カンパネの休日
人間の姿になってから、カンパネは疲れというのを少なからず感じていた。それを女神様が察したのか、急遽カンパネに休日を与えた。
女神様の星作りも休憩し、カンパネの緩い日常が始まる。
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一話完結です
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「あら? カンパネ、何やら疲れているようね」
いつも通りの時間に女神様から言われた最初の一言がこれだった。
「人間の姿を貰ってから、疲れと言うのを感じることができるようになったので、そのせいかと」
カミノセカイの姿で人間の世界に行くことはできない。行くには人間の姿になる必要がある。
何度も人間の姿と神の姿を入れ替えるのは手間らしく、しばらくこのまま人間の姿でいたのだけど、どうやら人間の疲れというのは思った以上に辛い物だった。
「人間の感情が少し理解できる中、肉体的な疲労と精神的……色々見て回るという行為に疲労が付与されているのかと」
「なるほど。それは私の考えが浅はかだったわ。ひとまず今日は別の使者に何かしてもらうから、今日一日休むと良いわ」
「休み……ですか?」
人間の世界では休日というのが存在する。
どうやら一日の稼働時間が決まっていて、それを過ぎると崩壊するとか。
で、時々休日という自由な時間を与えられ、日々生活しているらしい。
「えっと、休日と言ってもどこで何をすれば良いのか」
「そうね。じゃあベースの星で休日を過ごすと良いわ」
ベースの星とは、女神様が偶然生成した人間の住む世界で、そこからいつも複製して色々な世界を作っている。通称ベースの星と言っているその場所は、本来の人間の住む世界で、力を持たない人間が日々生活してる。
「神の力は……まあ認識阻害くらいは使っても良いけど、あまり強力な力は使わないでね。この星はまだまだ利用価値があるから」
「わ、わかりました」
ということで、急遽休日を取得した僕は、任務を考えずに人間界に転移することになった。
カンパネの休日1
人間には労働基準法というのが存在するらしい。
一日に何時間。一週間のうち何日。そして数時間働いたら休憩時間は何分か。そういう事が事細かくルールとして存在する。
女神様が設定を作らずともある程度のルールが存在しているため、ルールを決める人間は少なからず神とも呼べる存在なのかなと思った時期があった。
カミノセカイにはそんな労働なんとかというのは存在しないので、無休憩である。
まあ、今回は女神様の好意でもらった休暇なので、自由に使わせてもらおう。
「とはいえ、何をすれば良いのやら」
人間は休日に何をしているのか分からない。
今日は人間の世界でも休日と呼ばれる日程なので、もしかしたら人間の考えを読めばヒントくらいは得られるかもしれない。
「ラフな格好で、これから遊びに行くという人は……」
周りを見渡してみる。すると人間二人がどうやら手を繋いで歩いている。
「あの二人の心を読んでみよう」
神の力の一つ。思考透視を使い、カップルの心を読み取る。
(これから映画だ。何を見ようかな)
(何を見せてくれるのかな。最近話題のホラーもいいな)
どうやら人間のカップルは映画を見るらしい。
映画、時々女神様も映画を参考に設定を考えるので、僕も実際に見に行くのもありだと思う。
しかし困ったな。
映画というのに一人で行くのは、少し心苦しい。せめて一緒に行く何かがいれば心強いのだけれど。
『あら、一人映画はいやかしら?』
女神様の声が鳴り響く。
僕にプライベートは存在しないのかな。
「はい。ちょっと躊躇いますね」
『じゃあワルキューレ一体を送るわ。ということで悪いんだけど行って頂戴』
『え! 人間の世界にですか!』
どうやら今日の僕の代わりに何かをさせていた使者をこちらに転移するらしい。
というか、カミノセカイの戦闘兵に手伝いをさせてるって、何を考えて……いや、ちょっと待って。
