しょうもない出来事を壮大にする(後編)
女神様の指示で、とりあえず電車内に乗り込む。
「また車を突っ込ませる何てことは無いですよね?」
『当たり前じゃ無い。それをすると壮大過ぎてつまらないわ。くだらない出来事を大げさにするという点が今回のポイントなのよ』
とりあえず今の発言から、人的被害は無いと判断し少し安堵する。
しかし女神様のやることだ。注意は怠らない。
「それで、どうすれば良いのですか?」
『ふふふ、目の前でつり革に捕まっているサラリーマンと椅子に座っている専業主婦を見てみなさい』
指示通り見てみる。
何やら、どちらも感情が少し混乱している感じだ。
(心を少し覗かせてもらおう)
そう思い、女性の方を覗く。
(社会の窓が……開いているわ!)
実にくだらない内容を読み取ってしまった。
でもまあ、女性からしたら実に不愉快な状態だろう。目の前の男性のズボンから下着が覗いているのである。場合によっては逮捕である。
とはいえ、男性がそわそわしているのもおかしい。少し覗いてみよう。
(社会の窓を……開けてしまっているっ!)
思わず咳き込んでしまった。
いや、男性も気がついていたのか。
でもなんで閉めないのだろう。
『そりゃ、今閉めたら男性は女性の前でおもむろに股〇を触っている構図ができあがるからよ』
突然話し出す女神様。と言うか女神様が股〇とか言わないで欲しい。
「じゃあ移動するとか方法はあるはずでしょう」
『きっとそこまで頭が回らないのね。人間は知恵を持つけど、完全では無いわ。だから面白いの。神や精霊なら確実な方法を取るけど、人間は違うみたいね』
実に人間は難しい。女神様は何故そんな人間に興味を持ってしまったのか不思議である。
「で、これからどう壮大になるんですか?」
『さあ』
「さあって」
『だって、物語を作るのは、人間よ?』
これ以上女神様と話しても答えは見つからないのだろう。少しその二人の心を見てみる。
(どうしよう。絶対女性は気がついている。でも俺が今閉めたら怪しいと思われる)
(目の前の男性に教えるべきかしら。でも、気がついているみたいだし、もしかして気まずいのかしら?)
(いっそのこと、ここは閉めずに二十分耐えるしかないだろうか)
(そうよ、私が閉めれば良いのよ。きっと一人だから恥ずかしいのよ!)
(決めた、この社会の窓は……)
(やるわ、あの社会の窓は……)
「閉めない!」
「閉めてあげる!」
パアンと音を立てて、一瞬何が起こったか分からなかった。
見てみると、男性は女性の右腕を掴んでいた。股〇の前で。
「お嬢さん、何をしているのですか?」
「貴方こそ、なぜ私の手首を掴んでいるのですか?」
「そちらが俺に向かって手を出してきたので、反射的に腕を掴んだのです」
捕まっている腕は震えている。おそらく凄い力で捕まれているか、対抗しているのだろう。
「お嬢さん、腕を引いてくれますか?」
「それよりも腕を放してください!」
「できませんね、なぜなら」
ーそこに、大切な物がありますからー
いや、格好良く言っても股〇だからね?
何なら男性は今社会の窓を閉めれば良くね?
「くだらないわね。そんなこだわりを捨てれば、楽になるのに」
「いえ、これは私の問題です。何としても残り二十分。耐えて見せます」
「この……露出狂が!」
その言葉の瞬間、女性の鞄から乳液と書かれた容器をだして、それを振りまく。
「何!」
「ふふ、これで掴んだ手はすべすべになり、次第に私の手は離されるわ。いつまで耐えれるかしら?」
「卑怯な!」
いやいや、電車内で乳液巻くなよ! 周囲の人も「な、何だと!」って驚いているけど、服に凄く付着してるからね!
