厨二病の世界(前編)
魔法にあこがれる少年たちを見て、ふと思った女神様。もしも彼らの言動が標準語だったら、どういう世界になるのだろう。そんな思い付きで星を複製して再度カンパネを送り込む。
「世界は……きっと滅亡に瀕しているわ!」
唐突に世界を滅ぼす宣言をする女神様に、僕だけでは無く周囲の神や精霊達も驚きを隠せずにいる。
「め、女神様。どうかされましたか!」
「作物だ! 最近取れた高品質の果物を女神様に!」
エルフやドワーフ達も驚き、慌ただしく動く。
そんな中、女神様が衝撃な一言を放つ。
「やっぱり……人間のような滑稽な発言は思いつかないわね」
「……えっと、女神様?」
「その、何かお気に召しませんでしたか?」
神々が心配する中、女神様が再度言葉を発する。
「ああ、独り言だから気にしないで。むしろ近づいたら消すわよ?」
さーっと僕以外の神や精霊達が去って行き、いつもの平和? なカミノセカイに戻る。
「どうかしたのですか? さっきの発言といい、唐突に元に戻ったり」
「人間の様子を観察していて、ふと面白い光景にであったのよ」
「と言いますと?」
「これを見なさい!」
そう言って、ベースの星にあるとある公園を映し出す。そこには男の子が二人ほど、木の棒を持ってお互い構えていた。
『ボクの剣は炎の属性を付与したぞ!」
「ふふ、ボクは光属性だ!」
どうやら何かの影響を受けて真似しているのだろうか。しかしそれを見て女神様が真剣に語り出す。
「魔力も無いのに、あの剣には炎と光の属性が付与されているのよ。凄まじいわ……」
「……え?」
「というのは冗談として」
一瞬、本当に付与されていて僕には見えない力によって隠されているのかと内心焦ってしまった。
「まああの子供達はきっとテレビかゲームに影響を受けて真似をしているのでしょう。でも魔法は実際に使えないし、魔法を使えた場合は衰退を辿る一方ね」
まあ、前例がある以上何も言えない。
魔法や異能に憧れを持つのは人間にとって当然なのだろう。人間の世界には伝記というものもあり、天気を変えたとか伝えられている人も中には存在する。実際はわからないけど。
「さて、魔法は使えないけどあのように魔法を使うための台詞を言っている。まあこれは子供だけのようね」
「人間の世界で大人になると、それ相応の態度でいなければいけないそうですし、当然かと」
「そこで、あの子供達の台詞を標準な世界だったら、どんな世界が生まれるかしら」
そんな思いつきから、またしても星を簡単に作ってしまう女神様が、目の前に存在した。
.厨二病の世界
今回は事前の命令もあって、認識阻害をして見て回るだけで良いらしい。
というのも、本物(僕)が存在してしまうと興が冷めるとか。
ということで、人間界の朝の六時。そろそろ起床時間らしいが、どうしてこの時間に転送したのだろう。
『プライバシーとかは気にせず、まずは目の前の民家を覗いてみなさい』
そもそも常に空から眺めている僕らからしたら、さほど気にもならない行為ではあったが、いざ人間界で透視を使うのは少し気が引けてしまう。
「えっと、男の人が布団から出ませんが……」
『これから発する声を聞くのよ。それに興味があるわ』
言われるがままに、神力を使って男性の声を聞こえる様にする。
「我がシモベよ、時は満ち足り……我が封印を解き放ちたまえ」
全く理解できない。
いやいや、無駄に良い声だし、何か儀式でも始まるのだろうか。
テレビの音を拾ったわけでも無く、正真正銘男性が発した声だ。一体何が起こっているのだろうか。
そんな疑問に思っている中、女神様の声が再度響く。
『心の声を聞いてみなさい。きっと面白いわ』
女神様の言う通りに、心の声を聞いてみる。
(布団から出たくない……というか布団が出してくれない)
なるほど。
つまり、それっぽい台詞をこの世界では使うのが通常らしい。
関心をしている中、女神様は何かメモを取る音を立てながら僕に話しかけてくる。
『なるほど、布団をシモベと変換させることで、所有物全般をこの言葉で補えるのね』
「女神様、これ以上残念な状態にならないでいただければ幸いです」