「ワルキューレをこっちに? まずいでしょ!」
『まずくないわよ。戦わなければ良いのだから。大丈夫よ。人間の依り代は無いけど、二日くらいは顕現できるから』
『ちょっ、女神様! 二日以上はどうなるのですか!』
『消え……ちょっと気を失うだけよ』
何やら物騒な話しが聞こえてくるが、聞かなかった事にしよう。
『とりあえずカンパネの相手をしなさい。今日一日カンパネの配下ね。はい権限譲渡』
「うお」
急に心臓付近に何か空気の玉が当たった感触があった。今のは一体。
『はい。今そっちに転移したから、とりあえずそれで映画に行けるでしょ。あ、偶然覗いたら困っていたのを発見しただけだからね』
「あ、はい。ありがとうございます」
とりあえずお礼を言っておく。
そして、目の前に現れたのは。
「カンパネ……様、ご命令を」
カミノセカイの戦闘兵であり、その姿はとても可憐で美少女なワルキューレが超不機嫌そうに僕へ向けて話しかけてきた。
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女神様の気遣いを無駄にするのも気が引けるので、ここはひとつワルキューレさんと映画を見に行くことにする。
「えっと、ワルキューレ……さん。何が見たいですか?」
「カンパネ様。さんは不要です。今はカンパネ様の配下扱いなので、呼び捨てで結構です」
「とはいえ、その名前を呼び捨てもちょっとな……キューレで良い?」
「……わかりました。では目立つという意味でも私はカンパネさんと呼ぶとします」
なかなかに物わかりが良い。
「話しは戻るけど、何の映画を見たい?」
「と言われましても、我々は感情を持たないので、何が良いのかわかりません。今回の命令も「カンパネと行動を共にせよ」とのことですので」
なるほど。つまり、本当にただの付き添いということになるのか。
では勝手に何か適当な映画を選んでみる。例えばこれはどうかな?
そう思ってパンフレットを差し出す。
「ふむ、人間の世界ではこのようなドロドロした映画が主流なのですか?」
「どうやら最近流行のホラー映画というやつらしい。人間の世界では見たとおり争いが無いから、こういう映画などの物語で恐怖を体験するらしい」
「なるほど。勉強という観点からご一緒します。元々ご一緒以外の選択肢はありませんが」
「了解。では大人二枚で」
そう言ってチケットを購入。早速映画を見てみる。
☆
内容は、ある水族館にカップルで入ったら、突然ゾンビが一人現れて、次々と人間を襲うという物語だった。
ゾンビに殺された人間は同じくゾンビになり、最終的には周囲全員がゾンビになるというなかなかスリルのある物語だった。
「ゾンビですか。死という概念がカミノセカイに存在しないので、消滅したのに転生したという考えで見てたのですが、いまいち理解できない部分が多かったです」
「カミノセカイで過ごしていればそうだろうね。どうやら人間にとって一番の恐怖の対象は人間という研究もあるくらいだし、人間が見たら面白いのかもしれないね」
「それと、最終的に主人公が原因を突き止めて、それがサメという生き物だったというのは、どういう意味なのでしょう?」
人間がゾンビだらけでも、人間は諦めずに対処を研究した結果、その核となるウイルスを消滅すれば、全てのゾンビが消滅するという映画だった。
「サメというのは、人間に取って驚異的な存在なのかもしれないね。だからこそ、今回の映画では核となるウイルスがサメにあったのだろう」
勝手に感想を話し合っている。キューレも感情はあまり無いものの、それなりに考えて発言している。
「さて、次の映画は、この映画にしよう」
次のパンフレットをキューレに見せる。
「なるほど。この世界の外から生物が攻め込む物語ですか。神々の戦争を思い出しますね」
「まあ、君はその辺を経験しているのだろうけど、今はそれを忘れてこの映画を見ようね」
「承知しました」
そう言って映画館に入る。
☆
映画の内容は、人間の住む世界に宇宙から別の種族が攻めてくる物語だった。