「さあ、次第に手が……何!」
「……手が、どうしたのかね?」
僕も見ていて驚く。男性が女性の腕を掴んでいた手は右手。しかし今は左手で掴んでいる。
「サラリーマンを甘く見ないで欲しい。日頃スマートフォンを右手から左手へ瞬時に持ち替えて会話をしている俺には朝飯前です」
「なら乳液をもう一度!」
「それも無駄でしょう」
そう言って、右手を内ポケットに突っ込みハンカチを取り出す。
「それは……ハンカチ!」
「そう、何度でも乳液をかけても、私はこのハンカチで拭き取る!」
何てことだ、初見の相手に対しても対策をしている課のような立ち回りである。
「ふふ、私が貴方の手に乳液をかけるとは、言ってないわよ?」
「何?」
女性は手では無く、男性の目に乳液の容器を向ける。
「乳液はね、目に入ると痛いの。化粧をするときうっかり目に入れるとね、それだけで数分遅れるのよ」
「卑怯な! 目を人質に!」
「これで貴方の社会の窓は閉じられるわ。なに、怖いのは最初だけよ!」
「さ、させるか!」
再度右手を内ポケットに突っ込み、何か数枚の紙を取り出す。
「こ、これは……チャフ?」
いや、チャフって電波を妨害するときのやつだよね。男性が投げたのは紙だけど、ずいぶん小さいな。
僕の手前に落ちてきて拾い上げてみる。それは……。
ただの名刺だった。
「名刺によってターゲットを各欄とは、やるわね」
「まだ、負けられないのでね!」
「でも、名刺も限りがあるわ! それまで耐えられるかっしら!」
「っく!」
内ポケットから名刺を投げまくる男性。次第に焦りの表情が出てくる。
「最後の手段を……使うしかない!」
男性は掴んでいた手を思いっきり振りほどき、女性が後ろに引く。
「とうとう離したわね! さあ、楽になりなさい!」
「させるか!」
男性は社会の窓に手をかざす。
とうとう戻すのかと思ったそのときだった。
ブチッと音を立てて、社会の窓を破壊した。
「な、何を……」
「俺は、女性に社会の窓を閉めさせるなんて恥ずかしい事はさせたくない。ならばいっそのこと」
ー無くせば良いー
いや、だからさっきから悟ったような台詞やめようよ。
「貴方は……本当に馬鹿ね」
「ああ、馬鹿さ。だが、これで俺のプライドと、君の羞恥心は守られたよ」
「……そうかしら。お馬鹿さん?」
「……何?」
女性が、ゆっくりと、鞄から物を取り出す。それは。
ソーイングセットだった。
「私はね、こういうときがきっと来ると思っていたの。毎日刺繍の練習もしていたわ。今日がその」
ー運命の日だったのね!ー
いや、伝染しなくて良いから!
「馬鹿な! それを使われては俺の社会の窓が、直されてしまう!」
いや、良いことじゃん!
「さあ、諦めなさい!」
「くそおおお!」
男性が倒れ込み、涙を流す。女性は針を出して男性に近づく。
その時だった。どこからともなく声が聞こえる。
「まもなく、東城。東城。出口は右側です」
アナウンスの声が響き渡り、電車の音以外のあらゆる音が消え去る。
そのアナウンスが鳴り終わると同時に女性は、手に持っていたソーイングセットを落とす。
「そん……な」
「どうした?」
さすがの男性も何が起きたか理解できなかった。
「もう、降車駅だったなんて!」
えっと、つまり女性はここで降りるのね。
その場に膝をつく女性に男性は慰める。
「良い戦いだった。今回は運が俺に来ていただけのようだ」
「くそ! 次は……次こそは!」
「ああ、いつでも受けて立つさ!」
つまり、社会の窓全開で、また電車に乗るって事?
「待ってなさい! 次は負けないから!」
「ああ」
そう言って、お互い頷き、女性は電車を降りようとする。
そこには、駅のホームに沢山の警察が待ち構えていた。
「液体をまき散らした女性と、社会の窓を全開にして周囲に迷惑をかけた男性。残念だがここで逮捕されてもらおう!」
「な、なんだと!」
「そんな!」
男性と女性は驚き、ゆっくりと警察に捕まっていく。
そして、僕の後ろでスマートフォンをいじりながら、不気味に笑う少女が立っていた。
「……ふふふ、敵は一人とは限らないわ。そして、それが味方とも限らないわよ」
不気味な笑みを浮かべながら、少女も電車を降りていく。
一体、何が何だか……。
.☆
「ということで、一体何が起きたか女神様視点で教えてください」
「簡単よ。くだらない内容で壮大に攻防した後、第三勢力によって抑制される熱い展開。まさしく壮大な物語よ!」
目をキラキラ輝かせて離す女神様。どうやら先ほどの展開で満足だったらしい。
「でも、あそこまで熱い展開になるとは予想してなかったわ。だって警察が来るのは予想できなかったもの」
「これも人間だからできたことですか?」
「そうね。神は自分で何でもできるけど、人間はそれぞれ役割があるわ。警察という役割があったからこそ、第三の勢力が生まれたと言っても過言では無いわね」
女神様の興奮も止まらず、再度ベースの星を複製して、何かを考える。
いつになったら飽きてくれるのやら。
なんとか間に合いました!
次回もゆるく書き続けます!
よろしければ感想等お待ちしております。




