しりとりの世界(前編)
女神様は今日も目の前の球体に手をかざして何かを行っている。
女神様に名前は無い。だが、僕にはカンパネという名前がある。まあこのカミノセカイにおいては「女神様」と呼ばれる存在は一人しか居ないから、仕方が無いのだろう。
「できたわ!」
今度は何ができたのだろうかと思い女神様に近づく。
女神様の最近の趣味は、星の生成である。
自分の設定した環境や人物を設置し、その様子を眺めるのが楽しみらしい。
以前人間の世界に僕が行ったため、若干の知識を得た。 帰還した時にこの女神様の行為は「シミュレーションゲーム」という物に近いのではないかと思った。
「今回は何ができたのですか?」
「よくぞ聞いてくれたわね。カンパネ」
キラキラした笑顔で僕を見てくる女神様。
白いワンピースに金色の髪。誰が見ても美女とも言えるその姿とは変わって、性格は……いや、何でもない。
「この世界には当然だけどルールというものが存在しないわね」
「まあ、皆自由に生きていますから」
「だけど、先日カンパネに行って貰った世界にはルールが存在するのよ」
「例えば?」
「そうね。人の所有物を奪ってはいけないとか、人を殺してはいけないとか」
「……人間の知識があるので、その思考で言わせていただきますが、それは当然かと」
「まあ、今のカンパネはそういう知識を持っているから当然のように思うけど、知識が無い状態で同じ質問をしたら、きっと答えは違ってたと思うわ」
「はあ、ところでそのルールと今回の……作品は何ですか?」
危うく暇つぶしと言いそうになり、寸前で言葉を変える。我ながら良い単語だと思った。
「今回は、会話を全てしりとりで行うルールを追加したわ」
「しりとり……ですか?」
「ええ、しりとりで会話をしなければ、逮捕。これを常識として生活した場合、人間はどんな生活を送るのかがしりたいわ」
つまり、前回の様に一人を対象とした実験ではないのか。だったら僕が行く必要は。
「さて、カンパネ。準備は良いわね?」
「え! また行くのですか?」
「当然。大事なのは主観での視点。空からでは飽きるのよ」
相変わらずだが、思考が読めず。
そして、狂っている。
しりとりの世界
前回の星と似て建物が多く、電車やバスなどの交通機関からビルやマンションの建物など、見覚えのある風景が並んでいた。
前回の星とはまた別で、ベースの星を複写して生成した星である。つまり、前回の大規模な電車の事故は存在しないことになっている。
『到着したわね。試しにそこの主婦達の会話を聞いてみなさい』
バレなければ神の技を使って良いとのこと。聴覚を一点に集中して、主婦同士の会話を聞く。
「ウチの旦那、今日も飲み会よ」
「陽子さんも大変ね。でもウチの旦那も家で飲んですぐに寝るの」
「飲んですぐ寝るなんて、不健康よ。肥満とか大丈夫?」
「……武術を昔やってたから。また復帰すれば今の肥満もなんとか戻ると思う」
「うん! お互い頑張りましょう」
「うん。そうね。では今日はこの辺で」
……凄い、自然に会話している様に見えた。
一瞬考えた様にも見えたが、日常会話でも少し考えることはあるし、問題無いだろう。
『ここまで来ると、人間の思考は神を超えているのではと思うわ』
「さすがに驚きですね」
『そうそう、言い忘れていたけど、私との会話はノーカウントだから、気にせず話しかけて良いわよ』
正直助かった。女神様の報告もしりとりだとこっちの身が持たない。
『あ、あっちの公園でこれから面白いことが起きそうよ』
そう言われて公園を見る。
どうやら小さい子供が数人、一人の子供をいじめている様に見える。
「いい加減、そのキーホルダー渡せよ!」
「弱いくせに、俺たちにたてつくなよ!」
「よしてくれ! これは大事なキーホルダーなんだ!」
どうやらしりとりは一対一ではなく、集団でも成立しなくては行けないらしい。
お母さんらしき人たちが止めに入りそうなそぶりを見せるも、何故かオロオロした状態で手を出さない。
『なるほど、そういう弊害が生まれるのね』
「どういう事ですか?」
『見ていれば分かるわよ』
そう言われ、もう少し見ることに。
「大丈夫だよ。俺たちがもっと大事に使ってやるからよ!」
「よしき君の言う通り。俺たちが大事に鞄につけてやるから、その方がキーホルダーも喜ぶぜ」
