先、誰も得しない物語が始まるわよ』
「それは、見てみないと分かりません」
『いやまあ、そうだろうけど』
女神様がブツブツ言いながら声が小さくなる。諦めてくれたのだろうか。
再びおじさんが話し始める。
「俺は、良い父親だっただろうか。不器用でいつも娘の気持ちを分かってやれない悪い父親だったのでは亡いだろうか」
話しながら、ステッキの入った箱を開け始める。
え、ここで開けるの?
「今年で桜花も二十五歳。こんなプレゼントを貰っても嬉しくは無いだろう」
セロハンテープを剥がし、中を取り出す。
「だが、これだけは知って欲しい」
ー不器用なりの、悪あがきだー
手に取ったステッキが光り出し、周囲がキラキラと光る紙吹雪の様な何かが飛び出す。
「な、何だ!」
「め、女神様!」
『……この演出、結構頑張ったのよ?』
完全に女神様の声が冷め切っている。
数秒間の輝きが徐々に静まり、その光は仏壇の中央に集まる。やがて光の球体へと変わる。
「こ、これは……」
「女神様! これは一体!」
『ほら、魔法少女と言ったら、可愛い使い魔でしょ。その類いよ』
いやいや、なんか女神様、色々全力出してません?
人間の文化を知り尽くしているというか、僕よりも女神様が来た方が良いのでは無いのでは?
そうこうしているうちに、球体は突如、小動物に変化する。例えるなら、少し太ったハムスターだろうか。サッカーボールほどの大きさのハムスターは、とても愛くるしい目をしていて、いかにもマスコットキャラクターと言った感じだった。
「ようやく人間界に登場ポン。君がポンに選ばれた人間ええええええええ」
まあ、そういう反応するよね。
目の前には渋いおじさん。周りに少女は居ない。つまり、選ばれし人は目の前のおじさんなのである。
「まさか、桜花……か?」
おじさんが突然震えて問う。
「ちょっと待つポン。凄い渋い声から察するに少女……とはほど遠い存在ポン。強いて言えば……」
ん、僕を見てるということは、認識阻害を破ったか。
(僕を見るな。女神様の命令で来てるだけだ)
(ぽん! め、女神様の側近ぽん!)
カミノセカイでも恐れられている女神様。その命令となると聞き流せない。
「え、となると、君が……その、選ばれし者ポン?」
「選ばれし者というのは知らぬが、このステッキを買ったのは私だ」
「聞いてないぽん! 〇〇様からは少女の手に渡ってサポートをするって何か台詞が消された気がするポン!」
神の力で台詞を消去。色々と面倒が起こるのは避けたい。
「それよりも、動物の様な君にもう一度質問をしてもよいだろうか」
とても渋い声で聞くおじさん。いや、この人の声は一体どこからでているのだろうか。
「な、なにポン?」
「君は、桜花かい?」
「それは……(ちらっ)」
僕を見て助けを求めている。
(桜花とはその人の娘で死んでいる。ここは気の利かせた一言を言えば満足すると思うよ)
(ありがとうポン!)
「…えー、こほん。桜花殿では無いが、桜花に頼まれてこの世界に来たポン」
「頼まれた。つまりあの世からの使者ということか」
渋い声で言う物だから、凄くシリアスに聞こえる。実際は全然そんな雰囲気でも無いのだけれど。
「えっと、そうだポン。この世界には悪の組織が住み着いていて、それを退治しないと……その……あの世? にも影響するポン」
なかなかあのハムスターは賢いのかもしれない。それなりに話しを作り上げている。
「それならば、少ない命だが……」
「……おい、やめるポン!」
「この命、その悪の組織の退治に使わせて貰う!」
再びステッキが光輝き、おじさんは光に包まれる。
女神様が見ていたアニメは、少女が可愛い服に身を包み悪を倒す物語だった。
しかし、現実は残酷で、グロテスクだった。
フリフリのミニスカート。
ピンク色のロンググローブ。
リボンがついたカチューシャ。
そして渋い顔。
そんな現実が、そこに立っていた。




