【068】少将、口にする
クローヴィスから情報を抜き出すことを諦めていないキースは、誘われるままに飲みに行った。
もちろん誘われるままにとは言っても、総司令官の一時的なものと思われているがキースは多忙。
キース自身も独身なので、これ以上の出世はないだろうと考えているものの、現在の正式な地位でも、人脈を作るのは大事なので、軍だけではなく政府関連の会合にも、頻繁に足を運んでいる。
司令官は政治とは無関係ではいられない――
副官のクローヴィスはそんな多忙なキースの予定を全て把握しているので、誘うタイミングは心得たもの。
最近では酒の席に、質問を書いたメモ用紙を持ってきて、
「お好きな色を伺いたいのですが」
「ないが」
「ないのですか」
「ちなみに、お前たちの中では、わたしは何色が好きだと思われているんだ?」
「緑が主流ですね。次点が赤」
「噂の出所も根拠も不明だな」
「そうでしたか」
知り合いから頼まれた情報収集をする――まったく隠さないその姿勢を、キースは嫌っていなかった。
なんでも正々堂々とすれば良いとは言わないが、こそこそ隠れているよりはマシ。
キースの同期で成績だけは優秀だったのに、冴えないゾンネフェルトと反りがわないのはそこだった――もちろんゾンネフェルトも、キースの性格を嫌っている。
「お前が好きな色はなんだ? クローヴィス」
「小官は……青が好きですね。あとピンクも好きです」
「そうか。質問されっぱなしは趣味じゃないから、わたしも聞かせてもらうが、好きな花はなんだ?」
「花は――」
キースが問うと素直に答える――酒が入り、職務外ということもあり、クローヴィスは笑顔で受け答えをする。
その笑顔も作り笑いなどではないのは、一目で分かる。
クローヴィスの美しさは静だけではなく、大輪の花が咲き誇るかのような動の笑顔も、それは美しく人目を引く。
――これほど自然に笑顔が零れるのは、そういう家庭で育ったのだろうな。継母らしいが、家庭環境は極めて良好らしい……それにしても歯を見せて笑うのは下品だとか言うが、これほど美しいと歯を見せても、全く問題ないな。礼は失しているかもしれないが、それをねじ伏せてきやがる
キースが奢ったワインを喜んで飲みながら、メモにキースの情報を書き足しているクローヴィスを眺めながら、キースはグラスを口元へと運ぶ。
これほど美しければ……ということで、リーツマンに軍資金を渡し、
「殿下には紹介を依頼できないが、平民のわたしなら頼める……と考えるヤツがいるだろうからな。前もって、ある程度掴んでおきたい」
”上官の紹介”で、クローヴィスにアプローチをしたいと考える士官の、大まかな数を掴みたいので情報を集めて来いと命じた。
「クローヴィスを話題にすれば、士官学校卒にも近づき易いはずだ」
職業軍人の中でも生粋のエリート、そんな彼らに話し掛け交友を深める取っ掛かりにもなると――金を渡されたリーツマンは、キースの命に従い情報を収集し、
「素直に好きだと言ってくれる人と、嫌いと言っているものの、実は好きらしいのも同数くらいいます」
クローヴィスがいない時に、こっそりと報告した。
「クローヴィス本人が言うには、誰にも告白されたことはないそうだ」
酒の席で「誰にも好きなんて言われたことないんですからね」と聞いていたキースだが、
「イヴ・クローヴィスと書いて高嶺の花と読む……状態です」
「だろうな」
リーツマンの報告を聞かずとも、そうだろうとキースも予想していた。
――自分のことを高嶺の花だと思っている女王よりは、ずっと好感が持てるが…………あいつに限っては、自分のことを高嶺の花と思えと怒鳴りたくなる
国で一番の高嶺の花である筈の女王ヴィクトリア。
キースはヴィクトリアに近づきたくはないが、王弟と近衛の隊長を務めるヴェルナーが戦争へと赴くこともあり、ヴィクトリアの身辺警護の総責任者も務めている。
職務に対して忠実なキースは、そこは割り切りしっかりと支えていた。
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その日、キースは副官のリーツマンと、五名ほどの護衛を伴い歌劇場へ。