「絶対そうだよな!」
ヒートアップする中、いじめられっ子は何かチャンスを待っている様だった。
「な? だからそのキーホルダー」
一瞬、よしきと呼ばれていた少年が止まった。単純に息が切れて止まったのだろうか。
その瞬間、いじめられっ子は大声で言った。
「ダメだよ!」
強い意志と共に放たれた単語。その言葉を受けたよしき君は、いじめられっ子を睨む。
同時に後ろに立っている母親と思える人が大声で注意する。
「よしき! 黙って! お願いよ!」
目に涙を浮かべながら放った母親と思わしき人物。だが、その言葉は息子に届かなかったのだろう。
「俺たちに渡せよ!」
一瞬静まりかえる。
そして、突如大きなサイレンが鳴り響く。
『違反者発見! 違反者発見! 今すぐ警察はサイトウヨシキ容疑者を逮捕するように』
「あぁ……」
膝から崩れ落ちる母親。そして、何が起きたのかまだ理解できていないよしき君。
「え、え、何……」
「人間の平和を守る警察だ。君がよしきさんだね。悪いが来て貰う」
「い、いやだああああ! ままああああああ!」
連れ去られたいじめっ子ことよしき君。それを見送るいじめっ子といじめられっ子。
さすがにサイレンの音や警察に脅えたのか、言葉を発さずにそれぞれ帰って行った。よしき君の母親を残して。
『なるほど。前の世界ではああいった場所だと親が止めに入ることが多かったけど、今回はそれが無かった。その理由がわかったわ』
「どういう……」
『途中で会話に入り込んで、うっかり別な文字を先頭に入れたら逮捕。これを恐れて母親は無言で肩を押さえるしか無かったのね』
しりとりと言えば、子供の教育もできるしゲームにもなる。それが法律となるとここまでも生活しにくい世界になるとは。
『でも、この世界、他の星よりも戦争が少ないのよ』
「どういう事ですか?」
『元々無力の人間。強いて言えば資産や兵器を持てば多少相手を威圧する事ができるけど、このしりとりのルールによって貴族すら逮捕されるのよ』
「そんなむちゃくちゃな世界。違和感に思わないのでしょうか」
『まあ、こうなって二百年って設定だし、もう誰も違和感に感じないと思うわ』
相変わらず女神様の言うことは凄まじい。
『さて、状況は分かったし、今回の本題は『少し混乱を起こさせて欲しい』』
「……どういうことですか?」
『手段は問わないけど、できればしりとりを使って混乱を起こして欲しいわね』
「しりとりですか?」
『期待しているわ』
そう言って女神様の気配が消える。僕の目を通して何かを見て入るのだろうけど、それ以外は感じ取れない。
「はあ、先が思いやられる」
とりあえず混乱を起こせと言われても……。
そう思って、ビルのテレビを見ると、速報のニュースが流れていた。
『テロ組織が、本日昼に動画サイトにてライブ配信。テロ予告か』
「……ちょっとやってみるか」
☆
ライブ配信された場所は、僕がいた場所よりもはるかに遠く、徒歩で行けば年単位。飛行機などの交通網を使っても手続きとやらがあって、結局時間がかかってしまう。さて、その場合どうするか。
答えは簡単。
神の力をこっそり使って移動すれば良いのである。
(認識阻害と、言語も理解できるように加護をつけてっと)
万が一も考え、自分に色々な能力を付与する。いや、実際神の力で作った体だから、大丈夫だとは思うけれど。
『いや、そうも行かないわよ』
「え?」
『今のカンパネは神の力が使えるだけで、肉体は人間。つまり、拳銃で撃たれたり刃物で刺されたら死ぬわよ』
訂正。自分に神力を付与して良かったと思った。
「さて、問題のテロ組織の会見が開かれるのは……あそこか」
物騒な兵器を手に持つ兵士が沢山居る中、平然と歩く僕。気配遮断のおかげで、例えば中心で踊っても誰も気がつかない。
目線の先には大きな建物が並んでいて、中から声が聞こえる。少し力を使って中の音に聞き耳を立ててみる。
「放送の準備はできたか?」
「可能だ。あとは人質を連れて来るだけだ」
「大丈夫か? あいつ、かなり暴れていたけど」
「どうにでもなる。なんせ、俺らにはこのアサルトがある……からな」
「なら良しとしよう。では、全員作業に戻れ!」
なるほど……。
自然な会話過ぎて逆にきみが悪いよ!