ドワーフやエルフなどの精霊でも無く、どちらかというと海洋生物に近い形が多かった。
「なかなか興味深い内容でした」
「戦闘兵のキューレが言うと、結構凄かったんだね」
「まさか人間達があれほどの戦闘力を持っているとは」
人間は戦闘機と呼ばれる乗り物を用いて、異種族を次々と倒していった。
「いや、でも実際僕がこの世界で見たことがあるのは飛んでいるところだけだし、これは物語だけじゃないかな」
「そうなのですか。もし人間と戦う事になるのであれば参考資料として持ち帰ろうと思ったのですが」
どうやって持ち帰るのかは聞かないことにしよう。
「でも、腑に落ちないのが一点あります」
「うん。僕もだな」
「最後、大量のサメが振ってきて人間を襲いましたが、どうしてサメなんでしょうか」
異種族が最終兵器と称して、大量のサメを人間の世界に落とした。
サメは突き刺さったり、地面を這っては人間を襲ったりと、なかなか迫力はあったのだが、一個目に見た映画のせいで、少し盛り上がりに欠けてしまった。
「まあ、それほどサメが人間にとって大きな存在なんでしょ。もし神と対立する事があるなら、サメを見せつければ良いのでは?」
「カンパネ様の案を採用します」
さて、ホラーにアクションと刺激が多めの作品を見たので、最後にほのぼのする映画を見たい。
「こんなのはどうでしょうか?」
初めてキューレから案を出された。
見せられたポスターは、人間が全員動物に姿を変え、混乱しつつもその特性を利用して奮闘する物語らしい。
「なるほど、じゃあこれで最後にしよう」
「はい」
☆
映画の内容はパンフレット通り、地球に住む人間が全員動物の姿に変わり、最初は混乱する物語。
犬に変わった人間は、その嗅覚を利用して警察になったり、馬になった人間はその速さを利用して他の動物(人間)を運ぶ等、かなり凝った作品だった。
しかしそれはあくまで序盤で、恋いに落ちた主人公とヒロインが動物になって苦労するもそれを支え合って生きていく話しに入る。
悲劇が起きて、突然今までの姿とは別の動物になる。そして、声がその動物の声になり、主人公とヒロインはお互い会話ができなくなった。
しかし、それでも愛し合った主人公達はお互いの言葉を覚え、次第に会話ができるようになり、プロポーズをするというお話だった。
「人間というのは多言語ですね。確かに少し大陸を離れれば言葉が違うと言うのを本で読みました」
カミノセカイにも図書館はある。稀に神々が利用するらしいけど、キューレもその内の一人らしい。
「そうだね。でも結局はお互いの気持ちが大事ということだね」
「感情というのは、我々ワルキューレには分かりかねますが、人間はそういうものだという事は覚えておきます」
「そうだね。こうしてみると、悪くない種族だよね」
でも、一つだけ気にくわなかった。
「カンパネさん。質問なのですが」
「はい」
「なんで最後にもう一度異変が起こって、人間全員がサメになってエンディングを迎えたのでしょう」
その質問の答えは、きっと映画の最後に流れている名前の人間が知ってるから、その人に聞いて欲しい。
☆
一日の休暇も終わり、カミノセカイに戻る。
「あら、少し顔色も戻ったわね」
「気遣いありがとうございます」
「いいのよ。たまには自由に行動させるのも悪くないわね」
「まさか、ずっと見てたのですか?」
「たまに様子を上から見てただけよ。ずっと映画を見てたからあまり面白くなかったけど、全部の作品にサメが出てきたのは笑えたわ」
「僕は笑えなかったです」
偶然というのは恐ろしい。まさか全部サメが出てきて終わるなんて。
「さて、次の星のアイディアはすでに出ているわ。早速準備しなさい」
「了解です」
こうして、僕の休日初日は幕を閉じた。
いとです。
たまには星を作ってトラブルに巻き込まれる話から抜け出して、日常系のお話を挟んでみました。
新キャラのワルキューレことキューレさんは、カンパネの休日限定のキャラとしてこれからも活躍してもらおうかと。
では。