ボックス席で舞台を眺めていると、劇場のスタッフが現れた。ボディチェックされたスタッフは、キースの背後に立って、耳元へ顔を近づけ、リーツマンに聞こえないように話し掛ける。
「お呼び立てありがとうございます」
「それで」
「司令官代理閣下と第一副官が楽しく過ごしているという情報が、トリアのお耳に入ったそうで、とても嫉妬しているそうです」
「下らんな」
「同意いたします」
「ところでお前、どうしてトリアの側にいないのだ」
劇場のスタッフに扮してキースの元を訪れたこの男は、王家の影の中でもサラブレッドで、アルドバルド子爵に重用され、女王の側についていた一人だった。
「伯爵夫人との勢力争いに負けた」
「嘘をつくな。むしろ、向こうの手下共の方が、より焦っている」
「よくアレたちの焦燥を見破ることができるな。さすが司令官代理」
「それで」
「事情は知らないが、司令官代理閣下が中央にお越しになってからすぐ、トリアから全面的に手を引くと子爵閣下からの命令があった」
「こっちは、その報告を受けていないが」
「そうか。……切り時だったから、ではないか?」
女王の退位は極秘だが、着実に進んでいるとキースは聞いている。
「あいつはその時まで、何ごともなかったかのように過ごす筈だが」
女王の退位が決まっているから、自分の配下の王家の影を下げた……というのは、今までのアルドバルド子爵の仕事ぶりをしる者たちとしては、おかしく感じられる。
「まあな。わたしも事情を知りたいくらいだ……司令官代理閣下にも連絡は行ってないのか」
アルドバルド子爵に重用されているサラブレッドにも、女王から手を引いた本当の事情について知らされていない。
「あの野郎がしていることに首を突っ込みたくはないが、知らないでいい立場でもないからお前を呼んだが……あれは締め上げても吐かないだろうな」
「まぁ、無理だろう。他に知っていそうなのは、息子たちだが。あれも拷問したところで……なにか分かったら、教えてもらえると」
「下がれ」
「それでは、続けて歌劇をお楽しみください」
劇場のスタッフに扮していたサラブレッドは去り――キースは最後まで歌劇を眺め帰途についた。
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「実家から送られてきた、手作りクッキーなんですが、食べませんか?」
王家の影とのやり取りをした翌日、クローヴィスはクッキーをリーツマンに勧めていた。
「いただきます……美味しいですね」
「お口にあって良かったです…………」
司令官に勧めていいのかな……という表情のクローヴィスに、もらうと指示を出す。
「コーヒーも用意しろ。昨日は歌劇で遅かったから、まだ目が覚めてないし、朝食も取っていないから、それを代わりにする」
「はい」
キースはクローヴィス家自慢のクッキーを食べながら、仕事に戻ったクローヴィスを眺め、
――クローヴィスは何かしようとしているようだが、本人もよく分からない状態で放り込まれた……情報が抜かれないようにする人選は、ツェサレーヴィチのお得意だな。俺が気付くことも、想定してのことだろうが。女の副官という分かり易い罠で俺を仕留めて、どうするつもりだ
リリエンタールが絡んでいるのだろう……ことまでは推察できた。
「ちなみに閣下、塩バタークッキーとスプーンクッキー、どちらがお好みでしたか?」
「スプーンクッキー。間に挟まれている、ラズベリーの甘みが好みだ」
「ありがとうございます! そのジャム、わたしが作ったんです。みんなに閣下お好みの味だよって、売ってこよう」
「分け前寄越せよ」
「5:5で?」
「9:1でいい」
リーツマンも「本当に美味しいジャムだな。料理までできるのか」と――一週間後、
「閣下、ジャムの分け前です」
何とも曖昧な表情で、クローヴィスが封筒をキースの前に置いた。
「お前、本当に売ったのか」
「冗談だったのですが……その……」
「お前、バカだな」
「はい」
――ツェサレーヴィチの人選にしては珍しいというか……送ってきたのはツェサレーヴィチじゃない? だがアルドバルドではないだろう……なんでこんな、こう……これは諜報や工作に使うタイプじゃないだろう
キースは封筒の金を受け取り、後日奢って返してやった。