『残念とは何よ。これは一種の語学の勉強よ』
少し恐怖もあったが、多少の冗談が許されるということは、機嫌がすこぶる良いのかも知れない。
『さて、そのままあのビルのとある会社に行ってみなさい。きっと面白いことになっているわ』
「はあ」
少し離れた場所に、大きなガラス張りのビルが並んでいる。認識阻害をかけてオフィスに入ると、まだ時間的に早いのか、人の気配が少ない。
「少し早く来すぎたでしょうか」
『いえ、きっとちょうど良いタイミングよ』
女神様の言葉に疑問を覚えつつ周囲を見渡すと、一人だけソファーから人間の気配があった。
「ん、とうとう漆黒の夜が明け、本来の力が解放される時が来たか」
男性が独り言を話し、とりあえず心を読む。
(もう朝か。少し寝たし、作業するか)
なるほど、男性は徹夜で仕事をしていたらしい。
『時々人間界のこういう部分には神を超えると思うのよね』
「と言いますと?」
『神は寝ずとも生きていけるけど、人間は睡眠が必要よ。でも、それを犠牲にして目先の行動を起こす。待っているのは寿命を縮めて消滅するだけ。それなのに、何故そこまでして行動するのかを考えさせられるわ』
人間には可能性がまだ残っている。今回は皆の話す言動がおかしいことにはなっているが、根本的な行動に関しては変わらず、そしてその行動はまたしても女神様の興味を深める対象となるのだろう。
男性が起き上がり、コーヒーメーカーからコーヒーを作り出す。
「我が糧よ。邪気を払い、この未だ目覚めぬ力を解きはなつが良い(コーヒーを飲んで、目を覚まそう)」
なるほど、心の声と同時に読むことですぐに理解できそうだ。今後もそうするとしよう。
どうやらこの行動は女神様も喜んでくれて、褒めてくれた。
そうこうしているうちに、別な男性が部屋に入ってくる。スーツを着てスリムな男性だった。
「目覚めたか。早々に汝には戦へと向かう必要となるだろう(おはよう。早速だけど会議に出て欲しい)」
「夜明けは良い。日の光を目覚めさせ、皆蘇る。良かろう。その戦とやらに参戦しよう(おはよう。会議の剣両会)」
すげーと素直に感じてしまった。あんな長くて抽象的な会話なのに伝わっている辺り、実は心で会話しているのではと感じてしまう。
続けて女性社員が入ってくる。長い髪のとても綺麗な人だった。
「誰かと思えば貴様か。いつも光を放ちおって(斉藤さん。おはよう。今日も綺麗だね)」
「運命とは時に残酷ね。私にこの力を与えたのだから(おはよう。今日もお世辞ありがと)」
社交辞令なのか本気なのかはわからないが、これらの会話も全て遠回しの言葉を使うのだろう。聞いててだんだん疲れてきたけど、慣れも感じてきた。
「む?」
そこで男性が女性の右手を見て、小さなリングに気がつく。
「な、汝に問う。その右手に飾りし契約の指輪は何だ(ちょ、佐藤さん。その右手の指輪は何?)」
「ふふ、契約の指輪よ。先週からある男と契約を結んだの(えへへ、結婚指輪です。先週から知人の男性と結婚したの)」
「そ、そうか。めでたいな(マジかよ! 凄くショックなんだけど!)」
む、話した内容と心の声が違うということは、言葉と心境が異なっているのだろう。
僕の今使っている力は翻訳するものでは無いので、こころの声をそのまま聞こえてくる。
『新たな収穫ね! よくやったわカンパネ!』
「え、特に何もしてませんが」
『人間は行動と言動が異なるということが時々あるの。例えばダイエットしなくてはと言いつつお菓子を食べる人ね。でも行動と言動は別に異なるのは簡単なの。ただ、心境と言動がことなるのは人間だからできる芸当よ』
「ま、満足いただけて良かったです」
確かに。嫌な出来事でもやらざる終えない場合等で肯定の発言をするにも考えてから発言する。
今の男性の場合は瞬時に発言と心境を分けての行動だろう。ある意味で興味深い。
「さて、このオフィスでの出来事は終わりね。次はコンビニに行って頂戴」
「まだ何かあるのですか?」
「ええ、これから面白い出来事が起こる予定よ」
女神様の面白い出来事というのはつまり、僕にとっては大変な出来事である事に違いは無い。