一部止まった様にも思ったが、もしかしたら会話を相手もしやすいように語尾に気を遣っているのだろうか。
だとしたら、ある意味で思考能力は進化している星だな。そして、こんなテロリストでもそのしりとり絶対法(今命名)が適用されているとは。
(ん、新聞を配っている。ちょっと貰うか)
「号外だー。テロリストがとうとう声明発表だー」
その男の前に一人、人差し指を立てて、号外を貰う。場合によってはジェスチャーでも良いのだろう。
僕も真似して、一部貰う。内容は。
『テロリスト・アジャルがとうとう他国に攻撃を仕掛ける準備を整えた。声明が本日十二時に行われる』
さてこのテロリストの声明、一体どういう物か見物してみよう。
施設の中に入ると、すでに人で一杯になっていた。僕も空いた場所に身を置き、声明を待つ。
一人の男と、後ろには銃を持った兵士が数人並んでステージに上がる。そして最初に入った男は大声で宣言をし始めた。
『諸君、これより隣国のアライド共和国にミサイルを発射することを宣言する』
声明が発表されて早々に、攻撃宣言である。
しかし、その言葉に誰もざわめきや歓声は上がらない。当然である。ここで声を出してしまったら、しりとりにより呟いた人が捕まるか、声明者が捕まってしまう。
「つまり……しりとりをしてみれば良いのか」
人混みを進み、声明者の近くまで行く。
「我々の望むのは破壊では無い。平和である!」
(る……る……だめだ、思いつかない)
なかなか難しい。声を出すタイミングや、間の取り方。そもそもしりとり絶対方はどこまでが有効範囲なのかも分からない。
「ミサイルの破壊力は、一撃で全てを焼き尽くしてくれよう!」
(ここか!)
「うおー! 凄いですね!」
とりあえず僕が叫んでみた。
そして、同時に周りは静まりかえった。
声明者が、何かを合図を送り、隣で額に汗をかいていた人が前に出る。
「我が国よ、永遠に!」
突如放った言葉。そしてサイレンが響き渡る。
サイレンと同時に警備員が入り、先ほど叫んだ人を捕まえる。
「嫌だ! 僕は捕まりたくない! まだ、まだ何も成し遂げてない!」
「……」
なるほど、万が一僕みたいな人が来ても、隣にいる人たちに犠牲になって貰えれば、何も問題無いわけだ。
サイレンが止まり、再度静まりかえる。
「今し方、我々の意見に反する者が出たが、まあ良いだろう。その者を捉えろ」
その声に、テロリストが僕の近くへ行く。
(まずいな。ここは一旦逃げるか)
そう判断し、施設から走って逃げる。後ろから数名追って来るが、問題は無い。
(認識阻害の神力で……えい)
僕が走るスピードを緩める。
テロリストが近づいてくる。
が、僕を通り過ぎて、テロリストは走り去っていく。
『へえ、なかなか格好いい逃げ方じゃない』
「やりたくてやった訳じゃありません。しかし、囮を使うとは思わなかったです」
『そう? 私は予想してたわ。あれほどの集会。反対派閥もいるでしょ』
「ともあれ、このままだとアライド共和国という国に攻撃を仕掛けるそうですね」
「それもまあ、良いんだけど。やっぱりあのテロリストのボスがミサイルを撃って大犯罪者になるよりも、しりとりというふざけたルールで逮捕される方が滑稽で面白いわ』
「そうですか」
再度集会所へ向かう。今度は神の力である認識阻害を使ったまま入る。これを使うことで、殆どの人間は僕を見ることができない。
「では、残り二時間。我々の勝利を噛みしめ朗報を待たれよ!」
そう言って声明者はステージから去る。
「遅かったか。となるとミサイル発射基地の方へ行くと言うことかな」
周囲を確認し、テロリスト一人を捕まえ、壁へと押しつける。なお認識阻害を使っているので周囲は誰も怪しまない。
「な、何だお前!」
小声で問う。同時に嘘を言えない神力も放つ。
「えーっと、ミサイル基地の場所はどこだ!」
「……ぅ……ぁ……ここから北東の森の中にあるああぁぁぁ!」
男が答えた瞬間再度サイレンが鳴る。そして警察が走ってくる。
「あいつだ! あいつが奇妙な力を使って俺に何かを話させた!」
「ただでさえ今日は忙しいのに、何を言ってる。誰も居ないじゃないか」
認識阻害で捕まえた人以外の人物。つまり警察は僕の姿を確認することはできない。
「悪魔だ! あそこで手を振っている! 誰かあいつを捕まえてくれ!」
「連行しろ! こいつ、薬でもやってるのか?」
「確認します。住民の皆さんはこの場から念のため離れてください」
これほどの騒ぎになってもしりとりは続いている。これもまた、凄まじいというか気持ちが悪いな。
さて、本題であるミサイルの破壊活動である。どうすれば女神様のお気に召してくれるだろうか。




