永遠の命と数日の命(後編)
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目が覚めたのは、衝撃から数分後だった。
「一体、何が?」
『ああ、やっと目が覚めた。さすがにその姿で死んだら、ちょっと困るから心配したよ』
「えっと、『何を』したんですか?」
「見ての通り、『車を突っ込ませた』」
恐ろしい光景が目の前にあった。
優先席に、車が突き刺さっていた。
「こんなことって、人間界では普通あるのですか?」
『稀にあるかもね。でもここではありえない』
初めて怒りという感情が出た気がした。いや、怒りというか呆れだろうか。
「加護があってもこれほどの負傷……青年達は!」
よく見ると、車の前方は赤く染まり、車の先には青年がいた。
気がかりなのは、老人と少女だった。
「どうして老人と少女は、車に当たってないんだ?」
思っていたことが漏れていた。少女と老人は衝撃で倒れているものの、車から少し離れていた。
『へえ、後ろから車を刺したのに、まるで見えてたみたいね。それにしたって、老人と妹を助けるなんて、人間の唯一与えられた命という物を捨てるものだけど、どうしてそうしたのかしら』
女神様の心の無い声が聞こえる。
「おそらくガラスから見えたのだと思います。光の反射や角度など、色々条件はありますが、それしか考えられません」
『まあ、あからさまに車が『飛んで』来れば、そりゃ焦るわね』
本来あり得ない。つまり、動かしたというよりも、本当に矢のように突き刺したのだろう。
倒れていた少女が起き上がり、目の前の惨状を確認する。そこには、車が突き刺さった兄……青年の姿があった。
「お、お兄ちゃん!」
「ああ、無事だったか……」
「話さないで! 今、車を……」
無理だ。人間の非力な力では、そんなこと、できるはずが無い。
「なんで、なんで動かないの! 何でここで車が飛んでくるの!」
泣きながら。そして手を血だらけにしながら叫ぶ。
「輝夜。もういい。俺は一ヶ月の命だったが、それが二十九日縮んだだけだ」
「分からない! 分かりたくも無い! こんな別れ方、絶対に嫌だ!」
「はは、それは、困ったな。でも、俺はありかなっても思っている」
今にも命は絶えようとしているなか、必死に腕を動かし、妹の手を掴む。
「病院で死の時間を待つよりも、この方が清々しいと思わないか?」
「……嫌だよ! もっと、もっと教えて欲しいことがあるのに!」
泣き叫ぶ妹。その声はだんだん聞き取れないほどにかすれて来る。
そんな中、老人も目を覚まし青年に近づく。腹部から血がにじみ出していて、最初に見た足取りがより悪く見える。
「なるほど。永遠の命というのはあくまでも病気や怪我をしない場合なのか」
そうブツブツ言いながら青年に近づく。
「青年よ。君のおかげで即死から少しだけ寿命が延びたよ。ありがとう。そして再度君に問う」
「永遠の命が手に入るとしたら、欲しいか?」
今にも絶えそうな青年に問いかける老人。老人も額に汗をかきながらも聞く。
「君の若さなら、この力を得た場合なら治るだろう。ただし、君の望まぬ世界に踏み出すことになる」
「何を……」
声を出したのは少女の方だった。
「ワシももう限界が来たようじゃ。そもそも千年も生きると、この世界の常識とやらに体が追いつかぬ。いつもは家にいるワシが、今日だけ少し遠出しようと思ったのじゃが、これも神の運命じゃろう」
「はは、元気つけさせる冗談として受け止めるよ。ちなみにどうやって受け取るんです?」
「簡単じゃ、ワシの手を触れるだけで良い」
「じゃあ」
そう言って、老人は手を差し出す。青年も手を伸ばす。そしてお互いの手が触れようとした瞬間。
青年は老人の手首を掴んで、少女にその手を向けた。
「……え?」
「ほう」
少女は何が起こったのか、分からないという顔をしている。でも僕の目からははっきり見える。
老人の手のひらは、少女の手を握っている。
「君は、本当に面白い人間じゃ」
「俺は言ったはずです。例え永遠の命が冗談だとしても、それを譲渡することができるなら、迷わず妹に渡すと」
「い、いや、お兄ちゃ、なんで?」
少女はかすれた声で言う。
「さっきも言ったはずだ。お前の居ない世界はつまらない。それと、椅子を譲った事に加えて、もう一つ覚えていてくれ」
「危機的状況でも、命よりも大切な妹を救った兄が居たという事を、百年、二百年、いや、千年と覚えていてくれ」
青年がかすれながら言い、そして苦しみながらも笑顔を見せる。
「お、お兄ちゃん!」
僕には、兄妹と老人の寿命が見える。
青年の寿命はすでにゼロ。つまり、笑顔を最後に息を引き取っていた。
老人も腹部から大量の出血の末、ほぼ同時に息を引き取り、静かに横たわっていた。
そして少女の寿命。八十と見えていた数字が、無限に変わる。これはつまり、能力を譲渡したということだろうか。
「……神からの力を……譲渡した?」
『やっぱり人間の可能性というのは無限というべきかしら』
「どういう事ですか?」
『私はあの老人に、永遠の命を与えた。そして老人はこの千年で譲渡する方法を自分で編み出したのよ』
「え、元々渡せるような力では無いのですか?」
『ええ。確かに譲渡できるように設定していれば、私も驚かないわ』
「つまり、一つだけとはいえ、女神様の力を自分の物にした……と?」
『そうね。やっぱり人間は……」
飽きないわね。
この言葉を聞いた瞬間、目の前が光り始めた。
最初は戸惑ったが、この世界に来たときと同じ感覚を感じ取り、カミノセカイへ戻される光だろうかと思った。
予想は当たり、気がつけば目の前には女神様が座っていた。
よく見ると、白いワンピースに長く青い髪。その姿はとても美しく、少なくとも人間の世界では一番の美女とも言える存在だろう。
どうしてこういう感情が今になってでてきたのか。その答えは、女神様の発言で分かった。
「お帰りなさい。もう見たい物は見たから、強制送還させたわ」
「は、はい。ありがとうございます」
「ん? 何かたどたどしいわね……ああ、人間の感情が残ったままだったかしら」
「人間の感情ですか?」
「ええ。今までこのカミノセカイの景色や私の姿。自分の姿には興味が無いから認識しなかっただけ。今回人間の世界に行ったことで人間の体で生活をしたから、その感情が残っているのね」
「そうですか……」
辺りを見渡すと、雲の上というか、遠くには森や海。空には昼間なのに星が結構近くに見える。
「消し忘れたのは私の失敗だけど、まあこのままにしてるわね」
どうしてだろうと思ったが、次の言葉で再度呆れることとなった。
「その方が面白いでしょ」
女神様は、とても美しく、絶世の美女だ。
だが、その中身は、とても狂っていた。
-ご挨拶-
はじめまして。「いと」と申します。
今回が投稿初めてということで簡単に自己紹介を。
まず職業は小説家とは一切関係がない分野で働いております。そのため、文法やライトノベルの作り方など、知りうる限りのルールは気をつけていますが、間違いやご指摘があればと思います。
最初の投稿でご挨拶をしようかと思ったのですが、とりあえず一段落ついたらということで一章が終わったらと思い今回となりました。
さて、今作品のジャンルは特に決めていません。女神様の気まぐれということで、バトル物から恋愛もの、異世界や神話を扱ったもの。今後色々と考えています。
お気に召していただければと思います。今回はこの辺で。




